2011年01月07日

砂嵐

 こんばんは、裏部長です。


 今日から札幌支部の2011年がスタートしました。稽古はじめです。

 しかし、こんな日に限って、大荒れの天気。札幌の最低気温はマイナス十度。

 寒いというより痛い一日でした。


 参加は札幌大学のOくんと札幌医科大学のIくんに加え、師匠の体育の授業を取っているという一年生の青年がひとり。体育会系の、とても礼儀正しい人でした。

 基本をやり、移動をやり、型をやり、約束組手もやるという濃厚な二時間。


 得たことはいろいろあります。わたしは後輩たちを指導しているようで、その実、彼らからさまざまなことを学んでいます。



 程よい疲労を抱えて帰るバスのなか。窓の外はまるで砂嵐のような猛吹雪。

 すこし遅めの真冬が、ようやく訪れたようです。



posted by 札幌支部 at 22:22 | Comment(0) | 裏部長の日記

2011年01月04日

 先日、こんなことがありました。


 友人数名と会っていたときに、どういうわけか話の流れで、

「写真を撮ろう」

 ということになりました。

 まあ、集合写真のようなものですね。

 記念に一枚、みんなで仲のよさそうなところを撮影しようということになったのです。

 カメラをセットし、立ち位置を決め、さてタイマーを、というときでした。

 友人のひとりがふいに、ダブルピースをしたのです。

 ダブルピース。

 両手でチョキをつくり、にっこり笑った顔の横へ掲げるあの恰好。

 それを見たもうひとりの友人が、「みんなでやろう」と言いだしました。

 だからわたしも、年甲斐もなく、そんな可愛らしいことをしたわけです。


 驚いたのはポーズを取った次の瞬間。


 わたしはなぜか無意識のうちに、手の甲を前に向けて、“逆ダブルピース”をやっていたのです。

 普通は掌を前に向けてやります。友人たちはみなそうしています。

 しかし、わたしはどういうわけかその恰好ができず、ごく自然に、逆のかたちになっていたのです。


 あとで気づいて、ちょっと感動しましたね。


 つまり、普通のダブルピースより逆ダブルピースのほうが、脇が締まる。

 そのまま拳をつくって前へ出せば、刻み突きです。

 数年のあいだ数えきれぬほど取ってきたその恰好が、無邪気に写真撮影をしようとしているときにさえ出現し、わたしの動作を誘導したのです。

 わたしの両脇は、いまや、空手をやるに最適な状態となっているのです。



 ちょっと嬉しく、しかしその喜びを誰に伝えてよいのか、よくわからない出来事でした。


posted by 札幌支部 at 20:34 | Comment(0) | 裏部長の日記

2011年01月01日

元日くらいは

 明けましておめでとうございます。

 裏部長でございます。


 2011年が幕をあけました。札幌は例年にくらべて雪がすくなく、都心部の車道はほとんど全面的にアスファルトが顔を出しています。気温も、晴れていればさほど寒く感じないほどです。

 
 まず御礼を。

 奈良のM田さん、コメントありがとうございます。書籍等に関しては、やはり同じようなことになっていると知り、いくらか心が軽くなった思いです。

 わたしはしかし、M田さんのように雑誌を買うということもしておりませんで、たまに書店の武道コーナーを覗いて「うーん」と唸ってみたり、インターネットにあがっている動画なんぞを暇を見つけては探っている程度です。ほんとは、まだまだ勉強が足りないのかもしれません。

 ともかく、筋肉痛が翌日にやってくる若さを活かして、今年はよりいっそうの熱意と志をもって精進して参りますので、コメントのほど、よろしくお願いいたします。



 さて、新年を迎えると、みんながみんな立てたくなるものがあります。

 そうです。「今年の目標」というやつです。あれ、どういうわけかこの時期になると立てたくなりますよね。不思議なものです。

 まあ、それが実現できるかできないかはさておいて、一応わたしも、ここに2011年の目標を掲げておきます。


 とは言ってもごく簡単なものです。

 まず空手で三段を取る。これはもちろん、いま稽古している三つの型「松風」「最破」「鷺牌二段」を憶え、きちんと打てるようになるだけではなく、三段を有しても恥ずかしくない実力を得るということです。技術としても、姿勢としても、これはとても重要なことです。

 そして、体道。こちらでは、いよいよ入門当初から触れつづけてきた柔術から外れて、杖をつかった技を稽古しはじめます。不馴れなこと盛りだくさんの新しい世界ですが、もともと体道関連のものにはすべて強い興味があるし、それに杖はわたしが大好きな得物なので、いまから心を躍らせているところなのです。


 
 ともかく今年も一年、元気に、たのしく稽古してゆきます。

 一年間、何卒よろしくお願い申しあげます。


posted by 札幌支部 at 22:19 | Comment(0) | 裏部長の日記

2010年12月31日

すべてはその一本のために

 おはようございます。裏部長です。

 いよいよ2010年も今日で終わってしまいます。

 いろいろなことがあった一年でした。



 いきなり話が変わって申しわけないのですが、昨日ちょっと出かけておりまして――。

 二時間ほどですかね。足をかけるところが一段しかない小さな脚立を左手に、半畳ほどの大きさの発砲スチロール状の板を右手にもって、ある場所を移動していたのですが、今朝になってびっくり。

 なんと、それらをもっていただけで、両腕が筋肉痛なのですね。これには驚いたなあ。


 まあ、単純に鍛錬してないんだろと、奈良のM田さんに叱られそうですが、わたし個人としてはちがう見解をもっていまして、つまりね、日ごろの稽古では、そのようなさほど重くもない物を二時間抱えつづけるに必要な腕力さえ使用していないということだと思うのです。

 面白い発見でしたね、これは。



 面白い発見といえば、まだほかにもあります。

 札幌支部では、使用している場所の事情で、「えいっ」という気合いを発しません。つまり、稽古のなかで声を出さないのですね。

 このやり方で何年間も稽古してきたために、現れる弊害は何も、本部道場へ行ったときに戸惑う、ということだけではなく、“キメ”がつくれないという点にも影響しているような気がします。

 つまり、声を発する瞬間に締める、突く、決めるといった感覚がないのです。もちろん、これの良い点もないわけではないのですが、あきらかに他支部や本部道場の方とくらべると動きの雰囲気が異なっています



 また同時に、これはわたしの起こした弊害とも言うべきものなのですが、一本にこだわらない組手をしていたなあと反省しているのです。


 数年前。本部道場へ伺った際、稽古の終わりに、師匠とY師範代との組手をカメラ片手に撮影したことがあって、わたしはホラ、おふたりの動きを足したものを理想としているので、北海道へもどってからも、何度となくVTRを見返して研究し、またそれを実際の稽古のなかでやってみたりしたわけですが、ここがすべてのはじまりでした。

 つまり、空心館の約束組手は、やはり何と言っても中段追い突きであり、この一本をとにかく鍛えあげることで、その他すべての突きに活かすことができるわけですね。

 それなのにわたしは、師範代の動きなどを学ぶため、一本では終わらず、受けは捌きつつ下がる下がる、攻撃側はそれを追って、突いて突いて突きまくるみたいなことを、ごく普通にやろうとしてしまった。

 すると、うちの師匠はそれを丁寧に指導してくださって、現在に至るわけです。


 そんな動作をやってきたために、相手が下がれば、それをことごとく追って、広い教室の端から端まで連続して突きを繰りだすことは可能になりました。

 しかし、これは奈良のM田さんが来札された際におっしゃっていたのですが、手数はあるのだがここで決めるという一本がない攻撃が散漫としている、という状態を招いているわけです。

 あの夏の指摘が、いまになってようやく身に迫ってきた気がします。




 長々とよくわからない文章を書いてきましたが、結局のところ、もう一度原点にもどりたいわけです、裏部長は。

 つまり、肝心の一本を鍛える、ということです。相手を追いかけて、止まらず、手数多く繰りだして、攻めつづけるという動きには馴れてきた。ならばいまこそ、その最初の一本を鍛えなおし、精度をあげ、二本目三本目の必要がないほどに鋭く強烈なものにする

 これこそが、来年のわたしたちに必要な大きな課題であると信じます。





 わたしの部屋の、蒲団を敷いて寝ている場所のすぐ目の前に、TVとHDDのレコーダーがあり、そこに過去のVTR(師範や師匠からお借りしたものも含めて)をすべてダビングし、暇があればわずか数分でも見ています。そこには若き日のOさん、I師範代、四十代の師範も登場したりします。

 それらを見るにつけ、また栃木へ行きたいなという思いが募ります。そして、いろいろなものを吸収してみたいと心身が欲するのです。


 しかし、そのためにはまず自分を鍛えなければなりません。

 来年は、それを叶える一年にします。

 悔いなく、確実に前進を体感できる一年に。






 空心館、ならびにこのブログを読んでくださっているみなさま。

 今年一年、どうもありがとうございました。

 すっかり閑散としてしまいましたが、来年は毎週更新し、以前のような活気を取りもどしたいと願っております。

 応援、もしくは書きこみを、よろしくお願い申しあげます。




 どうぞ、よいお年を。


posted by 札幌支部 at 11:26 | Comment(1) | 裏部長の日記

2010年12月28日

三枡分

 こんばんは、裏部長です。


 すっかり年末です。新年に向けて、そろそろ大掃除でもと、重い腰をもち上げる今日この頃。

 みなさま、いかがおすごしでしょうか。



 先日ちょっと考えさせられることがありました。


 大掃除というほどではないのですが、武術関係の書籍を、一箇所に集めてみたのですね。いちばん目につく本棚へ、とにかく一挙に並べてみたわけです。

 わたしが抱えている書籍など高が知れていて、全部あわせても、一般的な本棚一個分くらいしかありません。

 それでも、まあ全部を詰めてみると、それはそれで迫力があり、地震で倒れてきたら危ないなと、ひそかに心配してしまうほどの状態になったわけですが、これを見ていて、ふと感じたことがありました。

 それは、いまのわたしに不必要なものが多すぎるということだったのです。



 大学生のころは、とにかくいろいろなものを読みました。師匠のもとへ辿りつくまでは、どのジャンルのどの流儀が自分に向いているのか、などと考え、資料を集めては考えこんだものです。

 そのころの戦歴とも言うべき書籍は、残念ながら、いまの自分にはあまり必要ない気がします。

 高校生のころからはじめた合気道関係の書籍も、最初に買った一冊さえ手元にあればいいかなあ、くらいのもので、中国拳法、古流剣術、他の打撃系武道、などなどの資料も、いまは心身ともに受けつけないところがあります。



 それらを間引き、たとえば摩文仁賢和さんの著作や天心古流の本、琉球空手関係、太極拳の李自力さんの本などを残すと、なんと、本棚のなかの区画された三マス分でこと足りてしまったのですね。

 すっきりしたと言えばそうなのでしょうが、どうも残念です。



 最近、よく書店の武道コーナーへ行くのですが、買って読みたいなあと思えるものがほとんどありません。

 自分が欲していることは、すべて稽古にある。そう信じているせいかもしれませんが、ああいった書籍を買い、読み、たのしんでいたころの感触を味わえないというのは、なんとも残念でなりません。





 空心館の諸先輩方は、どの程度の資料なり書籍なりをおもちなのでしょうか。

 そしていまも新しく出版される武術関連の本を、どう受けとめ、また手にしていらっしゃるのか。

 訊いてみたいことではあります。



posted by 札幌支部 at 20:02 | Comment(0) | 裏部長の日記

2010年12月24日

めおと〜で



 空手はもともと、手。

 手といえば、琉球。

 いまの沖縄。

 沖縄といえば、「めんそ〜れ」。

 これどういうわけか、「めんそうれ」とは書かない。

 そして、「めんそーれ」でもない。

 なぜか、「めんそ〜れ」がしっくりくる。

 きっと、〜という記号が良いのだろう。

 沖縄の、あの独特のゆるやかな風土に合っているような気がする。


 だから、あえて平仮名で書く際、わたしは夫婦手を、

「めおと〜で」

 と書いてしまうのである。


 空手をやっている人間であれば、ほとんどの方が知っている夫婦手。

 最近の裏部長はこの夫婦手に取り組みはじめている。

 これ、黙って構える分にはさほど困難ではないのだけれど、いざ動いてみると難しい。

 とくにいまは、こちらから突いてゆくときの感覚がつかみきれない。


 これまではきちんと後ろの手を腰まで引いていた。

 その恰好で六年ほど稽古してきた。

 その構えを、いま、すこしずつ変えようというのである。


 無論、時間はかかるだろう。

 しかし、それは必要な時間だ。



 変革の一年、その幕あけは、この夫婦手からはじまる。

 支えるように。助けあうように。



posted by 札幌支部 at 15:56 | Comment(0) | 裏部長の日記

2010年12月21日

稽古納め2010

 こんばんは、裏部長です。

 
 以前から申しあげていたように、今日は札幌支部の稽古納めでした。

 いつも火曜日は遅れて来られる師匠ものっけから参加という内容で、わたし以外には、札幌医科大学のIくん、札幌大学のOくん、道新文化センターでご一緒のM女史、そしてコメントを入れてくださいました高橋さんという見学の方があっての、わりと人数の多い稽古となりました。


 基本稽古ひと通りのあと、手廻し。其場での受けや突き、蹴りの連続動作。

 移動稽古は追い突き、逆突き、追い突き・逆突き。

 型。IくんとM女史は師匠とともに平安四段を、Oくんを平安三段を、わたしは松風最破鷺牌二段をそれぞれ稽古。

 約束組手。もちろん中段追い突き。わたしは最初Oくん、そしてIくんともやりました。

 最後は体道の復習をして、終了。

 こうして見ると、かなり多彩な稽古であったように思えます。




 とりあえず、今年一年を振りかえって。

 わたくし裏部長にとって、2010年は「苦悩」と「葛藤」の一年でした。

 いろいろなことにぶつかり、いろいろなことで頭を悩ませた一年で、苦しかった。

 しかし、その長い苦闘の時期も、冬を迎えたあたりで終わり、いまは充実しています。

 取り組みたい課題がたくさんあります。乗り越えたい壁も、確実にこの目で見えています。

 だから、2011年は「変革」の一年にします。かならず、してみせます。


 そしてすこしだけ、スリムになります。




 今年の、大学での稽古は一応終わりましたが、個人としての修行にお休みはありません。

 日々精進すること。武術をおこなう者として、あたりまえのことをあたりまえにつづける。



 いざ、新しき一年へ。




posted by 札幌支部 at 22:36 | Comment(0) | 裏部長の日記

2010年12月17日

忘却の彼方

 などといって、それほど恰好のよい話ではありません。

 案外、いろいろなことを忘れているよね、って、その程度のことなのです。



 こんばんは、裏部長です。

 今日は空手の稽古でしたが、諸事情により、お休みとなりました。

 つまり、札幌支部としては、来週の火曜日を残すのみとなったわけです。

 一年はあっという間です。



 今週の火曜日の稽古で見つけた課題が、なんとふたつもありました。


 ひとつは、「入身」です。

 こうして漢字ふた文字で書くといくぶん印象がちがいますが、簡単に言うと、追い突きをする際にきちんと相手の懐へ入っているか、という話なのですね。


 たとえばこちらから追い突きをするときに、相手がわりかし強めに前の手でその攻撃を払おうとする、もしくは受け止めようとする場合、浅く突いていたり、軽く突いているだけでは、あっけなく弾かれて、攻撃を成功させることができません。

 まあ多少の衝突を生んで、互いの腕が痛くなる程度でしょう。こちらがどんなに激しく突いてみても、ただ手で突いているだけでは、相手がそれを防ごう防ごうとすればするほど、たやすく受けられてしまうのです。

 こういったとき、肝要なのが“懐に入る”という点なのですね。

 中身は、毎度おなじみの話です。

 追い突きをする際、まっすぐ足を出してしまうと、相手の前の足のつま先と衝突してしまうので、なるべく弧を描くように出す。そうするとぶつからないし、また踏みこんだときに、こちらの足が相手の前の足の横へゆくよう出せれば、そのままその足を崩すこともできると。

 あの話です。そのあたりまえすぎる動きが、意外や意外、思いのほかできていなかったのです。


 
 この問題を解決するには、ひとえに、きちんと相手の懐へ入ること。それだけです。

 あとは、なるべく突く瞬間を奥まで取っておいて、腰を切る瞬間をいくぶん遅らせることですね。早く突いてしまうのではなく、すこし我慢をして、相手の懐へ深く入りこむ。

 相手の懐へ入ってしまうというのは、こちらの身体が相手の前の手の内側にあるということですから、突きを入れるのは随分とたやすくなります。


 基本にこそ極意がある。まさしくそれを感じさせられた課題でした。




 第二の課題は、「初速」です。

 追い突きを稽古するなかで、勢いよく突きたい、激しく突きたいと考えた場合、出力をあげるのはたいていの場合、後半です。つまり、突く瞬間に全力を発散させるわけですね。

 これは同時に、最後の瞬間まで突かない、という状態を維持するのにも有効です。

 攻撃する際も防御する際も、つねにニュートラルでいなければなりません。

 たとえこちらから前進して相手を突く際も、なるべく衝突する寸前まで突こうとはせず、ニュートラルな状態で、ただ身体を運んでいるようにする。そして、突ける間合いになったら、一気に爆発させる。

 これをずっと稽古してきたために、かえって前半部分の速度については、考えることがすくなかった気がします。


 次はこの初速をアップさせる必要があります。

 でも、これが難しい。足を運ぶ速度をあげようとすれば、その勢いに流されてしまって、肝心の突きが中途半端になってしまうし、そうかといって後半を意識すると、初速をあげることはかなり辛い。

 しかし、この初速をあげられれば、相手としてはかなり迫力の面で印象が変わるようです。

 取り組むにふさわしい課題と言えるでしょう。




 して、「忘却の彼方」ですが……。

 最近どうも身体が重くなった気がして、体重を量ってみたら増えています。

 こりゃ参ったなあ。ちゃんと稽古しなくちゃなあと思って、数年前の稽古日誌を読みかえしてみると、すでに四年前に、もう似たような体重になってしまっていたのですね。

 そんなことをすっかり忘れていました。そして当時は、毎日きちんと拳立て伏せや指立てなどの筋力トレーニングも真面目にやっていました。

 どうも、いろいろなことを忘れる性質のようです。



 思いだしただけまだまし。

 そう受けとって、もう一度励むだけです。



posted by 札幌支部 at 20:10 | Comment(1) | 裏部長の日記

2010年12月14日

小さな発見 大きな錯誤 

 こんばんは、裏部長です。


 札幌では、土曜日から日曜日にかけてまとまった雪が降り、あたり一面の冬景色となって、その雪が今日の雨などで一気に消えて、そしていま、また雪が降っております。

 せわしない空です。雪くらいゆっくり降らせればよいものを。



 今日は空手の稽古でした。参加メンバーはあいかわらず少数でしたが、わたし個人としてはいろいろと得るところのある有意義な稽古でした。

 基本をやり、移動をやり、約束組手をやり、すこしだけ体道を。

 さまざまなことを痛感したのは、約束組手においてでした。



 結局のところ、稽古とか勉強とか努力といったものは、いま見えていないものを見るための作業ですよね。その次元に達しないと見えない景色がある。それが見られるようになるまで、ただひたすら稽古に励む。

 つまり、そのときの稽古とは、見えないということを自覚し、見えているものから着手してゆくという地道なものであるはずです

 わたしはそんなあたりまえのことに、気づかずにいたようです。



 諸先輩方の動きを見て、ささやかな発見をし、真似をし、できた気でいただけでした。

 それは小さなことでした。たかだかその程度のことで、自分は黒帯を締める段階にあると思っていましたが、実際には遠く及ばない。

 現在のわたしの位置と、実際のわたしの実力とには、大きな隔たりがあります。

 まさに、錯誤。




 痛感するというのはこういうことを言うのでしょう。

 痛みです。痛みをともなった気づきです。

 それを今夜、得ることができました。




 具体的なことをいっさい書いていないので、これをお読みの方は何のことだかわからないと思いますが、ごく基本的な空手の話です。

 ともかく、もう一度、地に足をつけて、ほんとうの力を養わなければなりません。



 
posted by 札幌支部 at 22:34 | Comment(0) | 裏部長の日記

2010年12月12日

悪い癖

 武術とまったく関わりのない友人としゃべっていて、空手の話になったとき、よくこんなことを訊かれます。

「空手の型ってあるじゃん。あれってどうなのよ」

 どうなのよとは、実際につかえるのか、という意味です。いくらその分野に足をつっこんでいなくても空手の型くらいはなんとなく想像がつくのでしょう。

 素人目からすれば、あれはただの踊りに見えても仕方がないかもしれません。


 わたしはこういうとき、

「型がつかえるかどうかというより、空手は型なんだよ。ありとかなしとかの話にはならないさ」

 なんて答えることにしています。


 
 みなさんもご存知の通り、まだ空手が「」(もしくは唐手)と呼ばれ、琉球にしかなかった時代、稽古といえば型のみでした。

 とにかく、寝ても覚めても、型の稽古のみ。現代にある其場基本や移動稽古、約束組手といったものはごく稀で、二時間稽古をするとしたら、一時間三十分以上は型を、それも同じ型を淡々と打つのが当時のごくあたりまえな手の稽古でした。

 そのほかに鍛錬はしたと聞きます。巻藁を突いたり、重いものをもって握力を鍛えたり、そういったことは当然していたわけですが、これはあくまで副業です。メインは型にあったわけです。


 時代が変わり、手が空手となって本土へ広まるにつれ、稽古の様相が変わってゆきます。

 つまり、当時は若い人(おもに大学生)が稽古をしていたので、ひとつの型を何年間も打ちつづけるカリキュラムでは耐えられないのですね。より科学的に、より効率的に空手の動きを身につける術を模索した時代が到来します。


 しかし、そうは言っても、いまわれわれがやっている稽古の内容だって、もとは型ですよね。

 型のなかから、突きの動作を抽出して其場でやっているのが其場突きだし、防御の動きを取りだして連続してやるのが受けの稽古です。

 すべては型があってこその内容なのです




 と、なぜこのようなわかりきったことを書いているかというと、最近になってまた、わたしのなかで型への興味が増しているからなのです。

 
 悪い癖です。最近になってまた、と書きましたが、本来なら、つね日ごろからそうでなければいけません。

 稽古意欲にむらが出るようではいけませんね。自分のことながら情けない限りです。



 とはいえ、型です。

 10日の稽古は、型をメインにおこないました。と言っても、夜に予定があったわたしのわがままで、前半一時間のみの参加となり、ならば型をお願いしますと、師匠にお願いした上での稽古でした。

 
 わたしが現在取りくんでいる型は「松風」「最破」「鷺牌二段」の三つです。

 どれも多彩で、今回は全体的にアクティブな印象があります。「鷺牌二段」なんか、やるたびに、

「長いなあ」

 と洩らしてしまうほどです。それくらい動く度合いが強いのですね。



 金曜日は一時間のみで、しかも基本などは一切せず、純粋に型のみの稽古をしたわけですが、これは有意義なものでした。虫がよすぎるかもしれませんが、

「型で身体を練る」

 という意味が実感できたように思えます。それくらい感覚としての収穫がありました。


 そして、それと同時に、これもまたわたしの悪い癖なのですが、

もっと型をやらなくちゃいけない

 と、何度目かわからない決意を新たにしたのです。




 平安二段から数えて、鷺牌二段でわたしが教わった型は二十個になりました。

 すべてに意味があり、内容があり、技があり、そして極意がある。

 大仰に構えても仕方がありませんが、取り組めるものがそこにあるのに稽古しないのは怠惰

 いやそれ以上に、不幸です。

 武術を志しても、よき師に出逢えず、喘いでいる人が山ほどいるこの世界で、素晴らしい師匠と素晴らしい型を受けとることができているのです。

 稽古しないで年を越せますか。



 札幌支部の稽古納めは21日です。残り三回。

 最後まで、よりよい稽古を。




posted by 札幌支部 at 15:49 | Comment(0) | 裏部長の日記

2010年11月09日

今なら二秒でくたばる!

 下品なタイトルでごめんなさい。



 裏部長です。長らくご無沙汰をしておりました。

 北海道では、夏だ、残暑だという時期をすぎ、明日には雪が降ります。

 もうそういう季節になってしまいました。



 今日、空手の稽古に参加してきました。

 日誌を手繰ってみれば、なんと約一箇月ぶりの稽古。


 そりゃ、身体も鈍るというものです。



 もちろんこの一箇月間、何もしていなかったわけではないのです。

 週に二度の古武術講座にはかならず参加しているわけですから、週に一度も突かないことはないし、蹴らないこともないし、体道をやらないということもないわけです。


 でも、やっぱり、自分の稽古はできていないわけで。




 今日はわたしと、最近よく参加しているIくん、そして師匠の三名でしたが、約束組手が不甲斐なかったなあ。

 とにかく、身体が自分のものだと思えないほど動かない。締まらない。

 足がね、雲の上を歩いているかのように、なんだか浮いてしまっているのです。



 これはほんとうに情けない。



 いまなら二秒もかからず、わたしはやられてしまうでしょう。

 師匠の突きが胸に沁みたなあ。

 お前、そんなことじゃ武術はやれないよと、無言のうちに教えられた気がしたなあ。




 寒風吹く十一月の夜に、ひとり臍を噛み、声にならない叫びを発する今日このごろ。

 みなさん、いかがおすごしでしょうか。



 インフルエンザには気をつけて。



posted by 札幌支部 at 21:47 | Comment(0) | 裏部長の日記

2010年08月03日

気がつけば葉月

 こんばんは、裏部長です。

 七月に誓いを立てたと思いきや、あっという間にもう八月です。

 季節が変わるのは速いものですねえ〜



 さて今夜は、「カモメ」さんのコメントにお答えするのみでご勘弁を願っておきます。



 えー、体道と浅山一伝流体術についてのご質問ですが、まずはその違いについて。

 これは簡単に言って、個別の流儀とその総称という違いです。


 ん。あんまり簡単じゃない?


 うーむ。もっとわかりやすく言うと、たとえばね、野球とかサッカーとかバレーボールとか、ボールをつかってするスポーツを「球技」とひとことで表現するでしょう。あれが、わたしどもで言っているところの、「体道」ということなのですね。

 細かい歴史だとか道場の成り立ちみたいなことは、たしかこのブログの発足当初に書いたと思うので、お手数ですがそれをご覧になっていただいて、結局、スポーツで言うところの「球技」に、たとえばサッカーがあるように、「体道」と称しているカテゴリーのなかに「浅山一伝流体術」という柔術の流儀が入っているのです。


 で、その浅山一伝流ですが、中身については詳しくここでは説明できません。技の内容などは、できれば、実際に道場にてご説明申しあげたい。

 しかし、基本的には古流の柔術ですから、投げたり、押さえたり、関節を極めたりするような技があります。なんとなーく、そんな感じでイメージしてください。



 本来はね、わたしではなく師匠から説明するのがほんとうなのですが、いちはやくご返答をと思ったもので、裏部長、老婆心ながらしゃしゃり出てしまいました。

 カモメさん、何かほかにも訊きたいことがございましたら、再度コメント欄にお願いいたします。きっと後日、師匠より詳しい回答がなされるはずです。



 それでは、また。
posted by 札幌支部 at 22:38 | Comment(0) | 裏部長の日記

2010年07月17日

自然体

 こんばんは、裏部長です。

 札幌ではようやく今週に入ってから湿気が消えました。どうも七月に入ってから十数日は蒸し暑く、梅雨なのかと疑いたくなるような日もあって苦しかったのですが、ようやく北海道らしい、さらりとした暑さになってきました。


 こういう気候のなかでおこなう稽古は、また格別なものがあります。



 最近ふと、「自然体」について考えました。

 いままで自分がそうだと信じてきたもの、あえて言い換えるなら「ニュートラルな身体(状態)」ということになりますが、最近まで、それはこういうことだろうと考え、実践してきたことがじつは違っていたのではないかと、ほんとうに突然そう思ったのです。


 つまりニュートラルな状態とは、簡単に言えば居ついていない身体のことです。攻撃の際には攻撃のみ、防御の際には防御のみ、構えているときは構えのみしかできない状態をよしとせず、つねにどちらにも傾かない、自由な状態をニュートラルという横文字で表し、認識してきたわけです。

 わたしもかねてから脱力だとかニュートラルだとかについては考えていたし、稽古のなかで自分なりの動きを試したこともあったのですが、どうもこれまでにやっていたのは、ただ単に浮遊した状態の身体だったのではないかと、そんな疑問をおぼえはじめています。


 脱力し、意識を偏らせず、相手の動きしだいで如何様にも反応できる状態を目指すと、やはり、ただそこにふわりと浮いているだけのようになってしまい、結局のところ、攻撃する際には攻撃する体勢へ入り、防御するときは防御をするにちょうどよいバランスを全身でとってしまう。
 これなら、ニュートラルな状態は一時的なもので、最終的にはそれを解かないと動けないという、なんともおかしな話になってしまうのです。



 いまのところ理屈の上では、わたしは自分なりの答えを出せています。

 現在のわたしにとって真に「ニュートラルな状態」とは、攻撃する準備も気構えも防御をする体勢も足腰も、すべて整っていながらそのいずれにも移行していない身体、を指します。

 ただ浮いているだけではない。ただ脱力して立っているわけでもない。

 いつでも万全に攻撃ができる、防御ができる。だからこそ反応が起こるし、相手へ攻撃しないという選択もできる。一見すると何もしていないように見えて、その実は、いつでも爆発できる状態の花火のごとく。一瞬の変化で、焔にもなるし風にもなる


 ……ま、それができれば、わたしは達人でしょうけどね。



 稽古におけるもっとわかりやすい「自然体」についても考えています。

 こっちはもっと単純で、稽古でつかえる身体は稽古でつくれ、ってことですね。突きを速くするために、威力を増大させるために、蹴りの鋭さを、運ぶ足の力強さを、それぞれ成長させるために、稽古以外の動きをわざわざ時間をとっておこなうのはいささかナンセンスです。

 サッカーで日本代表になりたければ、まずボールを蹴る。

 ジャイアンツに入りたいなら、まずはキャッチボールとバットの素振り。

 100Mで九秒を切りたいならまず走れ、です。


 空手や体道を上達させたいのなら、そのための身体をつくりたいのなら、まずは稽古することですね。それで成長できないということは、稽古が足りない証拠です。


 ……ま、これは自分自身に言っているんですけどね。


 
posted by 札幌支部 at 19:33 | Comment(1) | 裏部長の日記

2010年07月11日

文月の空に誓う

 こんばんは。裏部長です。

 長らくご無沙汰をしておりました。一部の方からは、「もう裏部長は生きていないんじゃないか」との噂も出ていたとか出ていないとか。それくらい長いあいだ、書き込みを休んでおりました。

 はい。裏部長はこうして生きています。どっこい元気にやっております。


 このところいろいろなスケジュールの関係で、稽古へ出られていないというのが、更新できずにいた最大の理由なのですが、すこしずつそんな状況も改善され、また稽古へ没頭する日々になりそうな気配があります。

 やはりこの夏の陽気が、わたしにやる気を出させるのでしょうかねえ。



 いまひとりの稽古人として感じていること、考えていることはたくさんあります。

 ありすぎてここには書ききれないほど……というのはいささか大仰ですが、でも、全部書くには体力が要りそうなほど、考えていることはたしかにあります。


 しかし、あえてそのなかのひとつを書きだせば、それは、

そべての悩みを解決するヒントは、すでにもう教わっている

 ということでしょう。



 空手のほうでは、初心者からはじめて三年間で黒帯というのが標準で、黒帯を締めてようやくほんとうの空手を習うことができる、と言われてわたしもここまで稽古してきましたが、あの黒帯までの三年間で教わったことをきちんと実行すれば、最近ぶつかっている壁のほとんどは越えられるような気がします

 つまり師範や師匠はその期間に、相当重要な教えを下しているわけです。しかし歯がゆいことに、その期間にいるわたしたちは、それら重要な教えを教えだとは気づかずに、たとえば拳の握り方だとか足の向きだとか、表面的な技術にだけ目を向けて、それを習得するのに必死なものだから、到底すべてを意識的にすくい上げることは不可能なのですね。

 だからこそ、いまになってあれやこれやと気づきはじめるのです。



 長く修業をつづけるというのは並大抵のことではありません。

 生活面、経済面、体調面などで稽古を断念せざるを得ないような問題が出てくるし、本人にやる気が失せてしまう可能性だってある。また、進めば進むほど、扱う技は難易度を増すわけですから、その技自体がわれわれを切り捨ててゆくということもある

 だからこそ、いまもこうしてやる気をもって、手ごたえを感じながら稽古に臨めているというのは、なんともはや幸せなことです。わたしはいま、それを日々噛みしめながら汗をかいています。



 この夏は肉体改造の意味もこめて、可能なかぎり胴着をきます。

 そのたびにここへ来られたらどんなに良いか……いや、きっとすぐに書きに来ます。



 いまこの空に、そう誓います。
posted by 札幌支部 at 20:11 | Comment(0) | 裏部長の日記

2010年01月11日

稽古はじめました。

 こんばんは。裏部長です。


 早いもので、2010年になってもう半月ちかくが経過してしまいました。巷には新成人たちがあふれ、札幌は氷点下に見舞われています。

 いくつになっても、寒さはからだに堪えます。


 さて、札幌支部は先週の金曜日、8日から今年の稽古をスタートさせました。昨年の稽古納めとまったく同じメンバーで稽古はじめをしてきました。

 先日も書きましたが、今年の目標は「初心怠るべからず」。諦めたり程々にして妥協したりすることなく、着実に稽古を深め、その一方ではやはり、どうにかして若手を育てようというのがわたしの野望です。


 せっかく大学内で稽古をしているというのに、学生の姿がほとんど見当たらないというのはやはり淋しいものです。空心館の武術に共感をもってくれる若者はまだまだいるはずですから、そんな彼ら彼女らへ絶え間なくメッセージを送り、導いてあげる。この活動もまた、長らく怠ってきたことのひとつなのです。


 もちろん、他人のことばかりに気をつかっていられるほどわたしは器用でないので、メインは自分の稽古に尽きます。空手を、体道をやっていますと、胸を張って言えるように、きちんと日々精進します。


 ただ、当面の目標としては、これも怠っていたことのひとつの結果なのですが、増えてしまった体重を落として、からだを締めるということですね。まずはこれを必死にやりきる予定です。


 できれば、雪が解けるまでには、どうにか……。


 
posted by 札幌支部 at 20:01 | Comment(2) | 裏部長の日記

2010年01月04日

初心を怠るな

 あけましておめでとうございます。

 裏部長でございます。

 本年も何卒、よろしくお願いを申しあげます。


 2010年となって、改めて稽古について思うことは、

初心

 このふた文字につきます。


 いや、なにも“初心に帰りたい”などと情けないことは申しません。以前ここでも書いたように記憶していますが、わたしは「初心に帰ることはできない」という考えで生きています。一度スタートした場所へふたたびもどるというのは、走りはじめたマラソン走者に、

「すいません、もう一回スタート地点からやり直してください」

 と言うようなものです。そう宣告されて、ハイわかりましたと承諾する人が、この世に何人いるでしょうか。


 まあ理屈はどうであれ、わたしはこのように、初心に帰ることは決してできないという考えをもってはいますが、しかし最近は、大切なことは違う場所にあるのではないかと思うようになりました。

 つまりですね、われわれが“初心に帰りたい”と思うときは、過去の自分よりいまの自分がダメに思えた瞬間なのですね。昔はここまでやっていた、あれもできた、これもできた。でも、いまはそれが何ひとつできない。心身ともに衰えてしまった。
 だからこそ、初心に帰ってもう一度……という流れになるのですが、わたしは気づいたのです。


 人間、初心を忘れるわけではないのです。
 ただただ、初心を怠っているだけなのです


 昔は稽古でもここまではやった。其場突きは毎日数百本やった、蹴りも同じくらいやった。それに加えて型も、筋力トレーニングもやった。それが自分の限界だと思える回数を、ほとんど毎日やったという過去がある人は、いつの間にかそのハードルを、自分の手で下げてはいませんか

 もしそんな風に、自分でハードルを設置したなら、何歳になってもそのハードルを下げないよう努力すればいいだけなのです。動けなくなった自分を甘やかしてハードルを下げることも、無理をして上げることも必要ありません。

 大切なのは、自分で決めたハードルを保つこと。そのためにすべての稽古を怠らないということ。これに尽きます。


 新しい年になって、わたしが改めて胸に仕舞ったのはこのようなことばかりです。

 みなさんも、よければ参考にしてみてください。



 初心、怠るべからず。
posted by 札幌支部 at 20:11 | Comment(1) | 裏部長の日記

2009年12月28日

稽古納めました。

 こんばんは。裏部長です。

 なんだかひさしぶりすぎて、この名前を書くのも違和感があるくらいです。

 長らくご無沙汰をしておりました。


 札幌支部は先週の金曜日、二十五日に無事稽古納めをしてきました。クリスマスに今年最後の稽古をおこなうというのは、なんだかちょっと不思議な気分でしたが、あれはあれで乙なものです。

 わたしは仕事の都合上、午後七時からの参加で、師匠もほとんど同時刻から合流され、あと参加者は部長のみという、なんとも小ぢんまりとした稽古納めでした。

 人数もすくないし、時間もないというので、今年の稽古納めではおもに体道をおこないました。わたしは復習、部長は新しくいくつかの技を教わります。


 体道に関しては、道新文化センターの古武術講座でも触れているので、なんだか一年を通して、稽古してきたなあという感があります。そのほとんどの時間は自分の稽古ではなく、他者への教授にあてられていたわけですが、それでも、体道をしていたことに違いはありません。

 現在わたしと師匠で担当している教室はふたりあり、下は高校生から上は七十代の男性まで、幅広い受講生の方たちで賑わっていますが、身体の大きさも技の浸透具合も、やっぱりすべてが十人十色、ひとりとして同じ説明で済ませてしまえる方はいらっしゃいません。

 理想の状態をきちんと指し示し、そこへ導くことが指導であるならば、わたしはまだまだその道において未熟です。それは、そういった教授の場へ立つことで痛感できます。この意味でも、体道に関しては、いろいろと教わることの多かった一年でした。


 一方、空手はというと、やはり「するのではない、なるのだ」という教えがもっとも大きかったですね。

 これは、ニュートラルな状態の身体というものにも通じてくる話であり、そういった説明は、わたしが師匠のもとへ入門したときからずっと、くどいように聞かされていたことなのですが、それが今年、あらためて新鮮な空気をまとって目の前に現れてくれました。

 ほんとうの意味でのニュートラルな状態とは何か。動こうとするのではなく、そうなってしまうというのはどういうことなのか。これをきちんと理解し、会得するにはさらに長い期間を要するのでしょうが、目標が見えたぶん、これまでよりは目指しやすくなったような気がしています。


 来年の裏部長個人の目標としては、体道を進め、空手に精進し、そして…、

「なるべくブログを更新する」

 これに尽きます。



 2010年がみなさまにとって素晴らしい一年でありますように。

 それでは、よいお年を。
posted by 札幌支部 at 20:21 | Comment(0) | 裏部長の日記

2009年12月03日

気づけば

 こんにちは、裏部長です。だいぶ長いあいだご無沙汰をしております。

 どうも最近はどっしりと腰をすえて、このページの更新をおこなえる状況にありませんで、なんだかんだで、もう十二月です。

 札幌支部は相変わらずの雰囲気で、ごく内輪に、のんびりと稽古を重ねています。気づく点、気づかされる点など、いろいろありますが、まだまだ吟味が必要な状態です。

 
 これからどんどん寒くなります。風邪やインフルエンザになどかからず、たのしい心持ちで新しい年を迎えたいものです。

 
 またかならず、年内には更新しに来ますので。
posted by 札幌支部 at 15:56 | Comment(1) | 裏部長の日記

2009年09月22日

負ける要素のない動き

 札幌は朝からはっきりしない空模様で、TVでは「今日は晴れたり曇ったりする天気でしょう」と、まことに見事なほどあいまいな予報を伝えている九月二十一日、敬老の日。札幌支部としては珍しい特別稽古が開催されました。

 場所は札幌大学研修センター。プールもついている体育館に、あきらかに敷地の無駄づかいだろうと突っ込みをいれたくなってしまうほどの広大な駐車場。日ごろ稽古でつかっている教室とくらべたら雲泥の差でしたね。

 稽古開始は午前九時。お隣では柔道部が稽古をしているというにぎやかな空間で教授ははじまりました。


 昨夜も書いたとおり、これは来札されたMさんのための稽古であったため、基本的にはそのことのみをおこないました。つまり、通常の稽古ではあたりまえのようにやっている基本稽古は抜きにして、軽いストレッチをしたあとは、すぐさま約束組手という、なんとも荒っぽい手法でおこなったわけです。

 散々引っぱっておいてこんなことを言うのはどうかと思いますが、昨日の稽古については、ここで詳しく書くことができません。いや、これはやはりMさんのためにも、書かずにおくことが最良かと考えます。


 本部のあの烈しい稽古をとおして、Mさんのなかにはいろいろな悩み、葛藤、苦悩のようなものが蓄積していたようです。それは、わずか二時間たらずの交流でしたが痛いほど伝わりました。本部には師範をはじめ、諸先輩方が顔を揃え、われわれ札幌支部から見ると夢のような空間に思えますが、それは互いに同じことのようで、本部でしか稽古をされていない方からすると、うちの師匠の教えというのはまた格別で、新鮮に感じられるものなのでしょう。

 
 昨日はMさんと師匠のほかに、師匠のご子息と韓国人留学生のCくん、あとはK先生も参加されました。わたしは後半、ずっとCくんと組んで稽古をしていたので、Mさんたちのやっていたことをしっかりとは見ていられませんでしたが、要所要所は押さえることができました。


 結局のところ、Mさんの悩みの種は「」にあったのだと思います。それは攻撃においても、防御においても同じことで、その一点に明快な回答を出せないがために、すべてにおいて首を捻らざるをえない状態となっていたのでしょう。

 攻撃に関しては、比較的発見しやすい問題点があって、稽古の冒頭からそれは師匠によって矯正されていました。とても基本的なことだけども、段階として上達してくるとどうしても見落とすことの多い、そんなポイントが隠されていたわけです。


 受けに関してはすこし複雑です。いや、かなり複雑です。だからあえて書くことを避けます。
 
 それにあの稽古で示されたことは、いわばMさんの宝のようなものですので、これは勝手に開示するべき話ではないと思います。



 ……ただ、です。一応わたしの頭の整理もあるので、気になった点のみを、思いつくままに書いておきますね。


 結局、受けに関しては、どうしても相手に押し負けない形をつくろうと考えてしまいがちで、軸をきちっと取り、前足を壁のようにして、相手の押しに耐えうる体勢を整えること。そんなことをMさんも考えてらっしゃったようなのですが、その壁で防御できるレヴェルの攻撃には耐えられても、それ以上のものがやってきたら、こちらは壁ですから、頭の天辺から足の先まで、すべてが一挙に崩壊してしまいますね。

 では、どうしたら「負けない形」になるのか? これはもう禅問答のような話の展開になってしまいます。


 それをするには、「負ける要素のない動き」をすればよいのです。


 ……


 つまりですね、負けないようにこうしよう、ああしようとしている時点では、形としてはすでに負けているのです。脱力しようと考えている限りはまだ力が入っているように、負けないでいようとしてそのように構えてしまうと、それは負ける可能性を秘めた状態に留まってしまうのですね。

 じゃあ、どうしたらよいか。これは簡単です。

 負けてもいい形に変えればよいのです


 これまでは、相手の勢いを喰らって負けてしまうから、負けないようにあれやこれやの対策をとる。しかし、相手のパワーをもらってもそれを防御や反撃に利用できる体勢をつくることができれば、それは負けであって負けではなくなるわけですから、結果的には「負けない動き」になりますよね


 なんだか廻りくどい表現で申しわけありませんが、昨日の特別稽古ではこんなことをやったわけです。そりゃMさんが目をきらきらさせてお帰りになるわけです。

 
 昨日のこともそうですが、Mさんの動きから感じた本部道場のにおい、ゴリラ級Tくんの凄まじさ(Mさん曰く、Y師範代か師範でないと手におえないとのこと)を聞くにつけ、またいつか栃木へ行きたいなあという思いをおぼえました。うちのCくんが、いつか本部へ行ってみたいと話していたので、そのときにわたしも便乗して参上するかもしれません。

 もしその日が来たら、お手柔らかによろしくお願いします。


 そして、Mさん。稽古おつかれさまでした。ご無事でお帰りになることを祈っております。



 では、また。
posted by 札幌支部 at 19:39 | Comment(2) | 裏部長の日記

2009年09月21日

M氏、来札!

 裏部長です。またまた、たいへんご無沙汰をしております。


 栃木のゴリラ級のTくんのコメントにもあったように、本日、札幌へMさんがいらっしゃいました。週末や祝日は基本的に、札幌支部では稽古を休みにしているのですが、今日ばかりは特別に開催、しかも場所はきちんとした武道場ですよ。ドシンと踏みこんでも安心な床のある優雅な空間でした。

 稽古開始は午前九時。早いですねえ。気持ちが若々しくなるような二時間でした。

 この稽古の模様についてはまた明日、あらためて書きに来ます。われわれにとってもそうですが、何よりMさんにとって有意義な稽古になった点がよかった。わざわざ家族旅行のあいまに時間をおつくりになった甲斐があったというものです。


 それでは、明日に。
posted by 札幌支部 at 22:26 | Comment(1) | 裏部長の日記