2013年04月22日

明日の稽古

 こんばんは。裏部長です。


 明日の稽古は、仕事の都合でわたしが参加できないため、中止にさせていただきます。


 ひさしぶりに師匠からも書き込みがありました。もろもろ読んで、金曜日までお待ちください。


 よろしくお願い致します。


 
posted by 札幌支部 at 19:25 | Comment(0) | 裏部長の日記

2013年04月20日

学びの姿勢

 こんばんは、裏部長です。



 春まっさかりで、本州では気温が二十度を超える日があっても、札幌はまだひと桁なんてことがざらにある今日このごろです。うちの駐車場の裏手には、まだこんもりと雪の山が残っています。


 道外では桜も散って、花粉も終わって、あと一箇月ほどもすればもう「暑い」ってことばが聞こえはじめるのでしょうが、北海道の春はゆるやかです。あせらず、いそがず、ゆったりと四月をすごしています。




 先日、こんなことがありました。


 札幌支部ではなく、道新文化センターでおこなっている古武術講座でのことです。

 
 現在、水曜日は六名、木曜日は十一名の受講生の方たちと拳法図を稽古していますが、その技以外に、空手の突きや蹴りや受けの基本、移動では追い突き、逆突き、追い突き・逆突きなどもおこない、定期的に約束組手もおこなっています。空手の技術として習得したいというよりも、追い突きが身体になじんでいないと、肝心の拳法図の技そのものがやりにくいので、かなり早い段階から組手はやるようにしています。


 講座へ入ったばかりの方にはまず、足の運び、腰を最後まで切らない、などの基本的なことを意識してもらい、すぐに突くことを求めず、うるさいほどかたちにこだわって組手をやっていただきますが、すでに一年以上つづけられている方については、もうすこしつっこんだ内容を要求します。


 こないだ、ふだんはあまり組まない女性おふたりに組手をやっていただきました。こういう講座ではどうしても、よくやる相手というのがいつの間にかできてしまい、要は会話も弾むし、気心も知れているので稽古がしやすいというので、こちらとしてもそのカップルを崩さないことが多いのですが、この日は考えがあって、あえてそのおふたりで組んでいただいたのです。


 おひとりはすでに体道で黒帯を取られている方。もうおひとりのほうは、まだ一年ほどの経験ながら熱心で、こんなことを言うと失礼になるかもしれませんが、根性がある人です。すこしでも巧くなってやろう、よくなろうという気迫が表情に表れていて、またその成果がこのごろ着実に体現されはじめてきた方です。


 おふたりの組手は鬼気迫るものがあり、とても真剣でした。というのも、互いに追い突きが鋭くなってきていて、なおかつ受けの立場においても同様のレヴェルで捌こうとするために、おのれの身を安全圏へ逃がしてしまうことがすくない。だから、身体どうしが衝突しそうになることもあり、しかしおふたりともその際に、諦めたり投げだしたりしない人なので、稽古はしだいにヒートアップしてゆくのです。


 組手を終え、拳法図の稽古へ移ります。


 この日の技は、受けが中段追い突きをしてくるものでした。ふたりひと組になって稽古をしているところへ、わたしが順ぐりまわっていって、アドヴァイスをしたり手直しを加えたりしてゆきます。


 根性があると言ったあの女性の組へ行ったときです。


 その方に受けをやってもらって、技のポイントを解説しようとしたとき、これまでの稽古ではついぞ見たことがなかったほど鋭く、速く、まるで杖で突きこまれたかのような勢いでもってその受講生の方が踏みこんでこられたのです。


 これにはお恥ずかしいことに、ふだんの調子で話をしようとしていたわたしは圧倒されてしまいました。


 つまり、その方は、つい数十分前にやっていた約束組手のときと同じ気迫、同じ姿勢でわたしに追い突きをしたのです。厳しさと鋭さから顔をそむけず、怖さをもちながらも一心につっこんでいった組手の結果が、柔術の技にも活かされたのです。




 こういう変化を目の当たりにするとき、いかに真面目に、いかに素直に稽古することが大事であるかと感じさせられます。


 生意気なことを言うようですが、やる気や学ぶ意志などは、その人の目にあらわれるものです。表情や、返事をするときの声にもにじみ、こちらに伝わってきます。わたしは、小心者のせいか、稽古者のそういった面にどうしても気が行ってしまい、だからこそ、稽古へ対する気持ちが稀薄なとき、体調が悪いとき、あるいは何か考えごとをして心ここにあらずのときは、それとなくすぐにわかってしまいます。

 
 しかし、それがどうしようもない事情などによってもたらされたことである場合には、どうにでも対処ができます。馴れないことばかりで戸惑い、頭が混乱しているようであれば稽古のペースを落とし、体調が優れないのであれば、休憩をし、また稽古自体を早めに切りあげることも考えます。現に、道新文化センターの講座ではそのような処置をして、メニューを変えたことがありました。


 ただし、それが本人の意志である場合、わたしにはどうしようもできません。稽古をしよう、学ぼうという姿勢をもたない人間にいくら真面目に向きあっても、感情を抜かれたロボットをあやしているようなもので、ただただ疲労がかさむばかりです。




 先日、「札幌支部にかぎっては、わたしは自分の稽古のために参加している」と書きました。あれに偽りはありませんが、しかしだからこそ、わたしはわたしと同じように稽古へ取り組まない人へ関心をもつことができません。おのれを昇華させるために道場へゆき、胴衣を身につけ、汗を流して稽古しているのです。程度の差こそあれ、そのように稽古しない人と関わっている時間はないし、ましてやそういう人へ懇切丁寧に何かを指導する手間も惜しい。まったく無駄な時間だと言ってよいでしょう。



 過去、ともに稽古をし、ある程度の段階まで進んだ仲間のなかに、自ら進んで「こういう稽古がしたい」と要求した人はひとりもいませんでした。たとえば、現在稽古に来ているKくんも、札幌支部三人目の黒帯になったS呂くんも、空手が好きで、逆に体道は不得手でしたが、稽古において「空手をお願いします」と言ったことなどただの一度もなかった。師匠が空手をやると言えば空手を、それ以外の技をやるときだって黙って懸命に動こうとしていました。わたしや部長に関しては、こんなことを議論の俎上にあげることさえ考えません。



 稽古とはそういうもので、それでもいい、それでも学びたいという人間だけが集まり、技を伝えてゆけばよいのではないでしょうか。わたしはそう思います。





 栃木県出身で、現在は東京で〔みかわ是山居〕という店をかまえる天ぷら職人の早乙女哲哉さんは、ある本のなかでこんなことをおっしゃっていました。


若い人が修業に来ると、私は『あなたたちは、仕事を習いにきたのではないよ。魚を裂いて、天ぷらを揚げてという技術的なことは関係ないよ。修業に来るってことは、我慢を覚えにくるの。我慢を覚えた人はね、黙ってても仕事はできるようになるよ』と言っています。

 中略

 たとえば、修業に入って掃除をするときに、親父さんが気分よく仕事ができるようにきれいに掃除をする。親父さんがてんぷらを揚げていて、『お茶』と言う前にすっと出す。『おしぼりがほしいな』というときに置いてあるようにする。魚の下ごしらえでも、『こういう魚がほしい』と思ったら、そういう魚が出てくる。そういうことができるということは、親父さんと同じ感性だということなんです。
 だから、親父さんに気分よく仕事をさせることができていたら、てんぷらなんてものは、ちょっと練習すれば、親父さんと同じように揚げられるんです。基本がいっしょなんだから
」(『江戸前の流儀』より)。




 
 また、ラジオをおもにやっている語り芸人の日高晤郎さんは以前、このようなお話をされていました。


小学生のころ、授業がはじまると、わたしはすでに教科書やらノートやらは机に出して、黒板をじっと見つめて先生の声に耳を傾けていた。自分ではそんな態度があたりまえだと思っていたのだけれど、ある日、先生が生徒全員に、『おいみんな、ちょっとあいつを見てくれ。とっくに授業の準備を済ませて、黒板を見つめて、先生のことばをひとことも聞き逃さないって顔だ。いいか、あれが学ぶ姿勢というものだぞ。学ぶ側があんな風に真面目にこっちを向いてたら、教えるほうも下手なことができない。ちょっとでもいい加減なことを言ったら、それをそっくりそのまま覚えられてしまう。だから、先生も本気になる。みんなも見習いなさい』と言ってくれた。この、教わる側と教える側の姿勢こそが、学びには必要なのです」(覚え書き)。








 誰かにとって、何かの足しになれば、嬉しいです。


 裏部長でした。

posted by 札幌支部 at 21:35 | Comment(0) | 裏部長の日記

2013年04月03日

4月の稽古日程

こんにちは、裏部長です。


4月の稽古日程が確定したので、お知らせします。


今月も火曜日と金曜日の18時から20時まで、札幌大学1001教室にておこないます。


ただし、12日の金曜日、13日の土曜日、16日の火曜日はお休みです。


よろしくお願い致します。


posted by 札幌支部 at 17:59 | Comment(0) | 裏部長の日記

2013年03月30日

個としての一歩

 こんばんは。あらためて裏部長です。


 札幌ではすっかり路上の雪も減り、気温もあたたかく、春の予感に満ちあふれるような毎日がつづいておりますが、このくらいの時期のほうが風邪をひきやすいのです。氷点下の寒さはむしろ物理的でさえあるので、身構え、まっこうから闘うことができるのですが、気温が二度とか三度くらいの、それもすこし風が強い日などは、外へ出た瞬間は、「なんだ、あたたかいじゃん」と思わせておいて、数分も経てば、「あれ、寒いかな」と疑念が生じ、ついには、「薄着してくるんじゃなかった」となるわけです。


 春休みシーズンこそ、気を引き締めねばなりません。




 さて、話は唐突に変わりますが、つい先日のことです。

 稽古終わりに、札幌大学一階の談話室で語らっていたとき、後輩のIくんが、

「先輩、突きが劇的に変化したのはいつころからですか」

 と質問してきました。

 わたしは内心、まだ劇的に変化したとは言えないと感じつつも、ありのままに答えました。

「変化したと言えるのは、ここ二年くらいのものかな」



 これは事実でありました。


 先月で丸九年、空心館札幌支部で稽古をしてきて、ほんとうの意味で変化した、成長したと感じられたのは、つい一年か二年ほど前からだったのです。


 以前、栃木へお邪魔したとき、Y師範代が、「三段くらいのころは変化の連続だった。稽古へゆくたびに、毎日突きが変わった」とおっしゃっていました。時期としてはわたしもその区間に入っているので、諸先輩方が通過されてきた場所へ、いままさに足を踏みいれたばかりなのかもしれませんが、しかし、じつはわかっているのです。


 なぜこの二年ほどで、すくなくとも自分では大きな変化を実感することができるようになったのか、わたしには明確な理由がわかっているのです。




 それは、誰かを真似たり、何かを待ったりすることをやめたからです




 わたしは、実戦でつかえるものを求めて、運命的な流れのすえに師匠と出逢い、空心館へ入門しました。入った当初はほかに門弟もすくなく、ほとんどマンツーマンで稽古をつけていただきました。


 札幌支部ではわたしが最初の稽古者だったため、たとえ入門当時の、白帯のころであっても、後輩たちからすればわたしは先輩で、当然師匠が不在の際には、師匠の代わりをつとめなければなりません。


 空手でも体道でも、ほとんどド素人のころから、稽古のなかで誰かを指導する役を負うてきたことで、現在の、たとえば道新文化センターでの古武術講座のように、道場以外で師匠の代行をすることも可能になったわけですが、すべてがよい方向へ進んだわけではありませんでした。


 わたしは長らく、師匠に甘え、師匠の蔭に隠れてきたのです。本来ならば、自分自身を鍛え、成長させなければならないところを、師匠が身近にいて、また親身に、献身的にさえ指導をしてもらえる環境をよいことに、まるでそこに発生する力を自分のものと勘違いし、おのれの力量から目を背けつづけてきたのです



 ちょうど二年前の夏、わたしはそんな自分自身と訣別し、ほんとうの意味での成長を目指すために、稽古そのものの捉え方を変える決心をしました。もちろん、すでに五年以上もつづけてきたスタンスにひび割れを起こすような作業は、ときに、軋轢や不協和音を生みだしかねず、ストレスを溜めるばかりの夜もありました。


 しかし、ここで引き返したら、またいつもの自分だ。変えるためには進みつづけなければならない。そう自分を鼓舞して、試みを人知れず継続していたころに、師匠が中国へ留学されることになり、仮説は確信へと変化しました。




 いまわたしは、札幌支部の道場にかぎって、誰かを指導するために稽古へゆくことはしていません。あくまで自分の稽古のためにかよっています






個として稽古に臨む。ごくあたりまえのことですが、わたし自身は、最近になってようやく実感し、その重要性を痛感するに至ったのですから、人生とはわからないものです。


 これを気づかせてくれたのは、本部道場のみなさんです。ありがとうございました。






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4月の稽古について

 裏部長です。


 札幌支部四月の稽古は、まだ日程が確定していません。おそらく、教室の申請は、四月に入ってからおこなうことになると思います。

 なので、それまでは稽古をお休みにさせていただきます。土曜日の武道場稽古も同様です。


 日程が決まりしだい、ここにも記しておきます。それまでお待ちください。



 よろしくお願い致します。
posted by 札幌支部 at 13:48 | Comment(0) | 裏部長の日記

2013年03月09日

本日の稽古

 こんにちは、裏部長です。


 栃木のY師範代からコメントをいただきました。ありがたいかぎりです。これまで、Y師範代からのコメントは数多くありましたが、そのなかに具体的な技術についての記述はなかったように記憶しています。

 いやそもそも、師範や師範代からコメントが入ること自体、とてもすごいことなのです。

 
 一字一句、噛み締めなければなりません。




 さて、本日予定していた武道場での稽古ですが、昨夜からはじまった暴風雪がやむところを知らず、また違う低気圧が近づいてきているとの報もあり、いまの札幌は気軽に集合できない状態にあります。

 なので残念ですが、今月も中止とさせていただきます。


 北海道では先日、この暴風雪により痛ましい事故が起こり、数名の方が亡くなってしまいました。よもや同様の事故が市街地で起こるとは思いませんが、参加者のなかには小学生も春から社会人となる若者もいるため、気やすく実施に踏みきることができませんでした。


 ご了承ください。

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2013年03月02日

やわらかい風

 こんばんは、裏部長です。

 すっかりもう三月ですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。



 いま札幌は、どこもかしこも暴風に見舞われています。家の壁が吹きとんでしまうのではないかと思うほどの風で、何度も不気味な唸り声をあげています。この風が、路上の雪を舞いあげるために視界が閉ざされ、歩道をなでるために、どこもかしこも凍ってすべりやすくなります。

 外出する方は修業だと思って、慎重に足をお運びください。



 新しい年になってすでに二箇月がすぎたわけですが、札幌支部はあいかわらず元気にやっています。後輩たちは春休みにもかかわらず熱心に稽古へ参加し、汗を流しています。

 彼らのなかには、拳の握りを考える者、ひたすら突きにこだわる者、型に苦戦する者、体道に面白味を感じる者と、さまざまいます。ともに稽古へ身を置くとき、思いもかけない意見に出会い、また新たな発見や印象を得られる点で、わたしも多くのことを学ばせてもらっています。


 そういえば、昨年の栃木遠征のときに、Y師範代から教えていただいた肘の鍛練法、すっかり間違っておこなっていたようで、肘に衝撃が集まらなければいけないのを、わたしは腕全体を振っていたがために、肩にかかっていたみたいです。これでは、腕全体の脱力は促せても、要は肩から指先までの長いだらりとした物体を突きの動作のなかで扱うことになるため、エネルギーの放出は可能になっても、肝心のスピードが出ません。


 これに気づかせてくれたのも後輩のひとりでした。


 昨年末、その後輩のひとりが、わたしの突きを携帯電話の動画で撮影したいというので撮らせてみたら、自分でも驚くほど鈍重な動きで、閉口してしまったのです。腕の筋肉を締めず、重く湿った洗濯物をまるめて思いきりぶつけるかのように拳を放りだすことはできていても、長ったらしいものをフルスイングしているために、端から映像を通して見たら、なんとものろまな情けない突きになっていたのです。


 ここから脱出するべく、今年に入ってからもう一度速さを考えはじめ、栃木遠征のときのVTRを見かえしていたときに、Y師範代直伝の鍛練法がきちんと肘に効いていないことを発見し、あらためて実践してみれば、その違いは雲泥の差でした。あの方法で肘を鍛えると、ここまで腕が軽くなるのかと思えるほど、肉体が変わってきます。


 重い拳を自分の腰から相手の胴体へ飛ばす、あるいは、長い腕を伸ばして突く、という動作をする場合、どうしたって速さは失われてしまいますが、ただ単純に、「肘」という小さな物体を飛ばす意識で突きをおこなえば、動かしているもの自体が小さく軽いのですから、突きそのものも速くなり、またそのきっかけも微細な動作で済むようになります



 突きが変われば受けも変わります。わたしは、この肘の変化以降、あらためて、

風のように受けたい

 と思うようになりました。



 相手の攻撃に反発するのではなく、こちらから攻撃をかぶせるのでもなく、ふわりと、やわらかく吸収し、呑みこんでしまう受け。ここさえ押さえられれば、打撃であろうが柔術であろうが、反撃の種類にはこだわる必要がないように思え、またここで制することが可能になれば、自然と争う心も鎮まってゆくことでしょう。


 ただし、風のように受けたからといって、風のような反撃はいまいち完成度に欠ける気がします。その動作は、やわらかいがゆえに、相手へ到達するまでに時間を要するからです。そのほんの一瞬の間で、とくに空手をやっているような人は次の攻撃へと切りかえているでしょう。


 できるなら、風のようにやわらかく吸収し、一瞬のうちに呑みこんだ刹那、まるで電流が走るかのように反撃をおこなってしまう。それは突きでもいいし、投げでも押さえでもいい。とにかく、すべてを一瞬で決してしまう技に行き着かないかぎり、実用的とは言えません。


 きっと、この点をそれ相応の次元で身につけることができれば、その電流部分に体道の技を採用して、打撃相手にもじゅうぶん柔の技を用いられるような気がするのですが、いまはまだわたしにとっては理想の域を出ません。


 地道に、身近なところから積みあげてゆきます。


 上記の突きに関連して、足をひねらない追い突きというのも実践しているのですが、それはまた次の機会にでも書きます。


 
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 20:11 | Comment(1) | 裏部長の日記

2013年02月27日

3月の稽古について

こんにちは、裏部長です。


やはり、メールの届かない人がいるようなので、掲示板がわりに記しておきます。


3月の札幌支部の稽古は、これまでと同様、火曜日と金曜日の18時から20時まで、札幌大学1001教室にておこないます。


いまのところ休みはありません。


武道場稽古は9日の18時からです。今回は実施します。剣術などもやりますが、できれば体道を重点的に稽古したいので、来られる人(とくに茶帯メンバー)はぜひ。


なお、連絡したいけどメールが届かないという方は、このブログのコメント欄に書き込んでください。こちらも返答をコメント欄に書いておきます。



諸々よろしくお願い致します。


posted by 札幌支部 at 11:44 | Comment(0) | 裏部長の日記

2013年02月09日

本日の稽古

 こんにちは、裏部長です。


 本日予定していた武道場での稽古ですが、参加人数や天候、大雪による交通状況などをかんがみ、中止といたします。ご了承ください。

 なお、全国的にインフルエンザが流行しています。火曜日の稽古に来ている小学生のOくんは、昨日発熱し、病院へ行ってみたらインフルエンザだったそうです。気をつけましょう。



 追記。

 師匠不在のあいだ、札幌支部の稽古スケジュールは裏部長が調整し、だいたい月末に翌月の日程をお知らせしていますが、どういうわけかメールの届いていない方が何名かいらっしゃいます。一応こちらからは、参加される可能性のある方には全員メールをお送りしていますが、何かの事情で届いていないことがあるらしいので、今後師匠が帰国されるまで、連絡事項は逐一ブログに載せることとします。

 連絡事項などありましたら、コメント欄に記入してください。

 よろしくお願い致します。


 裏部長より。
posted by 札幌支部 at 13:53 | Comment(0) | 裏部長の日記

2013年01月09日

稽古初め2013

 こんにちは、裏部長です。



 昨日、札幌支部は無事、稽古初めしました。外はマイナス八度の寒さ、室内に暖房は入れど、コンクリートの床は暖まることを知らず、素肌に羽織る胴衣の冷たさに、「冬だなあ」と感じる夜でした。


 昨年の稽古納めとは打って代わって、小学生のOくんと、大学生のKくんふたりのみの淋しい稽古初めでしたが、札幌支部にとってはこちらのほうが通常の人数なので驚くにはおよびません。


 裏部長は馴れているのです。




 2013年、空手をやるにしても体道をやるにしても、いろいろと考えることはあるでしょうが、根本これだけは忘れないでおこうと思う一条の信念があります。


 それは、

つねに圧倒的なものへ向かい、敵わないことへ挑む

 この精神です。



 人はその活動において、できるようになった、俺は完璧だと思った瞬間に驕りがはじまり、成長は止まってしまいます。武術の道など、その果てへ行きつけるはずなどないのに、ひとつのことが理解できたり、扱えるようになった途端、愚かな人間はそれを誇ろうとしてしまうのです。



 いけない。いけない。自分が目指し、挑んでいるのはそれほど低い壁ではないはずだ。もっと高い、難攻不落の、急峻な頂のはずだ。すでに踏破した山は低く見える。ならばすぐに、もっと高く、もっと険しい、次の山へ向かわねばならない。



 歌舞伎役者や職人が、本格の人であればあるほど謙虚で、研鑽をやめないのは、つねにそういった“はるかに自分よりも大きな存在”を意識し、そこへ一歩でも近づこうとしているからなのでしょう。敵わないものへ挑みつづけるからこそ成長できるし、だからこそ、求めれば求めるほど、その道を歩むことがたのしくなるのでしょう。



 自らの稽古の場で徹底的にそれと向き合うこともいいでしょう。またふらりと、栃木の本部道場へお邪魔して、新たな一歩を踏みだすのもいいかもしれません。


 ……もし今度本部へゆくときがあれば、暑くも寒くもない程よい季節に、なるべく怪我をしていない状態の身体で伺いたいものです。





 空心館のみなさまにおかれましては、どんな稽古初めをなさいましたか。



 裏部長でした。


posted by 札幌支部 at 12:13 | Comment(0) | 裏部長の日記

2013年01月02日

侮るなかれ

 おはようございます。裏部長です。

 正月休みをよいことに、最近の思いのたけを――。

 空手に偏っている点についてはご容赦ください。





 体道のなかで受け身の練習というのをしたことがありません。ふつう、投げたり投げられたりする技をやる際、たとえばそれが柔道であっても合気道であっても、まずは受け身の練習をし、馴れてきてから具体的な技へと入ってゆくものなのに、体道ではそれをしない。なぜか。


 答えは単純かつ実戦的です。柔の技というのは、投げたり押さえたり絞めたりして、相手を殺傷するものである。その過程で、上手いこと受け身を取られてしまっては、技としては不十分。つまり、相手が受け身を取れず、危ない体勢で床に叩きつけられるように技をおこなう必要があるわけです


 受けを取る人間は、勝手に自分で、傍目から見てきれいな教科書どおりの受け身を取ることができない状況下で、それでもおのれの身を守るために、相手の技のなかからエスケイプしなければならない。だから、そのような受け身を習得するには、受け身を単体で稽古するのではなく、実際に技を喰らいながら実践しなければならないのです。



 これは空手にも言えることでしょう。



 約束組手における立場は二種類あり、ひとつは攻撃する側、もうひとつは防御をする側ですが、前者について指導されたことはあっても、後者についてはあまり多くの示唆を受けてきていません。それは、体道のときと同じように、まずは突きを磨き、その磨かれた突きに対峙したあと、受けの稽古がはじまるということなのでしょう。


 だからまず、われわれは突きを学ばなければならないのです




 さて、稽古のなかで再三言われる「脱力」とは何でしょうか。


 力むと筋肉は収縮し、動作にブレーキをかけてしまいます。追い突きをするときに、自分は百パーセントで突いているつもりが、力んでしまっているばかりに、八十〜七十パーセントにまで減って相手へ届いてしまう。これほど非効率なことはありません


 相手へ自分の百パーセントを伝えるには、徹底的に力みを排して、どの部位にもブレーキのかからない動きをする必要があります


 つまり、上手く脱力された状態の突きは、エネルギーの完全なる放出だと言えるでしょう。


 これは腕だけの話ではありません。全身くまなく無駄な力みをなくし、軸を運び、腰を運び、下半身をやわらかくつかい、相手の懐へと入ってゆく。一連の動作のどこにも淀みのない追い突きこそ、放出の集大成だと思うのですが、これを徹底させると、違う現象が起こってきます。


 それは、二本目、三本目の突きへの移行です。


 完全に脱力し、放出しきった瞬間に、そのエネルギーを一本目で止めておく力も排除されるため、勢いは失われず、速度をいっさい落とすことなく、二本目、三本目の攻撃へと展開できるのです。身体にブレーキがかかっていないため、動作に停滞がなく、力んでいないので腕も足も軽い。このあたりは、Y師範代の動きを見ていると、決して漫画や映画のなかだけの話でないことがわかります。


 空手の、とくに有段者が迎えるべき一段階はこの放出と、ブレーキの排除、そして徹底的に脱力された腕や足にあるのかもしれません。つっかえることがないから、相手が横へどければそちらへ、後ろへ下がればその向こうへと追いこんでゆくことも可能になるでしょう。


 それだけ自由に動けると、相手を見る目も変わり、また徹底的に脱力し、放出する突きを蹴りにも、あるいは受けにも応用して何年間も稽古した場合、まず肉体が変わるはずです。筋肉に頼っていないわけですから、胸や肩まわりは自然とスリムになるはずです。




 しかし、武術というのはつねに攻防一致。稽古者はここで立ち止まってはいけません。




 相手に攻撃を仕掛ける。それも、一本で終わらず、二本、三本とたたみかける。追い突きから逆突き、それから蹴り。あるいはワン・ツーから三本目の突き。いきなり蹴ってもいい。脱力と放出を身につけた人は、それだけ自由に、攻撃のコンビネーションを組むことができますし、実践することも可能です。


 ただし、それを相手がただ無条件に受けいれてくれるとはかぎりません。烈しい攻防を好んで展開してくれる空手の人ならば安心でしょうが、もし向こうが柔術の人だったとしたら。それも、ただ柔の技を知っているというだけでなく、体道でやっているような理合いを完全にマスターした人で、一本目の攻撃を制する腕前をもっていたとしたら――。


 当然、攻撃者の二本目、三本目の攻撃は徒労に終わります。いや、それを発動させることも叶わず、一本目を取られておしまいです。こちらが突いた瞬間に、関節を取られるか、投げられるかされて、そこで勝負は幕をおろします。


 自ら攻撃を仕掛ける側の人間は、どんなときもこのことを考えて動くべきだとわたしは思うのです。空手の世界には一撃必殺という、あまり品のよくない常套句がありますが、攻撃する際にも、その攻撃を捌く際にも、稽古をする人間はつねにファースト・コンタクトで勝負を決する覚悟で動かなければ意味がない。何本もの突きや蹴りをおみまいしてやろうと構えるのでもなく、また受けるほうも、ただ突きから身を逃がすだけではなく、“突かせてあげる”動作を何層にも深化させて、その一本目で終わらせる工夫をしなければならない。



 こう考えると、攻撃者は正確に相手の水月を狙い、脱力=放出をしながらもエネルギーは霧散しないよう集中し、きちんと身体(軸)を運び、貫通力のある突きを出す必要がありますし、その威力を生みだすために、二本目、三本目へ期待をしないことが求められます


 たとえ一本のみの突きであっても、約束組手という、互いに動作を把握したうえでおこなっている稽古の場合、相手が受けづらいところをあえて狙うようにもなりかねないのですが、これは先ほどの、一本目を取られることを考えると、約束組手だからこそ採れる突きであって、一撃で終わらせられるものには程遠い。


 怖い突きとは、身体を運び、徹底的に脱力し、エネルギーを放出した上で、寸分の狂いもなくこちらの急所へ飛んでくる突きのことでしょう。そのためには、きちんと相手の胴体の中心を狙わなければなりません


 それに対して受けの人間は、相手に胴体を差しだし、実際に突かせてあげます。しかし、相手の攻撃が正確であればあるほど、まともに喰らっては危ないので、適度な手ごたえを相手へあたえておきながら、最後の最後でその威力を吸収します。流す、と言ってもいいかもしれません。


 これは昨年の栃木遠征で、終盤に師匠が解説していた動きです。


 相手の攻撃のライン上から自分の身体をどかすことでも突かせてあげることはできるのですが、それでは相手に、実際に突いたという手ごたえは残りません。ほんとうの意味での“突かせてあげる”とは、動かず、拳がこちらの胴体に触れ、押し込んでくる力を利用して身体をどかすことです。こうすれば、こちらは自ら受けようとする必要がなく、また、拳に手ごたえがあったあとに抜けてしまうので、相手に崩しを生みやすくなります。




 こうして考えてみると、脱力からエネルギーの放出を習得し、それを肉体に憶えこませたあとは、とにかく洗練の二文字に尽きるということになります。自由になった身体を自由なまま、奔放に暴れさせるのではなく、一点集中で、たった一本の突きでことが済むように稽古する。それを受ける立場の人間も、百パーセントの放出でもってこちらの急所へ飛んでくる怖い突きを、その一点のみで処理する



 つまり、攻撃側と防御側、どちらにとっても同一の、同じ位置にあるたったひとつの接点だけで、何年間も何十年間も、われわれは研鑽を積むことができるというわけです




 伝統芸能の世界も、職人の手並みも、修業を重ねれば重ねるほど無駄が削ぎ落とされ、洗練され、動作はシンプルに、小さく速くなってゆきます。ヴェテランの俳優はたったひとことの台詞で観客を泣かせ、宮大工の匠はその木材をひと目見ただけですぐさま仕事の手順を頭のなかで組みたてます。

 すべからく、武術家も同様だとわたしは信じています。


 腕前の差とは、精度の差なのでしょう。たったひとつの接点で組手をする際、攻撃する側の腕前が上ならばこちらの急所へ突きが入り、防御側の人間がより長けていれば、きちんと突かせた上で威力を流してしまえる。


相対的な強さではなく、絶対的な巧さを求めよ




 もう何年も前に師匠から言われたこのことばが、結局はすべてを表しています。



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2013年01月01日

接点をさがす旅へ

 あけましておめでとうございます。

 裏部長でございます。


 新しい年になりました。とはいっても、まったく実感がないのはどういうことなのでしょうか。武術を稽古するのに、新年も正月も関係ない、いついかなる瞬間も修業だ、という考え方が、日常生活へ浸食しきってしまったかのようです。




 今年の裏部長の抱負。


 体道については、粛々と、慎重に、丁寧に稽古してゆきたい。これに尽きます。

 師匠がもどってこられるまでは、わたしは体道のカリキュラムを前へ進めることはできないので、後輩たちに技を教えたり、道新文化センターで拳法図をやったりしながら、体道への理解を深めてゆきたい。


 空手に関しては、黙っていても課題が次から次へと出てくるので、いまは何も考えません。

 ただ日々、稽古を重ねる。それだけで十分すぎるほどたのしい毎日が送れることでしょう。



 最近、空手の組手において気づいたことがあったのですが、それはまた次の機会にでも書くことにしましょう。今日のところは、ブログのタイトルにその想いを込めて、新年のあいさつにかえさせていただきます。


 本年も何卒よろしくお願い申しあげます。

posted by 札幌支部 at 16:00 | Comment(0) | 裏部長の日記

2012年12月29日

愛すべき物好きたちの宴〜稽古納め2012

 おはようございます。裏部長です。


 最近の札幌は、馬鹿な大雪こそなくなりましたが、とてつもなく寒いです。十二月でこんなに寒いのはおかしいと、巷ではもっぱらの噂です。朝起きたらマイナス十一度、みたいなことがあたりまえのようにつづきます。

 先日、新聞にはついに、

酷寒

 という単語が現れました。

 もはや、読み方さえわかりません。




 さて、そんなむごいほどに寒い札幌にて、札幌支部は昨日、無事に稽古納めをしました。


 参加したのは、小学生のOくんと、それに大学生のIくんとAくんのわずか三名のみでしたが、彼らの前向きな姿勢と、そして誰よりも強い情熱とがこころよく反映されたすばらしい一夜だったと思います。



 小学生のOくんは型をがんばっています。いまは「内歩進初段」をやっていますが、火曜日の稽古ではまだ動きが頭に入っていなかったのに、昨日やってみたら、すでに憶えていました。きっと家で復習しているのでしょうね。熱心です。そして、自分よりも年上の人間しかいない稽古の場に、すこしずつではありますが馴れてきています。何より、たのしんで稽古してくれていることがわたしはうれしい。



 そして、IくんとAくんのふたりですが、彼らは病気です


 空手という病におかされた、哀しくも頼もしい後輩たちです




 小学生のOくんはいつも一時間ほどで早退します。昨日はそのあと、まず型をやり、午後七時十五分ころから約束組手をはじめました。


 あれで三十分くらいやっていましたかね。突いた人が受けにまわるローテーション式で、全員が全員とあたるように途中入れ替えたりして、三十分。時計を見て、わたしはそのくらいの時刻に切りあげさせたのです。



 しかし、稽古そのものが切りあげられたのは、なんと一時間後の午後八時四十五分だったのです!

 
 まさに、“怪奇”としか言いようのない現象です。



 わたしは、残りの時間で体道をやろうと思い、七時四十五分に組手を切りあげたのですが、ふたりの後輩の頭のなかには、いまの組手で得た感覚と疑問とが渦をまいていて、早くそれらと向き合いたくて仕方がなかったのですね。


 組手を終えた瞬間から質問や要望の嵐です。突き、腰と手足の分離、脱力――。そんな話をして、時間を忘れないはずがありません。


 八時四十五分で終わったのも、わたしが時計を見てあわてて終了を告げたためであって、あれ、もしそのままつづけていたら、あっという間に九時をすぎていたでしょう。大学は九時までしか使用できませんから、見まわりに来た守衛さんと顔をあわせて、きまりの悪い思いをしたことでしょう。



 空手というのはほんとに不思議な武術です


 昨日の、組手からの一時間、わたしたちはたしかに突きについてあれこれやっていました。しかし、そのほとんどの場面で、わたしたちは誰かに突くという、組手のようなことをせず、自分ひとりだけで突きをやっていたのです


 つまり、後輩たちが追い突きや逆突きをやる、それをわたしが見てあれこれ言う、そうしたらまた後輩たちが「こんな感じですか」と動いてみる、すかさずわたしも「たとえばこんな風にも動ける」なんて言いながら自分で動く、それを見て、また後輩たちが突きを試みる――。


 それはまるで、ひとふりの刀を鍛えるがごとく、突きという技を磨いて磨いて磨きぬく時間でした。広々とした場所も、高い天井も、道具も、何もいらない。技の感覚を有した肉体さえあれば、何時間でも稽古ができるのが空手なのです。


 空手とは、ほんとうに面白い武術です




 師匠と離れて数箇月。最初はどうなることかと思いましたが、いざ離れてみると、自分が稽古する際はもちろん、後輩たちへアドヴァイスをする際にも、意識なんかしなくたって師匠の教えが顔を出してくれるので、いまは何も心配はしていません。これまでの約九年のあいだに、稽古して稽古して稽古しまくったことが、わたしの奥底まで沁みこんでいた証拠です。それに気づくには、こうしてまとまった時間、師匠から離れてみることが必要だったのかもしれません。





 あと数日で2012年が終わります。

 来年もまた空心館にとってよりよい年でありますように。

 そして、いまも時間を忘れて稽古している物好きたちに幸あらんことを。



 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 11:37 | Comment(0) | 裏部長の日記

2012年12月15日

大雪

 こんばんは。裏部長です。


 今年も残すところ、あと数週間です。札幌支部メンバーで栃木の本部道場へお邪魔してからもう半年が経ってしまいました。あっという間の一年です。



 札幌はここ数日、記録的な大雪にあえいでいます。今年は、残暑が長引いたうえに初雪も遅く、そこにきて平年の四倍近い大雪が降ってくるのですから、踏んだり蹴ったりです。もう大変です。


 こないだの土曜日、札幌大学研修センターでの稽古は予定どおりおこないましたが、あやうく遭難者が出る勢いでした。馬鹿みたいな降雪の一方、土曜日ということもあって人も除雪車も入らず、研修センターや札幌大学の敷地内は、わたしの膝ほどの高さまで雪が積もっていました。



 今後はその日の天候を注意深く見たうえで、稽古そのものの実施を検討する必要がありそうです。



 しかしその大雪も、次の週の平日に、通常の稽古のため大学を訪れたときにはきれいになくなっていました。除雪されたのと、そこを幾人もの学生たちが歩いたせいでしょう。



 ふと思うのです。


 たしかに専用の機械によってほとんどの雪は排除された。しかし、手が入る前にそこへ足を踏みいれた人間はすくなからずいて、荒野を疾走するジープよろしく、分厚い雪の平原を、アクセルふかして乗りこんできた自動車も何台かあったことでしょう。


 それらの足やタイヤによって圧縮された雪は、地面と同化する。そこへまたべつの雪が降って、そしてまた圧縮される。何度も何度も同じことが起こり、アスファルトの歩道は重厚かつ硬質な、真っ白な雪道に生まれ変わる。



 武術もまたこれと同じことなのではないか。

 最近、そんなことを考えるのです。



 たとえば空手において、ことさらに琉球時代の、いわゆる「手」と呼んでいたころの空手を重宝がる人たちがいます。いまの空手はだめだ。あの時代の「手」にもどらなければならない。そう提唱して、型などを研究している人もいます。


 これはべつにナンセンスな考え方ではないと思います。ただし、それはあくまで、現在の空手がだめであるという前提に立って考えた場合であって、違う現状とそこに至るプロセスをみつけたとき、同じ論理にはならないはずです。




 摩文仁賢和さんは、はじめ糸洲安恒さんに師事し、そのあと東恩納寛量さんについてさらなる研鑽を積まれた人ですが、両師に学んだとき、それぞれの師匠には数十年の稽古歴があったはずです。つまり、摩文仁さんは、大家とよばれた両師が何十年もかけて獲得した技や方法論を教わったことになります。


 この摩文仁賢和さんが本渡へ渡る。さまざまな武術家と交流し、さらに学び、修業する。そして糸東流をおこし、後継者を育てはじめる。


 そのなかに先代、藤谷昌利師範もいたわけです。藤谷師範は空手の傍ら、体道もやっていたわけで、柔術や半棒術など、多種多様な武術に造詣の深い方だったとききます。


 糸東流の流祖、摩文仁賢和さんから直々に教えを受けた藤谷師範は、空手以外の武術経験もふくめて、さらなる修業を積む。そしてそれを、現在の師範へと継承してゆく――。


 純粋に空手を武術として、技として稽古し、研鑽を忘れない以上、前任者は自分で数十年をかけ構築したものを、次の世代の人間へ渡してゆくわけです。つまり、次の世代の稽古者は、師匠が積みあげた経験の上から出発するのです


 この視点で考えると、かなり思いきった発言ですが、入門から三年を迎えた若き日の摩文仁賢和さんと、現在の空心館において、入門から三年経った人間とでは、その成長度合には大きなひらきがあると言えます。また、きちんと稽古しているならば、そうなっていなければおかしいはずです



 これは、わたしのまだまだ短い稽古経験のなかでさえ言えることです。


 約九年前。わたしが師匠のもとへ入門した当時、師匠は札幌へきてまだ間がなかったころで、そのとき師匠のなかにあったのは、大学や大学院に在籍していたころまでに蓄積したノウハウのみだったはずです。しかしその後、札幌支部での稽古や道新文化センターでの指導、そして何より日々の研究により、さまざまな気づきが生まれてゆく。それにより指導法や稽古メニューも自然と変化していったことでしょう。


 だから、いま頻繁に札幌支部へきている学生たちと、わたしや部長が学生だったころとでは、稽古メニューに若干の変動があります。当時やっていたことでいまやらないメニューは多くあり、また当時はさほど重点的に解説されなかったことが、まだ茶帯である稽古者へ対してもなされるようになりました。


 たった九年たらずのあいだでさえ、変動が起こるのです。いまの札幌支部の稽古者は、わたしや部長が茶帯を締めていたころよりも優れた指導に恵まれているのです。



 
 以前、師範が、「われわれの空手はもう、沖縄の空手とはまったく違うものになってしまった」と発言されていたことを印象深くおぼえています。


 これは何も、こっちが優れていて向こうは時代遅れ、などという意味ではなく、単純に、まるで違う次元のものになってしまったという意味なのでしょう。愛好家がつかう無線機とスマートフォンくらい違ってしまっているのかもしれません。



 先人たちが残した型や技を学び、踏襲しながらも、“いまの武術”をやる。

 どの古典文学も発表された当時は新作であった。

 武術もまたしかり、だと、最近の裏部長は感じています。

posted by 札幌支部 at 21:11 | Comment(0) | 裏部長の日記

2012年11月18日

初雪

 こんばんは、裏部長です。



 札幌でようやく初雪が降りました。観測史上二番目に遅いという記録が出ていました。去年は十一月十四日に降ったのです。今年はそれから一日遅れて、十五日には降ると言っていたのに、晴れるばかりでまったく降らず、翌十六日、師匠の誕生日にも降らず、土曜日は雨ばかりで、ようやく今日といった顛末でした。それもただの雪ではなく、みぞれぎみで、何度か烈しい雷なんかも鳴って、ちょっと妙です。こんな冬のはじまりはあまり体験したことがありません。




 あまり体験したことがない、と言えば、先日おかしな感覚に襲われました。




 出勤時だったのですが、歩いていたとき、ふいに、両腕がものすごく煩わしいもののように感じられたのです。邪魔物。贅肉。余剰品。生まれてからずっとともに生きてきた肉体の一部が、吐き気を催すほど鬱陶しい存在に思えてきて、わたしは戸惑いました。




 いっそのこと肩からばっさり切り落として、身軽になりたいとさえ思いました。これまでにはない感覚でした。




 しかし、もちろんほんとうに切り落とすわけにはいきませんから、さまざまな工夫をもって、わが両腕をより軽く、より柔軟に感じるよう努めることにしました。立っているとき歩いているときには極力ふたつの手に力を入れず、重力にまかせて、ただ肩からぶら下げているつもりになる。Y師範代から教えていただいた腕の鍛練法も加えて、いかに腕を忘れられるかに挑んでみたのです。




 これは現在も進行中で、要観察ではありますが、すこしずつ面白い感じになってきていることはたしかです。実際に稽古をしているときはもちろん、ただ外を歩いているときも、肘が軽いのです。ちょうど、急坂を下っているときに、両膝がそうなるように、まるで「肘が笑っている」ような感覚があります。




 徹底的に腕から力みを抜いた場合、これを力んで突いたり受けたり捌いたりすることは自動的にできなくなるわけで、となると、腕や肩や胸などの筋力に頼らない動作をもって技をやらなければいけなくなる。




 このあたりに、次の一歩が隠れているような気がします。






 今夜は気まぐれに降る初雪のように、いまの裏部長の頭のなかを、思いつくままに書いてみました。



 それでは。


posted by 札幌支部 at 19:21 | Comment(1) | 裏部長の日記

2012年10月29日

荒野に咲く花

 こんばんは、裏部長です。




 みなさんもご存じでしょうが、先日わたしが書いた文章に、貴重なコメントが寄せられました。空心館一同、きっと正座をしてお読みになったことでしょう。



拳や筋肉を鍛える暇があるのなら、技を覚えなさい


技をやっていると、身体が勝手に動きます



 これほど武術の真理をついたことばはありません。目の醒める思いでした。



 

 
 わたしや部長がまだ茶帯を締めていたころ、師範が札幌へいらっしゃったことがありました。2005年の冬で、空手と体道の稽古を、二日連続でつけていただきました。なんとも貴重な、素晴らしい時間でした。



 あのときの映像(空手のみ)を最近よく見かえします。噛めば噛むほど味が出るするめのように、ここまで技の話をしてくださっていたのか!? と、なかば唖然として見ております。


 当時のわたしには、まだ理解できない、とてつもなく深い次元のお話だったのですね。





 たしかに、組手などの稽古体系において、実際にやり合うなかで得られる境地もあるでしょうが、これほど豊富な型や技があるのですから、きちんとそれらの内側へ目を向けて、派手さや勢いにまかせた動きばかりではなく、真に武術的な、そして真に怖ろしい技を身につけなければ、とても「武術をやっている」とは言えません。



 できるかできないかはさほど問題ではなく、要は、志をもつかどうか。やると決めたら、あとは稽古を重ねればよい。それがたとえ高すぎる山であったとしても、登ろうと思わなければ、きっと一生踏破することはできない。






 武術を見つめたい裏部長でした。




posted by 札幌支部 at 19:39 | Comment(0) | 裏部長の日記

2012年10月21日

技がさせる

 こんにちは、裏部長です。



 すっかり秋です。朝も夜も肌寒く、ついひと月ほど前まで「暑い」と言っていた自分が嘘のようです。札幌では、秋を通りこして冬のにおいさえ感じられるほどです。



 稽古をするにはよい季節になりました。






 
 話は唐突に変わりますが、先日『孫文の義士団』という映画を観ました。



 史実に基づいたアクション映画で、しかし、史実に基づいているからこその残虐性もあって、たくさんのキャラクターが命を落とすので、鑑賞したあとには拭えない不快感が胸に残りましたが、濃密な作品であったことはたしかです。



 この映画のなかに、鉄扇をつかう武術家が登場します。



 その男は、かなりのつかい手であったにも関わらず、過去に色恋沙汰で凋落し、家宝の鉄扇も売り払い、いまは路上生活者として無為な毎日を送っています。しかし、そんな彼の過去を知っている新聞社の社長は、道を通るときにかならずいくらかの金をあたえ、温情をかけつづけていました。


 ときは1900年代初頭。皇太后がいた時代です。朝廷の悪政に我慢ならなくなった孫文は、中国全土で同時多発的に蜂起することを考え、その代表者たちを香港へ集めます。ここでの会談が成功するかしないかで、中国の未来はおおきく左右されるのです。


 新聞社の社長は以前から孫文を支持していたので、仲間たちと力をあわせてこの会談を成功させようと決意しますが、朝廷からは凄腕の暗殺者たちが集団でやってくる。しかし、こちらには訓練された人間はほとんどいないという状態です。


 そこで、社長は、あの男に協力を申しでるのです。


 武術家だった男は、これまでかけてもらった温情へ報いるため、無条件でその願いを聞きいれます。社長が買いもどしてくれた鉄扇をもち、伸び放題だったひげを剃り、髪も整えて、もっとも危ない区域を担当するのですが、ここでの戦闘の凄まじさといったらなかったです。たったひとりで、数十人の暗殺者たちに立ち向かうわけですから、無傷で勝利するなんて、日本の時代劇みたいなことには当然なりません。傷つけ、傷つけられの、死闘でした。





 このシーンを見て、「自分だったらどうするだろう」と考えてしまいました。武術をやっている人間であれば、かならず一度や二度は考えたことのある想像です。



 わたしはこの想像から、それぞれの流派がもつ技と、その流派の特徴について考えるようになりました







 たとえば、糸東流という空手流派には、摩文仁賢和さんがそう修業したように、いわゆる「手」の型がすべておさめられています。首里手も那覇手も泊手も、ありとあらゆる型があって、たくさんの型があるということはそのなかにたくさんの技があるということにもなります。

 

 加えて、空心館には体道もあるので、その技の数、種類たるや膨大です。すべての技をコンピュータに入れて、そこへ攻撃やシチュエーションを打ちこむと、かならずや対応に適したものがピックアップされるであろうほどの、多種多様なレパートリーを有しているのです。



 ここまで技があれば、当然、それらの技を用いて攻防をおこなうことになります。師匠が以前から言っていた「相対的な強さより絶対的な巧さ」にも通じますが、とにかく正確に技をおこなうこと。これを前提に稽古をしてゆくわけです。




 しかし一方で、もしそこまでの技数がない流派であったとしたら、それを修業する人たちはどのような方向へ進んでゆくのか



 たとえば、相手が棒で攻撃してくる。「平安五段」や「鷺牌初段」、「抜塞小」などには、棒への対処法が入っていますが、もしそれらの型をもたない流派があったとして、新たに技を創作しないと仮定した場合、彼らは何かほかの技を用いてその状況に対応しなければならなくなります。



 もしかしたら、攻撃を捌くことは考えず、まず肉体を徹底的に鍛えあげて、打たれてもびくともしない、破壊されない身体を拵えるかもしれません



 そうすれば、撲られようが蹴られようが、武具で攻撃されようが平気です。加えて、手も徹底的に鍛錬し、巌のような、硬質な武器へ変化させられれば、あとは相手を引きよせ、その拳をぶつけるだけで攻防は終了します。



 つまり、はじめにもっていた型やそのなかに含まれていた技の数や種類によって、その流派に生きる人たちの動きも肉体も、その流派の特徴をあらわしたものになるということです




 われわれの場合、肉体はあくまで技、その動作をおこなうなかで出来てくるものであるため、筋力トレーニングはほとんどしません。柔術をやるにしても、柔道や合気道ではあたりまえにおこなう受け身の練習もしません。実際に技をかけられるなかで、やられながら習得した受け身でなければつかいものにならないからです。



 空手においても同様で、勝敗を選ぶのではなく、肉体を優先するのでもない、われわれは何よりも、「技」を第一に考えて稽古しています



 相手が突いてくる。蹴ってくる。その動きに反応させられて、こちらの身体が技のなかへ入ってゆく。相手の腕に触れて突きの軌道をずらしたその手は、自分自身が出したのではないのですね。言うなれば、技がその手を出させた。こうならなければ、技で攻防をおこなうという次元には到底達せられないと思うのです。






 なんともまた生意気なことを書いています。自分で出来もしない理想ですが、師範や師匠の動きを見ていると、そう考えずにはいられなくなります。あの摩文仁賢和さんも、写真で見る限り、ごつい身体つきはしていません。指なんかもふつうの人そのものです。それはなぜか。



 技で生きているからです立ち、動き、捌いているのは肉体でも意思でもなく、武術の技だからです。徹底的に洗練された技には、過剰な筋力も肉体も、むしろ不必要なものとして映ってしまうのです




 なので、体力や筋肉を増強したい、ごつい身体をつくって、汗をかきたい、という人には、あるいは、空心館は合わないかもしれません。気合いだ、根性だ、かかってこんかい! というタイプの人には、きっと不満の残る稽古内容かもしれません。





 先日、よく稽古に来ている後輩から、「質のよい稽古を効果的につづけてゆくにはどうしたらいいか」と訊かれ、単純に「よき師を見つけることだ」と答えてしまいましたが、よき師、よき道場とは、その人の性格や好みに合致したものだと言えるでしょう。どんなに技法や思想が優れていても、その人が求めるものと合わない以上、それはよき流派とは言えないのです





 わたしは空心館以外に合う流派を見つけられません。そして、この道場に辿りついた以上、違う場を探す気にもなりません。




 願わくば、同じように思ってくれる人の多く訪れんことを。




posted by 札幌支部 at 12:13 | Comment(3) | 裏部長の日記

2012年09月22日

手を忘れる

 こんばんは、裏部長です。


 
 みなさん、です。ようやく残暑が姿を消しました。本州のほうはそれでもまだ暑いのでしょうが、こちら札幌はついに北海道らしさを取りもどして、胸を張れるほどの秋になりました。


 九月に入っても長く暑さはつづき、百年以上前に観測を取りはじめてから初という真夏日まで記録してしまったうっとうしい日々が終わり、そして、師匠が札幌を離れてからそろそろ一箇月が経ちます。



 稽古の時間は、何も変わることなく流れています。




 火曜日の稽古では、師匠のご子息とともに稽古をはじめられた小学生のOくんが、小ぶりな手足を振りまわしてがんばっています。基本や型の名称はもちろん、最近ではともに稽古している学生たちの名前まで憶え、「今日は○○さん来る?」とか、「茶帯の□□さんは?」などと話すほどです。型はいま「十六」を稽古中です。


 そして昨夜の稽古には、数年ぶりにHくんが来てくれました(以前は“H田くん”と表記していたかもしれません)。


 彼はわたしの同輩で、在学時にはよくともに汗を流しました。札幌大学で大きなイヴェントがあり、教室に貴重な忍びの道具を展示したとき、交代に見張り役をやったのも彼だし、奈良のM田さんがいらっしゃったとき、稽古へ参加していたのも彼です。最近は仕事のほうで時間ができ、数箇月前から土曜日の稽古へ顔を出すようになって、昨日はひさびさの空手稽古ということになったのでした。




 もちろん、それ以外のレギュラー・メンバーも健在で、今年本部へお邪魔した後輩三人も元気にやっています。細身のIくんなど、医科大学でむつかしい勉強に打ちこみ、たいへんな試験があるというのに、その勉強を投げうってまで稽古にやってくるほどです。


 師匠が最後につけてくれた八月二十八日の稽古。Iくんはそのどうしても外せない試験勉強のために、稽古へ参加できず、しかし顔をあわせないまま師匠と一年間のお別れとなるのが悔しかったようで、わざわざ稽古前に大学へやってきて、師匠と挨拶をし、これまでの数年間ありがとうございましたと、礼儀正しく一礼して帰ってゆきました。

 わたしは、なんと殊勝なことだろう、律儀であり、師弟愛にあふれたすばらしい場面だと嬉しくなり、帰宅する彼の背中を見送ったものですが、それから一時間と数十分後――、

「やっぱり来ちゃいました」

 いつもどおり胴衣をもったIくんが、笑顔満開の状態で現れたときの驚きといったら、あなた。

「なんだ、やっぱり来たのか」

「はい。どうせ家にいても稽古のことが気になって勉強に集中できないので、えいっ、行ってしまえと思って、来ちゃいました」


 彼はそういう人なのです。




 そんな武術という名の病を抱えた熱心な後輩たちに囲まれて、わたしは幸せに稽古しています。



 栃木から帰ってきて、つねに考えているのは、Y師範代から教わった例の、

「▽▽▽で突くな。△△△で突け

 という教えです。


 これ、案外重要なことのように思うので、ここでは字を伏せておきますが、突きだけに限らず、すべての動きに用いることができるし、それができたときの身体の軽さ、楽さと言ったらないです。しかし、そうは言ってもまだまだなので、完全にそのようには動けないもどかしさもある。


 だからこそ毎回の稽古がたのしいわけです。師匠からあたえられた課題宿題に取り組みつつも、わたしは単身ひそかにこの難題と向きあい、格闘し、汗を流しているのです。


 


 師匠が中国へ留学してから、多くの人に、「先生の役割を代わりにやって大変でしょう」という労いのことばをかけてもらうようになりました。大学で週に二回の稽古、水曜日と木曜日には道新文化センターで指導をし、月の一度の土曜日の稽古では空手や体道のほかに剣や杖もやっている、というのがいくぶんハードに見えるようです。



 もちろん、運動量以上に責任が増しているので、決しては楽ではありません。空手では上記のように、自分ならではの課題へ手をつけつつ、片やでは型を念入りにやり、体道では後輩たちの柔術を見て、土曜日の稽古では法典流の剣や杖をやり、そこに今度は拳法図まで入ってきた。自らやるだけではなく指導もしなければならないとなれば、これはなまなかなことではありません。



 しかし、わたし自身それをたのしんでいますし、また、それらの武術を学びたくても学べない人がこの世に数えきれないほどいるなかで、ここまで多くの技と向きあえる環境で毎日をすごせることは、幸福以外の何物でもありません。



 それに――。



 師匠はいま書いたわたしの現行スケジュール以外に、大学で体育をやり、そして稽古のあとは深夜まで研究室に残って仕事までして、それであんな風にいつもにこやかにされていたのですから、それに比べればなんのそのです。






 やわらかく、タフな男になりたい、裏部長でした。


posted by 札幌支部 at 20:37 | Comment(0) | 裏部長の日記

2012年09月09日

階段は誰の前にも等しく伸びる

 こんばんは、裏部長です。長らくご無沙汰をしておりました。

 何よりもまず、



 残暑お見舞い申しあげます。




 夕方のニュース番組で、今週いっぱい東京では真夏日がつづくといううんざりするような話題を伝えていました。その地で生活している人すら嫌気がさすほどの暑さ、そして湿気。日本の南に停滞する高気圧のせいらしいですが、そんなこと人間にはどうだっていいですよね。


 暑いもんは暑い! 勘弁してくれ!

 きっと、みなさん同じ意見でいることでしょう。


 そう言うこちら札幌はようやく暑さがやわらいできました。本州に負けず、昨日まで三十度前後の気温がつづき、かなり稀な残暑に見舞われていましたが、どうにか北海道らしさを取りもどしてくれそうです。

 忘れていた夏バテと、急な涼しさによる寝冷えに気をつけなければなりませんね。




 札幌支部ではこの夏も、残暑のなかも、変わらず稽古しています。あまりの暑さと湿気のために、みなの排出した汗で教室の床が濡れ、油を塗ったようになってしまい、組手を中止したことはあっても、稽古を止めることはありません。

 相も変わらず励んでおります。



 唯一変わったことと言えば、師匠が日本を離れたということくらいです。一年間、中国に留学をされるためです。来年の九月の中ごろまで、札幌支部は師匠不在です。



 この間、若輩ながらこの裏部長が札幌支部を仕切ります。


 自らの稽古はもちろん、後輩たちの指導もおこないます。空手の基本、組手、型にはじまり、体道、そして、月に一度おこなっている土曜日の稽古では、剣(刀)、杖、棍などもやりますから、そりゃもう多彩です。目がまわりそうなほどの多彩ぶりです。


 これに加え、道新文化センターでは拳法図もやっているのですから、もしかしたら入門以来、もっとも多くの技を稽古している期間かもしれません。



 空心館にいるからこそ味わえる境遇ですね。




 師から離れ、多くの技といくつもの課題に直面すると、あらためておのれの未熟さ、そして、師の偉大さを知ります。残暑にも負けず、大学の試験勉強さえ見向きもしないで、熱心に稽古へかよってくる後輩たちの姿にも学ばされます。


 わたしは高校時代に合気道をやっていました。空心館へ入ったあとも、師範や、本部道場のみなさんにさまざまな面で影響を受けました。奈良支部のM田さんにも、いろいろと助言をいただいております。


 しかし、やはり師匠を選んだ以上は、その背中を追いかけてゆきたい。空手家ではなく、柔術家でもなく、武術家であろうとする師につづきたいと、年を重ねれば重ねるほど思うようになりました。



 武術家に言い訳は無用です

 できない、わからないということがあってはいけないのです。






 以前、歌舞伎役者の松本幸四郎さんが、あるドキュメント番組のインタヴューで「歌舞伎以外にTVドラマや映画、翻訳ものの舞台演劇までやる意味は?」と訊かれて、こう答えられていたのを思いだします。


役者は、何でもやる必要はないけれど、何でもできなきゃいけないと思うんですよ


 
 武術家とて、同じですよね。





 空手、体道、それ以外の武術。いまわたしたちに稽古できるものは、ありがたいことにたくさんあり、そして必要最低限の環境も用意されています。肉体も精神も健全で、心配すべきは夏バテだけというよい季節です。


 一年後、成長した姿で師匠をお迎えできるよう、いまは黙って、ひたすら稽古あるのみ。





 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 21:35 | Comment(0) | 裏部長の日記

2012年07月01日

熟れる

 あの栃木遠征から、早いもので二週間以上がすぎています。

 師匠を先頭に、後輩たちを引きつれ、金曜日の体道稽古、そして土曜日の空手稽古と、二日連続で本部道場へお邪魔する遠征としてはなんと五年ぶり。しかも今回は過去にないほどの大人数で押しかけ、また本部道場のみなさんにはこれまで以上にあたたかく迎えていただきました。

 だいぶ遅くなってしまいましたが、あらためて御礼申しあげます。

 ありがとうございました。



 初日。

 午後七時半から体道稽古。参加者はわれわれ札幌支部一行のほかは、白帯の男性二名のみ。

 冒頭、今回が初参加の後輩たちは日本伝天心古流中目録、部長は天心古流捕手術上目録の審査を受けました。もちろん、師範直々の審査です。各自、緊張感をみなぎらせつつも、ほどよく柔軟に演武し、大過なく合格の運びとなりました。

 一段落したところで、師範による刀の演武です。鏡心流抜刀術から、無外流、無双直伝英信流など、さまざまな技を見せていただきました。

 これまで体道の稽古時にカメラをまわすということをしていなかったため、師範の刀の演武については記録がなかったのですが、今回はきっちり収めさせていただきました。貴重なVTRとなりました。

 後半は、全員参加の柔術の稽古です。体道の技から離れ、師範がまず見本を示す、それをわれわれがふたりで組になり、稽古するというものです。

 これがとても濃い時間になりました。

 あれはきっと、いわゆる名前のない“”というやつなのでしょう。九十年代前半のVTRで、師範とI師範代、そしてODさんが三人で、投げたり投げられたりする映像を見たことがありますが、そのなかに出てきた技法がいくつかありました。

 具体的には書けませんが、ものすごく単純な動作です。しかし、だからこそ簡単にはできないのです。

 師範もおっしゃっていました。体道でやっているような技のほうがたやすい、指定された動きをそのままやっていれば技がきまるのだから、と。それくらい奥深く、そしてまた、剣や杖、はたまた空手にも共通してくるような味わい深い技でした。勉強になります。


 この日は人数的にひとりあぶれてしまい、そのひとりがわたしでした。なので師範が見本をやり、各自パートナーと向かいあうと、わたしは決まって師匠と組み、畳の端っこのほうで動作の確認をするに留めていました。

 後輩たちや白帯の男性陣が上手くできないというと、師匠が入っていって指導をする。師範がそれを何も言わずにご覧になっている。

 ですから、そこへわたしがすかさず質問に行く、ということをこの日はくどいほどやっていました。過去の遠征を振りかえっても、あれほど師範に質問をしたことはなかったのではないでしょうか。

 その都度、師範はていねいに答えてくださり、また実際に技を見せてくれ、話もしてくださいました。

 わたしは実際の稽古者であると同時に、言葉や物語を通して考え、感じることでおのれの血肉にするという面をもっているため、この稽古の合間の、というより端っこの、師範とのやり取りや会話は、かけがえのないテキストになりました。

 あそこで聴いたいくつものお話があるのとないのとでは、今回の遠征は、わたしにとってまったく違ったものになっていたでしょう。

 最後は二種類の受け身と、それを利用した捨て身の技をご教授いただき、初日の稽古はしずかに幕を下ろしました。



 二日目。

 本部道場の空手稽古へ参加、ということになれば、いつもたいてい、Y師範代が先頭にお立ちになって、われわれがそこについてゆくというかたちがあたりまえだったのですが、今回は違いました。

 Y師範代やそのご子息Tくんなどが到着する前に、師匠の先導によって基本稽古を開始。それも、本部式のものではなく、あくまでも札幌支部のスタイルでした。気合いの声なし。本数も、いつも子供たちといっしょに稽古しているときと同じ程度で、なんだか不思議な時間でした。

 ある二種類の一進一退をやったあとは、もうひたすら約束組手。ここでも札幌スタイルは貫かれていて、突いた人間が次は受けになるというローテーション式でした。きっと奈良支部でもそうなのでしょうから、言うなれば師匠のスタイルですね。

 
 この組手において学んだことは多く、そしてそれは、参加したメンバーがそれぞれ自分なりにいろいろなものを受け止めたのだと思います。わりと長い時間、ただひたすらに組手をしていると、思考は純化され、建前や演技は剥ぎとられて、自分の素が出てきます。それはその人間の過去であり、出発点であり、性格でもあるのでしょうが、それを知るには、ただひたすらに、という時間が必要なのです。

 肉体をぶつけあい、汗を流し、足の先から頭の天辺まで熟れきった果物のようになりながら、当然わたしもそんな素に出逢っていました。自分は何がしたいのか。自分には何ができるのか。そんなことを考え、感じ、突きつけられた夜でした。


 そして、最後の師範の言葉――。



 稽古の締めくくり。全員坐って、神棚へ一礼。師範振りかえって、今度は師範へ一礼。通常は、互いに礼をし、稽古は終わるのですが、今回は違いました。

 師範がおもむろに口をひらいたのです。


 そのときのお話については、ここには書きません。書きませんが、しかし、われわれ札幌支部の人間はあのときの師範のお話を胸に刻みつけねばなりません。いや、札幌支部だけじゃない。師匠について稽古する人間はみな、あのお話を忘れてはいけない。


 師範がお話しになっているあいだ、わたしの双眸は、汗なのか泪なのかわからないもので濡れていました。君たちのやっていることは間違っていない。そのまま進め、と、そう背中を押されたような気がしました。





 お金をかけ、時間をかけ、多少痛い目にも寒い目にも遭いながら遠征に参加した後輩たちのためにも、教わった内容について具体的に書くことは避けます。師匠がいつも言うように、参加した人間がすこしだけ得をして帰れる稽古をすればいよいのです。そして、わたしたちはあの夜、たしかにそれをやったのです。

 有意義な二日間でした。

 多謝。

posted by 札幌支部 at 19:34 | Comment(0) | 裏部長の日記