2008年07月11日

基本的には変わらない?

 追い突きをするときに、みなさんはどんなことを考えて稽古していますか。
 
 指導する側の人間にとってはもちろんのこと、われわれ一般の修行者にとって、はじめに習うことは、まず足を出すことですね。空手の突きそのものに対してイメージが湧かないうちは、どうしても足を出しながら突いてしまうから、締まりのない、ただただ不安定なだけの追い突きになってしまう。これを直すために、まずは足を出しましょうと、突くがわの足をおおきく踏み出して、下半身の状態を安定させてから、その前足のうえへ重心を移動させて、それから腰をきって拳を出しましょうと、大体こんな感じがごくごく当たり前の流れかとおもいます。

 これまで、わたしたちも同様の指導を受けてきたので、こういった動きはある程度できているわけです。だって約束組手で追い突きをふつうにやっているのですから、これくらいの基本はできていないとおかしい。云わずもがな、というやつです。

 しかし。この“当たり前の動き”がいま、この北の地で少しづつ変化を始めているのです。


 なーんて、なんとまあ大袈裟な書き方なのでしょう!いくら久しぶりだからといって、この文章は大仰すぎるぞー!どうなってんだ、裏部長ー!と、怒らないで読んでやってください。

 あれは先月のことでしたかね。師匠とK先生とわたしとで道新文化センターへ通っていたころ、師匠がふいに、「これまで指導してきた追い突きのやり方は本格ではなかった」みたいな発見をされました。そのきっかけは、わたしの記憶が正しければ、師匠が顧問のようなかたちで助力している札幌大学の合気武道部の稽古。いわゆる合気あげの稽古を見ていて、ハタと膝をうつ瞬間があったというのです。

 たとえば両手をつかまれた状態で合気あげをするときに、その稽古の場で何人もの部員たちが「あがらない、あがらない」と悩んでいます。その原因はあきらかで、あげる手にからだがついていっていないのです。もしくはその反対で、胴体そのものは前へ前へゆこうとしているのに手が残ってしまっている。
 つまりは、全身をひとつにして使えていないということです。師匠はその稽古風景をはたから見ていて、やはり崩しという面から云っても、手も足も腰も軸も、すべてが一瞬にして同時に移動しなければ効果は生まれないのだなあと、ふと、そんな当たり前なことに辿りついたのです。

 これを念頭において、きょうの冒頭に書いた追い突きの流れを考えてみると、たしかに最終的には軸はきちんと移動しているものの、さきに出てゆくのは足で、腰や上半身はそのあとから、まるで足を追いかけるように出てゆきますね。上と下では、前方へ移動し終わるまでにタイムラグがあるわけです。

 これが合気あげであれば、技は成立していないはずです。向こうの理屈を応用すれば、足を出した時点ですでに軸もまえへ出ていなければいけないはず。一で足をだし、二で腰を移動させ、三で突くのではなく、一で相手の懐まで移動し、二で突くくらいのつもりでなければ、到底突きは本来の威力を発揮しません。

 またそのあとの動作も要検討です。こちらの黒帯連中は、今しきりと「腰をまわさない突き」に躍起となっておりますが、追い突きを一本突いたあとの二本目三本目、もしくはそのあとの追撃を考えた場合に、もはや腰をまわして突く追い突きでは不十分。腰をまわさず、腰を折る動きをもちいて突きを出してゆかなくては、その後の攻防に発展はしてゆかないのです。


 なんか一気に書いちゃいましたけど、イメージ湧きましたかね。

 この話のつらいところは、なかなか云いたいことが伝わらない点と、あとは、結局トータルで考えてみたときに、言葉にするとこれまでとほとんど変わらないという、なんだかよくわからない点にあります。

 腰をまわさない、とか、足をだすと同時に軸も移動させる、とかはそれなりに新しいのですが、突く瞬間の腰については、基本的にこれまで教わってきたことと変わりません。つまり、ぐっと腰をおとして、突く瞬間にサッと腰をもどす、出しっぱなしにしない。栃木ではわたしも、棟梁ことTHさんに「きちんと腰をおとして突け」と指導していただきましたが、あれと変わりません。ごくごく普通の、かーなーり基本的なことなのです。

 でもね、すべてがすべてこれまでどおりかというとそうじゃないんです。
 追い突きをつく、その突きの瞬間に突いたほうの腰をもどす。
 このとき、反対側の腰はどうなっていますか。右で突いた場合は左腰です。
 あなたの左腰は、引っ込めた右腰とは反対に、前へ出ていませんか。回転の要領で、自然と捻ってしまっていませんか。
 ここに「腰をまわさない突き」の要点が隠されているのです。


 きょうはここまで。まだわたしもその稽古を始めたばかりで、すっかり理解しているわけではないし、あんまり詳しいことは書けないので、今後いくらか進展があったらまたご報告いたします。九月には師範も師匠も、名古屋へいってM田先輩ともお会いになるそうなので、上記のことについてはそのときに披露されるかもしれませんね。

 九月かあ。暑いんだろうなあ、まだ。

 この夏はちょっと気張って、稽古でダイエットをしようと目論んでいる裏部長でした。

 また書きに来ます。
posted by 札幌支部 at 19:09 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年07月10日

ごめんなさ〜い

 どうもどうも、久方ぶりの裏部長です。本当にご無沙汰をしております。

 べつに書きたくないわけじゃないんですが、最近いろいろと忙しくて、そんでもってここ数日、急に暑くなったでしょう。札幌でもこないだ二日くらい連続で真夏日になったりなんかして、そうかとおもえば今度は最高で二十三度くらいにしかならない日が出てきたりして、まあ簡単に云ってしまえば、かる〜い夏バテですな。裏部長、いまも若干熱があります。

 栃木のT君、コメントありがとうございます。あなたの書く文章はまるでパズルですね。きっと右脳をフルにつかって書いているのでしょう。天才肌の証拠です。

 きょうはちと余裕がないので、明日あらためて書きに来ます。最近、札幌支部で重点的に稽古している「追い突きの新しい着眼点」についても、わたしの表現力のとどく範囲で書いてみたいとおもっております。

 二十四時間ほどお待ちください。
posted by 札幌支部 at 21:05 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年05月31日

地に足をつける

 こんばんは、裏部長です。またまたご無沙汰ーんでございます。

 最近の札幌は、寒いです。つい数週間前には初夏の陽気ぷんぷんで、いやあもうすっかり夏だなあ、なんて、照りつける太陽を見上げながら云っていたものですが、あれはいったい何だったのでしょうね。いまじゃあ、夜なんか秋そのものです。吹きすさぶ風がつめたい、つめたい。

 そんな中にあって、最近の札幌支部はいくぶんおとなしめです。先日のHTB『イチオシ』における師匠のTV出演から北海道新聞の記事、そしてこのたびはインターネット専門TV「えりすいしかりネットテレビ」に大学での授業風景が公開されるなど、外的な面ではかなり積極的に活動をしておりますが、実際の稽古の場はいささか閑古鳥の棲み処と化しておりまして、コンクリートの床が足裏につめたいきょうこの頃でございます。

 毎週欠かさず、熱心に続けられているのは道新文化センターの「古武術教室」ですよ。数名の欠席者はたまに見られますが、毎回ほとんどの方が出席されて、汗をかきつつ真剣に練習をされています。今週の回でいちおうは天心古流居取之位十二本を教え終わったので、残りの一ヶ月間で復習をする予定です。

 これらの活動に参加しながら、現在の裏部長がとくに気をつけて稽古しているのが、型です。

 なんだ、当たり前のことじゃないか、と云われるかもしれませんが、やはり集中的に稽古をする、または稽古をしたいとおもうというのは、そこに何かしらの契機というか、発火点みたいなものがあるからなのであって、現にわたしにもそういったきっかけがつい先日あったわけで、ぼくは富良野には帰らないわけで(北の国から風)。

 あれは先週の木曜日でしたか。その日の古武術教室ではK先生が欠席されて、わたしと師匠のみの指導でございましたが、こういうときは良い機会で、講習の合間に師匠をつかまえては指導を受けることができるので、わたしは仕事場から直行して道新文化センターへ入りました。
 今わたしが稽古している型は三つ。つまり「二十四歩」「征遠鎮」「十手」ですが、この日はまず、記憶のなかから抜けてしまっていた(つまりは忘れてしまっていた)箇所をいくつか師匠に問いあわせて、それから講習へ。これが午後九時五十分くらいに終わります。

 参加者のみなさんが着替えていらっしゃる間、わたしはここぞとばかりに型をうち、それを師匠に見てもらいました。
 そのとき云っていただいた教えをうけての現在のわたしの型へむかう心情がきょうのタイトルに反映されています。

【地に足をつける】

 どうもまだわたしの打つ型は、足が地についていない。もうそろそろ二段というところに差し掛かっているのだから、たとえば「二十四歩」の前屈立ち、「征遠鎮」の猫足立ち、「十手」の四股立ちなどにおいてはきちっと足腰をしめて、躰そのものが浮つかないようにしなければならない。前屈立ちで重心を移動させるときの膝のやわらかさ、猫足立ちの足首のやわらかさ、四股立ちのときの股間まわりの締まり具合、そういったものをきちんとしてゆかなければ駄目だ、と、わたしは師匠から云われてしまったのです。

 これらのことはすべて腑に落ちました。何故といって、それらはすべて、するともなく自覚していたわたしの弱点だったからです。

 師匠の型を見てK先生の型を見て、それから自分で打ってみたときの型の無様さ、恰好わるさ。それは姿勢や筋肉の塩梅や、ただ単に経験の差だけのせいではなく、やはり肝心なところがきちんと締まっていないがための不安定さだったのでしょう。それを今回、あらためて師匠から指摘され、こんなことではいけないと、一念発起して型の稽古にあたっているのです。

 ですから今週も、たとえば水曜日の空手稽古では、K先生とわたし以外は結局だれも来ずという結果になりましたが、わたしは無音にちかいひとりの教室でもくもくと型を打ってきました。無人の校舎というのも、あれはあれでなかなか良いものであります。

 昨日の稽古は、師匠が欠席されて、参加したのはK先生と韓国人留学生のT君あらためC君だけだったので、K先生の予定にあわせて七時には終わってしまいましたが、来月からはいくらか変化があるでしょう。大学においても、またふたたびポスターなんかを貼りだして門弟を募る予定であるし、なにせメディアへの露出がありましたからね。外部からのアタック、じゃなかった、アプローチがあるかもしれません。

 よい出会いがあることを祈るばかりです。

 なんだか内容のない話で終わってしまいましたが、また近いうちに書きにきます。どうも最近、不精ぎみでね、書き込みが途絶えていたので、今後はすこし頻繁にがんばりたいとおもいます。

 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 21:29 | Comment(4) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年05月21日

今度はこちら

 こんばんは、裏部長です。

 本日の北海道新聞の朝刊に、師匠の記事が出たのでご報告いたします。もちろん取りあげられているのは、大学の授業として行なわれている体道についてで、びっくりするほどの大きな記事ではありませんが、カラーの写真なんかもついていて、そこにばっちり師匠の姿も写っていて、それなりに嬉しいものではありますね。

                    080521_203012.jpg


 ケータイで撮った画像なのでなんとも見づらく、申し訳ありません。

 ま、こんな記事だったということでご勘弁ください。

 
posted by 札幌支部 at 20:57 | Comment(3) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年05月18日

息づまる10分間に武術家の呼吸を見た!

 二00八年五月十四日。水曜日。札幌の空はあいにくの雨模様で、あたりはすでに初夏の季節だというのに肌寒く、ちらほらとコート姿のひとさえも往来に見受けられる午後四時三十一分。テレビ朝日系列の北海道テレビ(HTB)がおくる夕方の情報番組『イチオシ!』の画面上でひとつのコーナーが終了した。
 足寄町で今月3日にオープンしたという「だちょう牧場足寄湖」を取りあげたそのコーナーは、低カロリー、低コレステロールのヘルシーな肉として注目されているダチョウの肉を紹介し、70歳をすぎて新たな挑戦をはじめた老夫婦の生活を追っていたが、TV画面を見つめるわたしの心はうわのそら。今か今かとその瞬間を待っている人間にとってみれば、正直、ダチョウの肉なんてどうでもいいんだよ、ってなもんです。

 コーナー終了とともに間、髪をいれず、女性アナウンサーの森さやかさんがこう切り出しました。

森「では続いての話題なんですが、日本ではじめて大学の授業にもなった、伝統文化のあるモノがあるんですが、ちょっと話題になっております」

 画面下部にはこんなテロップが出現しました。

【日本初の大学授業「体道」】

 すぐさまVTRに切り替わります。

 映ったのは札幌大学に新しくできた武道場。畳を敷いたその武道場のなかで、浅山一伝流体術上段之位十一本目「行違」を演武するふたりの胴着姿のおとこが……これはわが師匠とK先生です。

 ナレーションが入ります。

ナレ「歴史を遡ること、およそ400年」

 師匠とK先生は「折木」、「猿手投げ」、「衿引」などをつぎつぎに演武してゆきます。

ナレ「体道とは、江戸時代の武士が身につけていた、体術・剣術・棒術などの総合武術のこと」

 場面変わって札幌大学正門から武道場への風景カット。

ナレ「この武術を学ぶことができるのは、札幌大学文化学部にかよう生徒たち。スポーツの文化や歴史など、講義だけではなく実体験を通して学ぶことができるのです」

 空手の其場突きや足まわし、前ささえなどを汗だくになりながらやっている生徒たちの姿。

 ここで師匠のバスト・ショットへ。生徒へ「小手返」を指導している。

ナレ「教えているのは、父を体道の総師範にもつ瀧元誠樹准教授」

 師匠、インタヴュー。

師匠「躰の動き、形というものをきちんと使えば、動きの中から力が生まれてくる。無駄な力を使わなくていいんだということを学べます」

 練習風景多数。がっちりとした体格の柔道経験者が、いとも簡単に倒されてしまう画などが入る。

ナレ「授業では関節技や投げ技など、力を使わずに相手を制するための型を学びます。軽い力で技がきまるお手本に、生徒たちは魅了されていました」

 このあと生徒たちの感想がつづきます。そのほとんどが運動部に所属しているスポーツ・マン&ウーマンたちで、みな真剣かつ愉しそうにからだを動かしておりました。

 と、ここで画面が切り替わります。

 スタジオです。すでに胴着姿となった師匠の左手頸を、MCのヒロ福地さんが右手でつかみにゆきます。
 つかまれるや否や、師匠はヒロさんの右体側へかるく入身し、さっと左手をさしあげると、そのまま「小手取」の要領で腕押さえの状態とし、体勢を崩したヒロさんをそのまま床まで押しつぶし、最終的には転ばしてしまいました。

 CMへゆくには最高の展開ではなかったでしょうか。

 このあとCMがあけて、あらためて師匠の紹介が行なわれ、ひとまず「体道」というものについてのかなりざっくりとした解説を、フリップをつかったかなりあっさりとした説明で終え、そのあとは実践編で、師匠が実際にMCおふたりの手頸をつかんでそれを外させるという、いわゆる「曲げ抜き」のレクチャーへと移ります。
 ご両人がそれを体験したあとは、重りをのせた台車が登場し、これをいかに無駄なちからを使わずに押してゆけるかという、なんだか間延びした話をして、師匠のコーナーは終わってしまいました。わたくしども弟子からしてみると、なんともあっけない、なんとも緊張感にみちた十分間でした。


 これが先日の、『師匠、TVに出る!?の巻』のすべてです。師匠の書き込みにもあったように、TV局側はまず、札幌大学でおこなわれている体道の授業にとびつき、そして師匠の武術の腕前に触れてよりのちには、それを介護の技として使えないかという、どこかで聞いたことのある方面へもってゆこうとしたそうです。それは実際に番組を見ていれば誰しもが気づいたことでしょう。武術を純粋に武術として取りあげてはくれなかったのです。

 ただ、それにしても愉しめたシーンはいろいろとありました。これは放送後に直接、師匠から伺ったお話なので本当のことですが、あの十分間のなかには、実はちょいとしたハプニングが含まれていたのです。

 それは例の、CM入り直前の師匠の「小手取」のシーンです。あれ実はハプニングだったらしいのです。

 事前の打ち合わせによれば、何かしらの技をやってCMへ入りたい、という番組側の要請をうけて、師匠は「猿手投げ」を提案されたそうです。ただ、投げるのはすこし危ないので、MCのヒロさん相手に、技の導入部分だけをおこない、その手をひねって「イテテテ!」と痛がっているところでCMに入りましょうト、そういうことでお願いしますということになっていたらしいのですが、本番では違ってしまいました。
 おそらくね、ヒロさんがテンションをあげてアドリブをかましてしまったようなんですよ。つまり、ただつかめば「猿手投げ」にいけたのに、へんに気合いを入れて「瀧元、覚悟ッ!!」とかなんとか叫びながらその手頸をつかんだ。芝居気をだして、主人公に襲いかかる暴漢のような雰囲気でつかんだわけです。このとき、勢いあまってすこし手前にも引いてしまった。
 その刹那ですよ。そもそも打ち合わせでは「猿手投げ」をすることに決まっていたし、師匠もそのつもりでVTRが切り替わるのを待っていたはずなのに、つかまれた瞬間、からだが咄嗟に反応してしまったのです。つかんで、しかも向こうに引かれてしまっては、どうしたって「猿手投げ」は出てきませんものね。

 師匠もね、動き出したときに「あっ、やばい!」とおもわれたそうです。間違った、猿手投げだった!ついつい相手の動きに反応してしまった!って、瞬間的にそうおもったらしいのですが、CMまでは何秒もないし、もどって技をやりなおす暇もありませんから、仕方なくその流れのまま、「小手取」のような感じで腕押さえをし、そのまま押し倒して投げてしまいました。MCのヒロ福地さんはCMへ入ってすぐにこう云ったそうですよ。

ヒ「先生、技が違うじゃないですか!」

 これ、笑い話のようにおもえますが、実はたいへん奥深いエピソードだとわたしはおもいます。TV番組の、しかも生放送のそのスタジオのなかで、目のまえには数台のカメラ、その向こうには十数人はいるであろうスタッフ、頭上には目が痛くなるほど眩しいライト、胸にはピンマイク。そんな非日常のスタジオのなかにあって、やり直しのきかない一発勝負。もちろん打ち合わせもリハーサルもじゅうぶんに行なわれたとはおもいますが、それにしても、普段とはおおきく異なるその空間にちょこんと置かれてしまっては、きっと誰でも緊張して普段どおりの動きができなくなってしまうはずです。

 そんな状況のなかにあって、師匠は反応したのです。MCの突然のアドリブに動ずることもなく、頭のなかでは「猿手投」をするつもりで待っていながら、勢いよくつかみ、しかも少し引いてきた相手の動きにほとんど無意識のうちに反応して入身をした。その動きはかぎりなく自然で、呼吸の乱れるすきすら見つけられませんでした。今回のTV出演で見るべきところといえば、正直なところあの瞬間くらいではなかったでしょうか。

 この番組は北海道ローカルで、わりかし地味なプログラムですから、はたして午後四時過ぎのあのコーナーを、いったい何人のひとたちが見ていてくれたのか、それはかなり疑問ですが、しかしもし少しでも武術にたいして志をもち、よき師、よき流派を探しているというようなひとの目に触れることができたなら、いくらかは有意義でなかったかなあと、わたしは密かにおもっております。
 この出来事が今後、札幌支部にとっても空心館そのものにとっても良い結果をもたらすように、今はただ願うばかりです。


 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 22:30 | Comment(2) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年05月15日

近日公開

 こんばんは、裏部長です。またまた不精をしております。

 師匠からの、これまた久しぶりな書き込みを読んでいただければわかりますが、最近の札幌支部にはこんな感じの変化が起こっております。まあ、これを変化というのか退化というのか、週に一度とか二度とか、そんな回数しか稽古できていない現状はおそらく、あまり褒められたものではなく、奈良のM田先輩から「なに甘えたこと云ってんじゃい」みたいに怒られそうで怖いのですが、とにかく現在の札幌支部はあんな感じです。細細と、臨機応変にやっております。

 ここ数箇月のなかでの大きな変化は、わたしのなかでは二つですね。

 ひとつは、木曜日に〔道新文化センター〕というところで、週に一度の古武術教室をはじめたことです。これは師匠が依頼されて、以前にも講義だけのクラスを持っていたのですが、今年度からは実際に動いてみようということになり、われわれのほうの体道稽古をお休みしてこちらへ伺っているわけです。わたしとK先生も“助手”として参加しております。

 ふたつ目の変化は、昨日のことです。

 そうです。わが師匠が、TVに出たのです!!まあ北海道ローカルで、それにね、これはあんまり大きな声では云えませんが、それほど視聴率の高い番組でもないんです。いわゆる夕方の情報番組ってやつでね、やれ東区にちょいとオシャレな雑貨屋ができただとか、手稲にあるイタリア料理店はなかなか乙だとか、そんな情報を流すあいまに師匠が出演して、あれで正味何分くらいでしたかねえ、CMを一本またぎましたから、トータルでは十分くらいだったでしょうか。それでも弟子としては誇らしい十分間でした。

 この内容については近日中に、まるで実際にその番組を見ているかのように感じられる文章でここに載せたいとおもっております。まあ、それを書くのはわたしですが、ちょいと丁寧に、そのときの模様をお伝えしようと考えておりますので、どうぞお楽しみに!


 昨日の稽古、ならびにきょうの体道講習会に関してもそのときに。


 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 23:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年05月07日

春もたけなわ

 こんばんは、裏部長です。またまたご無沙汰をしておりました。

 すっかり春ですねえ……ていうか、もうすでに初夏まっさかりで、札幌でも夏日を記録する日がちらほらと出てきております。桜が咲くのも今年は早かったそうで、さわやかな天候の続くのはとても気持ちのよいものですが、しかしそのぶん夏が怖いんですね。だって五月からこの暖かさですから、そりゃ真夏ってことになりゃあなた、干からびちゃうかもしんないわ。

 ホントに、夏の稽古が楽しみですわ。


 その稽古ですが、きょうも大学で行なわれております。そのはずです。わたしは生憎仕事で行けず、その模様をお伝えすることができませんが、きっと師匠を先頭に、みんな汗をかきかき動いているとおもいます。
 体道稽古に関しては、いま札幌支部では平生とちがったスタイルで実施しているので、わたしはその日の仕事がどんなに押しても参加できるのですが、大学で行なっている空手の稽古はそうもゆかない。とても歯痒い限りですが、こうしてひとり黙然とブログの更新をしてこころを鎮めるしかないわけです。

 しかしね皆さん、嬉しいじゃありませんか。ほとんど書き込むひとがいなくなってしまったこのブログも、栃木のみなさんや技術顧問のT先生たちからコメントを継続していただけているのです。砂漠に降る一滴の雨水みたいなもんですよ、これは。

 T君へ。
 書き込みありがとうございます。そうか、大学は千葉にあるのかあ。そりゃ二時間かかわるわ。
 師範とともに札幌へいらっしゃるという書き込みには目を剥きました。そんなことが実現したなら、札幌支部メンバー一同、平伏して歓迎いたします。へんに期待して催促するみたいになってしまうといけないのであまり書きませんが、そうなることを願っております。
 こちらの「T君」ですが、あのひとはおそらくメタボじゃないとおもわれます。たぶん、そうです。もしアレでしたら、今度会ったときに確認しておきます。

 技術顧問のT先生も書き込んでくだすってありがとうございます。みなさんのその数行の文章だけで、この廃墟のようなページは生き返るのです。


 そんなわけで春もたけなわとなって参りましたが、明日こちらは体道稽古です。雨が降ろうが桜が散ろうが、わたしは参加してきます。
 
 みなさん、風邪には気をつけて。
posted by 札幌支部 at 21:00 | Comment(3) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年04月25日

いつも誰かが見ていてくれる

 こんばんは。裏部長です。

 はじめて栃木へ行ったときに、あの日光東照宮の杉がいわゆる「花粉症」発見の地であったことを知り、師匠と「花粉症のひとが来たらたいへんなことになりますねえ」と笑ってしゃべっていたのを数年前のことのように憶いだしますが、そうやって笑って観光していられたのはわたくし自身が花粉症でないためで、安穏としてこの春の季節をたのしく過ごせているのもひとえに非花粉症であるからなのです。街なかでマスクをしてるひとを見かけますとすこしこころが痛みますね。あーあ、ご災難ですねえ、と老人のように会釈をして通りすぎたくなります。

 そんな裏部長、二十五歳。きょうは朝から涙目です。

 いや、もちろん正式にその症状を得た、ということではないのです。昨夜は遅くまで起きていて、録画したきり見ていなかったTVドラマ『薔薇のない花屋』の最終回をみてひとりでオイオイ泣いておりましたから、きっとそのときの水分がきょうもずっと居座ってわたしのドライアイを潤ませ続けていたのでしょう。きっとそうなのでしょう。
 だから、花粉症になっちゃった、とは云いません。たぶん違うとおもうし、違うとおもいたい!だってそうだったらもう栃木に行けないもの!あの、花粉症のメッカとも呼ばれる東照宮のある栃木県に、花粉症にかかった男がどうして行けるでしょうか。自殺行為です。

 ま、たぶん本当に違いますよ。くしゃみや鼻水はほとんど出てないし、涙だってかるく目が潤んだ程度ですから、ホントにもう大丈夫なのです。

 そう思って、がんばって春を乗り切ります。


 ひさしぶりにコメントがありましたね。

 そうですか、T君が大学へ、ねえ。まあそういう年頃ですから進学してもべつにおかしいことはないのですが、しかし片道二時間というのは尋常じゃないなあ。往復で四時間ですよ。アイドルの平均睡眠時間じゃないんですから。かれもよく決意したものだとおもいますよ。
 そういえば最近メールも来てないし、コメントもありませんでしたから、たぶん疲れてるんだろうなあ。季節の変わり目ですから、どうか風邪をひかず、突然の花粉症にも負けずに、またあかるい声を聞かせてもらいたいと願っております。


 ん。なんかおかしいな。アレ、きょうのコメントって…………



 ぬぅおおぉおおぉおおおおお!!!!!



 ま、ま、またまたの奇蹟です!!こんなことがたびたびあっていいのでしょうか!?

 本日のコメントは師範です、空心館の総師範ですよ!!ああ、びっくりした。喜びはときに心臓の鼓動さえ狂わせてしまうようです。

 なんかね、そんな気がしたんですよ。いや、というのもですね、水曜日の空手稽古のとき、K先生たちと師範のことを話していたのです。べつに悪口とか陰口とか、そういう小学生みたいな話ではなく、どんなに離れたところにいても、

「僕たちが話したこと、稽古したことは全部、もしかしたら師範に届いているかもしれないね」

 ということでした。住まう場所がどんなに遠く離れていても、わたしたちがしていることはすべて、師範によって注視されているような気がすると、わたしもK先生も口をそろえてそう云っていたのです。

 その矢先のきょうのコメントですから、こりゃドキッとしないわけには参りません。こういうタイミングの合致は、すこし心臓に悪いですね。

 悪いことはできないものです。でもこれは考え方しだいで、むしろとても心強いことでもあります。
 どんなに離れていても、いつも師範が見ていてくれる。だからこそわれわれも稽古を疎かにできないし、またしたくない。師範や先代の先生方や空心館という看板に恥じない稽古をしたいとおもう。

 勇気が湧きました。花粉症がなんだ!涙目がなんだ!鼻水も涙も、汗といっしょに吹きとばしてやるっ!!


 師範、ありがとうございました。心より御礼申しあげます。
 三進さんの文章、あとでじっくり読ませていただきます。

 T君、通学には気をつけて。


 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 21:40 | Comment(3) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年04月24日

指先エンジンと恐るべき空心館ネットワーク

 おはようございます。裏部長です。たまには早い時間帯にも顔を出してみようかと思い、参上しました。お暇なときにお読みください。

 昨日の稽古ですが、なんか数箇月ぶりくらいに、ふつうの稽古をしたような気がしました。基本をやって移動をやって、参加者は元大学院生のH田君や韓国人留学生のT君やK先生で、最後のほうには師匠も遅れて合流されて、約束組手をやって指導をあおぐという、ネ、考えてみればこれまで当たり前のようにやってきた稽古内容ですよ。これを昨日はやったわけですが、ひさしくそのふつうの稽古をしていなかったので、なんだか新鮮な感じでしたね。追い突きをやって師匠からのアドヴァイスを聞いて、とそこへ、去年の三月に大学を卒業し、就職して本州のほうへ行っていた「おすぎ」さんが見学に来られるという嬉しいハプニングもあり、なんかこう今までどおりの愉しいひとときでした。適度な緊張感はありましたが、でもだからといって、なんかこう圧迫されるようなプレッシャーはないんです、いくら傍で師匠が見ていても。むしろその視線が心地よいというか、ああきちんと見てもらえているんだなあと感じることができて、とても気持がよかったのですね。やっぱり稽古は良いものです。

 昨夜、師匠に見ていただいたのは約束組手のみで、わたしとT君とH田君が交互に追い突きをやったわけですけども、それぞれに課題が出されました。
 T君へは受けと反撃について、H田君には攻撃の際の足の運び、軸の運びについて。わたしは、彼らのような後輩と組むときにやるべき微妙な間合いの追い突きとその間合いでもじゅうぶんに入れられるという心構えですかね。とにかくこれまではどんな相手に対しても、足と腰をドーンと持っていって骨盤ぶつけるくらいの覚悟で突進してゆき、突っ込むようにして全力で突くというのをやってきたわけですが、昨夜のように、相手がすべて白帯の後輩だった場合にそれをやってしまうと、彼らにとってよい稽古ではなくなってしまうのですね。こんな突きもあるんやで、見ときや!ってな感じで、からだで教えるためにやることはあっても、普段からかれらに対してそんな突きばかりをしていては、むこうの受けの稽古にならないんです。特に今のうちはこのあたりの配慮が必要なのです。

 そこで、です。かれら後輩たちと組んで組手をする際には、ドシーンと突っ込むことをせず、むしろ浅い踏み込みで、相手がこちらの脇へじゅうぶんに反撃の拳をのばせるような位置で止まること。ただ、きれいに突けてしまう位置で止まってしまうとモロに喰らってしまうので、相手の拳がきれいに伸びて、おっ当たるんじゃねえか、とおもえるくらいのところでうま〜く止まってあげる。全体的にはそれほど素早く、迫力をもってやらなくていいんです、ゆっくりでいい。とにかく間合いのうえで相手にとっては、突けそうでやっぱり突けないというような位置で止まり、それでいてこちらの拳はきちんと届く、そんな距離感をつかんで稽古をするのが今後の課題です。また当然のこととして、その間合いそのスピードでやりつつもきちんと突きは入れられるようにする。ここがむつかしいところではあります。

 こんなことを教わりまして、実際に何度かそれをやってみまして、「おすぎ」さんも傍らに立って真剣なまなざしで見学をしているなかで最後、師匠が統括してお話をされていたとき、わたしはどういうわけか、師匠の足もとに目をむけたのですね。あれはどういう瞬間だったかなあ。とにかく気づいたら師匠の足を見ていたんです、それも左足を。構えたときに前に出ているほうの足ですね。そこへ釘づけになっていたのです。
 これ、ここで書いてしまっていいのかわかりませんが、師匠は追い突きをする寸前に、この左足の指でもって床をグニッとつかむんですね。空心館の門弟であればだれでも一度はやったことのあるあの動きですよ。巻き爪や外反母趾の予防にも効くという、馴れないとすぐに足がつってしまうあの動きです。

 わたしもこのグニッとした動きは以前に何回も稽古のなかでやっておりましたが、それを約束組手のときにつかうという意識はまったくありませんでした。師匠も組手のときにあらためてこの動作を解説することはありませんでしたね。だから意外におもったのです。
 たぶん昨日のあの瞬間も、師匠は追い突きのことについて説明している最中だったので、足まわりは無意識だったとおもうのです。ことさらに意識して足の指をグニッとやったわけではないとおもうのですよ。ということはですよ、あれはすでに突きの感覚のなかに組み込まれているということになります。こういう、自然と組み込まれている師匠の動作の片鱗を見つけたときのよろこびというのは、弟子でなければ味わえないものかもしれません。

 稽古の最後に師匠から「なにか質問は?」と訊かれたので、あっさり白状してこのことを伺いました。師匠のお答えは単純なようで奥深い、感嘆すべき内容でした。

 実は、あれは“エンジン”だったのです。相手へ対してドシーンなりバチコーンなり、どんな速度やタイミングで突いてゆくにしても、前進力というかな、その、突進力みたいなものが必要になってきます。物理的な初速をアップさせるために後ろ足の蹴りだしで飛びだすというのも一案、突く瞬間の左足、つまり構えてたときの前足ですね、このキックでもって躰をぶつけにゆく、というのもひとつの方法です。どちらかといえば、これらが今までわたしたちのやってきた方法だと云えますね。
 ただ、たしかに速度はアップしてもこれらの方法には難があります。はじめの後ろ足の蹴りだしは、勢いはつきますが、動きだしの時点でその勢いを発しはじめているので、そのあとの肝心の突きがからだの突進力に流されてしまって、突いているんだかただ吹っ飛んでいるんだかよくわからない動きになってしまいます。
 最後の押し込みもそうです。ただ構えた状態の前足で最後に床を蹴ってからだを押しこんでも、その足そのものに何かしらのバネといいましょうか、力を発する仕組がないと、どんなに頑張ってもただ足が床を離れるだけで勢いは生まれてこないのです

 だからこそ出る寸前、動き出すその直前にグニッと床をつかむのです。このときほんの数ミリ程度前足はまえに出ます。ここから動きだして、そしてそのグニッとした足の収縮を解放することで突進力を生み出してズババーン!と突きこんでゆくのです。

「これが出来るようになると、浅い間合いでかるく突こうとしても勢いが止まらなくなってしまう。パワーがまるで違ってくるんだよ」

 わたしがまだ白帯のころに師匠から伺った、「本気で突いたらそう簡単に止まらなくなる」というなんとも恐ろしいことばが昨日の稽古でひさしぶりに憶いだされましたね。でも、あんなところに速度アップの秘訣があったなんて、師匠のからだならどんなところでも見ておくもんです。

 昨日の稽古についてはこんな感じです。いつも通りのメニューをいつも通りのメンバーでおこない、みんな笑顔で教室をあとにしました。あんな「いつも通り」がいつまでも続けばいいなあと、そうこころに想いました。

 さて昨夜の記事のなかに書いた『孤塁の名人』ですが、やっぱりこれに関してはまた今度にしましょう。別にたいして話題のあるわけではないんです。ただ、師範がこういった武術関連の本なりDVDなりを察知するのが凄まじく速く、この本は津本陽さんの小説で、あの佐川幸義さんを取りあげたものなのですが、わたしはつい数週間前に書店で見つけて知りました。週に一度はかならず本屋さんへゆくこのわたしでさえつい最近に知って「へえ、こんな本が出てるんだあ」とおもったわけですが、師範はもうとっくにご存知だったのです。そういった発見情報は師匠のもとへも届くらしく、また一方で師匠は師匠ですでにこの本は見つけていたというんですから、恐るべき空心館ネットワークです。日本で発表される武術関連の書籍のなかでこのネットワークから抜け出せるものはきっとないでしょう。まるで蟻地獄です。
 そんな話を聞いちゃったらなんだかわたしも口惜しくなって、この『孤塁の名人』を買って読みましたよ。二日で読みました。なかにはいくつか良い言葉があったので機会をみてここにもアップしてみようとおもいます。

 でもなあ、いつか、こう師範や師匠が「えっ、そんなの出てんの!?」と驚いてくれるような武術関連の本を同師に先んじて読むことがわたしの夢だなあ。アレ、ご存知じゃなかったんですか、なんて、得意げな顔で云ってみたいなあ、一回くらい。

 本屋へゆくのを週一から週三に改めてがんばってみます。

 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 11:22 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年04月23日

あすのまえに

 どうも、裏部長です。

 今夜も通常どおり札幌支部では空手の稽古をおこない、それなりに参加者もあり、師匠も来てくだすって、なんだか本当にひさしぶりの普通の稽古だったのですが、いかんせんもう夜も遅いので、その模様はまた明日書きに来ようと考えております。昨日読了した津本陽さんの小説『孤塁の名人 合気を極めた男・佐川幸義』についてもそのとき書きます。

 不精な裏部長でごめんなさい。

 では、またあした。
posted by 札幌支部 at 23:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年04月16日

右腕の腱が痛くなりました。

 こんばんは、裏部長です。お久しぶりでございます。

 札幌はもうすっかり春でねえ、雪はまったく見られなくなりました。まあこの冬は最初から雪が少なかったし、寒さも厳しくなかったから、この雪解けの早さにも頷けるものがありますが、ただその一方で、この春のような、でもまだ少し肌寒いような、中途半端な気候のときはいちばん服装に困るんです、なにを着てもうまく合わない。風が強いから寒いかな?とおもってコートを着てゆけば汗をかくし、陽射しにさそわれて薄着で出たら、帰りは震えて、次の日鼻水、みたいな。
 とにかくこの時期は風邪と花粉に注意が必要です。わたしはいまんところどっちも大丈夫ですが、油断はできません。みなさんも気をつけてくださいよ。


 さてさて、きょうはわたしも久久に大学での稽古に参加してきました。ほとんど数箇月ぶりのような感覚で、すこし緊張すらしてしまいました。稽古には定期的に行っとくもんです。
 師匠は学校の用事で不参加。でもK先生が来てくれましたから安心です。他には、韓国人留学生のT君と元大学院生のH田君のみ。

 T君は韓国人留学生の友人ふたりを連れての登場でした。かれらは二人とも見学のみでしたが、なんだかね、札幌支部には流行おくれの韓流ブームが押し寄せているようです。

 K先生が早退されるというので、のっけから裏部長の先導で稽古スタート!
 基本稽古ひと通り、型、師範から教わった其場でおこなう稽古二種。これをやり終えた時点ですでに午後七時。

 ここでK先生とT君は早退されました。わたしとH田君は居残り練習です。

 残りの時間はずっと約束組手をしました。H田君にはもっぱら突いてもらって、わたしがその注意点などを指摘しました。おもえばああやって誰かのまえに立って構えて、突きを捌いたのも数箇月ぶりだったなあ。

 稽古終了は午後八時。稽古不足というのは恐ろしいもので、突きや打ちのせいで、右腕の腱がすこし痛みを発しておりました。ひさしぶりの稽古でハッスルしすぎたせいかもしれません。不甲斐ない限りであります。


 さてさて、明日は体道稽古です。仕事があろうがなかろうが、どんなときでも参加できる体道稽古です。
 胴着を二日つづけて着られるこのしあわせ。存外、幸福というのは身のまわりに落ちているものですねえ。


 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 23:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年04月04日

どうも地下に縁があるみたい

 こんばんは、裏部長です。

 四月ですねえ。本州ではもう桜も満開で、まさしく花見日和といった感じでしょうが、こちらはまだ桜も咲かず肌寒さも抜けず、昼ごろに「おっ、きょうは暖かいぞ」とおもって薄着で外出してみれば、夜、かならず震えて帰宅すること請けあいの天候が続いております。こういうときなんです、季節の変わり目ってやつは。どうしても気温の変化が激しくなって風邪をひいてしまうんです。

 みなさんもご自愛くださいませませ。


 さて、昨夜はひさびさの体道稽古……だったのですが、これがちょいと普通の稽古とは違っておりまして、場所も、いっしょにやるメンバーも稽古の時間帯も違うという、なんともいえない特別な場でやってきたわけです。これについてはまだ、ここに書いていいものかどうかを師匠に伺っていないので控えておきますが、いつものあの大学の地下の教室ではなくて、街なかの、おおきなビルのなかの、地下にある片面鏡ばりの部屋で。

 アレ。やっぱりここでも地下なんじゃん

 どうもね、札幌支部は「地下」という状況設定に強いようです。日の光が入ってこなくてもべつに気になりませんものね。ミミズの気持がわかるような気すらしてきます。

 ま、そんなわけで。

 昨日はその、いつもとは違った地下の空間で師匠とK先生とわたくしとで稽古をしてきたわけですが、なによりかなり久しぶりだったもので(K先生とは今年はじめての対面!)、胴着を身につけるだけでも新鮮な感触で、少しからだを動かすだけでもじゅうぶんリラックスできました。やっぱり稽古はいいですよ、はい。


 昨日はひさびさに師匠が「武術」というものについて語ってくだすったのですが、あらためて、長く続けることの意味っていうのも胸の奥で考えるようになりましたね。

 どうしてもわれわれ人間は忙しいですから、春になったら学生だって卒業してしまうし、社会人となりゃ仕事オンリーの日日で稽古へゆく暇なんてなくなってしまうのが当然です。そこへ金銭的な事情、環境的な問題が重なればなおさら、たとえば空手でも体道でも黒帯をとるまで続けるというのは並大抵のことではありません。本当にむつかしいことなのです。
 でもわれわれは心のどこかで「修得」ということを目指していますから、半年でも三箇月でも、たとえ一ト月であっても武術を習ったことがあるひとは「おれには武術(武道)の心得がある」とおもってしまいます。そんな些細な経験ではほとんどお話にならないということを知らず、どこかで自慢げに胸をはりたいとおもっている生き物なのです。

 そう考えると、生まれ故郷を離れて仕事をし、家族との生活を営んでいる師匠や、見知らぬこの北の地へ来、スキーの授業でこれまで以上に腰を痛めつつも稽古をつづけているK先生などはあっぱれ!ただそれだけで尊敬に値する星のような存在だといえるような気がします。
 わたくしもたかだか三年ちょっと、空手で初段を取ったくらいのペーペーです。まだまだ小僧、いや赤ん坊のようなものです。

 来週から大学での稽古も再開されます。師匠、K先生ともに新年度ということでなにかと忙しいらしく、斯くいうわたくしもなんだかんだで忙しく、満足に参加することはむつかしいかもしれませんが、稽古できる場があってその指導を仰ぐことのできる師匠がいるんですから、これは精進しないと罰があたります。
 優れた環境にいる人間は精進して当たり前、磨いて当たり前。
 これはわたくしが日高晤郎さんからいただいた言葉です。

 もっと頑張らなくちゃ。


 さてさて、毎年恒例となっておりました栃木遠征ですが、すでに四月を迎えてしまったことからもわかっていただけるように、春のうちの敢行はむつかしくなりました。いや、というのも、これまでは参加する門弟のほとんどがまだ学生で、そんなかれらを師匠が引率して遠征にゆくという形態をとっていたのですが、今年の三月でその大半が卒業をしてしまい、みんなそれぞれの道へと歩みはじめているため、そのメンバーに関しては、まあざっと云ってしまえば、

 行きたいときに行っちゃいなよ!

 ということになったのです。

 これを云ったのはジャニーさんじゃないですよ。うちの師匠です。奈良支部の方方なんかも、栃木へゆかれるときには個人単位で、行きたい人間が行けるときに行きたいように行くというスタイルで通されているようなので、札幌支部もそんな感じでやってみようじゃないかという運びになったのでした。

 ですから、師範やY先生やT君やI師範代や、本部道場のみなさんと顔を合わせられないのはたいへん残念ではありますが、そういうことになりましたので、札幌からの遠征がもうしばらくお待ちください。わたくしも今はすこし忙しい身の上となってしまって時間が作れませんし、第一とてつもないほどの出不精なために、いざ栃木へ!となったらたいへんな労力と時間を費やさなければならなくなるのです。みなさんとの愉しいお話、そして稽古には未練たらたら、できれば今すぐにでも横っとびに飛んでゆきたいくらいですが、それも叶わず、無念ですらあります。

 時間ができ次第とんでゆきますので、どうかそれまでお待ちを。こちらの近況などは動きがありしだいこのウェブログでお伝えしてゆきますので。


 名古屋のKさんへ。コメントありがとうございます。こんな閑散としたウェブログですが、お暇なときには寄っていただいて、どんなことでも結構です、爪痕、じゃなかった、足跡を残してやってください。


 また来ますね〜〜
posted by 札幌支部 at 21:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年04月03日

四月になっちゃいました。

 ご無沙汰をしております。裏部長です。もう四月になっちゃいました。

 きょう、ちょっとした出来事があったのですが、もう時刻も遅いので、きょうの出来事については明日、あらためて書きに来ます。

 コメント等への御礼もそのときに。


 んでは、また〜
posted by 札幌支部 at 23:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年03月13日

巣立ち

 今月はまだ春休み期間中なので、稽古の開始時間はいつもより早い。平生は午後六時から始めるところを、きょうは四時からのスタート。だから三時すぎには家を出て大学へと向かいました。空はうっすらと夕陽色。風は弱く、気温も高めで、なんとも春を感じさせる朗らかな気候でした。

 地下鉄東豊線に乗って月寒中央駅までゆき、そこから中央バスに乗って札幌大学へ。きょうは奇遇なことに、このバスの中で大学院生(そろそろ彼も卒業です)のH田君と会い、車中たがいの近況を語り合いました。しばらく会わないうちに彼は論文を書き上げていました。いまはひとつ肩の荷をおろして、心底ホッとしているようでした。

 さて。実をいうときょうは、わたくしにとっては、なんと約二箇月ぶりの稽古でした。どうりで大学の構内が新鮮に見えたはずです。これまでは在学中もふくめ、こんなに長いあいだ大学へ来なかったことは一度もありませんでした。こと稽古に関してはなおさらで、一ト月に一度も稽古をしなかった、なんてことはありえませんでしたね。自分自身がそんなことを許さなかったのです。
 
 教室へゆくとすでに師匠が来られていて、三人で支度をし、ここでもお互いの近況を報告しあって、そしてそれから、本日の稽古がはじまりました。
 きょうは空手をやりました。内容としては、基本がひと通り、それから移動ですが、こちらは追い突き、逆突き、追い突き・逆突きのみ。まあこのあたりで一通りの基本コースなのでしょうが、それよりも何よりもわたくしとH田君の“やられっぷり”が凄まじく、きっと師匠もそんな疲労ぶりを看破されての、抑えめのメニューだったのでしょう。有難くも情けない有様でした。

 後半は、師匠が参加された合気柔術の稽古より、柔術的な技をいくつか。わたくしも合気道時代の疑問を師匠へぶつけたりなんかして、「研究」という二文字がしっくりくる時間を過ごしました。武術の本質技のエッセンス、なんてことをいろいろと教えていただきました。
 そのときに藤谷師範のお話も出ましたが、ま、これは内内のこととして胸に秘めておきます。

 稽古終了後、師匠より、浅山一伝流体術免許の目録と、そして体道弐段の免状をいただきました。もちろん免状や目録をいただけるということは、ただ単純にうれしくて、着実に次のステップへ前進できているんだな、稽古をしているんだなということを再確認する瞬間でもあるわけですが、きょうはね、すこしだけ感慨深いものがありました。
 おもえば師匠のもとへ初めてやって来た日。いち学生で、なおかつ合気道ばかりをやっていたわたくしは、雑誌に載っていた師匠のプロフィールのみの情報だけしか持っていませんでした。そしてその中の一条を知っただけで師匠の研究室へ押しかけ、瞬く間に入門を決意してしまったのです。
 そのとき、わたくしが釘づけにされた一条こそがこの「浅山一伝流体術」でございました。

 正直に申しあげれば、最初わたくしは空手なんかやりたくなかった。なんとなく根拠のない空手への嫌悪感があったし、合気道を妄信していましたからね、あんな撲ったり蹴ったりする武道は野蛮だ!と心底そうおもっていたのです。加えて、当時は古流柔術への興味がもりもり湧いていた頃だったので、わたくしは師匠のプロフィールにあった「浅山一伝流体術」の流儀名を見て、これだけを習いたいとそう打診したのです。今から考えれば恐ろしいことを云ったものだとおもいます。

 でも師匠は無下に断ることをしませんでしたね。快く引き受けてくださり、ただ、いきなり浅山からやるよりは、その前に置いている天心古流をやってからのほうが何かと良いだろうし、正式に入門したのであればなおさら順当に稽古していったほうが実りが多かろうと、そうおっしゃってくだすった。わたくしはすでに、浅山一伝流を習うことができるという話だけで有頂天だったので、なんとはなしにこの提案を受け、じゃあ攻撃の仕方を勉強するためにも空手の基本稽古もやってみようか、という口車(オイオイ!)にも乗ってしまったのです。
 その結果が現在の裏部長です。空手サイコー。

 帰途、H田君とバスに揺られてふたたび月寒中央駅へ。彼といっしょに乗るときはいつも最後列のド真ん中の席に腰をおろして終始おしゃべりばかり。ふと前を見ると、二列ほどはなれた二人がけの席に、きっと今さっき練習が終わったのであろう野球部らしき坊主頭の少年がおおきなスポーツ・バッグをどかっとシートにおろして、疲れたような、それでいて何かこのあとにも愉しいことが待っているような、妙にうれしそうな表情をして友人とことばを交わしています。
 そんな情景を見ていると、なんだかね、後輩たちのこれからが心配になってきました。今年で部長もS呂君も狗っちも苫小牧のH君も卒業します。なかには大学院へすすむ人間もおりますが、何人かはたしかに学校から巣立っていって、そして就職をするのでしょう。一般的な会社へ入って、毎日仕事に追われるような生活になれば、きっと稽古へ来る余裕などなくなってしまうはずです。現にわたくしからがそうなってしまっているのです。きっと彼らもこれまでのようには顔を出せなくなることでしょう。
 そう考えると、なんだか先輩として淋しい気持になってしまいます。学校の卒業式で担任の先生がオイオイ泣いている場面をよく見かけますが、あの心境がわかるような気がしますね。やっぱり何だかんだといっても、それだけ長い時間をともに過ごしてきましたから。感慨深くなってしまうのも仕方がないでしょう。

 今月の稽古は残すところあと一回。その次はもう四月です。
 
 春はもうすぐそこまで来ています。きっと四月になれば、新しい生活がはじまって新しい友達ができ、青空に映える櫻のように、こころの中まで風が吹きぬけるような、そんな日日がまたかならず始まるはずです。空心館札幌支部も、きっとまた新しい門弟をかかえて、あの一号館の地下の、夏は蒸し暑く冬は暖房地獄の、あの教室で、きっと誰にも知られずに稽古をつづけていることでしょう。
 
 裏部長もきっと、そこにいます。
posted by 札幌支部 at 21:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年03月12日

三月になりました!

 真冬の国からこんにちわーーー!

 ご無沙汰しております。裏部長です。すっかり書き込みを怠けてしまい、申し訳なくおもっております。以前はね、散散「おいおい、みんなも書き込んでくれよぉ」と云っていたのにね、こんなザマでは後輩たちに示しがつきません。

 本当にごめんちゃい。


 さて、気づいてみればもう三月です。新しい春の季節がすぐそこまでやって来ております。札幌もまだまだ雪の山がなくなってくれませんが、今年はわりかし暖かいらしく、すでにほとんどの歩道はそのアスファルト面がむきだしになっていて、晴れるとポカポカした陽気でとても過ごしやすい日日が続いています。このまま四月を迎えられたら、とこころより願っております。

 栃木のT君へ。

 そうでしたか、あなたも卒業ですか。すっかり忘れておりました。時間が経つというのは本当に速いものです。
 卒業おめでとうございます。これから先、あなたがどんな道を歩んでゆくのか、どんな夢を追いかけるのか、わたくしにはわかりませんが、それでもあなたは大丈夫です。
 T君のコメントの文章を読んでいると、わたくしはいつも嬉しくなります。どんなに落ち込んでいても、どんなに沈鬱な心境にあっても、かれの文章を読むうちに自然とこころのなかが晴れやかになって、気づいたらかすかに微笑みすら浮かべていることが何度もありました。昨日のものもそうです。
 これはひとつの才能だとおもいます。得ようとおもって得ることのできない、たいせつな宝物です。持っているあなた自身はもちろん、その輝きに触れているわたくしたちもまた、あかるく照らされて笑顔でいることができます。

 書き込みが絶えるとかならずコメントを入れてくれる、優しいT君のそんな思いやりに、わたくしはいつも心を励まされています。
 ありがとう。


 今月の札幌支部の稽古はかなり少なくて、明日と来週の火曜日しか残っておりません。いまは大学も春休み中なので、おのずと参加人数も減ってしまい、わたくしも仕事の関係で行けないことがほとんどなのですが、しかーし!!!なんと明日の稽古には出られそうなのです!
 何日ぶりでしょうかねえ、稽古へゆくのは。なんだか久しぶりすぎて緊張してきました。
 空心館へ入ってから、これほど長いあいだ胴着を身につけていなかったのは今回がはじめてです。これが社会人になるということなのか、とおもうと、すこし辛い気もしてきます。

 とにかく明日です。明日の札幌支部は体道稽古です。わたくしはもちろん参加いたします。

 さあて、今から筋肉痛の用意をしとかないと……。
posted by 札幌支部 at 21:43 | Comment(2) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年02月10日

意外と全体的か?

 どうも、裏部長です。三連休なのでまたまた顔を出しにきました。

 栃木のY先生と奈良のM田先輩が、昨夜のわたくしの書き込みにコメントを寄せてくださいました。しかもお祝いの言葉つき!裏部長は果報者です。


 Y先生へ。
 お忙しいなかコメントありがとうございます。なんとなくそのあたりだろうなあと感じてはおりましたが、そうですか、今年で五十歳ですか。まさしくわたくしの倍でございますね。こちらが四半世紀ならばそちらは半世紀というわけで……。
 しかし、そんなことを考えてみたらですよ、逆にわれわれ若手はゾッとします。きっとご子息のT君が日頃から感じていることをあらためて感じて、ゾォッとします。
「……え、えっ?五十歳であんなに動けるの!?」  このことです。これはうちの師匠も以前から洩らしておりましたが、十代の高校生はもちろん、三十代の高段者をしても圧倒されてしまう迫力と技の鋭さ、そして柔らかさ。年齢を知れば余計にその凄まじさに感動いたします。
 もっともっと学びたいと改めて思いました。


 M田先輩へ。
 お祝いのコメント、ありがとうございます。昨日は奈良にも雪が降ったそうで、鹿たちが寒そうにしている風景をTVで見ました。道場での稽古もなかなか厳しいものがあるのではないでしょうか。
 わたくしも今は、フジテレビ系列のTVドラマ『鹿男あをによし』を見ていますからね、なんだかそちらの鹿さんたちが他人じゃないような気がして、心配でなりません。寒いんじゃないだろうか、観光客が少なくなって鹿煎餅をもらえていないんじゃないだろうかと気を揉んでおります。
 まあそんなことはどうでもいいのですが、そうですか、M田先輩は今年で三十五歳ですか……若い!
 いや、もちろんわたくしよりは年上でいらっしゃいますけども、やっぱりお若いですよ。まだ一度しかお会いしたことはありませんが、あの風格、あの落ち着きよう、あの迫力で、自分とは十歳しか離れていないだなんて……なかなか判断できるものではありません。

 こんなことを云うとお叱りを受けるかもしれませんが、もしかしたら空心館は全体的に「老け」ているのではありますまいかいい気分(温泉)もちろん、ただ単にわたくしのように「老け顔」であるという人もいるでしょう。見た目がなんとなく歳相応に見えない、という人もいるはずです。Y先生のご子息T君なんかはその最たる例ですね。高校生以上のなにかを醸しだしております。
 あれは一体何なんでしょうねえ。修行していると自然にそういった胆力というか、揺るがない精神というか、芯みたいなものが形成されてくるのかしら?今日ふと諸先輩方を憶いだしながらそんなことを考えていました。


 わたくしも今年一年、きちんと目標をもって能動的に、そしていつも自主的に稽古ができるよう励んでゆきます。ここへの書き込みはすっかり不定期になってしまいましたが、ちょくちょく顔を出すので、また気軽に書き込んでやってください。

 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 21:19 | Comment(2) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年02月09日

いま新たに想うこと

 こんばんは、裏部長です。またまたご無沙汰をしておりました。

 本日、わたくしは二十五歳になりました。この世にオギャー!と生を受けてから四半世紀が経ったわけです。長かったような短かったような、あっという間の二十五年であったようにも思われるし、いざ記憶をたぐってみれば、あんなこともあった、こんなこともあったと、次から次に憶いだされてきて、ああやっぱり長かったんだな、とも感じる二十五年でもありました。あたしの人生暗かった、と歌った女性歌手がおりましたが、裏部長の人生はほどよく明るく、そして適度に薄暗いものだったような気がします。ピーカンの晴れた空のようにいつもスカッとしている人間ではないし、そうかといって四六時中、俯いてじぃーとしているようなタイプでもない。どちらもほどよく持っているといった按配の、まあ簡単にいえば「普通のひと」であったわけです。特にこれといった特技もなく、誰に誇れる才能とてなく、あるのは平均的な成績表と中途半端な身長と、あとは、一重だったと思っていたら実は奥二重だった目を持っているくらいです。誰に注目されるわけでも、信頼されるわけでもなく、ときに真面目に、ときに出鱈目に、人生を、この毎日を生きてきた二十五歳の男はきょう、みなさんから遠く離れたある国へ旅立ちます。
 みなさん、さようなら。またどこかで会いましょう。






 
 って、オイオイ。


 すんません。誕生日ついでに悪ふざけをしてしまいました。

 どうも。改めまして、裏部長です。二月九日の夜、いかがお過ごしでしょうか。こちらは雪が降ったり降らなかったりの平穏な日日でございます。いまは「さっぽろ雪まつり」が開催中で、街なかは観光客やら外国人やらでごった返しております。おもえば中国拳法の李自力先生を案内して大通り公園へいった日が懐かしいですなあ。

 前にちょろっとお伝えしたとおり、現在札幌大学は学生の麻疹発症のために、一時閉鎖されております。よって稽古は二月に入ってからまだ一度も行なわれておりません。今後の日程も未定です。
 でもね、よかったの。わたくしもね今週、麻疹じゃなかったんだけど、見事に風邪をひいてしまってね、月曜日から木曜日あたりまで病人だったんですから。稽古がなくてよかったと思いますよ。
 きっとね、来週くらいになれば今後の予定が立つでしょう。それまで札幌支部の門弟諸賢はなが〜い目で待っていてください。

 わたくし個人のことでいうとね……特にないかな。じぶんの躰のなかで劇的になにかが変わった!!みたいな報告もないし、第一、稽古へ行けてないのですから、どうしたって書くネタは少なくなってしまうのです。

 ですから今夜は、誕生日を迎えてキリのいい年頃となった裏部長から、本年の心意気をご披露してお開きとしたい。みな心して聞くように。


 えー、


 今年も稽古に励む!!!


 
 ま、人間ですもの。そう簡単には変わりませんて。
posted by 札幌支部 at 21:27 | Comment(2) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年02月01日

とにかく闘うひと

 こんばんは、裏部長です。

 きょうは金曜日です。明日からは愉しい、たのし〜い週末が始まります。スキーに、レジャーに、病院に、と、ホントに愉しそうなことばかりが目白押しです。

 一方、わが母校である札幌大学では生徒の麻疹発症のために、いめ閉鎖されております。師匠をはじめK先生や後輩たちの安否が気遣われます。
 ただ、すでに卒業して久しい裏部長にできることはほとんど無いので、氷点下の空の下、静かに静かにその体調を慮りつつ、愉しいたのし〜い週末のためのちょっとした情報を提供したいと思います。

 長くなりますが、せっかくの週末なので、ヒマを見つけて読んでやってください。武術にも通じるものがあるはずです。


 これは小説を書く人間としての話ですが、実はわたくし、ここ数箇月の間、ずっと悩んでいることがあります。

 辰濃和男さんの新書『文章のみがき方』に、“借りものでない言葉で書く”という章があって、わたくしはそれを読んでえらく衝撃を受けてしまいました。改めて考えてみるまでもなく、当たり前すぎるほど当たり前なそんなことが、自分の作品ではまるっきり出来ていなかったからです。

 わたくしは池波正太郎さんから小説の世界へ入って、おなじ歴史小説であれば司馬遼太郎さんや山本周五郎さんなど、それ以外のジャンルでも江戸川乱歩さんや我孫子武丸さん、夏目漱石さんなどの小説をおおく読んでじぶんの糧としてきました。このひとたちの作品を読むことで、じぶんの内に「小説的要素」を蓄えていったのです。
 もともと不勉強だったわたくしにとって、これらの読書はとても勉強になりました。現に、この方たちの小説を読んだからこそ、今じぶんでも小説を書くことができているのです。やってきて良かったと、心のなかではそう思っています。

 ただ。

 この勉強は同時に、わたくしの内にある試練を残しました。
 それが「借りものに染められないで書く」という試練です。
 文学的な要素をほとんど持たぬ人間が池波さんや司馬さんや江戸川乱歩さんらの小説を次から次に読んでその文体や展開の速度などを体内へ吸収し、蓄えてしまうと、いざじぶんで小説を書くという段になって、どうしてもその要素を判断材料としておのれの作品を見てしまうのですね。つまり、自分で文章を書きながらそれを池波さんなどの小説と比較して間違っていないかどうか、ズレていないかどうかを無意識のうちにチェックしているのです。ですから、過去に書いた短篇小説のほとんどは、上にあげた作家さんたちの小説にどこか似ているはずです。わたくしがそれを「完成」にしたということは、わたくしが尊敬している作家たちの文体にとおく離れていないと判断した、ということなのですから。

 好きだ、という感情がもとにあるから、どうしても自分の文章を尊敬している人たちのものに近づけたくなる。そんな感情はきっと、小説を書いているひとにとっては当たり前の衝動かもしれませんが、辰濃さんの新書にあった通り、それではただの“借りもの”、物まねにすぎません。どんなにストーリーが面白かろうと、文章がこなれていようと、やっぱりオリジナルの作品としては光ってくれないのです。

 わたくしが昨年ほとんど新作を書けなかったのはこの点で思い悩んでいたためでありました。書いてゆく傍から「これは本当にじぶんの文章だろうか」と気になってしまい、一章たりとも容易に書き上げられなかったのです。


 実をいうと、この悩みはつい数日前まで続いておりました。
 でも、今は違います。長かった苦悶の日日が、今まさに解消されたのです。
 解消してくれたのはある一冊の文庫本でした。そのタイトルを、

『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』

 といいます。


 筆者の滝本竜彦さんはこれがデビュー作。わたくしと同じ北海道出身のひとです。
 読了の感想を率直に申しあげれば、「衝撃」、です。ただただ衝撃の読後感でありました。

 とにかく、地の文の自由奔放さが凄い!!こんなに柔軟で、これほどテンポ良く書かれた地の文をわたくしは今までに見たことがありません。とにかく弾むように書かれている。
 池波正太郎さんはある対談のなかで「(今は)語るように書いてるからね。直木賞とった直後のころは難しい言葉なんかを使ったりしてたけど、そういうのは早く取れたほうがいいんだよ」とおっしゃっていましたが、まさしくその通りで、この小説は台詞の部分もふくめて、まるでひとり語りのようにして書かれています。だからとても読みやすいし、読んでいて愉しいリズム感があるし、主人公は「オレ」と書かれて進行してゆくので、まるで自分が彼になって物語のなかを走りまわっているかのようなそんな一体感さえ得ることができるのです。

 読書スピードの遅いわたくしでも四時間ほどで読了できました。まさしく「巻、惜くをあたわず」でした。
 この本を読んだ翌日から、わたくしは数年ぶりに長篇小説を書き始めました。もちろん借りものの言葉や文章ではなく、あくまでじぶんの内から溢れてきた感情をそのまま文字にして、飾らず、こだわらず、じぶんの中にある有名作家たちとの比較結果にも左右されず、とにかく思うがままに書くようにしております。筆をとって書き始めると、今までに味わったことのない爽快感を得ることができました。小説を書くようになって初めて味わう快い感触でした。
 それに気づかせてくれたのはこの一冊です。間違いなく、わたくしにとっての運命の一冊になることでしょう。


 ちなみに。

 どうしてこの小説を知ったかといえば、それは、現在この小説を原作にした映画が公開されているからであります。TVでその予告編をみて、おっこりゃ良さそうだな、と思って、じゃあ映画観る前に原作でも読んでみっか、タイトルも面白いし、ってな具合で文庫本を手にとったのでした。

 先日その映画も観て参りました。タイトルは同名『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』。主演は市原隼人関めぐみ。脇にも浅利陽介三浦春馬板尾創路野波麻帆などが出演しており、監督はこれが長篇デビューとなる北村拓司
 
 監督自身がもともとCM業界のひとらしく、あまり根から映画映画していないためなのか、それとも出演者たちの力なのか、その両方が関係しているのか、そこんところは判然としませんが、この映画、ふしぎな面白さに満ちています

 まずストーリー(脚本)ですが、かなり原作を尊重しているように感じました。物語の舞台が変わっていたり、渡辺(浅利陽介)がつくる楽曲の歌詞を映画では能登(三浦春馬)が勝手に書いてきたということになっているが原作ではかれが依頼して書いてもらった、というところとか、細かい部分ですこしづつ変更はされているものの、ほとんどの部分では原作に忠実で、特にこれといって気になるような穴はありませんでした。急ぎすぎず間延びもせずに、たっぷりとあの小説の世界観を映像として見せてくれたような気がします。

 キャストに関しては、文句なしに良かった!といえる人はほとんどいません。まあしいて云えば浅利陽介君くらいで、しかし彼も、テンションの高いところでは何度か台詞のつぶれてしまっている箇所があったので完璧ではありませんでしたね(もちろん物事に完璧ということはありませんが、それであってもいささか不細工なつぶれ方でした)。
 関めぐみさんはアクション・シーンも頑張っていたし、演技も平然としたものでしたが、どうも要所要所で一貫性のない表情が見られました。その展開でそんな戸惑いの顔はしないだろ〜、といった感想がいくつか生まれてしまいました。
 金髪にした三浦春馬君は歌も披露してなかなか活躍をしていましたが、どうも激昂するようなシーンはまだまだ迫力が足りない。かれの役柄としてはいくら高校生とはいえども、どこか不思議な深さ、不安定さのあるキャラクターですから、あの喧嘩のシーンあたりはすこし無理をしていたように感じてしまいます。
 主演の市原隼人君は、数年前にくらべたら数段の上達ぶりです。あの主人公のキャラクターをきっちり全身で演じておりました。感心しました。
 ただ、ところどころで入るナレーションがどうもいけない。暗い感じを心がけたのでしょうが、素人の高校生がラジオ・ドラマ作ってるんじゃないんだから、もう少し滑舌よく、はっきりと暗いしゃべりをやってもらいたかったです。

 と、なんだかんだ偉そうなことを云ってきましたが、総合的に感想を申しあげると、この映画は面白い!!それも不思議な面白さに満ちております。
 この感覚はちょっと入り組んだものなので容易には説明しきれないのですが、つまりは“映画的面白さだけではない映画”ということなのです。

 監督がどんな思惑であれらのシーンをあのように撮影されたのか、それはわたくしにはわかりませんが、無造作に撮られた走りのシーンがあると思えばコントのような展開もあり、音楽のPVみたいな世界観があったと思えば今度はしっかり映画的論法を踏まえた、いわゆる映画らしいシーン運びをする。じゃあ、この映画は映画らしいか?と問われると、やっぱり「う〜ん」と唸るしかない。
 とにかく不思議な映画なのです。アクション・シーンは迫力とスピード感にあふれて、バイクのシーンは鮮やかに、演奏シーンはたのしげに、どこかで泣かせる無言のシーンを作ったかと思えば、ただ笑わせたいばかりの細切れの突っ込みシーンを入れる。ラスト、彼女のもとへ急ぐ主人公の前に真っ赤なバイクに乗った担任教師が通りかかる、彼はそのバイクをなかば無理やり借りて走り出す、バイクには乗り馴れていないから走り出しでウィリーをしてしまう……という件や、すべての闘いが終わり、バタバタと引越しないことを母親につげ、戦闘で黒焦げになったバイクを担任教師へ返し、ボロボロになったカメラ用の一脚を渡辺に返し、それを見た渡辺は怒ってタバコをゴミ箱へ捨てるとボォッと焔が立ちのぼる……といったシーン展開は、わたくしに云わせれば限りなく映画的でしたが、監督はすぐにその展開を打ち切ってちがうリズムで次のシーンを始めます。ラストの焔のところまでは短いシーンの連続でバックに音楽も流れているから、そのままエンディング・ロールに突入してもいいものなのに、監督は音楽もろともブツッと切って静かな、ふたりだけの夕焼けの波打ち際へと場面を移します。

 これがもし計算だったら、この監督は映画らしさを十分わきまえた上でそれを操り、ほどよく取り入れほどよく裏切り、どちらか一方に偏らない映画づくりをしているということになります
 もしそれが本当なら、北村監督は天才です。これからの作品にもおおいに期待が持てます。


 原作も映画も、『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』、すこぶる刺戟的な作品になっております。どちらもわたくしにとっては衝撃的な作品となりました。このインパクトをいつまでも忘れず、今後の創作活動に活かしてみたいと思っております。


 この文章ですこしでも「おや、これは面白そうだぞ」と思ったそこのあなた!!
 映画館と本屋さんは明日も開いてますよ。

 ちなみに。

 できれば本のほうは、Y先生のお店でお求めください(あるかどうかはわかりませんが)。


 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 23:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年01月28日

 こんばんは、二夜連続の裏部長です。馴れてくるとこんなものです。

 またまた栃木のY先生とT君からコメントがありました。いつもいつもありがとうございます。
 でもまあ、ああいうテンションの高い文章はどうやったら書けるのか教えてもらいたいものです。そんじゃそこらのハイテンションじゃありませんよ。場合によっちゃほとんど病気にちかいスピード感です。文字のつかい方もおもしろいし、それにY先生とT君の書きあいが、まるでTVのチャンネル争いをしているかのようで、読んでいてこれほど愉しい文章はありません。これもまた「個性」というものでしょうね。

 しかし、お店に車ごと、というのは心配ですねえ。突っ込んじゃったのかしら?もしそうなら一大事ですよ。呑気にはしていられません。
 昨今は昔ながらの本屋さんが軒並み閉店してしまって大変なんですから。札幌でもそうです。何十年も町のなかで商売をしてきた「書店」ではなく「本屋さん」がどんどんと店を閉めてしまって、なんだか町の灯りがしぼんでゆくようで淋しい想いをしております。たしかに大型書店やインターネット・ショップの台頭で、小ぶりな町の本屋さんは押され気味なんだろうけど、雰囲気という点では、まだまだ本屋さんのほうが勝ってますよね。ああいう温かみのある場所がわたくしは大好きです。

 ああ、そうそう。すっかりお伝えするのを忘れておりましたが、二月はすこし変則になって、札幌支部の稽古は、おそらく時間帯が変更になるものと思われます。春休み期間ですからね、きっと早い時間帯になるのでしょう。
 ああ、そうだそうだ。二月といえば、あと数日でもう二月ですよ!あっという間です。ついこないだ初詣に行ったと思ったけどなあ。時間が過ぎるのはほんとうに速い。今年はそんな風に、瞬く間に過ぎてゆく一年かもしれません。

 なんだか勘を取りもどすのに四苦八苦しております。じょじょに書き続けて、以前のような文章を書けるようにしておきます。
 
 とりあえず、今日はこんなところで。
posted by 札幌支部 at 21:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年01月27日

使わぬ刀は錆びつくばかり

 お久しぶりです。哀川翔です。じゃなかった、裏部長です。みなさん、ご無沙汰をいたしております。

 毎日のようにこのウェブログへ書き込みをしていたときはそれが当たり前だったし、毎日のリズムようになっていたし、また毎週かかさず稽古へも参加できていたので、とくに苦労することもなく、毎晩のように記事をアップしておりましたが、「今年からは稽古のときだけ書き込む」と勝手に決めてしまってからというものすっかり怠け癖がついてしまってお恥ずかしい限りです。昨年までは後輩たちに「もっと書き込んでよ!」と注文していましたが、当の裏部長がこれではいけませんね。いくら毎日とは云わずとも、一週間に一度くらいは書き込むべきでした。不甲斐ない裏部長を叱ってやってください(こんにゃろ!)←とりあえず自分で一発叱っときました。

 家屋は、そこに住むひとがいなくなると急激に朽ちてゆくといいます。ウェブログも例外ではありません。手入れをしていない刀のように、いつの間にやら近寄ってきた“錆”に浸食されるところでした。栃木のT君の激しいコメントで気合を入れてもらいました。

 T君へ。テンションの高いコメントありがとう。
 たしかに裏部長、最近はすこし仕事が忙しくて稽古へ行けてません。今月はもう大学の試験のために稽古はないから、一月中ではたった一回しか参加していないことになります(どうりでウェブログが閑散とするわけです)。
 二月からは基本的に春休みタイムになるので、稽古時間などが変更になります。そもそもきちんと参加できる(若しくは、参加したいと思っている)門弟の数がかなり少ないので、おそらくはその内でもっとも来る可能性のたかい人の予定に合わせることになると思うので、来月もどうなるかわかりません。三月の栃木遠征も現段階では未定です。ごめんなさい。

 でも、裏部長が稽古をやめたわけではありません。大学での稽古へは参加できていないけれど、自宅ではきちんと自主稽古を重ねています。きっと動きまわっていないから体力も落ちてるだろうし、いま約束組手なんかやったら次の日は確実にヘロヘロになっちゃうだろうけど、稽古そのものへの気持は絶やしていません。スケジュールが合い次第すぐにでも参加できる体調にしてあります。
 
 最近は家でも「蹴り」をよくやっています。これが案外、足のむくみに効くんですよ。仕事帰りで、疲れていて、脹脛あたりにダルい感じがあったら、ただひたすらに前蹴りですよ。男は黙って〜前蹴り!前蹴り!の世界です。空手と餅つきの違いです(なんのこっちゃ)。

 とにかくそんなわけで、現在の札幌支部は師匠たちの多忙さもあいまって、稽古らしい稽古のできていない状態にあります。だからおのずとこのウェブログも停滞気味になってしまうのですが、放っておくと「死んだんじゃねえのか」と心配されそうなので、明日からはちょくちょく書き込むようにします。なあに、ご案じなさるな。話のネタなら掃いて捨てるほどあるのです。裏部長を見くびるんじゃなーい!!


 明日からはまた新たな一週間。こちらは大雪のせいですっかり道路の幅が狭くなってしまいましたが、寒さにも負けずカラダの鈍りにも負けず、満足な稽古のできる日を夢みて、わたくしもまた歩き始めます。
 そう遠くない春を見つめながら。
posted by 札幌支部 at 19:23 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記