2006年09月16日

ちっちぇ人間

 こんばんは、裏部長です。書き込み早早なんではありますが、秋田のMさんコメントありがとう存じます。貴方のことは以前師匠より伺ったことがあります。これからも我我の文章をお読みになっていただいて、何か感ずるところがあればバンバンと書き込んでください。後輩をはじめ私も励みになります。
 また栃木のT君、剣道のほうで三段になったそうで、おめでとうございます。なんだか今は腰が痛いそうですが無理をせずに頑張ってください。しかし凄いねえ、三段とは。えぇ?空手もやって居合もやってでしょ?凄いですよ、なかなか出来るもんじゃない。われわれも大いに見習う必要があります。

 さて、今日も稽古はあったわけですが、その報告は師匠にお任せして自分のことを書きましょうかね。
 
 、という言葉をよく使います。これはもうなんでもそうで、空手だろうが体道だろうが、剣をやろうが杖をやろうが、武術の稽古のなかでは厭というほど出てきますね、この言葉は。日本伝天心古流拳法でいうと「落花」だとか「下り藤」なんていう名称がついているものはもちろん技ですが、たとえば空手で、刻み突きを受け流す前手の返しなんかも技なんです。特にこれといって名称はないものの、武術として使えるものなので正真正銘「技」ということができます。
 わたしは合気道から師匠のもとへ移って、最初これに驚きました。向こうでは体道とおなじく、技といえば名称のあるものだと思っていたからです。正面打ち小手返しとか、後ろ両手取り一教とかね。ところがどっこいこちらでは、足をクイクイッと動かすだけで「技手首を返すだけで「技」なんですから、もうのべつ「技」なんですね。しまいには、呼吸するだけで奥義なんてことを云う・・・・・・。
 まあ、それらのほとんどがいわゆる高級な技というやつで、高級(高度)な受け技というのは高級な攻撃に対してではないとあまり使えないので、初心者のうちはその動作の形をおぼえるだけに止めておくそうです。高度な攻撃とは精度のたかい突き蹴りのことで、つまりブレの少ない攻撃ですね。高度な受け技はこれをしてもらわないと使えない。
 ブレのない攻撃とは鋭いものです。よって、これに対する高度な技もまた鋭く、そして動作としてはどうしても小さくならざるを得なくなる
 そうです。師匠などの云う技なんてものは、端から見ているとよくわからない、ちっちぇちっちぇものなんです。チンケなもの、という意味ではないですよ。動きの幅が少ないというのです。
 攻撃にしたってそうです。大きく突いたり蹴ったりしていたのが次第に小さく、腰だってほとんど切らずにできるようになる。以前、栃木のI先生が書かれていた突きの話もそうですね。すべてが小さくなる
 だから、そういった意味でいうと、ウチの師匠というのは「ちっちぇ人間」です。器が、じゃないよ。技が、です。

 今日はそんなちっちぇ技とその奥側を覗いたような気がしました。まあ、それらは頭の隅に置いておく程度で、現在のわたしたちの動作の参考とまではゆきませんが、こういった稽古もたまには良いと思います。

 来週は月曜日と土曜日が祝日のため稽古なし。ただ、土曜日に関してはどうも参加状況が悪くなってきているため、今後はどうなるかわかりません。少し様子をみて判断すると想います。どうしても土曜日に稽古がしたい!というひとはその心算でいてください。

 んでは、水曜日に。
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2006年09月15日

左!

 こんばんは、裏部長です。昨夜のわたしの書いた文章に連なってあんなにたくさんのコメントが入っていたとは知りませんでした。でも、A君やS貝君の質問にはきっちり師匠が答えてくだすったので問題なし。今日の稽古でもその確認がありましたから、両名とも納得がいったことでしょう。

 今日の稽古内容は師匠のBlogを見てください。最終的には比較的大人数での稽古となりました。ただ、どういうわけか部長がいませんでしたね。あの人にとって金曜日というのは鬼門なんです。特に大学の授業がある頃なんかは、金曜日は一時間目しかないからどうしたって稽古までは時間ができてしまう。大学にいても退屈なので、自宅へもどって昼寝でも・・・・・・で、目覚めたらもう夜だった、なんてことがこれまでにも数えきれぬほどありました。
 もしかしたら今日もそんな塩梅だったのかもしれません。

 現在は新しくS貝君が入ったばっかりなので、その稽古内容も、新人が入った当初くらいにしかやらないものが多く、今日もそんな感じでしたね。師匠がそうと云わずとも、二人ひと組になって差し向かいで「さあ、やろうか」なんて雰囲気になればすぐにみんながそれと判る〔足廻し〕なんてキツい稽古もやりました。あれも、彼以降たれも入らなければあと数回の辛抱です。
 
 約束組手では、私はおすぎさんと組んだわけですが、追い突きを左右やった。右はいつものことですが、左は本当にひさしぶりで、どうもいけませんでしたね。やっぱりまだ痛烈な肘の痛みがあるし、まあそれでも以前よりは少しかマシになったんですよ、これでもね。刻み突きくらいであれば普通に突けますから。でも追い突きとなるとその勢いの強さがちがう。ネ?全身の勢いで突くわけだから相当なもんです。これにはまだ耐えられなかったなあ。
 とはいえ、肘の痛みがなくても左は馴れません。稽古量が圧倒的に少ないというのがその最たる原因でしょうが、たとえば利き手の右手をメインにするとはいえ、そちらの精度や威力を増すにも左手は必要不可欠で、やはり大切なのですから疎かにはできません。今後は肘とも相談して精進してゆきたいと想います。

 今日は稽古のあと、談話室でみんなと部長を肴にしてコップ酒ならぬコップ水を呑みました。内容は・・・・・・こんなところでは書けません。絶対に書けません・・・・・・でも、なんとなく想像はつくでしょ?若い男衆が集まってしゃべるっていうことになれば、内容は当然そっちのことになる。ネ?札幌支部に女性部員を入れたいねえ、なんて話から、稽古にかこつけて触りたいだの、そういったことには案外部長が詳しいだの、しまいには、女のアソコに其場突き、なんちって(オイオイッ!)
 どうもしようがありません。

 明日も稽古はあります。もちろん空手です。来週の土曜日は祝日なので休み。ですから、土曜日の稽古は明日をのがすと再来週までありません。
 みなさん、こぞって参加してください。
 裏部長でした。
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2006年09月14日

バ蚊と受身

 深夜に失礼します。裏部長です。なんだかさっきまでパソコンの調子が悪くて、なかなかインターネットにも接続できずにいました。もしかしてウィルスかな?などと不安になりましたが、今はもう大丈夫です。
 師匠の書き込みにもあった通り、これからの稽古報告はあんな感じになります。ま、簡単に云うと師匠へまる投げ、ってな具合です。師匠が不在の際はおそらく私が毎度のように書くことになるでしょう。

 今日は体道稽古で、わたしは新しい技をやらず、後輩たちの復習やら新しい技の稽古やらにつき合いました。主には、A君の日本伝天心古流拳法初伝上段之位と部長の同流免許之位ですね。A君は本当にひさしぶりの体道稽古で、前にどこまでやっていたかあまり記憶がなく、おそらく九本目の「落花」までだろうと云うので、その次の「屏風返」から始めたのですが、十一本目の「谷落」をやってみるとその動作に見覚えが出てきて、やっぱりそこまではやっていたということが朧げながら判明。それでもいまいち憶えていない十二本目の「突身止」をやって終わりました。
 部長に関しては免許之位一本目の「阿修羅落」から六本目の「打込両翼」までいって終了。

 わたしは久久に復習というものをやって、すっかり受身がヘタになっていることに気づきました。というのも、最近は師匠と差し向かいで新たな流儀「浅山一伝流体術」の技を稽古することが多く、こういった場合は最初こそ技を教わるために師匠の受けをとりますが、一度憶えてしまうとそこからは私が捕りを行なうばかりで受けはもっぱら師匠なわけです。自然と、受身をとる、ということが少なくなっていたんですね。
 わたしは合気道をやっていた頃に膝行(しっこう)で膝を痛めてしまい、それ以来こちらでもサポーターをつけて稽古していたのですが、最近はそれを外してやっていました。あまり痛みもなくそう出来ていたので、「アレ、もしかしたら克服しちゃった?」なんて調子に乗っていたのですが、今日の稽古ですっかり思い出してしまいました。
 膝、痛いです。その痛みを庇うばっかりに受身がぎこちなくなってしまったのでしょう。あれは危ないっす。
 
 それに加えて腹立たしいのは、です。昨日の稽古終わりに、大きな蚊が教室へ入ってきてブーブーいいながら飛んでいたのは知っていましたが、今日ふと左の膝頭をみると、どう見ても蚊の仕業としかおもえない赤いボタンが出来ているではありませんか!あの野郎、わたしが着替えている間かなんかにきっとブスッと刺したのです。油断のならないふてえ野郎です。今日の体道稽古を見込んだかのような仕事ぶりです。忍者なら合格です。

 今日の稽古前に教室の右隅を見ると、大きめの蚊がうづくまって死んでいたので、おそらく昨夜の野郎でしょう。死に際にわたしの血を思う存分吸って往生したのでしょう。ここにご冥福をお祈り申し上げます。

 明日は空手です。明日はもそっと真剣に書きます。
posted by 札幌支部 at 23:53 | Comment(4) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2006年09月13日

課す。

 お晩でございます。裏部長でげす。この「げす」という言葉なんかは、時代劇とか落語を知らないひとには馴染みのないものでしょうが、もとを正せば「ございます」ですね。これが短くなった形なのです。「裏部長でございます」が「裏部長でごぜえます」になり、それがさらに短くなって「裏部長でげす」という云い方になる。通人ぶってる商家の若旦那とか幇間(たいこもち)さんとか、あまり高級な感じでないひとがこんな言葉をつかったそうです。

 なんて、開始早早どうでもよい話をしているのには理由があるのです。そう、今日から毎日の稽古報告を当番制にしたのです。その回に参加した門弟のなかから一人を選び、そのひとに稽古の内容をアップしていただく。今まではこれをわたくし裏部長が一手にひきうけていたわけですが、あそこまで細かく書いてしまうと他の門弟諸君が書けなくなってしまうのでは?という師匠のご指摘を受けてこうした次第であります。
 その一発目は苫小牧出身のH君です。突然の指名にも慌てず、思い出しながら書いてくれています。
 ただ。
 移動稽古のときに「ワン・ツー」はやらなかったと思います。相手を前に立たせてやったときは追い突き・逆突きのみ。突き手に触れるのは追・逆、追い突き単体の2ヴァージョンをやりましたが、ワン・ツーはしませんでした。
 型に関してはH君たちしかやっていないので私たちはわかりません。あの通りなのでしょう。いろいろと指摘を受けている様子がなんとなく横から伝わっていました。
 稽古開始前の、わたしの師匠へ対する質問コーナーに関しては、記憶が曖昧でもしょうがないでしょう。いかんせん尋ねていたのは私ですし、内容が内容だったので、そう隅隅まで憶えていなくても大丈夫です。ただし、少し贅沢をいえば、細かいところで、基本稽古なんかはどういう順序でやったのか、ということをできるだけ細かく憶えていてほしいな、と想いました。
 たとえば、今日はS貝君がいたので基本における受け四種もそれぞれ丁寧にやりましたが、内受けと外受け、下段払いと上段受けの2セットでやりましたね。其場突き、前蹴り、内受け・外受け、廻し蹴り、下段払い・上段受け。そしてそれから、先に横蹴りをやり、最後に刻みと裏拳でした。いつもとは少し流れが違っていたのですね。

 どうしてそこまで細かく?、と思うかもしれませんが、その日の稽古内容をできるだけ細かく記憶しておき、それをどこかで再確認することで、その際に師匠が指摘されたこと、自分に対して示された教えについても思い出すことができるからなのです。それも、憶えておこう憶えておこうと努めて記憶するのではなく、ふつうに稽古をしてきて、家でふと思い出したときに寸分たがわぬ内容が頭に残っているようにしたいのです。
 これも稽古なのです。そしてもしかしたら、実際の稽古よりも難儀なことかもしれません。

 ちょっと小言が過ぎましたかね。こういう小言をガミガミ云っているようなひとを昔は「小言幸兵衛」なんてあだ名したものです。のべつ何かに小言を云っているような人のことですね。
 ま、特に今日のこととは関係ありませんが。

 裏部長個人としては、今日の稽古はあまり出来のよくないものでした。どういうわけか左腕につよく筋肉痛があり、肘も痛く、全身的に力みがありました。基本では廻し蹴りが笑ってしまうほど巧くできず、良いところのない稽古だったと思います。最近、自宅でも自主稽古やってないんです。怠惰はすぐに結果に出ますね。

 明日は体道稽古です。さて、今度はたれがBlogの餌食になるか・・・・・・ヒヒヒッモバQ
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2006年09月12日

部長おかえりなさい

 裏部長です、こんばんは。昨夜のBlogでもお分かりの通り、師匠と部長が無事帰ってこられたようです。ひと足先に北海道へもどり、昨日の稽古にも参加したA君なんかは現在のこっちの涼しさに感嘆しておりましたから、彼の故郷である東京よりも南へ行っていた彼らにとってはその暑さはたいへんなものだったでしょう。師匠は栃木のひとですからまだ良いものの、部長は道産子のうえに多少具合もよくなかったようですから、現在の体調が心配です。

 しかし、奈良での稽古ではいろいろと揉まれてきたようで、部長はお疲れさまでした。推察するに向こうは平均年齢が比較的低いのでしょう。だから本部よりも若さがあって、激しさがあって、まあどんな稽古をしたのかはあとで聞いてみないとわかりませんが、躰で教えられることが多かったのではないでしょうか。

 と、なんとなく書いておりますが、そう、今日はこれといって書くことなし!申し訳ない!Blogには毎日書き込む、と勢い込んでいたわりにはたま〜にこうしてネタを考えずにいることがあり、そのたびにこうした内容のない文章になってしまうのです(駄洒落じゃないよ)。
 ま、明日からは師匠や部長のいる稽古が再開されますから、自然とその内容も多彩になるでしょう。それまで期待していてください。

 それでは最後に、今日ふと思いついた駄洒落をひとつ。

「こんな涼しい日でも厚着をしてると汗なんかをかきますね〜。でも汗をかく、発汗するというのは躰にとてもいいんですよ。特に運動不足で太っちゃったなんてひとは発汗しなくちゃいけません。汗をかかないと新陳代謝が滞って脂肪が燃やされませんからね。
 でも中には、汗をかいても痩せないひとがいる。ネ?発汗しても痩せないデブがいる。
 これを世間では、発汗(百貫)デブという・・・・・・」

 お粗末様でした。
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2006年09月11日

想えば遠くへ来たもんだ

 こんばんは、裏部長です。なんだかすっかり気候が秋めいてきましたね。風は涼しくさわやかだし、気温もさほどに高くはないし。ただ一点どうしても許せないことは、こんな季節になっているというのにまだ夏を満喫しているがいるということですむかっ(怒り)教室で稽古なんかをしているときに、暑くなって窓をあけると必ず入ってきます。それが赤蜻蛉かなんかであればまだ風流ってなもんですが、ブーブーいってる薮蚊じゃ腹も立ちます。本当に鬱陶しいですちっ(怒った顔)

 さて本日はちょっと珍しいメンバーでの稽古となったので、早速そのご報告と参りましょう。


2006年9月11日(月)晴れ。師匠と部長は本日帰ってくる予定。
 午後五時、札幌大学1002教室にて空手の稽古。参加者は、東京へ帰省していた数箇月ぶりのA、アルバイトも辞めてすっかりやる気のS貝、少し遅れて大学院生のH田。Aは本当にひさしぶりであるし、他のふたりはまだ数えるほどしか空手の稽古を受けていない。
 基本ひと通り。遅れてきたH田は廻し蹴りから参加する。以下、その内容と指摘点。
 其場突き(前傾姿勢にならない引き手は腰に密着させる腰の出し入れで拳を放り出す腕力に頼らずに突)。
 前蹴り(膝のひきつけの意味。蹴る位置の高さ。同側の手の位置)。
 内八字立ちにて内受け&外受け(受け終わったときの手は拳が顎より下にある位置。最後に返す。外受けはワイパーのように)。
 廻し蹴り(膝のひきつけも同様、蹴りの軌道はなるべく横、横から入って横へもどす。蹴る位置は自分の正中線、それ以上深くは蹴らない)。
 内八字立ちにて下段払い受け・上段受け(上段受けの場合、受け終わったとき自分の拳は顔の外にあり、小手部分で顔面ないしは頭部を護るようにする)。
 刻み突き(口かもしくは顎の高さを突く。突いてもどすのではなく、突ききった反動でもどってくるようにする突きは腰で出す)。
 裏拳打ち(腕をムチのようにして遣う。腰の開きと拳の出発は同時でも当たる瞬間に腰だけを先にもどしてしまう。胸や肩が張るくらいにして打つ。自分の顔の位置より奥へは打たない)。
 横蹴り(対人による股関節の柔軟と足形の確認後、廻し蹴りのようにならないこと。横にいるひとを向こうへ押しやるつもりで蹴ること)。
 手廻し。
 移動稽古。以下同様に。
 追い突き(足は孤を描きながら大きく出し、出し終えてから突く。前傾姿勢にならない、肩を出しすぎない。突きを出す瞬間に腕を引き上げない→H田突き手および引き手を腰から離さない→S貝)。
 逆突き(腰の回転を意識する。足を出した際、躰をおもいきって開き、そこから突く。腰の回転だけではなく、軸の移動をする→A)。
 ここでH田は早退。
 後半は約束組手。まずは相手の正中線をとる練習
 最後は追い突き。Aには突いたあとに引かせる。これはS呂にも云っていることだが、突いてから引くのではなく、突ききった反動で拳がもどり、それに引っぱられて結果的に引いた状態となるよう指導。A、なかなか勘よく、おおかた巧くできる。
 S貝には実際に突かせる。移動のときにも云った脇の開きを注意。また後ろ足の踵をきちんと床につけるようにも云う。
 七時過ぎ、散会。


 今日はとても珍しい面子であった。わたしはかつてこの三人とだけで稽古をしたことがない。
 こういった場合、何かアドヴァイスを与えようにも悩んでしまう。数箇月ぶりとはいえA君はすでに長いから、勝手にやってもらって勘を取りもどしてもらえば良いのだが、あとのふたりはまだ数回しか空手をやっていない。当然、其場突きひとつにしてもまだ固まっていないプディングのようで、どこから手をつけて良いのやら、何を指摘し、そして何を放任しておけばよいのか、瞬時にはそうそう判断ができない。こういうことを日頃から師匠はしておられるのだと想うとただただ脱帽せざるを得ない。
 しかし、こういった機会はそう多くはないので、わたしも自分のなかの抽斗を大いに活用してアドヴァイスをした。なるべく現在の彼らに理解できる言葉と共感できる動きで見せたつもりだ。彼らがその半分でも理解してくれていたら幸いだ。

 それにしても、こういう後輩たちと稽古をすると、自分にもそんな頃があったという事実がなんとなく感じられて、嗚呼おれも想えば長く飽きずにやってきたたもんだなあ、なんてシミジミとした気分になる。たぶん自分より数段上の諸先輩方もわたしたちに対しては同様の念を持っておられるに違いない。
 
 さてさて今日はこんなところにしときましょう。明日は稽古なし。水曜日からは師匠も部長もカムバックして通常どおりの稽古となります。S貝君やA君などもこれからは継続的に参加するというので、いよいよ稽古は賑やかになるでしょう。
 久久に会う師匠へ、ぶつけたい疑問質問をいま整理している裏部長でした。
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2006年09月10日

想い出話A

 お晩です。裏部長でございます。今日は寝起きにふしぎなを見ました。まるで映画のような夢で、そのなかでは、古びたビルの屋上で可憐な美少女がひとり暮らしているのです。最近あまり夢らしい夢を見ていなかった私としては非常に印象深く、加えて余計に不思議だったのは、目覚めたあともその情景やストーリー、出てきた人物の台詞なんかが頭から離れないのです。
 これはなにかのお告げかもしれませんひらめき

 さて、昨夜書いたわたしの文章あてにコメントがあったので、まずはそれについて。
 おすぎさん、大会お疲れさまでした。観に行く観に行くとさんざっぱら云っておきながら結局行けず、本当に申し訳ないもうやだ〜(悲しい顔)詫びの言葉もありません。未だ大会におけるおすぎさんの勇姿を見ていない私としては是が非にも観に行きたかったのですが、いろいろと用事もあって断念せざるを得ませんでした。許してやっておくんなさいムード
 ちなみに昨夜のわたしの二本目の文章は、栃木のY先生から頂いたメールに対しての御礼だったのですが、たしかに他のひとにとってみれば何のことやらさっぱり解らぬ文章でしたね。こういったBlogの使い方は良くないのかもしれません。
 以後、気をつけます。

 そのY先生のご子息、T君もコメントを寄せてくれました。ありがとうございます
 鉄下駄の稽古なんざ武術家らしくて憧れますなあ揺れるハート一度やってみたいです。まあご推察の通り、冬はいくらなんでもキツいでしょうが、雪がなく、吐く息もまだ白くない時分であればどうにかなるでしょう。検討してみます手(チョキ)

 さて今日は昨日の続きから、われわれ札幌支部の歴史をご紹介いたしましょう。


 「古武術研究会」としたスタートした私たちは、週二回から三回の空手稽古を札幌大学一号館三階の演習室でおこない、週一回の体道稽古はこれまでどおり師匠の研究室で行なっておりました。
 そんなある日。わたしの高校時代からの親友で、同じく札幌大学の学生であったY君が稽古を見学したいと申し出てきました。彼は高校時代に柔道をやり、初段の一歩手前まで行って膝を壊し、そのあとは走族をまとめていた、という波乱万丈なひとで、それ以来稽古という稽古はしていなかったものの、格闘技や武道には諦めきれぬ情熱があったみたいで、わたしが常常うるさいほど師匠の凄さをアピールしていたのに負けて、ついに見学したいと云ってきたのです。
 わたしは否もありません。あれはたしか火曜日、わたしの三時間目の授業終わりに、師匠の研究室がある中央棟の玄関で待ち合わせることにしました。
 彼と落ち合い、そのまま中央棟三階の師匠の研究室へ行って部長を待っていると、なんと部長も見学者を連れてやって来ました。しかも四人も、です。このときばかりは私も驚きました。
 結局、このとき集った計五人の見学者全員が入門したわけではありませんでした。Y君は入門こそしなかったものの、何度か稽古へ来てくれて、そして今でも時間があれば続けたいと云ってくれています。
 部長が連れてきた同級生四人のうち二人が入部をします。それが、現在でもときどき稽古へ顔をだすT谷君T中君です。T谷君は、やれ教職課程がたいへんだの、居合に興味が出てきたので違う道場に行ってみたいだのと多忙の尽きないひとですが、なんだかんだといって現在も続けています。T中君は最近こそあまり稽古はできていないものの、一時期は副部長の坐を占め、第一回目の栃木遠征にも参加したひとです。時間があいたらまた稽古に来てもらいたいものです。
 その後、次次と入部者が増えます。
 今は東京に帰省中のA君、学外からの参加者・OBさん、現在よく出てくるS呂君ON、苫小牧っ子のH君、ON君とおなじ神奈川県出身のK君おすぎさんは古武術研究会当時からちょくちょく参加していました。現在、入門までは至っていないものの少しづつ稽古の数を増やしているひとに、おすぎさんのアルバイト先の後輩・S君、高校生のW君などがいます。
 
 あれはどのくらいのときだったか、あまり記憶は定かではありませんが、人数も多くなり、とても研究室だけでは稽古しきれないとなったころ、私のひとり勝手な想いつきで、古武術研究会を空心館の支部として認可してもらい、名称もそのように改めようということになりました。その理由としてはいろいろありましたが、第一には似たような名前の団体を札幌で見つけてしまったというのがあります。あるんですよ、古武なんだか研究会っていうのが。その名前のステッカーを貼って走っている車を見かけてしまったのです。
 第二にはやはり誇りというか、組織の正統性がほしかっというのがありますね。日本武術研究所空心館という名前をいただくことで自分たちの存在が揺ぎないものとなり、それが日日の修行へもよい影響を与えてくれると、そう想ったのです。
 そんなこんなで、わたしと部長と師匠の三人ではじめた古武術研究会は、日本武術研究所空心館札幌支部と改名し、大学にも届け出て、それが正式名称となりました。現在、門弟は十人あまり。決して大きな団体ではありませんが、どうもこれくらいがちょうど良いようです。本部のみなさんを見ているとそんな気がします。

 たとえばまだ部員が師匠を入れても三人しかいなかったころ、そのメンバーで何を思ったか山登りをした話とか、はじめての栃木遠征から帰ってくると、わたしと師匠以外のふたりがインフルエンザにかかってしまった話とか、細かいエピソードはたくさんあるのですが、それらはまた今度の機会に譲りましょう。

 明日からはまた新たな一週間がはじまります。月曜日はもちろん稽古あり。火曜日はなくて、そして、水曜日には師匠と部長が帰ってきます
 みなさんも体調管理にはじゅうぶん管理して、有意義な一週間を過ごしましょう。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 19:20 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2006年09月09日

あっ、そうそう。

 そういえばすっかり書くのを忘れていましたが、栃木のY先生、メールのご返信、ありがとうございました。お尋ねの件、ご返答のように検討させていただきます。あの組織の設立に関してはなんだかプレッシャーを感じられているようですが、先生であればなんら問題はありませんでしょう。何かあればわれわれ札幌支部も先生を支持します。まあ人数は少ないですが、選挙の際はちゃんと投票させますので、ご心配なく運営なすってください手(チョキ)手(チョキ)

 それではまた。裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 21:55 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

想い出話@

 こんばんは、ここに来てようやく夏バテというやつにかかっている裏部長です。今日なんざ起床したのが正午、昼の十二時で、昨夜寝たのが午前一時でしたから、なんと十一時間も眠っていことになります。季節の変わり目というのは何かとしんどいものです眠い(睡眠)

 昨日のわたしの書いた文章へ、二件のコメントがありました。ひとつは、もう御馴染みである栃木のI先生。わたしの問いかけに答えてくださり、先生のされている自主稽古の内容を紹介していただきましたが、いやはや、聞けば聞くほど頭がさがる想いです。師範やI先生くらいの位置へ達するにはもちろんある程度の修行といいましょうか、不断の努力のようなものは不可欠でしょうが、その熱心さや激しさは尊敬に値します。野外で稽古されているその場所に草が生えない、なんざ完全に稽古熱心が環境破壊にまでなっているくらいです。
 武術修行者たるもの、斯くありたいものです。

 二件目のコメントは、初登場の「奈良のM」さん。私は師匠の結婚披露パーティで一度お会いしたことがあります。知らない後輩たちのために書けば、奈良支部を預かっている方で、体道のほうじゃ、今はもうウチの師匠より多くの流儀を修めているというほどの熱いひとです(師匠は札幌へ来てからの四年間、体道における新たな稽古をしていない)。最近、なんでも雷の被害でパソコンがやられてしまったとか・・・・・・雷

 わたしの聴いた話では、このM先輩、赴任先の上司に、「毎週日曜日は遠方にて稽古があり、帰宅するのは夜中になります。よって月曜日の朝はあまり本調子ではなく、そのせいで何かとご迷惑をおかけすることもあるかと存じますが、こればっかりは自分にとって大切なことなので勘弁してください」と、まっさきにその承諾を得たという御仁です(上記の台詞はわたしの想像ですが、内容はこの通りです)。わたしはこの話にいたく感じ入り、現在アルバイトではありますが毎日やっている仕事の上司にも同様の申し出をし、稽古優先でそのシフトを組んでもらっています手(チョキ)

 そんなM先輩からのコメントは非常に厳しいもので、現在のわたしには響きました。たしかにそうです。たった二人でも、稽古はじゅうぶんに出来るのです。わたしも師匠のもとへ入ったころは師匠と二人ぎりで、部長が加わったあとも全員で三人という稽古ばかりだったのですから。しかし徐徐に門弟の数が増え、三人からそれ以上の人数で稽古することが当たり前になってからはすっかりその状況に馴れてしまい、二人しかいないときは中止するようになっていました。
 これはもう怠惰という以外のなにものでもなく、また夏休み中のように、稽古場所である教室を使用する際はいちいち鍵を学生証とひきかえに借りて来なければいけないようなときは尚更その傾向が強くなっています。
 奈良支部では大人の稽古人数がかなり少なく、それでも続けていらっしゃるということは師匠より伺っておりました。私どもも少しM先輩に見習い、これからはその方針を改めたいと想います。
 コメント、ありがとうございました


 さて本日は稽古がなかったので、わたしの想い出話なんかをしましょうかね。
 とは云っても、わたしの物心ついたときからの話を書いても仕方がないので、師匠のもとへ入門した当時のことくらいに止めておきましょう。

 わたしが師匠のもとへ入門し、稽古をはじめた当初は、まだ札幌支部という組織もなく、また師匠のもとで修行したいという希望者がわたし以外たれもいなかったので場所の必要もなく、最初は師匠の研究室でやっていました。
 札幌大学の学生はもちろん、大学生のひとなら見当がつくと思うけど、講師の研究室というのはさほど広く大きなものではありません。師匠のところはあれで何畳あるのでしょうか。今のわたしの目一杯の追い突き(飛び込みあり)で五分の四ほどは進めてしまうほどの縦幅、横幅はようようひとりの大人が横になれるといった感じです。そんな空間に、片方の壁一面には、ドア附近には冷蔵庫流し台ロッカー、奥の窓前には師匠のパソコンが載ったデスク
 この研究室で当時は稽古をしていたのです。現在とは調度品の内容も異なり、あのころは向かい合わせのソファと木の低いテーブルくらいなもので、稽古のときにはそれらを一旦廊下へ出してやりました。わたしは当時まだ合気道をバシバシやっていたころで空手着など持っていなかったので、生地のあつい柔道着をまとって稽古していました。本棚に向かって足の振りあげをしていたのを憶えています。
 わたしが入門したのは三年生になる直前の二月(2004年です)。つまり春休みから始めたわけです。そのころは大体週一回から二回ほどで、配分も空手と体道が半分づつでした。ある日は本棚に向かって前蹴りを蹴り、またある日はカーペットの上で天心古流をやるといった日日でした。
 そのうち、部長が入門します。わたしと同様、師匠が寄稿されたある雑誌を読んでやってきた部長はすぐに入門をしました。そして、研究室での稽古へ加わったのです。

 このころ私はまだ空手に馴染めず、経験者の部長にすっかりその力量の差を見せつけられて焦っていました。追い突きの稽古をしているとき、師匠に、「引き手をもっとしっかり」と指導され、ドア附近で力いっぱい左肘を引いたらそれがロッカーにあたり、表面がすっかり凹んでしまったこともありました(多分今もそのままになっていますもうやだ〜(悲しい顔)
 そのうち、空手に関しては手狭になってきたため、いよいよ教室を借りるということになります。しかし大学の施設を借りるには何かしらのサークルや同好会になっていなければいけず、われわれは此処に至ってはじめて自分たちだけの組織を作ることになったのです。
 それが空心館札幌支部の前身、「古武術研究会」だったのです。

 すっかり長くなってしまいました。このあとのことは明日書きましょう。

 
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2006年09月08日

自主稽古公開

 こんばんは、裏部長です。今ごろ師匠と部長は奈良ですね。向こうは暑いんだろうなあ。迎え酒ならぬ迎え夏に耐えて臨地研修、頑張ってもらいたいものです晴れ

 さて、今日も一応稽古はあったのですが、開始時間の午後五時になっても誰も来ず、十分くらい経ってH君が来たには来たのですが後がつづかず、結局五時半すぎまで待って、散会してしまいましたもうやだ〜(悲しい顔)少人数でどうにか続けている稽古ですからこんなことは日常茶飯事、むしろH君ひとりだけでも来ただけマシというものです。交通費をかけて来て、結局わたしひとりだけ、という淋しいときも以前に何度かありました。
 それに比べたらマシ・・・・・・ではありますが、しかし、稽古にならなかったことには変わりはありませんふらふら
 えー、これは門弟諸君へ連絡ですが、まだ夏休み期間中の稽古(午後五時〜七時)は何日か残っています。師匠や部長がいる日はなにも問題はありませんが、今日のような、両名ともに不在のような場合、稽古をするかしないかは開始時間のあと三十分程度で判断します。今日のようにわたしと誰かひとりだけ、なんてときは大抵そのまま帰ってしまいます。
 ですから、もし参加したいんだけど三十分以上遅れるかもしれない、というひとは事前にきちんと連絡を入れてください。わたしは大抵来ているので、わたしのケータイへメールでも入れてください。アドレスのわからない人にはあとで教えます。
 いや、というのもね、たとえば来た人間がわたし一人だけで結局やらずに帰った、ということならばまだ良いものの、これが師匠だったら困るわけです。師匠も閑人のプータローじゃないんだから、いろいろな仕事のやりくりをした上で稽古をつけてくださるんです。多忙な中を、スケジュールをどうにか空けて来てくだすっているのに、来てみたら誰もいない、なんてシャレにならないでしょう。失礼千万というものですパンチ
 だから次回より、事前の連絡をお願いします。少しでも無駄なことを省くために、協力をお願いします。

 さて、そんなこんなで書くこともないのですが、今日はちょっと赤裸裸に、わたしが自宅でやっている自主稽古のことなんかを紹介してみようかな。
 ま、大したことではありませんが、わたしも不器用な人間で、ちょっとやそっとのことでは技など覚えられません。身につけるためには大学での稽古以外に、ひとりでやる自主稽古を欠かしません。
 自宅でのひとり稽古の内容は、ざっと下記の通りです。

 基本稽古(其場突き、前蹴り、受け四種、廻し蹴り、刻み突き、裏拳打ち、横蹴り)。
 拳立て伏せ、指立て伏せ、前蹴りスクワット。
 其場でワン・ツー、其場から追い突き・逆突き。
 移動稽古(追い突き、逆突き、追い突き・逆突き、ワン・ツー、逆突き・前蹴り)。
 筋力トレーニング(片方の手で、もう片方の手へ負荷をかけて行なう武術的筋トレ各種)。
 型の復習。
 鍛錬(斜め四股立ちから逆突き、猫足立ちで受け四種・前蹴り・廻し蹴り)。
 鉄アレー鍛錬。指のすり合わせ。


 一時期はこれらすべてを毎日やっていました。ライバルに空手経験者の部長がいましたし、また自分自身も空手が愉しくなっていたため、飽きることなく毎晩汗を流していたのです。
 しかし現在は短縮型になってしまっています。基本は其場突きをメインとし、武術的筋力トレーニングはほとんどしません。鉄アレーも使わなくなったし、拳立て伏せはやってはいますが、回数も三十回ほどしかやらなくなりました。
 何故そうなったかといえば、ただ単純に時間がなくなったというのもその原因のひとつですが、特に筋力トレーニングに関しては、あまりやる必要が感じられなくなったからでしょうか。実際にものを突いたときに手首が負けてしまうので鉄アレーを使い、少しでも躰をシャープにしたいがために筋トレなんかをしてきましたが、それらがすべて空手の基本稽古、云ってしまえば其場突きあたりに集約できてしまった、というわけなのです。また、師匠自身そのようなトレーニングはして来なかったが技に必要な躰の強さは身についているとおっしゃるのでその影響もあり、現在では毎日二十分から三十分ほしかやっておりません。本当はもっとやったほうが良いのでしょうけど。

 みなさんはどんな自主稽古をしていますか?できれば本部の諸先輩方にも伺いたいです。

 さてさて、明日の稽古は休みです。次回は月曜日。遅れても来るというひとは事前にご連絡を。
 それでは良い週末を。裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 20:34 | Comment(3) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2006年09月07日

部長いってらっしゃい

 はいはいどうも、裏部長です。なんだかこのBlogも、門弟各人の書き込みに加えて本部の方方からのコメントなども入ったりして、急に賑やかになって来ました。多忙なために肝心の師匠の文章が少ない、というのが残念ですが、そのぶんは我我でなんとかしましょうわーい(嬉しい顔)おすぎさんの報告にもあったように、どういうわけだかBlogのランキングは良い感じですグッド(上向き矢印)外部からの閲覧者が多いのか門弟諸君がせっせとクリックしているのか、それはどうだか判りませんが、しかし上位にあるというのは見栄えとしてもたいへん結構なもので、少なからず宣伝になるでしょう。札幌支部だけでも新たな部員の入門に繋がれば幸いです。

 部長は明日から奈良です。大学の授業の一環で、師匠つきそいのもと臨地研修というのをやりに行くのです。奈良といえばもうそりゃあ良いところで、名所旧跡仏閣寺院、見所満載のうえに空心館の奈良支部もあります。これはあまり大きな声では云えませんが、師匠と部長は夜にこっそりとその稽古に参加するそうです。
 他にも行く生徒はいるんですよexclamation彼らは空手なんか興味ないから参加はしません。得をするのはこの二人だけですexclamation大学の関係で行っているのに、なんという越権行為exclamation×2
 ああ、すみません。すっかりジェラシーを燃やしてしまいました失恋怒ってなんかいないのです。ただちょっと羨ましかっただけ・・・・・・もうやだ〜(悲しい顔)
 部長、あまり体調が良くないなか大変だとは想いますが、無理をしない程度に気張ってきてください。向こうは暑いですからね。水分をじゅうぶんに取って稽古に臨んでください晴れ

 さて今日も師匠&部長不在ながら稽古をしてきたので、そのご報告をいたしましょう。


2006年9月7日(木)曇り。体道稽古の日だが、師匠がいないため空手。
 午後五時、札幌大学1001教室にて稽古。参加者は昨日も参加したON、苫小牧出身で昨日は寝違えたため頸が痛かったH、少し遅れてS呂。
 基本ひと通り(其場突き〜横蹴り)。手廻し。猫足立ち確認、手刀受けで一進一退。ここでS呂が来る。
 移動稽古。追い突き、逆突き。S呂においては、突いたあとの脱力と、それによる拳のもどり(反動)を意識させて逆突きをやらせる。本人、かなり苦戦しながらもどうにか形にする。
 型。ON、Hは「平安初段」、S呂は「腕秀」の確認。
 約束組手。まずは私とON、HとS呂が組み、そのあと私とS呂、HとONでやる。
 中段追い突き。ONは軸の移動よし、ただ上半身に力が入り、肩が出てしまう。腰のもどし、突いたときの体勢など、あまり相手にとらわれず、まずは自分のバランスだけを考えて突くように指導する。
 S呂は先ほどの移動稽古でやった突きで動いてもらう。最初は苦戦したが、徐徐に馴れてなかなか良くなった。つまりこれまでは、突きで1、もどすので2と、突いてもどすのに二拍子かかっていたのが、1で突いたときに脱力をする、力が抜けてなおかつ目一杯のばしきって突いたのなら拳がその反動ですこしバックする、ここまでがひとつになる。バックした肘はすこしコントロールすれば引き手になる。すると、突いて引くのに二拍子かかっていた動作が、たった一拍子で終えられることになるのだ。
 突いたあとの脱力、腰の切り、突き終わったあとのバランス、この三点を注意して突いてもらう。
 七時過ぎ、終了。


 散散悩んでいたS呂に対するアドヴァイスであったが、感覚を養成するものではなく、無理にでもまずは型にはめて動く方法を採用してみた。最初は意識的だが馴れてくれば自然と動けるようになるだろう。
 Hは突っ込む勢いを殺さずによい位置へ着地できるかどうか、ONは力みを取ることが最優先課題だろう。

 今日も特にこれと云って書くことはありませんが、それにしても、気づくと稽古に来ているのはすべて空心館へ入門している人間ばかりで、その熱心さには頭が下がります。志というやつでしょうか。これが長く続くことを祈るばかりです。

 さて明日からは部長がいません。どうにか私たちで稽古を守り立ててゆかねばなりません。
 門弟諸君よ、ご協力お願いしますね。

 ちなみに、昨夜のわたしの二度目の文章ですが、タイトルに誤りがあります。「卒の冴えるような突き」となっていますが、これは「目の冴えるような突き」の間違いです。たしかにそう書いたのですが、目という字を難しいほうで書いたのでそのまま出なかったようです。
 ハイテクは難しいです。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 21:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2006年09月06日

卒の冴えるような突き

 どうも裏部長です。今さっき、今日のぶんの書き込みをしてアップしたのですが、そのときになって再びI先生からコメントの入っていることに気がつき、袖ても立ってもいられないので二度目の日記です。
 タイトルには「卒の冴えるような突き」としましたが、私の云わんとしていることは、「卒の冴えるような突き、の話」です。I先生が書かれた突きについてご教授は卒の冴えるほど深く、噛み締めるに十分すぎるほどのものです。わたしもこれを反芻したいと想います。
 また、コメントを送られた当のBlogを書いた部長へ。きちんとお礼の文章をアップした上で、これは今後の参考にしなさい。なかなか無いことですよ。

 それでは簡潔ながらこの辺で。I先生、ありがとうございました。
posted by 札幌支部 at 23:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

感謝感激雨霰!!A

 グッドイブニング三日月裏部長です。残暑厳しい今日この頃、みなさん如何お過ごしでしょうか。北海道は空こそ晴れるものの気温はあまり上がらず、風も吹いて、いよいよ秋といった趣です。季節はすっかり読書のシーズンです本仕事帰りにビールなんかを呑んでたのしむ時期は終わってしまいました。

 さてさて、またもや本部道場からのコメントがありましたexclamationこれに気づいたのは部長で、わたしは教えられていま見ましたが、いやあ驚きました。栃木のYといえば、師範代であるY先生以外にはおりますまい。それに、合わせて「セガレ」さんも書かれているところから考えてもそうです。ザックバランな文章がそのお人柄を表しているようです。
 Y先生、そしてご子息のT君、コメントありがとうございました。しかし、書き込まれたのが午前零時二十分、と・・・・・・こんな夜更けまで起きてていいのかexclamation高校生は早く寝なさーいexclamation
 
 書き込みの内容から察するに、出張中の師匠が本部道場へ寄られ、稽古にも参加されたのでしょう。思い返せばそんなスケジュールであると仰っていたような気がします。
 これは内内の話ですが、本部道場におけるY師範代の立というのは非常に厳しいものがあるのです。というのも、レヴェルとしては、トップにはもちろん師範がいらっしゃるわけですが、師範が御自らご教授されるということはほとんどありません。ましてや組手の相手をするなんてことはない。
 師範の次にいらっしゃるI師範代、先日書き込んでくだすったあのI師範代はたしかにY師範代の先輩にあたるわけですが、現在は腰の痛みなどがあってあまり稽古には参加されておられないと聞きます。
 結局、本部ではY師範代が実力的に、現在はトップなのです。I師範代とY師範代の中間地点にいるウチの師匠は札幌ですからね。どうしてもそういうことになる。
 となると、ですね、Y師範代としては自分の実力を百パーセント発揮してぶつかってゆける相手がいないわけです。道場に来ているのはすべて自分よりも下の人たちですからね。どうしても手加減をせざるを得ない。つまり、燃え尽きるということがないのです。
 ですから、たまに師匠が帰郷をされるとお手合わせをするわけです。そりゃもう激しい技の応酬。その模様を撮影したヴィデオを見て、わたしもどれだけ勉強しているかわからぬほど凄まじい攻防をする。そして必ず最後にY師範代はこうおっしゃるのです。

          「いやあ、気持いいね!」

 やはり、普段から相当溜まっているのでしょう。あの稽古のあとのY師範代のハツラツとした笑顔が今でも眼に浮かぶようです。

 息子さんのT君もひょうきんなひとで、今年の三月にわたしが行くと「次来るときは蟹をお土産に」と云ってききません。面白い人です。今度ほんとうに山のような蟹を持って行ってあげようかしら。

 ああ、忘れるところでした。今日も師匠不在ながら稽古をしてきたので、その模様をご報告いたしましょう。


2006年9月6日(水)晴れたり曇ったり。日程変更最初の水曜日稽古。
 午後五時、札幌大学1001教室にて空手の稽古。参加者は部長と、神奈川県出身で、つい数日前まで帰省していたON君(王・長嶋じゃないよ。わが札幌支部にはOからはじまる苗字のひとが二人おり、区別がつかないので、彼らに限ってはこういったイニシャル表記でゆきます)。
 基本は廻し蹴りまで。手廻し。其場でのワン・ツー(上段刻み突き・中段逆突き)。其場で体捌き・内受け・逆突き。
 移動稽古(追い突き、逆突き、追い突き・逆突き、相手の正中線をとる稽古)。
 型。ONは「平安初段」、部長は「腕秀」の復習。
 最後は約束組手。利き手による中段追い突き。ONは久久ながらよい動きを見せる。かなり遠間からでも軸をきれいに前進させて突いている。
 部長には、腰全体の前進を意識した突きを考えてもらう。
 七時過ぎ、終了。


 今日はかなり簡潔に書きました。
 ON君は、神奈川県は鎌倉のひと。若いころから武術が好きで、特にはが好きなひとです。もう、三度の飯よりも槍が好き。類の槍好き(いやらしい意味ではありませんあせあせ(飛び散る汗))ってやつで、杖や棒術なんかにも興味があるようです。しかしここ数箇月は空手にも同様の興味を示し、今では稽古を続けたいがために卒業後もここに残る、なんてことを云ってくれています。
 頼もしい限りです。
 ただ、真面目でよい子なのですが、おっちょこちょいなところがたまに傷で、意味もなく崖から飛び降りて怪我はするわ、自転車で走行中にてめえで勝手にバス停に衝突して膝は痛めるわで、いつもどこかに痛みを抱えているような人なのです。見ているほうがハラハラさせられます。

 とまあ、今日はこんなところにしときましょう。
 改めまして、Y師範代ならびにご子息のT君、書き込みありがとうございました。部長をはじめ、真剣に稽古を重ねている後輩たちの励みになります。今後ともよろしくお願いいたします。

 明日は体道の日ですが、師匠がいないため、今日と同じように空手をやります。手のあいている人はこぞって参加してください。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 23:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2006年09月05日

文文

 どうもどうも裏部長です。今日の札幌は朝から大雨でたいへんでした雨気温もかなり低く、もう少しで吐く息が白くなるところでした。明日もかなり肌寒くなるようです。みなさん、くどいようですが、風邪には気をつけましょうパンチ
 よういえばどこかの幼稚園で、園児たちがハチに刺されて一大事exclamationなんてニュースが流れていましたが、獰猛な蜂たちがさかんに活動するのはこれからなんだそうですね。このすこし涼しくなってきた頃合いにテンションを上げて盛り上がるらしいのです。ですから、よく野を駈けまわっている部長などは気をつけてください。蜂のチカラも馬鹿にはできませんから。

 さて昨夜はI先生の突然の書き込みにすっかり狼狽してしまってアタフタしておりましたが、もう大丈夫ですわーい(嬉しい顔)ただ今日は稽古のない日だったのでこれといって書くことがありませんので、思いついたところで、みんなの文章について書いてみようかな。

 このBlogへは現在、主にわたし、部長、S呂君、H君、おすぎさん、そして師匠などが書き込み、コメントにはI師範代、東京へ帰郷中のA君などが書いてくれているけど、この文章というのは見ていて面白い目なにが面白いかって、内容はともかく、その文体ですよ。これが面白いほど各人各様なのです。
 例えば、部長の書く文章を読むと容易にかれを想像できます。とりとめもなく書いてオチがないところとか、各センテンスがあまり切れずに続いているところとか、たまに日本語が間違っているところとか、これらすべて彼そのものです(別に、馬鹿だって云ってるんじゃないですよ)。S呂君は思い悩んでいる様子がよくわかる文章だし、H君は案外さっぱりと淡白、師匠の文章には業務連絡のような整然があり、おすぎさんは簡潔かつ明るい。I師範代の文章からは真面目が伺え、A君はどこか冷静すぎるほどの切れ味を感じさせます。
 おそらく上記のメンバーは、自分の想うように文体を変化させて書くような手先の技術をつかってこのBlogに書き込んではいないと想うので、それらの文体はそっくりそのまま彼らそのものと云ってよいのでしょう。面白いものです。当たり前かもしれませんが、ひとつとして似た文章がない。それは多分、ひとりとして似た人間がいなということなのでしょう。知らず知らずのうちに人間は個性を持つものらしいです。

 ただ、いち先輩から云わせてもらうと、S呂君は文章が暗いよもうやだ〜(悲しい顔)なんだか詩的でおしゃれな感じはするんだけど、どこか引きこもってる感があっていけない。もっと明るくハツラツとして書いてください晴れ
 部長は日本語に気をつけて。インターネットというのは恐いものですからね、どこで誰が読んでいるかわからないのです。漢字の間違いとかも注意してください。
 あとみんなに云えることは、もっとたくさん書き込みなさいexclamation×2ということです。せっかく本部の方方も読んでくださっているのだから、更新を絶やさぬようにしましょう。

 明日は空手の稽古です。今度はきちんと胴着をもって行きます。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 21:03 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2006年09月04日

感謝感激雨霰!!

 こんばんは、裏部長です。キャァーexclamation参った参ったexclamationこんなことになろうとは、お釈迦様でも知らぬ仏のおとみさんカラオケってなわけで、このBlogをご観覧のみなさんはお気づきになっただろうか。
 新たな書き込み以外に、以前たれかが書き込んだ記事に対するコメントというのがあるでしょう。すでに幾つか表示されていますが、この中になんと「栃木のI」なる方からの書き込みがあったのだexclamation×2イヤァー、困っちゃったなああせあせ(飛び散る汗)こんな方にまで読まれていると知っていたならもっと真面目に書いていたのに・・・・・・だって、栃木でIさんと云ったらひとりしかいないじゃないですか。ええ、あのひとです。あの御方でございますよ。部長やS呂君あたりは見当がつくんじゃないですか。ちょっぴり小柄なあの先生ですよexclamation×2(失礼しました。小柄な、が余計でしたふらふら)。

 ハア、なんか急に緊張してきちゃったたらーっ(汗)I先生といえば、我が師匠よりも上のひとだからね。一度わたしもお会いしたことがあって、そのときの印象としては武術家とは思えぬほど温厚でやさしい方で、正直ホッとした思い出があるくらいだけど、腕前としちゃ師範代のなかじゃトップ。現在おもに本部道場を取り仕切っていらっしゃるY先生やO先輩なども全員、このI先生の影響を受けてるってんだから、こいつあ大変なものです目

 とはいえ、いつまでも緊張してはいられないので、日付が変わらぬうちに本日の稽古報告だけしちゃいましょう。


2006年9月4日(月)晴れ。師匠、昨日より長期出張のため不在。
 午後五時、札幌大学1002教室にて空手の稽古・・・・・・といって、今日はかなり不運な一日であった。まず私自身が、急遽長引いてしまった仕事のために、自宅へ胴着をとりに寄る時間なく、そのままスーツで大学へ来てしまったことだが、わたしが到着した時点ですでに五時半。教室で準備をしていた参加者は部長と有望なる後輩のS呂のみ。しかし、肝心要の部長は、六時には上がらねばならず、しかし教室の鍵は部長の学生証とひきかえに借りているため、彼が終了時にいないと鍵の返却ができない・・・・・・。
 そんなわけで、少し異例の稽古となったが、せっかく集ったわけなので、わたしもスーツとワイシャツの袖をまくって参加する。
 基本は受けまで。手廻し。ここから私も参加して、其場でワン・ツー(刻み突き・逆突き)。両手を開いて立てた構えから突くヴァージョンも試してみる。
 移動稽古。追い突き、逆突き。ワン・ツー、追い突き・逆突きのふたつのコンビネイションを、足の動きを変えて、どちらも逆突き・逆突きになるようにしてやる。追い突き単体で、引き手をヘソの前までしか引かないヴァージョンも。
 ここで部長は早退。
 後半はわたしとS呂のみ。まずは先日のBlogに書いたメビウスの輪の技への応用を説明し、それから再度移動稽古の位置にもどり、先ほどやった逆突き・逆突きの延長で、ワン・ツーや追い突きの、前へ出した足をギリギリのところで床につけず、足が自然と踏み変わる動きでもって突く動きをやる。わたしは以前にやったことがあったのでそうでもなかったが、S呂はやはり少し飛び上がってしまう。この差はなかなか難しい。
 最後は約束組手。利き手による追い突きに絞るが、S呂に、突いた手を(筋力で)引っぱってくるのではなく、突ききった反動で引っぱられてくる感覚を説明するのに苦しむ。腰の引きや腕の脱力、突きと引きの呼吸がひとつになるようにする等等、あまりよい具体的解決法を示せず。
 七時、終了。外は風が涼しい。

 
 今日はあぶなく稽古が立ち消えになりそうな日であった。こういう、師匠不在のときは何がなんでも私は参加せねばならぬ。たとえ少数であっても、やる気をもって来てくれた門弟諸君をかなしく帰らせるわけにはいかない。今日もその判断のおかげで、少しではあるが有意義な稽古ができた。

 しかし、まだ自分は後輩に対し、よい方法論を示せずにいる。S呂君に関しては、たとえば今日やった追い突きの問題点(腰で突きを引き寄せる、突いたら脱力する、など)が解消されれば、恐らくはすべてのセクションにおいてしっくり来なかったものが腑に落ちてくれると想うのだが、その最後のひと押しができる具体的な稽古法が示せない。わたしも彼も、やりたい理想形はわかっているのだが、そこへ至る道を見つけられずにいるのだ。
 師匠がお帰りになる前に、少しでも有効なアドヴァイスをしたい。

 なんだか、ちょっとしたハプニングのあったせいで、書こうと想っていたことをすっかり忘れてしまいましたダッシュ(走り出すさま)思い出したら、またいつか書きます。
 それより、師範をはじめ本部の方方もこのBlogをお読みになっていると知り、こんなに心丈夫なことはありません。是非これからも未熟な後輩たちの稽古日誌ともつかない雑文をお読みいただき、今回のI先生のように、気軽に書き込みをしていただけたらと存じます。門弟一同、背を正して拝読いたします。

 門弟諸君よ、ちなみに明日は稽古のない日です。今月から火曜日の稽古は水曜日に変更となりました。だから、決して間違えて、H君のようにならないこと。
 ハア、久しぶりに緊張感をもって書いた裏部長でした。I先生、本当にありがとうございました。
posted by 札幌支部 at 23:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2006年09月03日

斬首についての覚え書

 こんばんは、裏部長です。最近は夜になるとめっきり肌寒くなって、とてもとても半袖ではいられません。本州の方方はおそらくそんな北海道の気候をうらやんでおられるでしょうが、そんなに嬉しくもないのよ。すぐに寒くなるんだからもうやだ〜(悲しい顔)
 季節の変わり目です。みなさん、風邪には気をつけましょう手(チョキ)

 そういえば武術となんら関係のない話ですが、みなさんは本って読みます?ホラ、ここ数年は若者たちの活字離れがいろいろ云われてるでしょう。わたしが知ってる人のなかにも、一年で一冊も本を読まない、なんて奴がおりますが、みんなはどうでしょう。もちろん漫画とか雑誌はヌキにして数えて、だいたい何冊くらい読んでるもんかね〜?
 師匠は学生時代、大学の先生に「自分の背丈をこすくらいの量を読まなきゃいけない」なんて云われたらしいけど、できればそれくらい沢山の本を読んでみたいものです。ま、これは別に、背の低いひとは読む冊数を少なく見積もってよいということではないんだろうけど、やっぱり一年で百冊、いやそれ以上は読んでいたいよね。わたしの尊敬するあるひとは、週五冊か六冊は読んでるから、一年で・・・・・・考えただけで本の置場に苦しみそうです。

 本は読まないけど映画はよく観る、ってひとはどうでしょう。一年で何本くらい観るのかな?映画館へ行って観る回数なんてたかが知れているのでしょうが、でも好きなひとはよく行くからねえ。どんなもんでしょう。
 『鬼平犯科帳』や『剣客商売』などで知られる小説家・池波正太郎さんなんかは、どんなに忙しくても月に十五本、通常は月に二十本以上観ないとムズムズしてくるって云ってたから相当なものです。現にご自分を「シネマ・ディクト映画狂)」なんて称していたからね。こんなひとは今もいるのでしょうか。

 今日は稽古がなかったので、特にこれといって書くこともなくダラダラしておりますが、最後に、部長の書き込みを受けて、斬首についての覚え書を少少。
 打ち首、なんて時代劇でしか聞かない言葉ですが、武士の場合は責任の取り方として切腹罪人は斬首というのが江戸時代の風習でした。武士の場合は全身まっ白の装束を着て、まずは自分で脇差を腹に刺す。左から右端までクゥーと真一文字に斬りさき、今度はそこから真上へ引き上げて抜き、前へ戻して頸を打たれる・・・・・・というのがルールですが、人間そうそう度胸があるわけもないので、江戸がはじまって何十年か経ったころにはもう、自分で自分の腹を切る動作は省略されていそうです。元禄のころで有名なものといえばあの忠臣蔵がありますが、あの勇敢なる四十七士たちも、扇子を脇差にみたてて腹に立てるマネをして頸を打たれたと云われています。
 しかし中には、まさしくハラの据わったひとがいたもので、江戸初期、旗本ではあるが仕事のない、半分グレちゃったような武士たちが「旗本奴(はたもとやっこ)」などと呼ばれて恐れられていました。現在の暴力団のような存在で、町なかで町人たちにいちゃもんをつけては暴れ、金をせしめる、そんな集団だったわけです。
 その中にいた頭目の男はしかし、相当に度胸のあったひとらしく、いろいろと暴れたあと、ついに捕まって切腹となったとき、決まり通り、本物の脇差で腹を斬り、十文字に裂いてから前へもどし、右脇で刀を構えている武士に「さあ、どうぞ」と微笑んで云ったという。そんな話も残っています。
 ちなみに、罪人たちが頸を打たれるのは牢内にある庭のような場所で、土の地面にバスタブのような穴があけられており、その前へ膝をつき、頸を差し出すわけですが、この場所を「土壇場」といいます。これは今でもつかう言葉ですよね。

 さて、刀で頸を斬るとどうなるか?別にわたしは実際にたれかの頸をバサッと斬ったことがあるわけでもないのですが、聞いたところによると、斬った瞬間に頸の骨がズブズブとなかへ埋まってしまうのだそうです。おそらく肩や背中の筋肉が収縮するのでしょう。斬った途端に入っていってしまう。
 だからかも知れませんが、斬った瞬間はあまり血が出ない斬った刀にも血はあまりつかないそうです。頸のない肉体はそこから少しづつ傾き、ついにはドサッと地面に倒れる。そのときになって初めてドバァと血が噴き出のだそうです。

 ああ、なんとも残酷な話を書いてしまいました。一応のマメ知識として仕舞っといてください。

 明日からは新たな一週間。稽古のほうはわたしと部長で引っぱってゆきます。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 22:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2006年09月02日

顧みて年月を想う

 どうもみなさん今晩は。毎度おなじみ裏部長です。

 最近どうも書き込みが少ないな〜。いろいろと推察してみるに、恐らくほとんどと云ってよいほど、このBlogを見ているのは我が空心館関係のひとだけらしいので、門弟諸君はヒマを見つけて読み、そしてとりあえず何でもいいから書いてください。これはあくまで空心館札幌支部のBlogであって、決して裏部長個人のBlogじゃないんだから。ね?初めてここを覗いたひとが活気を感じられるような場所にしましょうよ。
 それにこれは連絡事項ですが、訪れたひとは種種あるブログ・ランキングのページを開いて、そこに入っている私たちのBlogを別ウィンドウで見てください。何でもそれだけでランキングへの投票が完了するらしく、一つところからは一日一回しかできないらしいけど、そうすることで順位の変動が起こるようなので、来たひとはなるべくそうしてください。

 さて、明日からの一週間、師匠は出張のため不在。よって、今日はその前におこなう最後の稽古というわけだったのですが、これまたちょっとした異例稽古になったので、まずはその模様をどうぞ。


2006年9月2日(土)晴れ。まったく関係はないが、裏部長の兄の誕生日。
 午後五時、札幌大学1001教室にて空手の稽古・・・・・・のはずが、開始時間になっても誰も来ず。
 師匠とわたし。ひとまず誰かが来たらすぐに始められるように、胴着に着替え、机なども片づけて待機。その間にいろいろな話をする。
 武術の話。空心館では、基本的に入門から三年で黒帯をとらせる。つまり初段になるわけだが、これがどうして「三年」なのか?そこに意味はあるのか?現状としては、三年で黒帯までという設定の上で、たとえば十級では四之型という型をやり、初段の前にある初段補では転掌と腕秀のふたつをやる、といった風に、その段階で修行すべき型などが決められているから、それらをすべて消化するのに三年かかる、と説明できなくもないが、これに関しては師匠も別段考えたこともなかったという。
 昨夜の稽古報告。追い突きからの変化、そのレヴェルの違い(後ろ足の位置、腰の回転で突く場合と腰の前進で突く場合の変化)。変えた引き手からの二本目の突き、最近あまり拳がきれいに返らなくなったこと、突き方の遍歴、剣術などにおける袴の存在、琉球唐手と空心館の空手・・・・・・等等。
 他愛もない話。わたしの仕事の話、奈良のM先輩の話、本部道場師範代のY氏らの話、映画や小説の好みの話、柔道の初段について、師匠が門人の素質を見る方法・・・・・・等等。
 立ち話もあれなので、師匠は坐り、わたしは立ったまま談笑。気づけば六時過ぎ、いまだ誰も来ず。
 終了。来週以降のことを話し合って散会す。


 というわけで、出張の準備をおしてまで師匠に来てもらいながら、参加者は私ひとりという、なんともお恥ずかしい稽古であった。胴着姿になり、場所もつくっておきながら一切動かず、一滴たりとも汗を流さない稽古はひさしぶりである。
 しかしながら興味ぶかいお話はいろいろと聴けた。それこそ、明日からでも参考にできる話や、こんなところでは到底書けないような話まで、かなり肚をわって会話を交わした。
 そんな中でも、報告でも書いた「三年」という月日に関してすこしご紹介したい。

 我が日本武術研究所空心館では、たとえば現在うちで稽古しているS呂君のような、すでに数年間ちがう空手の道場で稽古をし、少なくても茶帯以上であるひとならば例外となるが、そういった経験のないひと、つまり私のように、空手のかの字も知らないズブの素人が入門した場合、黒帯を締めるまでには三年間という年月が必要になる。
 世間では、なにかの武道で黒帯を持っているというとそれだけですごいと褒められるが、空心館ではちがう。空手に関しては、黒帯をとるまでは空手ではない。本当の空手は初段以降、つまり黒帯を締めてから教えると云われる。
 云うなれば、初段までの三年間は、それから空手のかの字を学ぶための躰づくり、簡単にいえば準備体操のようなものなのだ。
 これをもっと具体的に説明すると、入門から初段までの三年間は、動作(技)における型にそのひとを嵌めて修行する期間といえる。突きの動作、受けの動作、蹴りの動作、重心の話、軸の話、さまざまな要点を細かく細かく、ときにはミリ単位で修正し、「この動作はいい、この傾きはだめ」といったふうに、厳密に動作の良悪を判定してゆく。当然この期間に、修行者たちに動きのなかの自由はない。自分勝手に動ける余地はないのだ。指導された動き、指導された技のみを、指導されたままに行なう、この三年間はそのためにある。
 これを、平均的な数字でいうと、週三回から四回の稽古日程でおこなう。これを比較的真面目にこなして、三年で黒帯、晴れて初段となる。
 では黒帯をとると、どうなるのか。ここからは、それまでに作ってきた身体的な型を壊しはじめる。師匠はこれを「個性をつくる」とおっしゃったが、斯くの如しで、そのひとの身体や特徴にあわせて、その人だけの技を練ってゆくのだ。だから初段以降は、追い突きひとつにしても、その技の趣が修行者によってかなり違う。あるひとは歩幅を短くしてサッと突き、あるひとは今まで以上に腰を落とすことを意識して突く。同様に受けも変わり、蹴りも変わってゆく。
 これがつまり、「本当の空手」のスタートである。変化と成長の日日である。

 その「本当の空手」を教わる準備にどうして三年という期間が必要なのか、それはまだ判然としていない。現段階で云えることといえば、たとえば、ある程度空手のうごきに馴れるにはだいたい三年くらい必要だから、とか、「石の上にも三年」なんてことも云うからもしかしたら昔の古い教えかなんかから引用してそうしているんじゃないか、とか、それくらいの推測しかできないが、最終的には、その門人がどんなに下手であろうとも師匠のほうでどうにか三年のあいだに初段レヴェルまで引っぱりあげてくれるので、ひとまず安心していればよい。ただ、ひとつの何かをある程度できる段階にまで成長させるのにもし三年という期間が最低限必要なのだとしたら、現在わたしが取り組んでいる「」もまた、その法則に含まれているのかもしれない。

 おもえば私がその夢と本気で取りくむようになったのは、師匠のところで稽古をはじめた頃からである。まだその当時はなんとなくといった感じで、だから厳密にいえば、やりはじめてからおおよそ二年ほどが経ったくらいで、空手のほうで云えばようやく茶帯を締めはじめた程度。空手のかの字を学び始められる初段にさえなっていないのに成功するはずがない・・・・・・そんな励ましを自分にしたかったのかもしれないが、しかしそう考えれば、人間たかだか二年くらいで夢が叶うはずもない。焦るだけで結果が出ないのは仕方がないことなのだ。そんなことで苦しむよりも、もっと前を見て、明るくいたい。
 今日はそんなことを想った。

 みんなは夢を持っているだろうか?夢を持っているひとはそれを追いかけ、常にアプローチしているだろうか?
 夢を追いかけることは孤独だ。終わりのない戦争のようなものだ。田舎じゃ青空の下、無邪気な笑顔を見せてころげまわっていた少女が、都会へ出て笑顔を失うように、失敗し、挫折をするたびに心が折れそうになる。暗闇が恋しくなる。孤独に耐えられなくなったひとは、その暗闇に吸い込まれてゆく。
 そして、本当の独りになってしまう。
 でもそんな苦しい瞬間にちょっと思い出してみようよ。アレ、俺がこの夢追いかけ始めて、今年でどのくらい経ったのかな、って・・・・・・もしかしたら、あなたはまだ夢の黒帯を取っていないのかもしれない。
 夢のゆの字に、まだ手が届いていないのかもしれない。

 なんだかしんみりと詩みたいな文章を書いてしまいましたが、最近わたしも夢の途中ですこし心が弱くなっており、そんな中でふと自分の夢の修行期間と空手をやっている期間がリンクしていることに気づいて、上記のようにすこしだけホッとしたくなったのです。裏部長はこう見えて弱い人間ですから。神奈川出身の後輩・O君のように、たま〜に鬱のような状態になるときもあるのです。最近のBlogで少しだけ怒ったような文章を書いたのはそのためでもあるのです。
 しかし、今日の師匠のお話で少しは気が晴れたような気がします。まだ自分は夢のほうでも黒帯を取っていないのです。そんな若輩者がすぐに華華しい成功をおさめるはずがないのです。
 
 来週いっぱいは師匠不在で、金曜日からは部長もいません。基本的にはわたしが責任をもって稽古をしますが、いかんせんここ数日の参加状況がこんなですから、もしかしたら惨憺たる有様になるかもしれません。
 門弟諸君、裏部長がまた鬱になる前に稽古に来てください。なあに、別に汗を流すつもりで来なくてもいいのです。わたしを慰めるつもりで来てください。
 
 明日も青空を見たい裏部長でした。
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2006年09月01日

愚痴愚痴

 どうもどうも、裏部長でごわす。すっかり涼しくなって参りました。本州ではまだ残暑とやらが厳しいらしく、ご愁傷さまです。帰省中のA君やO君よ、はやく帰っておいで。

 さて本日は師匠不在ながらもどうにか稽古をしてきたので、まずはそのご報告からはじめましょう。


2006年9月1日(金)晴れ。もう九月である。時間の経つのは速い。
 午後五時、札幌大学1001教室にて空手の稽古。師匠不在。参加者は部長と、苫小牧をこよなく愛する男・Hのみ。
 基本稽古ひと通り(其場突き〜横蹴り)。手廻し。ここまでは部長が先導する。
 続いてわたしの先導で、昨日習った白拍子の動き、メビウスの輪動作をやる。わたしは昨日の教授でどうにかそのコツをつかんでいたようで、無難にできるが、今日はじめてそれらを眼にする部長らはかなり難儀そう。簡単そうに見えてもやはり難しいのだろう。
 時間がないので、移動稽古は追い突き、逆突き、追い突き・逆突きのみにとどめる。
 後半は約束組手。
 体道稽古のときに、今日来ているふたりが、日本伝天心古流拳法初伝中段之位四本目「両山嵐」という技で四苦八苦していたので、その受け側の動作を確認するべく、合気道の片手取四方投げ(表)を、片手・両手・諸手の三種類にわけて私が施す。技をかけられるに従って受けの体勢をつくる、その流れを躰で確認してほしかったのだ。
 部長らふたり、勘よく、すぐにコツをつかむ。あとは捕りの技術のみだ。
 残りの時間は中段追い突き。わたしは先日習った、引き手の動きに注意して突いてみる。と、なるほど動きが変わった。
 七時過ぎ、終了。


 相も変わらず参加者が少ない。ふたりでも来ているだけマシではあるが、しかしOBも入れて三人というのはあまりにも淋しい。毎度のことだが、どうにかならないのだろうか。
 わたしはもう学生ではなく、すでに社会人として働いている身だ。仕事の関係でいまはどうにか稽古へ参加できているが、いつ来られなくなるかわからない。そんなOBが一番出席率のよい稽古でいいのだろうか?

 とはいえ、こういった愚痴はいつものことで、所属している門弟のその絶対数からして少ない上に、数人が本州へ帰省しているため、休暇中はどうしても閑散としてしまう。今日のように師匠がいないとなると余計に左様だ。

 稽古の内容からもわかるように、今日はこれといって発見も驚きもなし。自分の課題や目指している動きを確認した程度に過ぎなかった。とにかく今は躰に沁みこませたい動きが多すぎる。

 明日は師匠が来ます。日曜からの出張にあわせて、その準備に追われているなか無理を云って来てもらいます。
 門弟諸君、稽古は午後五時からですよ〜。
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2006年08月31日

錬る

 こんばんは、裏部長です。挨拶早早こんなことを云うのはアレですが、たま〜に「こんばんは」を「こんばんわ」と書くひとがいますね。メールとかこのBlogとかでね。あれはワザとああやって書いてるんでしょうか?もしそうだとしたら間違いです。
 こんばんは、は、「今晩は」ですから、最後につくのは「わ」ではなく「は」ですね。これは「今晩は〜〜〜で、○○○でございますねえ」なんていう文章(あいさつ)の冒頭部分が切りとられて、それ単体で使われるようになったもので、そう考えれば当然「は」でしょう。文体や見た目のおもしろさでそう書く以外にはきちんと「は」で書きましょう。日本人なんだからね。

 さて本日は体道稽古でした。その稽古内容をどうぞ。


2006年8月31日(木)晴れ。気づけばもう八月最後の日である。
 午後二時過ぎ、札幌大学1001教室にて体道稽古・・・・・・ではあるが、時間になっても私以外はたれも来ず。連絡もなし。
 仕方ないので、またも師匠と差し向かい、まずは現在わたしがやっている浅山一伝流体術中段之位十二本を復習する。技の内容はすでに頭へ入っているし、実際に動いてみても、細かなポイントの修正以外はほとんどすんなり済んでしまい、数十分もせずに十二本目「山脈取」まで行ってしまう。
 まだ誰も来ない。
 仕方ないので、空手の型「転掌」の復習をする。最近はすっかり「腕秀」の稽古に集中していたため、その前に習っていたこの型をやるのも数箇月ぶりだ。流れの確認、各動作の間合いや呼吸を思い出しながら稽古する。
 まだ誰も来ない。
 仕方ないので、師匠と談笑して時間をつぶしていると、ようやく部長が来る。なんでも至急片づけねばならぬ用件があったらしく、それを終えて駈けつけたのだという。
 ここからは早い。私のほうはもうやること全てやってしまっているので、すぐに部長の稽古に入る。
 日本伝天心古流拳法免許之位ラスト三本、つまり「前方」「下り藤」「紅葉返」をやる。わたしは専ら受け。
 体道では新しく技をならうと、持参したノートか何かに自分でその内容を記してゆく。 
 部長が書いている間わたしたちはヒマなので、1:上段への逆突きを前手(左手)の手首ないし手の甲の張りで外へ外す稽古。2:「技」にあった〈メビウスの輪〉の話。3:同じく「技」にあった〈白拍〉という動きの話・・・・・・などをする。後者ふたつの動きは興味深いことこの上なし。
 四時過ぎ、終了。明日から、つまり九月からの稽古日程について話し合ってから散会す。


 「技」というのは当団体、つまり、日本武術研究所空心館にしかない技法のことで、今日師匠から解説をうけたメビウスの輪白拍子という動きは、さまざまな技法に繋がってゆく、とても重要な動作のことである。まあ記載したところで、文章を読んだだけでは到底理解できないものばかりなので、ここに書いてもよいのだが、一応、空心館オリジナルのものだし、師範のお許しも得ずにあまり何でもかんでもオープンにすることは控えたいので、その詳細を見せることはしないが、こうしたいろいろな動きを本当にいろいろとやることが稽古であり、武術の修行である、というようなことはご理解いただきたい。

 このふたつの動きはいろいろな技に繋がってゆく、と云ったが、つまりこの動作自体は「技」とは云えない。あくまでも技の要素、エッセンスを含んだ動作であるだけで、これだけですでに成立した技法とは云えないのである。
 では、そんな動作をどうして稽古するのか?しかも一つや二つではない。これら二つ以外にもそんな動作はたくさんある。それこそ憶えきれないほどあるのだ。稽古のなかではそれらを毎日、とっかえひっかえ繰り返すのだ。
 それが「錬る」ことであるという。まずはすべての動作を大きく、そしてゆっくりと行なう。この動きを躰に馴染ませてゆく。
 馴れてきたら、その動きの幅をすこしづつ小さくしてゆく。速くしてゆく。呼吸を乗せてゆく。
 そして最終的には、技のなかで遣う。長年かけて積み重ね、錬りに錬ってきた動作のエッセンスがその動きの端端にあらわれ、ただの受けが受けでなくなる。反撃が反撃でなくなるのだ。

 もちろん、そう簡単に巧くはならないし、上記のような段階には容易に行けない。そこへ達するには長く苦しい修行の道があるのだ。決して、二段とばし三段とばしには上がってゆけない階段があるのである。

 なんだか今日も支離滅裂な感じになってしまいましたね。本日の稽古で師匠の口から「錬ってゆく」という言葉は出て、それが妙に印象深かったため、ご報告にからめてこんなことを書いてしまいました。「技」に関してはべつに秘伝視しているわけではないのですが、わたし個人としてはとても重要かつ貴重な教えだと想っているので、すこし大仰に書きました。部外の方は良いように想像しておいてください。

 さてさて明日は、師匠、仕事のため石狩へ行かれるため、不在です。稽古は部長を先頭におこないます。
 ヒマは人はこぞって参加してください。
 肘の痛みに馴れてきた裏部長でした。
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2006年08月30日

藤谷派糸東流拳法空手道紹介B「撓る突き」

 もっこりもこみち、裏部長です雷
 冒頭のことばに意味はありませんわーい(嬉しい顔)思いつきです。別にふか〜い意味があったわけではなく、ただ思いついた言葉をあいさつにしているだけなのですモバQ

 わたしは気まぐれな男なのです晴れ

 とはいえ、速水もこみちはいま売れているそうです。テレビ朝日系列ではドラマ『レガッタ、そして映画では初主演作となる『ラフ』が公開間近となり、最近はいろいろな番組へ宣伝のために出ているのをよく見かけます。わたしの記憶が正しければ、あのひとは最初、TVドラマ版の『逮捕しちゃうぞ』かなにかで無口な修理工の役でデビューをし、どうでもいいような学園ものにどうでもいいような役で出演を重ね、大きく注目されたのが第二弾目の『ごくせん。芝居がようやく見られるものになってきたのは最近ですね。それに応じて人気も鰻昇りになっているようです。

 しかし、あのひとは不幸だなあ、と想う。あのスタイル、あの顔、あの足の長さゆえに不幸だなあと、私なんぞは想うのです。
 だって考えてもみてください。たしかに見た目はバッチリです。あんなに足が長くて顔が小さくて、笑うと真っ白な歯がキラリぴかぴか(新しい)というようなひとは滅多にいません。いわゆるイケメンというやつですね。そういった意味では完璧かもしれません。
 ただしあのひとは俳優です。演じるひとなのです。あの顔で、たとえば、団地に住む主婦たちの下着を盗もうとしているエロ親父の役ができますか?あのスタイルで乞食の役ができますか?おそらく、何をやっても「速水もこみち」。どんな役でも「スラッとカッコいいイケメン青年」になってしまうことでしょう。
 そういった意味で考えると、あのひとのあのスタイルの良さは、俳優としての(もしくは芸能人としての)武器でありながら同時に、彼自身へも向けられる武器になっていると云えます。
 そうは想いませんか?

 前に一度書きましたが、ラジオで有名な日高晤郎さんも同じことをおっしゃっていました。そのひとの特技や長所は、もちろんその道においては戦える武器になるが、しかし同時に、自分を縛る脅威にもなる、と。
 これなんかは武術においても云えるのではないでしょうか。
 たとえば躰がやわらかいひと。こういった人には柔術の関節技があまり簡単にはかかりません。武術においてはどの面に関しても躰がやわらかいということは、願わくば皆がそうありたいと願う好条件です。ですから、躰がやわらかいということはとても良いことなのです。
 しかし、躰がやわらかく、技が容易にかからない所為で、かえって技の効き目を察知する感覚が養われず、受けとしての動きが発達しにくくなるでしょう。躰が硬すぎるのもいけませんが、ある程度は硬さをもち、痛みを感じやすい躰をもつことで、むしろ技からの脱出をおぼえることができる・・・・・・これもその一例と云えるのではないでしょうか。

 今日もまたちょっとカタい話をしてしまいましたが、これもふっと思いついて書いたまでのことです。深い意味はありません。「ああ、そう云われればそうかなあ」なんて位に読みとばしてください。

 さて、今日は稽古がないので、なにか稽古報告以外のことを書こうと想うのですが、書き始めるとすこし長い話になるものばかりなので、今日は日頃のBlogの延長でもって、「突き」に関する覚え書を少少。


 わが空心館では突きの理想を、「腕をムチのようにしなやかに使い、まるでそれはゴム紐のよう、拳はその先に括りつけられた石ころのようにして突く」なんて表現で云いますが、これが目標です。
 私なんぞは温故知新の大好きな人間で、空手をはじめた当初からも、理想は、まだ空手というものが沖縄(琉球)にしかなく、名称もただ「手」としか云われていなかった時代のものが優れていて、現代のものは競技化、スポーツ化のせいですっかり風化してしまった空手であると想っていましたが、どうもそうではないらしいです(一般的な競技空手、スポーツ空手などは知りませんが)。
 というのも、これは師範から聴いた話ですが、写真などの資料を見るかぎり、琉球唐手の突きは、腕をまるで棒のようにして突くもので、たしかに拳は硬く鍛えており、当たれば痛いかもしれないが、受ける側としては受けやすいものであるといいます。たしかに私の手元にある資料写真でも、腕の硬さが見てとれます。
 腕を棒のようにして突くとどうなるか?受け側は相手の腕の肘あたりに手を添えるだけで、突きは外れていってしまいます。これは木の棒をもってやってみればすぐに解ることで、まっすぐに伸ばされた硬い腕は、どこか一点を押さえられるとそこを支点にして方向を変えてしまいますね。突き自体はまっすぐ進んで来るのですから、すこし躰をひらけば当たらないわけです。

 一方、腕をムチのように使いやわらかく突こうとしたらどうなるか?これは、打ち振るわれるムチを手で方向転換させようとするのに同じく、撓りますから、容易に方向を変えることはできません。肘あたりを押さえても、いかんせん腕自体がムチですから、まるで生きた蛇のようにその頭(拳)が内へ入ってきてしまうわけです。しかも拳は石ころのようになっていますから、こちらの躰へ触れた瞬間、瞬く間に弾丸のごとく威力を発します。
 
 この点からしても、腕をムチのようにして突く利点が判ったと想います。もちろん速さも増せば、突きの軌道もそうそう簡単には眼で追えなくなるため、たまに消えたように見えときが出てきます。わたしも師匠や、本部道場師範代のY先生にこの突きを出してもらったことがありますが、どう受けようかと考える前に、人間の防衛本能がはたらき、思わず眼をそむけてしまいました。
 あのとき、拳はたしかに消えて見えました。

 今日書いた突きのポイントは初心者から指導するもので、べつに、すぐに上手くできなくとも、一応門弟諸君は心がけておいてください。意識することで、イメージが変わり、動き自体も変わってゆくはずです。
 明日は体道稽古。はてさて、一体何人来るのやら・・・・・・たらーっ(汗)
posted by 札幌支部 at 21:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記