2010年11月09日

今なら二秒でくたばる!

 下品なタイトルでごめんなさい。



 裏部長です。長らくご無沙汰をしておりました。

 北海道では、夏だ、残暑だという時期をすぎ、明日には雪が降ります。

 もうそういう季節になってしまいました。



 今日、空手の稽古に参加してきました。

 日誌を手繰ってみれば、なんと約一箇月ぶりの稽古。


 そりゃ、身体も鈍るというものです。



 もちろんこの一箇月間、何もしていなかったわけではないのです。

 週に二度の古武術講座にはかならず参加しているわけですから、週に一度も突かないことはないし、蹴らないこともないし、体道をやらないということもないわけです。


 でも、やっぱり、自分の稽古はできていないわけで。




 今日はわたしと、最近よく参加しているIくん、そして師匠の三名でしたが、約束組手が不甲斐なかったなあ。

 とにかく、身体が自分のものだと思えないほど動かない。締まらない。

 足がね、雲の上を歩いているかのように、なんだか浮いてしまっているのです。



 これはほんとうに情けない。



 いまなら二秒もかからず、わたしはやられてしまうでしょう。

 師匠の突きが胸に沁みたなあ。

 お前、そんなことじゃ武術はやれないよと、無言のうちに教えられた気がしたなあ。




 寒風吹く十一月の夜に、ひとり臍を噛み、声にならない叫びを発する今日このごろ。

 みなさん、いかがおすごしでしょうか。



 インフルエンザには気をつけて。



posted by 札幌支部 at 21:47 | Comment(0) | 裏部長の日記

2010年08月03日

気がつけば葉月

 こんばんは、裏部長です。

 七月に誓いを立てたと思いきや、あっという間にもう八月です。

 季節が変わるのは速いものですねえ〜



 さて今夜は、「カモメ」さんのコメントにお答えするのみでご勘弁を願っておきます。



 えー、体道と浅山一伝流体術についてのご質問ですが、まずはその違いについて。

 これは簡単に言って、個別の流儀とその総称という違いです。


 ん。あんまり簡単じゃない?


 うーむ。もっとわかりやすく言うと、たとえばね、野球とかサッカーとかバレーボールとか、ボールをつかってするスポーツを「球技」とひとことで表現するでしょう。あれが、わたしどもで言っているところの、「体道」ということなのですね。

 細かい歴史だとか道場の成り立ちみたいなことは、たしかこのブログの発足当初に書いたと思うので、お手数ですがそれをご覧になっていただいて、結局、スポーツで言うところの「球技」に、たとえばサッカーがあるように、「体道」と称しているカテゴリーのなかに「浅山一伝流体術」という柔術の流儀が入っているのです。


 で、その浅山一伝流ですが、中身については詳しくここでは説明できません。技の内容などは、できれば、実際に道場にてご説明申しあげたい。

 しかし、基本的には古流の柔術ですから、投げたり、押さえたり、関節を極めたりするような技があります。なんとなーく、そんな感じでイメージしてください。



 本来はね、わたしではなく師匠から説明するのがほんとうなのですが、いちはやくご返答をと思ったもので、裏部長、老婆心ながらしゃしゃり出てしまいました。

 カモメさん、何かほかにも訊きたいことがございましたら、再度コメント欄にお願いいたします。きっと後日、師匠より詳しい回答がなされるはずです。



 それでは、また。
posted by 札幌支部 at 22:38 | Comment(0) | 裏部長の日記

2010年07月17日

自然体

 こんばんは、裏部長です。

 札幌ではようやく今週に入ってから湿気が消えました。どうも七月に入ってから十数日は蒸し暑く、梅雨なのかと疑いたくなるような日もあって苦しかったのですが、ようやく北海道らしい、さらりとした暑さになってきました。


 こういう気候のなかでおこなう稽古は、また格別なものがあります。



 最近ふと、「自然体」について考えました。

 いままで自分がそうだと信じてきたもの、あえて言い換えるなら「ニュートラルな身体(状態)」ということになりますが、最近まで、それはこういうことだろうと考え、実践してきたことがじつは違っていたのではないかと、ほんとうに突然そう思ったのです。


 つまりニュートラルな状態とは、簡単に言えば居ついていない身体のことです。攻撃の際には攻撃のみ、防御の際には防御のみ、構えているときは構えのみしかできない状態をよしとせず、つねにどちらにも傾かない、自由な状態をニュートラルという横文字で表し、認識してきたわけです。

 わたしもかねてから脱力だとかニュートラルだとかについては考えていたし、稽古のなかで自分なりの動きを試したこともあったのですが、どうもこれまでにやっていたのは、ただ単に浮遊した状態の身体だったのではないかと、そんな疑問をおぼえはじめています。


 脱力し、意識を偏らせず、相手の動きしだいで如何様にも反応できる状態を目指すと、やはり、ただそこにふわりと浮いているだけのようになってしまい、結局のところ、攻撃する際には攻撃する体勢へ入り、防御するときは防御をするにちょうどよいバランスを全身でとってしまう。
 これなら、ニュートラルな状態は一時的なもので、最終的にはそれを解かないと動けないという、なんともおかしな話になってしまうのです。



 いまのところ理屈の上では、わたしは自分なりの答えを出せています。

 現在のわたしにとって真に「ニュートラルな状態」とは、攻撃する準備も気構えも防御をする体勢も足腰も、すべて整っていながらそのいずれにも移行していない身体、を指します。

 ただ浮いているだけではない。ただ脱力して立っているわけでもない。

 いつでも万全に攻撃ができる、防御ができる。だからこそ反応が起こるし、相手へ攻撃しないという選択もできる。一見すると何もしていないように見えて、その実は、いつでも爆発できる状態の花火のごとく。一瞬の変化で、焔にもなるし風にもなる


 ……ま、それができれば、わたしは達人でしょうけどね。



 稽古におけるもっとわかりやすい「自然体」についても考えています。

 こっちはもっと単純で、稽古でつかえる身体は稽古でつくれ、ってことですね。突きを速くするために、威力を増大させるために、蹴りの鋭さを、運ぶ足の力強さを、それぞれ成長させるために、稽古以外の動きをわざわざ時間をとっておこなうのはいささかナンセンスです。

 サッカーで日本代表になりたければ、まずボールを蹴る。

 ジャイアンツに入りたいなら、まずはキャッチボールとバットの素振り。

 100Mで九秒を切りたいならまず走れ、です。


 空手や体道を上達させたいのなら、そのための身体をつくりたいのなら、まずは稽古することですね。それで成長できないということは、稽古が足りない証拠です。


 ……ま、これは自分自身に言っているんですけどね。


 
posted by 札幌支部 at 19:33 | Comment(1) | 裏部長の日記

2010年07月11日

文月の空に誓う

 こんばんは。裏部長です。

 長らくご無沙汰をしておりました。一部の方からは、「もう裏部長は生きていないんじゃないか」との噂も出ていたとか出ていないとか。それくらい長いあいだ、書き込みを休んでおりました。

 はい。裏部長はこうして生きています。どっこい元気にやっております。


 このところいろいろなスケジュールの関係で、稽古へ出られていないというのが、更新できずにいた最大の理由なのですが、すこしずつそんな状況も改善され、また稽古へ没頭する日々になりそうな気配があります。

 やはりこの夏の陽気が、わたしにやる気を出させるのでしょうかねえ。



 いまひとりの稽古人として感じていること、考えていることはたくさんあります。

 ありすぎてここには書ききれないほど……というのはいささか大仰ですが、でも、全部書くには体力が要りそうなほど、考えていることはたしかにあります。


 しかし、あえてそのなかのひとつを書きだせば、それは、

そべての悩みを解決するヒントは、すでにもう教わっている

 ということでしょう。



 空手のほうでは、初心者からはじめて三年間で黒帯というのが標準で、黒帯を締めてようやくほんとうの空手を習うことができる、と言われてわたしもここまで稽古してきましたが、あの黒帯までの三年間で教わったことをきちんと実行すれば、最近ぶつかっている壁のほとんどは越えられるような気がします

 つまり師範や師匠はその期間に、相当重要な教えを下しているわけです。しかし歯がゆいことに、その期間にいるわたしたちは、それら重要な教えを教えだとは気づかずに、たとえば拳の握り方だとか足の向きだとか、表面的な技術にだけ目を向けて、それを習得するのに必死なものだから、到底すべてを意識的にすくい上げることは不可能なのですね。

 だからこそ、いまになってあれやこれやと気づきはじめるのです。



 長く修業をつづけるというのは並大抵のことではありません。

 生活面、経済面、体調面などで稽古を断念せざるを得ないような問題が出てくるし、本人にやる気が失せてしまう可能性だってある。また、進めば進むほど、扱う技は難易度を増すわけですから、その技自体がわれわれを切り捨ててゆくということもある

 だからこそ、いまもこうしてやる気をもって、手ごたえを感じながら稽古に臨めているというのは、なんともはや幸せなことです。わたしはいま、それを日々噛みしめながら汗をかいています。



 この夏は肉体改造の意味もこめて、可能なかぎり胴着をきます。

 そのたびにここへ来られたらどんなに良いか……いや、きっとすぐに書きに来ます。



 いまこの空に、そう誓います。
posted by 札幌支部 at 20:11 | Comment(0) | 裏部長の日記

2010年01月11日

稽古はじめました。

 こんばんは。裏部長です。


 早いもので、2010年になってもう半月ちかくが経過してしまいました。巷には新成人たちがあふれ、札幌は氷点下に見舞われています。

 いくつになっても、寒さはからだに堪えます。


 さて、札幌支部は先週の金曜日、8日から今年の稽古をスタートさせました。昨年の稽古納めとまったく同じメンバーで稽古はじめをしてきました。

 先日も書きましたが、今年の目標は「初心怠るべからず」。諦めたり程々にして妥協したりすることなく、着実に稽古を深め、その一方ではやはり、どうにかして若手を育てようというのがわたしの野望です。


 せっかく大学内で稽古をしているというのに、学生の姿がほとんど見当たらないというのはやはり淋しいものです。空心館の武術に共感をもってくれる若者はまだまだいるはずですから、そんな彼ら彼女らへ絶え間なくメッセージを送り、導いてあげる。この活動もまた、長らく怠ってきたことのひとつなのです。


 もちろん、他人のことばかりに気をつかっていられるほどわたしは器用でないので、メインは自分の稽古に尽きます。空手を、体道をやっていますと、胸を張って言えるように、きちんと日々精進します。


 ただ、当面の目標としては、これも怠っていたことのひとつの結果なのですが、増えてしまった体重を落として、からだを締めるということですね。まずはこれを必死にやりきる予定です。


 できれば、雪が解けるまでには、どうにか……。


 
posted by 札幌支部 at 20:01 | Comment(2) | 裏部長の日記

2010年01月04日

初心を怠るな

 あけましておめでとうございます。

 裏部長でございます。

 本年も何卒、よろしくお願いを申しあげます。


 2010年となって、改めて稽古について思うことは、

初心

 このふた文字につきます。


 いや、なにも“初心に帰りたい”などと情けないことは申しません。以前ここでも書いたように記憶していますが、わたしは「初心に帰ることはできない」という考えで生きています。一度スタートした場所へふたたびもどるというのは、走りはじめたマラソン走者に、

「すいません、もう一回スタート地点からやり直してください」

 と言うようなものです。そう宣告されて、ハイわかりましたと承諾する人が、この世に何人いるでしょうか。


 まあ理屈はどうであれ、わたしはこのように、初心に帰ることは決してできないという考えをもってはいますが、しかし最近は、大切なことは違う場所にあるのではないかと思うようになりました。

 つまりですね、われわれが“初心に帰りたい”と思うときは、過去の自分よりいまの自分がダメに思えた瞬間なのですね。昔はここまでやっていた、あれもできた、これもできた。でも、いまはそれが何ひとつできない。心身ともに衰えてしまった。
 だからこそ、初心に帰ってもう一度……という流れになるのですが、わたしは気づいたのです。


 人間、初心を忘れるわけではないのです。
 ただただ、初心を怠っているだけなのです


 昔は稽古でもここまではやった。其場突きは毎日数百本やった、蹴りも同じくらいやった。それに加えて型も、筋力トレーニングもやった。それが自分の限界だと思える回数を、ほとんど毎日やったという過去がある人は、いつの間にかそのハードルを、自分の手で下げてはいませんか

 もしそんな風に、自分でハードルを設置したなら、何歳になってもそのハードルを下げないよう努力すればいいだけなのです。動けなくなった自分を甘やかしてハードルを下げることも、無理をして上げることも必要ありません。

 大切なのは、自分で決めたハードルを保つこと。そのためにすべての稽古を怠らないということ。これに尽きます。


 新しい年になって、わたしが改めて胸に仕舞ったのはこのようなことばかりです。

 みなさんも、よければ参考にしてみてください。



 初心、怠るべからず。
posted by 札幌支部 at 20:11 | Comment(1) | 裏部長の日記

2009年12月28日

稽古納めました。

 こんばんは。裏部長です。

 なんだかひさしぶりすぎて、この名前を書くのも違和感があるくらいです。

 長らくご無沙汰をしておりました。


 札幌支部は先週の金曜日、二十五日に無事稽古納めをしてきました。クリスマスに今年最後の稽古をおこなうというのは、なんだかちょっと不思議な気分でしたが、あれはあれで乙なものです。

 わたしは仕事の都合上、午後七時からの参加で、師匠もほとんど同時刻から合流され、あと参加者は部長のみという、なんとも小ぢんまりとした稽古納めでした。

 人数もすくないし、時間もないというので、今年の稽古納めではおもに体道をおこないました。わたしは復習、部長は新しくいくつかの技を教わります。


 体道に関しては、道新文化センターの古武術講座でも触れているので、なんだか一年を通して、稽古してきたなあという感があります。そのほとんどの時間は自分の稽古ではなく、他者への教授にあてられていたわけですが、それでも、体道をしていたことに違いはありません。

 現在わたしと師匠で担当している教室はふたりあり、下は高校生から上は七十代の男性まで、幅広い受講生の方たちで賑わっていますが、身体の大きさも技の浸透具合も、やっぱりすべてが十人十色、ひとりとして同じ説明で済ませてしまえる方はいらっしゃいません。

 理想の状態をきちんと指し示し、そこへ導くことが指導であるならば、わたしはまだまだその道において未熟です。それは、そういった教授の場へ立つことで痛感できます。この意味でも、体道に関しては、いろいろと教わることの多かった一年でした。


 一方、空手はというと、やはり「するのではない、なるのだ」という教えがもっとも大きかったですね。

 これは、ニュートラルな状態の身体というものにも通じてくる話であり、そういった説明は、わたしが師匠のもとへ入門したときからずっと、くどいように聞かされていたことなのですが、それが今年、あらためて新鮮な空気をまとって目の前に現れてくれました。

 ほんとうの意味でのニュートラルな状態とは何か。動こうとするのではなく、そうなってしまうというのはどういうことなのか。これをきちんと理解し、会得するにはさらに長い期間を要するのでしょうが、目標が見えたぶん、これまでよりは目指しやすくなったような気がしています。


 来年の裏部長個人の目標としては、体道を進め、空手に精進し、そして…、

「なるべくブログを更新する」

 これに尽きます。



 2010年がみなさまにとって素晴らしい一年でありますように。

 それでは、よいお年を。
posted by 札幌支部 at 20:21 | Comment(0) | 裏部長の日記

2009年12月03日

気づけば

 こんにちは、裏部長です。だいぶ長いあいだご無沙汰をしております。

 どうも最近はどっしりと腰をすえて、このページの更新をおこなえる状況にありませんで、なんだかんだで、もう十二月です。

 札幌支部は相変わらずの雰囲気で、ごく内輪に、のんびりと稽古を重ねています。気づく点、気づかされる点など、いろいろありますが、まだまだ吟味が必要な状態です。

 
 これからどんどん寒くなります。風邪やインフルエンザになどかからず、たのしい心持ちで新しい年を迎えたいものです。

 
 またかならず、年内には更新しに来ますので。
posted by 札幌支部 at 15:56 | Comment(1) | 裏部長の日記

2009年09月22日

負ける要素のない動き

 札幌は朝からはっきりしない空模様で、TVでは「今日は晴れたり曇ったりする天気でしょう」と、まことに見事なほどあいまいな予報を伝えている九月二十一日、敬老の日。札幌支部としては珍しい特別稽古が開催されました。

 場所は札幌大学研修センター。プールもついている体育館に、あきらかに敷地の無駄づかいだろうと突っ込みをいれたくなってしまうほどの広大な駐車場。日ごろ稽古でつかっている教室とくらべたら雲泥の差でしたね。

 稽古開始は午前九時。お隣では柔道部が稽古をしているというにぎやかな空間で教授ははじまりました。


 昨夜も書いたとおり、これは来札されたMさんのための稽古であったため、基本的にはそのことのみをおこないました。つまり、通常の稽古ではあたりまえのようにやっている基本稽古は抜きにして、軽いストレッチをしたあとは、すぐさま約束組手という、なんとも荒っぽい手法でおこなったわけです。

 散々引っぱっておいてこんなことを言うのはどうかと思いますが、昨日の稽古については、ここで詳しく書くことができません。いや、これはやはりMさんのためにも、書かずにおくことが最良かと考えます。


 本部のあの烈しい稽古をとおして、Mさんのなかにはいろいろな悩み、葛藤、苦悩のようなものが蓄積していたようです。それは、わずか二時間たらずの交流でしたが痛いほど伝わりました。本部には師範をはじめ、諸先輩方が顔を揃え、われわれ札幌支部から見ると夢のような空間に思えますが、それは互いに同じことのようで、本部でしか稽古をされていない方からすると、うちの師匠の教えというのはまた格別で、新鮮に感じられるものなのでしょう。

 
 昨日はMさんと師匠のほかに、師匠のご子息と韓国人留学生のCくん、あとはK先生も参加されました。わたしは後半、ずっとCくんと組んで稽古をしていたので、Mさんたちのやっていたことをしっかりとは見ていられませんでしたが、要所要所は押さえることができました。


 結局のところ、Mさんの悩みの種は「」にあったのだと思います。それは攻撃においても、防御においても同じことで、その一点に明快な回答を出せないがために、すべてにおいて首を捻らざるをえない状態となっていたのでしょう。

 攻撃に関しては、比較的発見しやすい問題点があって、稽古の冒頭からそれは師匠によって矯正されていました。とても基本的なことだけども、段階として上達してくるとどうしても見落とすことの多い、そんなポイントが隠されていたわけです。


 受けに関してはすこし複雑です。いや、かなり複雑です。だからあえて書くことを避けます。
 
 それにあの稽古で示されたことは、いわばMさんの宝のようなものですので、これは勝手に開示するべき話ではないと思います。



 ……ただ、です。一応わたしの頭の整理もあるので、気になった点のみを、思いつくままに書いておきますね。


 結局、受けに関しては、どうしても相手に押し負けない形をつくろうと考えてしまいがちで、軸をきちっと取り、前足を壁のようにして、相手の押しに耐えうる体勢を整えること。そんなことをMさんも考えてらっしゃったようなのですが、その壁で防御できるレヴェルの攻撃には耐えられても、それ以上のものがやってきたら、こちらは壁ですから、頭の天辺から足の先まで、すべてが一挙に崩壊してしまいますね。

 では、どうしたら「負けない形」になるのか? これはもう禅問答のような話の展開になってしまいます。


 それをするには、「負ける要素のない動き」をすればよいのです。


 ……


 つまりですね、負けないようにこうしよう、ああしようとしている時点では、形としてはすでに負けているのです。脱力しようと考えている限りはまだ力が入っているように、負けないでいようとしてそのように構えてしまうと、それは負ける可能性を秘めた状態に留まってしまうのですね。

 じゃあ、どうしたらよいか。これは簡単です。

 負けてもいい形に変えればよいのです


 これまでは、相手の勢いを喰らって負けてしまうから、負けないようにあれやこれやの対策をとる。しかし、相手のパワーをもらってもそれを防御や反撃に利用できる体勢をつくることができれば、それは負けであって負けではなくなるわけですから、結果的には「負けない動き」になりますよね


 なんだか廻りくどい表現で申しわけありませんが、昨日の特別稽古ではこんなことをやったわけです。そりゃMさんが目をきらきらさせてお帰りになるわけです。

 
 昨日のこともそうですが、Mさんの動きから感じた本部道場のにおい、ゴリラ級Tくんの凄まじさ(Mさん曰く、Y師範代か師範でないと手におえないとのこと)を聞くにつけ、またいつか栃木へ行きたいなあという思いをおぼえました。うちのCくんが、いつか本部へ行ってみたいと話していたので、そのときにわたしも便乗して参上するかもしれません。

 もしその日が来たら、お手柔らかによろしくお願いします。


 そして、Mさん。稽古おつかれさまでした。ご無事でお帰りになることを祈っております。



 では、また。
posted by 札幌支部 at 19:39 | Comment(2) | 裏部長の日記

2009年09月21日

M氏、来札!

 裏部長です。またまた、たいへんご無沙汰をしております。


 栃木のゴリラ級のTくんのコメントにもあったように、本日、札幌へMさんがいらっしゃいました。週末や祝日は基本的に、札幌支部では稽古を休みにしているのですが、今日ばかりは特別に開催、しかも場所はきちんとした武道場ですよ。ドシンと踏みこんでも安心な床のある優雅な空間でした。

 稽古開始は午前九時。早いですねえ。気持ちが若々しくなるような二時間でした。

 この稽古の模様についてはまた明日、あらためて書きに来ます。われわれにとってもそうですが、何よりMさんにとって有意義な稽古になった点がよかった。わざわざ家族旅行のあいまに時間をおつくりになった甲斐があったというものです。


 それでは、明日に。
posted by 札幌支部 at 22:26 | Comment(1) | 裏部長の日記

2009年08月31日

あしたから

 こんばんは、裏部長です。だいぶご無沙汰しております。

  
 札幌支部はあいかわらずの雰囲気です。和やかに、しかし真摯に、日々きちんと姿勢をただして稽古に励んでいます。

 この夏休み期間中は、師匠が出張などで不在になることが多く、わたしやK先生の都合がつかないときは、そのまま稽古自体がお休みになってしまうこともあって、なかなか満足のゆく具合には進んでおりませんが、それでも、後輩たちはもちろん、学外からの参加者もみなさん熱心で、その姿を拝見するたびに気持ちが洗われるような思いに駆られます。

 
 今年はやっぱり冷夏だったようで、札幌ではそろそろ秋の風です。涼しくなってまいりました。

 本州はいかがでしょうか。夏バテを患ってはいないでしょうか。


 あしたから、もう九月です。
posted by 札幌支部 at 20:13 | Comment(1) | 裏部長の日記

2009年07月26日

「手」一回休止

 こんにちは、裏部長です。たいへんご無沙汰をしております。


 毎月、最後の日曜日に書いている「手」のシリーズですが、本日は、肝心の手を撮影できなかったため、休止にさせていただきます。

 予定していた人がだめなら、誰かちがう人を紹介すればいいじゃないかとお思いの方もいらっしゃいましょうが、それをしてしまうと、今日とりあげる予定だった人を無視してしまうことになるので、今回はあえて、休止という処置をとりました。


 ご了承のほどを、よろしくお願いいたします。
posted by 札幌支部 at 18:48 | Comment(2) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2009年06月28日

  がむしゃらな手

             te.jpg



          辛いこの道 いつも独りで
          それでも 走りながら
          拳が痛くて すべてを捨てようと
          何度そう考えただろう

          他人はいつも 僕のこころに
          意見ばかりをする
          「お前も頑張ったよ」と 慰めを言いながら
          本当は 蔑んでいるだけ

          明日に 明日に がむしゃら
          まっすぐな この夢を信じて
          明日に 明日に がむしゃら
          いつまでも 前だけを見つめて
          倒れるまでは 走りたい 走りたい
          ずっと

          思い出しても 安心なんて
          見つけた 記憶はない
          どこまでも伸びている
          荒れ果てた この道を
          一歩づつ 今はただ進むだけ

          仲間もいない ひとりの部屋で
          汗を流す日々に
          「休めばいいの」と 誰かが言ったけれど
          自分に 妥協はしたくない

          もっと もっと がむしゃら
          この汗を 無駄にはさせない
          もっと もっと がむしゃら
          あてもなく 空回りしたって
          つぶれるまでは 捨てないよ 捨てないよ
          きっと
 

          明日に 明日に がむしゃら
          まっすぐな この夢を信じて
          明日に 明日に がむしゃら
          いつまでも 前だけを見つめて
          もっと もっと がむしゃら
          この汗を 無駄にはさせない
          もっと もっと がむしゃら
          あてもなく 空回りしたって

          倒れるまでは 走りたい 走りたい
          ずっと
posted by 札幌支部 at 20:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2009年05月31日

  真っ直ぐな手

             u.jpg


 こんな世の中だ、あんただってそんくらいわかってるでしょうが。細かいことは言いっこなし。ネ? 世間じゃ金がねえ仕事がねえ未来がねえと騒いじゃいるが、そんなあたりまえのことに声をあらげてる暇があるんならもっと大事なことを考えたらどうだい。人間なんだから、そりゃ躓くことだって、悩むことだって、立ち止まっちまおうかって考えることも、だれにだってあるさ。俺たちはそれをときどき「弱さ」だとか「未熟さ」みたいなことばで片づけちまうが、でもそれはちょっと違うんじゃねえか。むしろ物事に躓かず、何事にも悩まずに、なんの苦もなく一直線に生きてこられるやつなんて人間じゃねえ、それはただの化物だよ。想像してみねえな。どんな性格の人間だって、自分にとっていい出来事ばかりがつづけば、わかっていてもすこし天狗になっちまうだろ。俺はすごいんだ、私には才能があるんだって、そう思っちまうだろうが。そんなときに人間てえのは学習しねえんだ、できねえんだよ。ある映画監督が言ってたっけ。無能な俳優のひとつは、自分を完璧だと信じてるやつだって。その通りさ。自分を完璧だと信じこんでる野郎に、まわりがあーだこーだ言ったって、そりゃ耳を貸すわけねえだろ。そいつがほんとうに完璧なら話はべつだが、そんなやつはこの世にいるわけねえし、またいたとしても、どこにも欠陥のねえ人間なんて、なんだか面白くねえじゃねえか。

 あんたはそう思わないかい?

 間違うことは苦しいよ。そりゃ恥もかくだろうし、辛い仕打ちをうけて、奥歯噛みしめて、歯茎から血が出ることだってあるだろうよ。こんな人生、きょうで終いにしちまおうって、そう思う日だって俺たちの人生には掃いて捨てるほどあらあな。いろんな頭をもった人間たちが、てめえたちの考えに従って生きてる世界だ、そりゃだれかと衝突して、いやな思いをすることだってあってあたりまえなのよ。でもな。そんなときにこそ、俺たちは成長できるんじゃねえのかい。間違ったとき、上手くできなかったとき、自分は弱く未熟な存在だと痛感したときにこそ、人間てえのはなにかを学べるんじゃねえのかい。だからさ、俺たちは迷ったっていいんだよ。なにを困ることがあるんだ。てめえの人生だ、てめえで死ぬほど苦しんで、ほかのだれよりも豊かな人生にすりゃ、それでいいんじゃねえのかい。俺もあんたも、まだまだこれからだ。まだまだ生きるし、まだまだ学べる。たまに迷って、道の向こうが見えなくなって、立ち止まりそうになったらここに来なよ。そして存分に見てやってくれ。


 この手はいつだって、真面目にまっすぐ伸びてるだろうから。
posted by 札幌支部 at 20:06 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2009年05月18日

初夏の札幌より

 裏部長です。長らくご無沙汰をしております。前回更新したのが例の「手」のときでしたから、すでに数週間は書きこんでいないことになりますね。

 ほんと、続かない男で申しわけありません。


 こちら札幌ではすでに、市街地の桜も散り、午後六時をすぎても空はまだあかるく夕日に包まれていて、すっかり初夏の陽気となっています。冬や秋もそれはそれで風情のあるものですが、やっぱり春から夏にかけてのこの季節には、華やかさの面では叶いませんね。んもうそりゃよい心もちです。


 札幌支部は相変わらず普段どおりの毎日で、これといっておおきな変化はありません。最近になって、約束組手のなかでワン・ツーをやりはじめたことくらいですかね。あとはいつもどおりの穏やかな日日です。

 わたし個人のことでいうと、最近は攻撃するときの精神状態についていろいろ工夫をしているところです。攻撃を攻撃として考えないで、相手と同化するイメージを前提に、どのようなこころの姿勢をもって仕掛けてゆけば拒まれず、衝突せずに突きをいれられるか。こういったことを考えて稽古をしています。

 あっ、それともうひとつ。ここ数日はなぜか、頭のなかで奈良のM田先輩の動きをイメージしながら組手をしています。理由は自分でもわかりませんが、なにかのヒントをそこから得ようとしているのかもしれません。
 まだ成果になっていないので、あまり深く突っ込まないでくださいね。


 えーそろそろですね、大学のなかに新しい稽古生募集のポスターを貼ろうかと考えているのです。せっかく校内で稽古をしているのに、大学の在学生がほとんど参加していないというのはいかにも勿体ない話で、また将来のことも考えて、若いひとたちの力はやはり必要だと感じるのです。すこしはわたしも先輩面したいですし……。

 実はもう、デザインは決定していて、あとは貼るだけという感じになっております。その図柄なんかをここにアップすることができないので残念ですが、校内に掲載したらそれを撮影して、写真にして載せてみたいと思います。

 効果がでて、すこしは若手がはいってくることを祈っています。


 それでは、また。
posted by 札幌支部 at 18:34 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2009年04月26日

  切り替える手

                   tate.jpg

   yoko.jpg


             縦と横。

             見た感じ、正反対のもの。
 
             でも、

             縦は横に、横は縦に、

             傾ければすぐに変わるもの。


             右と左。

             右から見たり、左から見たり。

             でも、

             右を見たままくるりとまわれば、

             それはもう左だったり。


             剛と柔。

             壊すもの、包むもの。

             突き刺すもの、たなびくもの。

             でも。

             この手はそのどちらも、いっしょに行なえるもの。



             汗と泪。

             どちらも水分。どちらも透明。

             でも、

             流すときには、いつも感情。

             こころのなかに、なにか感情。


             月と太陽。

             冷たい星と熱い星。

             冷たい光りと熱い光り。

             でも、

             ふたつはいつでも、

             光ってる。



             縦と横。

             握れば拳に、開けば手刀に。

             打てば拳槌、飛ばせば突き。

             でも…


       それはいつでも、素直になにかを、学びつづけるもの。
posted by 札幌支部 at 19:43 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2009年04月11日

攻撃も技だ!

 こんばんは、裏部長です。

 すっかり書きこみが滞りそうになっておりますが、どうにか更新はつづいています。ご安心を。

 道新文化センターのTKさん、コメントありがとうございます。火曜日の稽古には胴着をもって参加されたそうで、当日はわたし参加することができなかったために、その雄姿を拝見することは叶いませんでしたが、今後の愉しみに取っておきますね。

 というわけで、わたしは道新文化センター以外では、きのうの稽古にしか参加できませんでした。口惜しい限りです。

 昨夜は師匠、そしてK先生不在のなか、道新でおなじみのMさん、そして部長が来てくれたので、どうにか三人での稽古となりましたが、いろいろと得るところはありました。

 詳しく書くとどうしても長くなってしまうし、ところどころ、まだ自分のなかでも不明瞭な部分もおおくあるので、なんとなーくに留めておきますが、いまわたしが直面しているテーマは、きょうのタイトルにある通りです。


攻撃も技だ


 意味は、またおいおいに、ということで。


 来週は、きちんと稽古へ参加したいな〜
posted by 札幌支部 at 22:13 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2009年04月03日

四月です。

 こんばんは、裏部長です。

 気づけばもう四月ですよ。桜があちこちで満開を迎えて、すっかりあたたかな陽気となって参りました。

 こちら札幌でも、もうすっかり雪の姿はありませんで、きょうも朝からきれいに晴れておりました。なんだかほんとうに、ほっとしてしまう季節になってきました。


 今週、札幌支部は一週間まるまるお休みでした。大学がはじまって、最初の一週間はガイダンスだとか、あとは健康診断だとかで教室が使えず、やむなくお休みとしていたのですが、道新文化センターのほうは止まることなく、今週から新しい三箇月間がスタートしました。

 TKさんがコメントを寄せてくだすったように、いよいよ複数の段階を並行して教えるという内容になってきて、きのうがその初回だったわけですが、なかなかスリリングで、アグレッシブな一時間半でした。

 よい稽古ができればと思っております。


 ま、きょうはこんなところで。
posted by 札幌支部 at 20:01 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2009年03月30日

四月をまえに…

 こんばんは、裏部長です。


 昨夜の「手」。今回は両手での登場でしたが、いかがなものでしょうか。

 ただこれは、なにも恰好をつけてポエムのようにして書いているのではなく、ただ純粋に、そのひとの「手」だけを見てみようというのが企画の意図ですから、あまり深く考えずに読んでやってください。


 さて。四月を目前にひかえて、新しいコメントがはいりました。すっかり忘れていたことなので、わたくし裏部長からご返答申しあげます。


 空心館札幌支部では随時、入門者の受付をおこなっております。というか、門を閉じたことは一度もありませんで、いつでもウェルカム状態でお待ちしております。

 ただ、このブログ上にはそういった記載がないし、また連絡先なども掲示していないため、すこしわかりにくいと思います。この際おもいきってお知らせします。

 稽古場所は札幌大学です。西岡の、そう、ちょっと登ったところにある大学です。あそこの1001教室という、ふつうの教室で稽古をしています。
 四月からも日程は変化せず、火曜日と金曜日の週二回、夜六時から八時までの稽古です。

 もし興味がおありの場合には、札幌大学のHPより、「瀧元誠樹」の紹介ページを探していただき、そこに記載されているアドレスへメールをお送りください。

 
 ま、こんな感じなのですが、伝わったでしょうか。

 一度、お試しになってみてください。



……といま書いたところで、師匠からもコメント欄にその旨の書きこみがありました。

 あわせて、参考にしてください。
posted by 札幌支部 at 19:43 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2009年03月29日

  刀を握る手

090327_204417_ed.jpg




 この手は刀を握る。日本刀を握る。木剣を握る。


 刀は侍の誇り。日本人の象徴。そして、魂。


 かれは、それを、握る。



 かれの故郷は海の向こうにある。

 過去、日本の統治者はこぞってかれの故郷を攻めた。その領土を、その人民を、そしてその歴史さえも己たちの色に染めようと殺戮をくりかえした。


 その侵略者たちの手には無数の刀があっただろう。

 迫りくる影の印象そのものが、日本の刀であったかもしれない。

 いまでも日本刀を見るだけで怒りを覚えるひとだって、きっといる。


 かれはその歴史を知っている。日本がなにをしたのか、自分の祖国がこの国になにをされたのかを、すべて知っている。

 知ったうえで、それでもかれは、刀を握る。


 この手は稽古を重ねる。だれよりもひたむきに、だれよりもまっすぐに。

 汗を流し、悔しさに歯を喰いしばる。それでもかれは諦めない。

 かれはそのこころに、熱い志を、もっているから。



 この手は刀を握る。日本刀を握る。木剣を握る。


 きょうも、あしたも、そして遠い未来にも。
posted by 札幌支部 at 20:41 | Comment(2) | TrackBack(0) | 裏部長の日記