2006年10月05日

ザ・復習

 こんばんは、裏部長です。いよいよ秋ですね。食事がおいしい季節です。しかし、どうも朝の気温が下がるためか、起きるの億劫ですね。わたくしなんぞはどうもまだ学生色が抜けていないようで、仕事をしていてもたま〜にこうダルくなっちゃって、「今日は行かなくてもいいか」なんて料簡を起こしたりする。こればっかりはいけませんね。そのうちにクビになっちまいます。
 ま、そんなことで仕事を休んだことはまだありませんが・・・・・・。

 さて、今日は体道稽古で師匠も来られましたが、参加したのがわたくしの外に部長とON君だけで、ON君は日本伝天心古流拳法居取之位十二本を、部長は同流免許之位十二本をすでに教わっており、そこに来てわたくしも浅山一伝流体術中段之位十二本をやり終えているので、みながみな復習の二時間でございました。
 わたくしは最初ON君につき合って彼の居取之位をやり、部長が師匠と免許之位の復習を終えたころにチェンジして、最後は師匠と浅山の中段之位を復習しました。しかし、この浅山のほうの復習というのは、これと云って間違っているところがない限り、十二本くらいであればポンポンとやって十分もかからないんですな。師匠は技をやる必要がないわけで、とにかくわたくしの方でポンポンポンポン師匠を投げる、押さえる。それだけですから、大変なのは師匠だけでね、わたくしなんぞは技の内容さえ間違っていなけりゃいいってなもんで、そりゃすぐに終わっちまいます。
 最近はほとんどこんな風なので、あとの時間は空手や、また浅山のほうの技の名前と順序を暗記することに労力を費やしております。

 まあ、技がすんなり出来て復習の時間が短く済むのはたいへん良いことですが、あまりこう復習だけというのも退屈で困ります。
 そういうときは、わざと目につくところで昨日の稽古で習った空手の刻みなんかをやるんです。そうすると、師匠も手が空いてますから、「おっ、やってるな」という風に見てくださる。わたくしはそこで此処ぞとばかりに質問をぶつける。師匠は師匠で「待ってました」という風に応えてくだすって、部長たちが天心古流の復習で四苦八苦しているあいだに、もう刻み突きに関してポイントをひとつ授かっちゃった。
 稽古というのはただ教えてもらうことをアテにしていてはいけませんね。知りたいことは貪欲に狙ってゆかないと、師匠も気づいてくれません。
 教室は戦場なのです。

 稽古は来週の水曜日までありません。季節の変わり目です。みなさん、風邪には気をつけて三連休をお愉しみください。
 裏部長でした。
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2006年10月04日

ついに刻む!

 こんばんは。昨夜、おもしろ映像をアップしたのはH君だったのですね。真夜中に見るにはもってこいのものでした。ただ、いくら考えてもあの映像を撮影した彼らの意図がわからない・・・・・・。

 裏部長です。今日の稽古に関しては師匠のBlogを見てください。
 月曜日は調子に乗って蹴り五十本づつ!廻し蹴りは百本!なんて具合に無理をしたためか、今日は太腿のうしろがちょっぴり痛かったです。ただ、百本とは云わずとも、蹴りは左右五十本づつくらいは当たり前にしてしまって、少し足腰の強さと蹴りの精度をあげようとすることは必要かもしれません。みんながみんな、部長のように自宅と大学とのあいだを走って行き来するわけにはいかないんですから。

 気合いの声を出すことに関しては師匠の文章にもあった通り、やはり重要なようです。空手経験者も多くいますし、稽古時間も授業の終わったあとになりましたから、そろそろ始めてもいいかもしれませんね。

 今日は約束組手で刻み突きをやりましたが、わたくしとしては「ついに来たか!刻み突き!」といった気分でした。これまで本格的に刻みを稽古することは少なく、ここ数箇月(もしくは一年以上)はやっておりませんでしたし、また聞くところによると、上段への攻撃自体がかなり難しく、追い突きの初段階もまだ固まっていない人間がやるべきことではないので師匠も控えていらしたのかもしれません。
 それが今日、ほんの少しだけ解禁されました。まあ一応は追い突きを進化させるための一案なのでしょうが、わたくし自身、とても新鮮で、なおかつ右足の蹴り出しの下手さに驚いてしまいました。左足の蹴り出しはいつもの追い突きでやっていますから、意外と馴れてきているのですが、右足はどうもいけません。
 これは今後の課題となりそうです。

 刻み突きがいよいよ稽古のなかにも入ってきて、その内容は次第に深く多彩になってきます。初段補を間近にひかえ、いよいよ身の引締まる想いです。

 奈良のM田先輩、書き込みありがとうございました。興味深いお話ですね。そんな次元のひとたちを思うと、我我なんぞは足下にも、そこから伸びている影の端にも及びません。
 しかし、不思議です。そういった先達たちの莫迦さ加減というか、莫迦話を聞くと、どうしてこうも嬉しくなってしまうのでしょうか。自分の小ささや未熟さを思い知って、どこか恥ずかしく感じているはずなのに、どういうわけか胸を張りたいような心持になる。
 これもまた莫迦への禁断症状なのかもしれません。

 明日は体道稽古で、それを終えると来週の水曜日まで稽古はございません。
 裏部長でした。
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2006年10月03日

莫迦

 裏部長でございます。夜に失礼をいたします。

 人間なにかしらこう趣味といったもののあったほうが生きるのに張りが出る、なんてなことを申しますな。仕事だけじゃつまらない。ね。やっぱりこう、何か精の出せるものを見つけないといけない、というような風潮があります。わたくしなんてえものは意外と無趣味なほうで、第一追いかけてる夢自体がいまは趣味のような状態でございまして、それで精一杯というのが正直なところなんでございますが、しかしこれはまたこれで夢ですから、なんかこう「趣味」と云い切るのが厭なようにも思われます。自分はそんなアマチャンな気持で夢追っかけてんじゃねえんだ!ってなもんですな。なんとも始末に悪い。
 ですから、他に趣味というとやっぱり武術くらいなものですかね。一時期は友人たちとバンドなんぞをやって、ひとりドラムの練習に明け暮れたこともありましたが、今はそれもすっかり億劫になっちゃってやりません。読書や映画鑑賞は日常的にやっていますが、これもまた夢のための勉強ですから。ええ、ホントですよ。わたくしなんかが映画を観ることを「勉強だ」なんて云ったら「ただ遊んでるだけじゃねえか」と怒るひとがいますが、こりゃもう歴とした勉強なんでございます。女の子とのデートで観るとか、週末のお愉しみに観るとか、そんな生易しいもんじゃないんです、ええ。こちとら命がけなんですから。
 
 だから今は趣味というともう武術一本槍、他にはありませんね。ただ、この趣味に関しては気合いが違いますよ。ええ、なんてっても唯一の趣味ですから、生半可な気持じゃないんです。
 まず稽古は極力休まない、これですね。わたくしなんぞはもうとっくに大学を卒業して、一応は社会人というやつになっておりますが、おそらく在校生の門弟よりも出席率がいいんじゃないでしょうか。まあ、札幌支部としてはあまり好ましくない比較ですが、それだけ気合いが入ってるということなんです。
 でもね、こりゃ熱心にやってる趣味であれば何でも同じだと思うんですよ。英会話にしても水泳にしても算盤にしてもね、何でもその道においてこう少しでも究めてみたいなんてことを思ったら莫迦になるしかありません。ネ?もうその道一本。端から見てると笑っちゃうくらい生真面目にやることしかないんですね。わたくしは今日までの稽古を通じてやっぱりそう思うんです。

 そこに来るってえと部長は凄いね。エェ?あのひとは莫迦です。完全なる莫迦ですよ。だって稽古の前に公園の丸太の遊具で遊んでたっていうんですから。しかも一時間ですよ、一時間。おそらく躰を動かすことの大好きな彼のことですから、時間も周囲の冷ややかな視線も忘れて、もう夢中になってやってたんでしょう。あの人にはそういった側面があります。
 でも、莫迦だ莫迦だと云って、馬鹿にしてはいけませんよ。むしろわたくしたちは彼から学ぶべきです。武術に限りやせんが、ある道に習熟しようと思ったら、あれくらい莫迦にならなくちゃいけません。それこそ周りのひとが見えなくなるくらい莫迦になるべきなんです。

 わたくしや部長が、次期部長の候補者不在にいつも不安をもっているのはそこなんですね。つまり、わたくしたちを凌ぐような武術莫迦がいない。これがなんとも心配で、だからこの文章を読んで少しはその気になったあなた、ネ?もっと莫迦になってくださいよ。トントントントン莫迦になって、もう誰の忠告も聞こえなくなるほど武術に浸かってしまってください。

 以上、今日はちょっと落語風に書いてみました。
 明日は空手の稽古。
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2006年10月02日

思いついたらハード・メニュー

 こんばんは、裏部長です。
 今日は師匠のいない稽古日ですが、みんなやる気をもって集まってくれました。まずはそのご報告からいたしましょう。


2006年10月2日(月)晴れ。気づけばもう十月である。
 午後六時、札幌大学1002教室にて空手の稽古。師匠不在。参加者は部長、A、K、少し遅れて久しぶりのOBさん(卒業生という意味のOBではない。これは苗字をイニシャル化したもの)。
 今日は部長の思いつきで、基本稽古をしっかりやろうということになる。以下その内容と回数。
 其場突き。あれで百五十本ほど突いただろうか。
 前蹴り。門弟がまだ私と部長くらいだったころそうしていたように、左右五十本づつ蹴る。
 受け四種。これはいつも通り。
 廻し蹴り。前蹴り同様、左右五十本づつという予定で蹴りはじめたのだが、Aが「過去に五十本以上蹴ったことはあるんですか?たとえば七十本とか」などと口を滑らせたために部長がその気になって、気づけば六十本、七十本と増え、いつの間にか九十本も蹴っていたので、キリのよいところでもう十本づつ蹴り、左右あわせて二百本とした。案外、やれるものである。
 刻み突き。裏拳打ち。これもいつも通り。
 横蹴り。すっかり疲労困憊しているKにその回数を決めてもらう。苦笑いのK、正直をいえば三十本が精一杯だが、流れも考えて五十本!と男気をみせて云う。今日は膝の高さには蹴らず、足の振りあげをやってすぐに腰の高さへ、左右五十本づつ蹴った。
 手廻し。小休憩をはさむ。
 移動稽古。追い突き、逆突き、追い突き・逆突きをあっさりとやる。
 後半は約束組手。まずは部長とA、私とK&OBさんの組み合わせでやる。
 OBさんへは、二本目の突き、つまり左拳による逆突きを突くような心持で追い突き一本を突いてもらうよう指示。Kには、最後の最後まで突かず、ギリギリの一瞬で前の手と突き手を入れ替えるようにしてバシッと突くようアドヴァイスする。
 続いて、私と部長、Kら三人でローテーション。
 部長とは、「スッと入ってパッと突く」をやってから、三本セットの追い突きをやる。両名ともに前者の突き方はいまいち。後者のものに関しては、部長は相手の反撃を喰らってしまう。もっとあっさりと、軽く受けるようにと云ってみるが、どうもまだ感覚が掴めていないようだ。
 私としては何となくでも少しはサマになってきたと思う。あとは師匠に見ていただくだけだ。
 八時、終了。外へ出てみるとなんと雨!Aしか傘を持っておらず、仕方ないのでその傘下へOBさんと私と部長の三人を入れてもらい、新種の妖怪のような動きで帰路につく。


 雨には閉口しました。すっかり濡れてしまいましたが、もっと悲惨なのは大学から走って帰った部長。風邪を引かなければよいですが……。
 いやはやそれにしても今日は久しぶりのハード・メニューでした。廻し蹴りを百本も蹴ったのは今日が初めてであったし、他の蹴りも五十本づつ蹴るのは久しぶりでした。キツいことはキツかったけど、でも、やってやれないことはありませんでした。今度から毎週月曜日はこういうふうにしてみても面白いかもしれません。まあ、参加人数が減る可能性はありますが。
 ただ月曜日の1002教室は部屋の面積も狭いので型もじゅうぶんに稽古できず、移動するにしたって幅がありませんから、どうしても其場での基本と約束組手ということになる。それならば今日のように、基本稽古で一時間を費やすような内容でもよいのではないでしょうか。みんな若いんだから。たまにはこんなメニューにも立ち向かってみましょうよ。

 さて次の稽古は水曜日です。みなさん、天気がよくてもカバンのなかには折りたたみの傘を忍ばせておきましょう。
 すっかり雨に濡れてしまった裏部長でした。
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2006年10月01日

いつからか僕は・・・。

 こんばんは。昨夜のわたしの文章が二度にわたってアップされているのは単なるこちらのミステイクで、書いた直後に確認をせず「保存する」のボタンを押してしまったためであります。だからよーく見ると文章の端端がすこしだけ違っています。しかし焦りましたね、押してしまったときは。Blogの恐ろしさを見たような気がします。

 S呂君の書き込みは相変わらず暗いよ!彼は自分のこころに偽りを持ちたくないという、至極純粋なひとで、だから文章を書くときも己の想うがままをその通りに書いているんだ、と云っておりましたが、となるとあの雰囲気こそが彼の性格なの?暗いひとなの?思いつめるタイプ?文章がそれを書くひとによって違うのは当たり前ですが、ちょっぴり心配になってきました。
 彼の書き込みにあった話は例の「スッと入ってパッと突く」のことです。師匠に見てもらった際、彼やわたしは上半身の前進が強く(早く)、部長はその逆で下半身のほうが早い。部長は大学への行き帰りを走ってこなしているひとですから、やっぱりそれが脚力に活きてきているのかなあ、なんて話をされましたが、S呂君はそれを受けて、「自分は足の筋肉を鍛えればいいのか」と考えたらしいのです。
 たしかに、余暇にフルマラソンなどへも出場するような部長に比べたら、私やS呂君は遥かに脚力が弱い。それは確かなことでしょう。しかし、であるからと云って脚力を鍛えればそれで良いかというと、やはり否でしょうね。出すぎている部分や足りない部分があれば、そこのバランスを整えることに集中すべきで、下半身の前進がよわい我我はその感覚の会得を中心に稽古をすればよいのです。部長は云うなればこの逆ですね。
 われわれ現代人はややともするとすぐに附け加えようとします。動きづらい躰の部位があればそこの筋肉を増強しようと考える。これは武術をやる人間として、ときとして取り返しのつかない事態になります。注意したいものです。

 さてさて、今日は休日であったので、例によって映画の話でも書きましょうか。

 今日観た映画は『ポーラー・エクスプレス』(アメリカ映画2004)です。ロバート・ゼメキス監督のフルCGアニメーション映画ですが、これがリアル!リアルすぎて気持悪いくらいです。
 向こうのアニメーションは実際の俳優に膨大な数のセンサーをつけて演じさせ、その動作から表情に至るまでをCGとしてコンピュータに取り込み、それをもとに作品を撮影するので、自然とその造形はリアルになりますが、この映画はそれが異常です。『カーズ』とか『森のリトルギャング』とか、ああいったフルCGのものもかなりリアルになってきましたが、こちらは確実にそれらと一線を画しています。この作品が実写でないと云えるのは、「これはアニメーションであって実写映画ではない」という事実だけです。
 感想としては、かなり良い、としか云えません。いやあ、久しぶりに、夢にあふれた映画を観ました。内容はまだ観ていないひとのために云いませんが、クリスマスとサンタクロースに関するお話で、とにかく幻想的。適度な笑いや良いテンポで訪れる冒険シーンが心地よく、一時間四十分ほどの時間が、まさしく夢のように過ぎてしまいました。面白かったです。

 この映画の主人公は、ようよう「サンタクロースなんて実在しない」ということを認識しはじめた少年です。イヴの夜、プレゼントを置いていってくれるのは、赤い帽子と大きなからだの赤ら顔のおじさんではなく、寝る前におやすみのキスをした両親なのだ、ということを悟ってしまったのですね。両親はそれを「子供の時代が終わったんだ。大人になったんだよ」と喜ぶが、しかし当の少年はどうもすっきりしない。当たり前ですね、いわば裏切られたわけですから。長年、無邪気に信じていたことが偽りであったと知ったときの落胆といったらありません。これは私たちも同感できることです。
 ストーリーとしては、そんな状態に陥ってしまった少年が、真夜中、突然現れた列車「ポーラー・エクスプレス」に乗って北極点を目指す。同年代の子供たちとの交流、冒険、信頼、夢。たった数時間の列車の旅が、少年に夢と希望と、そして信じることを教えてゆく・・・・・・というもの。

 これを観ていて私もすこし考えてしまいましたよ。我我はいつから夢を夢として見なくなってしまったんだろう、と。
 だってそうでしょ。現在、いい歳してサンタを信じているひとも、それは子供のころに本気でそう信じていた度合いの信心深さじゃないはずです。一応、現実の話として、そんな御伽噺みたいなひとはいない。これを認識した上で、いやでもそういう夢は持っていたい、年に一度だけでもそんな夢に浸ってもいいじゃないか、という風に思っているはずなんです。子供のころのように純粋には考えていないはずなんです。
 ではどうしてそういうふうに考えなくなったか。答えは簡単です。ほかに考えることが増えたからです。学校のこと友人のこと恋人のこと成績のこと将来のこと自分の躰のこと家族のこと就職のこと人間関係のこと出世のこと給料のこと年金のことマイホームのこと生活費のこと子供の教育費のこと両親の老後のこと両親の死後のこと、自分の死後のこと。それら沢山の現実的なことを考えなくてはならなくなった大人たちは、子供のときの本当の純粋さを捨てて生きてゆくしかありません。それが人生なのです。

 ただ、それでもやっぱり、どこかにそんな気持は残しておきたいですね。 そう。サンタクロースを信じ、クリスマスの朝、夢のような包装紙につつまれている大きな箱のプレゼントにとびついた、あの日のようなウキウキする心の笑顔を。

 明日からはまた新たな一週間。金曜日の稽古がない以外は通常どおりの日程です。
 裏部長でした。
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2006年09月30日

スッと入ってパッと突く!

 こんばんは。裏部長です。わたしの自宅の近所に新しくできた北海商科大学はすごいですよ。なんてたってまずコンビニが地下にあるし、地下鉄の出口は構内にあるし、教科書などを売ってるのが紀伊国屋ですから、末恐ろしい私立大学です。札幌大学もそういうふうになりませんかね。

 さて、今日は土曜日最後の稽古でした。師匠も部長も不在ながらどうにかやってきたので、そのご報告をさらっとやります。


2006年9月30日(土)雨のち曇り。久しぶりにして最後の土曜日稽古。
 午後六時過ぎ、札幌大学1001教室にて空手の稽古。参加者は新人のT田、K、御馴染みのS呂。ちなみに、昨日と同様、開始時間を「六時過ぎ」としているのは、教室へ最初にやってくるのが私であり、その到着時間が六時すこし前なので、用意などをしているうちに時間が減ってしまうためであって、師匠や部長、他の後輩たちがいるときにはあまりないことである。
 今日から空手にも参加するKはT田同様、師匠の体育の授業を受けているため、細かな説明は省いて進めてしまう。
 基本稽古ひと通り。K、其場突きに関してはどうも突く前に拳を胸の前へ出し、そこから斜めに前へ出すような癖がついており、それを指摘。蹴りでは重心の前後への移動を注意する。
 手廻し。
 移動稽古(追い突き、逆突きのみ)。Kはやはり突きの軌道が、孤を描く足の動きとおなじようになっており、また力みもある。それを感じてもらうため、メニューを少なくした。
 後半は約束組手。まずはS呂とT田、私とKで組んで中段追い突き。
 Kに対して与えたアドヴァイスとしては、踏み出す足の着地点、その移動における躰のバランス、きちんと足を地につけてから突くということ、引き手、突きが横へ流れてゆかぬよう気をつける、相手の背中の皮を突くような心持で突く、など。彼は過去、フルコンタクト系の空手をやっており、その道場ではどうも妙なルールで、先輩に対しては相手が防具をつけていないときに本気で突いてはいけない、なんて決まりがあったらしく、そのせいでどうも本気を出しきれないようだが、ウチでは無意味な慣習である。彼ら初心者の本気の突きをモロに喰らったところで私たちは平気である。そんなレヴェルに四苦八苦する段階ではないのだから、できる限り思いっきり突け、と指示する。
 最後は昨日同様、四人でローテーション。S呂には近間で構え、スッと入ってパッと突く追い突きをやらせ、私もそれをやりつつ、通常どおりの追い突きでは彼に反撃を入れてもらい、それを捌きつつ三本目を入れる稽古をする。
 八時、終了。S呂と談笑してから散会す。


 T田は高校時代に競技空手、Kは高校よりも前の若きころに町道場でフルコンの空手をやっていたらしいが、昨日と今日の稽古でわたしが見る限り、良い意味で、それらの過去と今後への影響はあまり考える必要がないように思われた。懸念すべきはそこから染みついた癖であり、T田はそうでもないが、Kのほうは突きの軌道がかなりズレているので、これを早早に矯正する必要があるだろう。あとはおそらく、すんなりとウチの空手に入ってゆけると思う。

 S呂も私も課題にしている、「スッと入ってパッと突く」はなかなかに難しい。彼もいろいろ難儀しており、わたしもそこへ自分の思いついたことなどを提示するくらいしかできなかったが、イメージとしては互いに悪いものは持っていないと思う。つまり、後ろ足のキックとそこから来る威力を膝へ伝え、そこから前に出て、足・腰・突きを同時に出す。すべてを一瞬に。
 あとはやりこむのみだ。

 三本目を突くほうは、現在のわたしのイメージで良いような気がする。つまり、二本目の受けなども重くやらず、三本をパッパッパッと軽く連続して出すようなリズムをキープする。三本目を突くのではなく、気づいたら勢いにまかせて三本目が出ていた、という雰囲気を目指すのだ。
 これは次週、師匠に見てもらいたい。

 しかしまあ、新人は来ているのに、彼らの先輩たる門弟諸君が今日はS呂君ひとりとは情けないですなあ。校内に部員募集のポスターも貼ったことだし、これからは新たな門弟が来る可能性だってあるんですから。彼らに追い越されぬよう精進しなければいけませんよ。
 札幌支部の憎まれ役、小姑のような裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 22:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

スッと入ってパッと突く!

 こんばんは。裏部長です。わたしの自宅の近所に新しくできた北海商科大学はすごいですよ。なんてたってまずコンビニが地下にあるし、地下鉄の出口は構内にあるし、教科書などを売ってるのが紀伊国屋ですから、末恐ろしい私立大学です。札幌大学もそういうふうになりませんかね。

 さて、今日は土曜日最後の稽古でした。師匠も部長も不在ながらどうにかやってきたので、そのご報告をさらっとやります。


2006年9月30日(土)雨のち曇り。久しぶりにして最後の土曜日稽古。
 午後六時過ぎ、札幌大学1001教室にて空手の稽古。参加者は新人のT田、K、御馴染みのS呂。ちなみに、昨日と同様、開始時間を「六時過ぎ」としているのは、教室へ最初にやってくるのが私であり、その到着時間が六時すこし前なので、用意などをしているうちに時間が減ってしまうためであって、師匠や部長、他の後輩たちがいるときにはあまりないことである。
 今日から空手にも参加するKはT田同様、師匠の体育の授業を受けているため、細かな説明は省いて進めてしまう。
 基本稽古ひと通り。K、其場突きに関してはどうも突く前に拳を胸の前へ出し、そこから斜めに前へ出すような癖がついており、それを指摘。蹴りでは重心の前後への移動を注意する。
 手廻し。
 移動稽古(追い突き、逆突きのみ)。Kはやはり突きの軌道が、孤を描く足の動きとおなじようになっており、また力みもある。それを感じてもらうため、メニューを少なくした。
 後半は約束組手。まずはS呂とT田、私とKで組んで中段追い突き。
 Kに対して与えたアドヴァイスとしては、踏み出す足の着地点、その移動における躰のバランス、きちんと足を地につけてから突くということ、引き手、突きが横へ流れてゆかぬよう気をつける、相手の背中の皮を突くような心持で突く、など。彼は過去、フルコンタクト系の空手をやっており、その道場ではどうも妙なルールで、先輩に対しては相手が防具をつけていないとき本気で突いてはいけない、なんて決まりがあったらしく、そのせいでどうも本気を出しきれないようだが、ウチでは無意味な慣習である。彼ら初心者の本気の突きをモロに喰らったところで私たちは平気である。そんなレヴェルに四苦八苦する段階ではないのだから、できる限り思いっきり突け、と指示する。
 最後は昨日同様、四人でローテーション。S呂には近間で構え、スッと入ってパッと突く追い突きをやらせ、私もそれをやりつつ、通常どおりの追い突きでは彼に反撃を入れてもらい、それを捌きつつ三本目を入れる稽古をする。
 八時、終了。S呂と談笑してから散会す。


 T田は高校時代に競技空手、Kは高校よりも前の若きころに町道場でフルコンの空手をやっていたらしいが、昨日と今日の稽古でわたしが見る限り、良い意味で、それらの過去はあまり考える必要がないように思われた。懸念すべきはそこから染みついた癖であり、T田はそうでもないが、Kのほうは突きの軌道がかなりズレているので、これを早早に矯正する必要があるだろう。あとはおそらく、すんなりとウチの空手に入ってゆけると思う。

 S呂も私も課題にしている、「スッと入ってパッと突く」はなかなかに難しい。彼もいろいろ難儀しており、わたしもそこへ自分の思いついたことなどを提示するくらいしかできなかったが、イメージとしては互いに悪いものは持っていないと思う。つまり、後ろ足のキックとそこから来る威力を膝へ伝え、そこから前に出て、足・腰・突きを同時に出す。すべてを一瞬に。
 あとはやりこむのみだ。

 三本目を突くほうは、現在のわたしのイメージで良いような気がする。つまり、二本目の受けなども重くやらず、三本をパッパッパッと軽く連続して出すようなリズムをキープする。三本目を突くのではなく、気づいたら勢いにまかせて三本目が出ていた、という雰囲気を目指すのだ。
 これは次週、師匠に見てもらいたい。

 しかしまあ、新人は来ているのに、彼らの先輩たる門弟諸君が今日はS呂君ひとりとは情けないですなあ。校内に部員募集のポスターも貼ったことだし、これからは新たな門弟が来る可能性だってあるんですから。彼らに追い越されぬよう精進しなければいけませんよ。
 札幌支部の憎まれ役、小姑のような裏部長でした。
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2006年09月29日

初心に返る必要はない

 どうも裏部長です、こんばんは。昨日は久方ぶりに受身をたくさん取ったためか、今日はどうも頸が痛くて困ります。もしかしたら「肘押取」の際に、必要以上に頸へ力が入ったためかもしれませんが、どのみち未熟でございます。

 昨夜、というか今朝というか、部長の書き込みにはどこか寂寥の雰囲気がありましたね。しかし、あれは気にすることじゃありませんよ。役職としては正真正銘かれが部長であり、その仕事もきっちり(ま、たまに昼寝をしすぎて来ないこともありますが)こなしています。ただ、前部長であり、稽古年数も年齢も上であるわたしが常にその場にいるため、その上下の関係性がなくならないので、たとえば師匠が不在の際の稽古の仕切りなどはどうしても裏部長である私がやることになり、そんなところから「一応は部長の・・・・・・」という言葉が出たのだと思います。
 ただそれだけのことです。気を落とすことはありません。

 またON君の禁煙問題ですが、以前にも書いた通り、彼はやれ腎臓が痛いだの胃の腑が苦しいだの肩が外れただのと、終始どこかに疾患を抱えているようなひとなので、実は高校生のころから続けているという喫煙をやめさせようと我我が立ち上がっているのですが、長くつづけて習慣化してしまった中毒はそうそう簡単には治まらず、結局ズルズルと現在も進行中なのであります。
 ただ彼は漢(おとこ)であります。その心意気でもって「今月中にやめます!」と宣言しました。今はその言葉を信じるよりほかに道はありません。
 これだけ云っておけば大丈夫でしょう。

 さて今日は師匠&部長も不在ながら真面目に、コツコツと稽古をしてきたので、そのご報告をいたしましょう。


2006年9月29日(金)晴れ。今日と明日は師匠不在なり。
 午後六時過ぎ、札幌大学1001教室にて空手の稽古。参加者は、昨日より参加の新人・T田、苫小牧っ子のH、神奈川っ子のK。
 基本稽古ひと通り。T田はここでの空手稽古は初回ながら、師匠の体育の授業でそのほとんどを経験しているため、細かな説明は省いて一度ざっと最後までやってしまう。それほど大きな指摘点はなし。
 手廻し。これは授業でやっていなかったらしく、丁寧にやる。
 移動稽古。追い突き、逆突き、追い突き・逆突き。追い突きに関しては、T田には孤を描いて出す足の動き、その際の両拳の向き、足を出し終えてから突く、などのポイントを与え、Hには構えの重心(膝の曲がり具合)について指摘し、Kには引き手と腰との密着について進言する。
 後半は約束組手。内容は中段追い突きのみに絞る。
 まずは私とT田、HとKで組み行なう。T田、どうしても手が先に出てしまうため、まずは足を大きく相手の内側へ差し入れ、着地してから腰をつかって突くよう指示。これだけで大分ちがってくる。
 受けに関しては、前足の位置を変えない、浮かない、重心は前足に乗せたまま動く、前手はほとんど遣わない、構えた状態でもうすこし半身にきる、など。
 最後は全員でローテーション。わたしはHへ突いてゆき、彼には強めに反撃(逆突き)を入れてもらう。これを、先日教わったように、二発目となる左手で受け、すぐさま三本目の右順突きを入れる三本セットでやってみると、これがなかなか巧くゆく。要は腰の使い方とタイミングなのかもしれない。
 Kはなかなか良くなってきた。突いたあとの右へのブレを少し直したい。
 Hは、二本目の出てゆきそうな一本だけの追い突き、これを大いに習得し、しかるのち二本目を放てるようになりたい。
 八時、終了。


 今日のテーマは「初心」です。わたしの尊敬するある人は、「人間、初心に返ることはできない」と云いました。これをわたしも今日の稽古で気づくことができたのです。
 つまりはこういうことです。
 今日のT田君のような新人に技の内容や動作の意味を説明する際、自分が師匠にそうされたように、つまり自分の初心者時代を「自分はこんな言葉で説明されたなあ」と想い出して、それを用いて行なうことが多いかとおもいきや、そうでもないのですね。現に今日、追い突きで踏み出す足はどうして相手の構えの内側へ入れるのか、という話をしたときに、私は少少小難しいことを持ち出して説明したのですから。
 攻撃するほうもそれを捌くほうも、どちらも相手の内側を取りたい。何故なら、急所はそのほとんどが躰の内側にあるからだ。だから、突く際も足は相手の構えの内側へ入れる。
 わたしはこんな説明を初心者のころにはされませんでしたし、もしされたとしても、空手をはじめて間もなかった私には理解できなかったでしょう。
 しかし、今日のあのときの私は、それを説明するのにはこの話がもっともわかりやすいだろうと判断したのです。まあ、これはT田君自身がどれほどそれでもって理解してくれたかによりますが、つまりは、何事においても進歩は止まらず、変化は終わらないのですから、人間たるもの精進をしている限り、初心へは返れないということなのです。

 しかし、そうかと云って初心を失ってはいけません。すべては心から始まるのですから、初心は忘れてはいけません。

 なんだか書いているうちに取りとめもなくなって支離滅裂となってしまいましたが、結局のところ、本日の稽古で新人にいろいろと自分の語彙で説明をした際、現在いる自分の考える内容でもって説明できたため、なにも初心に返って自分がそう教わったとおりにしなくても内容は伝わる、ということを云いたかったのです。
 長長すみません。

 明日は最後の土曜日稽古。
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2006年09月28日

稽古のあとのカステーラ

 こんばんは、裏部長です。今日は体道稽古で、ひとりだけ浅山一伝流体術に進んでいるわたしは、中段之位十二本もすでに終えてしまっているため、終始後輩たちの相手をしました。いやあ、受けを取り続けるというのも大変なもので、普段はあまりない疲労感をおぼえつつも、受身のよい稽古になりました。
 しかしまあ指導というのは難しいもので、なんてことはないアドヴァイスでそれまで出来なかった技が急にできるようになったり、逆に、細かいところを指摘してあげるとかえって動きが硬くなるなんてこともあって、復習につき合うといろいろ学ぶことがあります。今日のことでいえば、A君がどうも「小手取」という技で難儀をしていたので「自分の躰よりもまず相手の腕をきみの右太腿へ持ってゆくようにしてみたら?」とアドヴァイスしたところ、たちどころに出来てしまった、なんてことがありました。教えることとは不思議なものです。

 当の自分の稽古としては空手のほうの追い突きでしょうか。昨夜の稽古では、S呂君や部長にくらべ自分が突いた回数の少ないことを思い出し、後輩たちが技をノートへ記しているあいだにちょっとだけ指導を受けたのですが、これがなかなか、簡単なものではありませんでした。
 短い間合いでスッと突く場合、これまでの要領でやると、初動の後ろ足のキックが躰をすこし上へと浮かしてしまうため、そこでタイミングのロスができてしまいます。これは、キックしたことによって生じた勢いが腰のほうへ上がってしまうためで、要はこれを前へ前へと利用すればよいのです。とまあ、わかってはいても出来ないのが武術の常。今日は師匠の教えとその動きを食い入るように見て、頭のなかに焼きつけるだけにしておきます。ただ少しだけヒントを掴んだ気がするので、これは明日明後日あたりに試してみたいと思います。

 本日の稽古終了後、A君から差し入れをいただきましたが、これがなんとも優雅。だって、武術の稽古終わりにカステーラでございますからね。もう、気品に満ちております。できればお紅茶などをおテラスに出て召し上がりながら、おフランスのお話でもして愉しみたかったのですが、いかんせん私立大学の午後八時ですから、そんな酔狂なマネもできず、ボロボロと教室内へカステーラの滓をこぼしながらみんなで食べました。久しぶりに食す洋菓子の味はまさに「カステーラ」でございました。
 A君、ありがとう。

 さて、明日と明後日は師匠がおりません。でも、稽古はあります。土曜日に稽古するのは今週が最後なので、みなさん、こぞって参加してください。
 裏部長でした。
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2006年09月27日

本日の感想とカミングアウト

 どうも裏部長です。札幌は夕方からすっかり雨で、おそらく明日の午前中いっぱいはこのままでしょう。気温こそ低いですが、やっぱり雨はいやですね。
 栃木のY先生、メール拝読いたしました。お仕事、ご苦労さまです。ご多忙な中にあっても稽古を欠かさないそのお姿はきっと他の後輩たちの励みになっていることでしょう。斯く云うわたしもそのひとりです。

 さて、今日の稽古の内容は師匠にお任せするとして、私はそれを終えての感想でも書きましょうか。
 今日はいろいろと「突き」をやりました。基本の其場突きもそうですが、やはり追い突き。細かい点に注意して、今後につながるような内容にしてもらいました(私がそう云ったので)。
 型の「転掌」もかなり踏み込んで細かく教わりましたが、この型に関しては現在いろいろと本部のほうでも審議がなされているとかで、もしかしたら近いうちに変更点が出てくるかもしれません。

 ま、簡単に書くとこんな感じになってしまいます。これまでやってきた追い突き一本の間合いのなかで、今度は追い突きとその引きと相手の反撃への受けと更なるこちらからの攻撃、これらすべてをほとんど一瞬のうちにやってしまおうという課題が出ました。確かにむつかしいですが、取りくむには十分すぎるほどの内容です。本日参加したメンバーは、腰の回転から押し出しへの過渡期にありますので、今後は今日やったことを中心に稽古してみたいと思っています。

 さてさて、H君の書き込みにあった質問ですが、それに応える前にひとつカミングアウトをしておきましょう。

 わたくしこと裏部長は、小説なんぞを書いているケチな野郎でございます。文芸社というところから『夏休みの微熱』なんてえ名の本も出しているなんちゃって作家なんでございます。知らなかったひとはお見知りおきを。

 告白が終わったところで「小説が完結しない」というお悩みですが、書き上げることができない原因は大きくわけて二つあると思います。
 ひとつは、構成ができていないこと。小説を書くのにもいろいろなアプローチの仕方があると思いますが、最初から最後までをあらかじめきちんと構成してからでないと書けないひともいます。H君らがどのタイプかはわからないけど、こういう人ならばまず構成を立てましょう。
 日本式の「起承転結」で四部構成もでいいし、ハリウッド映画なんかがよくつかう三幕方式でもいい。とにかく自分に合ったストラクチャー(構成表)の組み方を見つけて一度、最後のクライマックスまで考えてみましょう。

 ふたつめに考えられるのは、書きながら「変化」ができていない、ということです。
 池波正太郎さんなんかは、読者が先に結末を予想できないように、書き手である自分もあらかじめエンディングの形は決めず、書きながらその方向を決めてゆくタイプの小説家でしたが、こうしたひとは、書きながら登場人物や起こりゆく出来事が「変化」しないと最後まで辿りつけません。つまり、自分の意に反して物語が動き出すかどうか、ということです。
 池波さんも「この人物は大好きなキャラクターで、できれば最後まで生きていてほしかったが・・・・・・」と、人気シリーズのなかの登場人物がある回で死んでしまったことを嘆いていたほどで、ここまで来ると「変化」というか、登場人物たちが物語のなかで勝手に動き出すのを観察するかのような状態になりますね。ここまで出来れば小説を完成させることなどなんら難しくないのです。

 これらのような手法を用いることが小説完成への近道だと思います。ちなみに、こういった技術を学ぶには、実際にたれか好きなひとの小説を読むに限ります。わたし自身、「小説の書き方」のような本を読んだことはありません。すべて独学ですが、しかし小説というのはその人の個性がそのまま出るジャンルですから、書きたいようにして書けばよいのです。小さなことは気にする必要ありません。

 ただ、創作をもって生活のすべてにしよう、などと考える人種でない限り、小説でもなんでも、作品をひとつ最後まで書き上げることはなかなか出来ないことだと思います。わたしも同じ志を持ちながら結局ひとつも生み出せずに諦めていった友人たちを知っています。
 小説もそのようなものです。わたしは現在、四百字詰め原稿用紙四十枚〜八十枚前後の短篇小説を、週に一本のペースで書いておりますが、こんな風に書ける必要はどこにもありません。それよりも質。悪質なものを大量生産するよりも、素晴らしい作品を一年かけて一本こしらえるほうがよっぽど有意義です。

 健闘を祈ります。

 明日は体道稽古です。なにやら新しい見学者が来る模様です。
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2006年09月26日

アキバは良いトコ一度はおいで

 こんばんは、裏部長です。昨夜もちょっと書きましたが、俳優の丹波哲郎さんがお亡くなりになりました。残念なことです。当たり前ではありますが、時代が進むにつれて優れた俳優がどんどんと減っていってしまいますね。悲しいことです。丹波さんといえば、TVでは「Gメン」なんかが有名で、わたしが観た映画では『三匹の侍』が印象に残っています。ああそういえば、池波正太郎さん原作の『鬼平犯科帳』のTV版で、二代目の鬼平を演じたのも丹波さんでした。あの豪快な殺陣は見ていてとても心地よかったです。
 心よりご冥福を申し上げます。

 さて、今日は稽古がなく、加えて特にこれといった武術的話題もないので、紙面を埋めるためにも、まーたまた映画の話でもしましょうかね。

 本日、わたしは仕事の帰りに映画を一本観てきました。タイトルを『アキハバラ@DEEP』(日本映画2006)といいます。その題名どおり、東京は秋葉原、あの電子街が舞台の青春映画です。
 まだ観ていないひとのためにも粗筋などは書きませんが、いやはや久しぶりに面白い日本映画を観た気がしました実に素晴らしい!ここまで映画らしく、観ていて引き込まれた作品はここ数年あまりありません。
 原作は、『池袋ウエストゲートパーク』の石田衣良。わたしは作風的にも個人的にも、あまりこのひとを好いていないのですが、今回はどういうわけか映画の宣伝を見るにつけ興味をおぼえてしまい、観ないではいられないような心持になってきたので、スーツのまま映画館まで足を運びました。これがよかった。あまりに満足したので、帰りにパンフレットなども買ってしまったほどです。
 出演は、最近舞台などでも活躍している成宮寛貴、歌手でデビューしモデルでブレイクして今は女優兼歌手兼タレント兼キャスターの山田優、意外とうまくなっていた忍成修吾、個性的すぎる荒井良々、若手注目株の三浦春馬。敵方には、よくTVにも出ている佐々木蔵之介萩原聖人寺島しのぶなど。
 監督は『東京タワー』『大停電の夜に』をつくった源孝志
 主題歌はAAAの『Let it beat!』。

 データとしてはこんな感じですが、軽すぎず重すぎず、各キャラクターが個性的ながら愛くるしいひとばかりで、適度な笑いとサスペンス人間の残酷性オタクたちの悲しさ精一杯のアクションなどがうま〜い具合にまとまって、二時間弱の映画らしい映画になっています。また加えて、各キャラクターたちのメイン・セットがよく出来ている。主人公たちが立ち上げる会社は、今にも傾きそうなボロ屋で、一方かれらと対立する有名IT企業のビルは、いたるところにガラスが用いられている全館迷路のような馬鹿デカい建物で、よくあんな場所が借りられたなあ、なんて変なところに感心したものです。
 各シーンのカット割り、つなぎ方、画質、音楽、俳優たちの演技、小道具、照明、脇役たちの役割、それらすべてが噛み合った一切の無駄もない良い作品です。もしみんなに多少の時間的経済的余裕があれば、この映画を観てほしいものです。

 そういえば、同じ秋葉原を舞台にした日本映画で、『ザ・ディフェンダー』(日本映画1997)なんていうのがあったなあ。あれも意外と面白く、私なんぞはヴィデオで何度観たかしれません。主演は柳葉敏郎菅野美穂佐野史郎。焦げちゃったCDなどのデータ修復を仕事にしている通称「直し屋」のもとへ不思議な少女がある日、奇妙な焼け方をしたディスクを持ってくる。それをパソコンにセットし、作動させてみると耳を劈くようなノイズ音が・・・・・・その日を境に、主人公の前にはゲームの中なのか現実なのかわからぬような出来事が起こり始める。
 これもいまヴィデオでレンタルなどされているでしょうから、ご興味のある方は『アキハバラ@DEEP』と合わせてご覧ください。

 しかし、どちらの作品も、ストーリーを引っぱってゆく主人公たちは一般社会ではまっとうに生きられないひとばかりです。いわゆる、オタクというやつで、彼らはふつうに就職し、サラリーマンとなって会社へ通うふつうの生活ができぬ人人なのです。まあ、スキルとしてはハッキングができるだとか、ガラクタ部品でコンピュータを製造できるとか、システムを構築できるとか、その方面のものには強いものの、あとはほとんど他人に誇るものの無い・・・いやむしろ恥ずかしく思うことのほうが多い人たちなのです。
 あるひとは吃音でうまく喋れない、あるひとはXP(色素性乾皮症)だし、あるひとは点滅する光を見ると三十分以上フリーズしてしまうし、あるひとは重度の潔癖症で、紅一点の少女は虐待を受けた過去を引きずっている・・・・・・。ひとりとして、明るい未来に羽ばたいている人なんていないのです
 そんな彼らが企業や悪に立ち向かうから映画になるのです。観たひとが勇気を得られるのです。世間の表舞台には立てず、蔭の場末の片隅でほそぼそと生きながら、それでも希望を失わず、友情や絆を失わず、何かひとつのことに向かって走ってゆくから青春なのです。 

 さあ、僕らもあの夕陽に向かって走ろうじゃないか!! 
 
 えー、最後はどういうわけか八十年代のスポコン風になってしまいましたが、とにかく『アキハバラ@DEEP』、素晴らしい映画です。山田優のあの濃い顔が嫌いだとか、成宮寛貴の軟弱な芝居が許せないとか、荒井良々がムカツク、といった激しい好みのないひとは是非観てみてください。

 明日は空手の稽古。
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2006年09月25日

ジレンマ

 こんばんは、裏部長です。今日は月曜日。今週から通常どおりの日程となり、よってこの曜日は師匠が不在です。稽古報告はおそらくわたくし裏部長がすることになります。
 えー、もうすぐ日付が変わるので、さっさと片づけてしまいます。


2006年9月25日(月)晴れ。夜、丹波哲郎さんの訃報をきく。合掌。
 午後六時、札幌大学1002教室にて空手の稽古。参加者は部長、S呂、A、K。
 基本稽古ひと通り、手廻し。
 移動稽古(追い突き、逆突き、追い突き・逆突き)。追い突きに関しては、通常のものに加えて、飛び込んで突くヴァージョン、足の着地と突き手の引き終わりが同時ヴァージョンなども試す。
 型。部長とS呂は先週習った「転掌」の確認。AとKは「平安初段」を細かい点に注意して稽古。
 後半は約束組手。相手をとっかえひっかえ中段追い突き。わたしと部長とがやる際は、互いに自分の構え(部長は左利きなので右手が前)でやってみる。馴れていないためか、かなり難しい。
 八時、終了。


 駈け抜けるような報告でした。なにせ時間がないもので。
 タイトルにした「ジレンマ」とは現在の私そのものです。追い突きに関して、与えられた課題やヒントを念頭において突くと不自然に躰が動いてしまい、どうも普段のように動けません。かといって、これまで通りをそのまま続けていたのでは成長はありません。変化する時期というのはそんなジレンマを抱える期間なのかもしれませんね。
 今日はまあそんな話だけです。

 ちなみに、新入り君の質問に答えると、いま公開中もしくは公開待機中の映画で注目しているのは、『マイアミ・バイス』『アキハバラ@DEEP』『X-MEN』『夜のピクニック』などなどかな。最近観た映画でいちばんは前にBlogにも書いた『スーパーマンリターンズ』、少し前だけど『サイレントヒル』なんかも面白かったな。
 過去の映画でお勧めなのは、すこしアブナイ作品ですが、『隣人13号』というのが面白かったです。なんか有名な漫画が原作だそうで、知ってるひとは知ってると思いますが、小栗旬、中村獅童主演でなかなか良かったです。むしゃくしゃしてるときに観てください。

 次の稽古は水曜日です。
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2006年09月24日

デヴィルな男

 こんばんは。秋の夜長、みなさんはどんなことをしてお過ごしになっていらっしゃるのでしょう。読書?映画?松茸?いろいろなものがおありでしょうが、こういう静かな季節にはやっぱり読書がよろしいかと存じます。特に地味なものが良いようです。私なんぞは割かし時代小説というものが好きな質なので、夜になるとはやばや蒲団などを敷いてその上に坐り、ひとりじっくりと池波正太郎さんの作品などを読んでおります。ちなみに現在読んでいるのは、池波さんのライフ・ワークのひとつであった真田ものの一作『真田太平記』。全十二巻の大河小説ですが、ところどころに出てくる忍者の活躍がたいへん好きですね。真田家につかえて働く忍びたちを「草の者」と呼んだそうですが、彼らの計略や死闘はそれだけでドラマです。

 開始早早ながながと趣味公開をしてしまいましたが、今日も稽古のない日だったので、たまにはこういったことも書いてみたいのです。
 趣味ついでに、今日観た映画についてもお話ししましょうかね。

 先ほど、以前にWOWOWでやっていたのを録画しておいた映画『DEVILMAN』(日本映画2004)を観ました。主演は、アイドル・グループ「FLAME」の伊崎央登と双子の右典
 これは人気漫画の「デビルマン」の実写映画です。総制作費十億円と製作日数一年間という、日本映画としては異例の規模でつくられたアクションものです。わたしも公開当時、そんな宣伝文句につられて映画館へゆきそうになりましたが、今日改めて、あのとき行かなくてよかったなあと思いました。
 この映画、開いた口が塞がらないばかりか顎も外れてその顎が床を掘り始めるほど面白くない。尺としては一時間四十分ほどだったと思いますが、ひさしぶりに地獄のような時間を過ごしました。何度、途中で消してしまおうかと思ったかしれません。
 とにかく脚本が悪い監督が悪いキャストは顔メイン、容姿メインの配役で、あの重要なふたつの役がアイドル一色の伊崎兄弟にできるわけがない。肝心要のアクションはCGまみれ、残酷なシーンは不釣合いなほど残酷で他のシーンとの調和ができていない、各場面の繋ぎの穢さ役者たちの台詞の拙さストーリーの不明確不明瞭・・・・・・。
 挙げればきりのない話です。一度観たことのあるひとは大いに頷けるはずです。あんな映画、たとえばFLAMEのファンだって二度と観たいとは思いません。

 こういった駄作としか云えない駄作を観ると、どうしようもなく虚しい心持になります。得るところが何もないからです
 駄作は駄作でも、たとえば昨夜観た映画『コント55号宇宙大冒険』(日本映画1969)くらい突き抜けて、さらに斬新なアイディアを見つけられる作品のほうが、貴重な時間を費やすのには良いのです。

 こちらの作品はとにかくギャグ一色。時代は江戸期。将棋の「桂馬」のようにしか移動できない勤皇党の武士・坂本桂馬と、それを斬りにきた新撰組の隊士で、将棋の「角」のように斜めにしか動けない侍・芹沢角のふたりが、互いに想いを寄せている女郎といっしょに、ある夜、なんとUFOにさらわれてしまう。なにかというとすぐに刀を抜き、勝負をするふたりを見て、宇宙人はそこに「闘争心」を見い出し、それこそ自分たちの星に必要なものだと判じたのだ。彼らを研究すれば、自分たちも他の惑星人に負けない強い存在になれる、と。
 しかし、いざその惑星に着くと、長い道中ですっかりふたりは仲良くなってしまい、口喧嘩すらしない。こいつらは地球人ではない!彼らを連れてきた担当者を殺せ!となって、三人をつれてきた心優しき宇宙人は処刑されそうになる
 こうなると侍魂が黙っていない。ふたりは彼を救うため、演技をしてでも闘いあう。ときにはボクシング、ときにはゴーカート対決。白熱しすぎて、その最中に事故、ふたりは手術を受け、その間に頭のなかから闘争本能を抜き取られてしまう。それを培養し、カプセルにして惑星中にばらまくと、彼らはムクムク荒荒しい性格となり、ちょっとした諍いから戦争を引き起こすようになる
 すっかり腑抜けになったふたりと女ひとりはこの戦乱から逃れるべく地球へ帰ってくる。しかし、あのころから百年ほどが過ぎており、すでに地球は昭和に入っている。当然、侍のかれらはその時代についてゆけぬ。加えて、東京という街では核戦争反対!の大合唱。ふたり、ここでも戦争が起こっているのかと絶望し、各国大使館前に坐り、「戦争はやめてください」と頭をさげる。
 ふたりは逮捕され、精神病院へ入れられる。彼らの息子とその母親である女郎は、「この子たちが平和に暮らせる場所はないかしら」と云って映画は終わる。

 ね、どうです?ふざけた内容ながら、どこかメッセージ性があるでしょ?作品のアイディアやセットなども、現代から見ると斬新でおもしろいし、何より江戸時代にUFO出しちゃうんだからその発想がすごい!侍たちの頭上を円盤がとぶシーンは、日本映画にあまりないものではないでしょうか。

 今日はすっかり映画日誌となってしまいました。許してください。
 明日からはまた新たな一週間。稽古は通常どおり、月水木金土です。
 裏部長でした。
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2006年09月23日

お詫び

 こんばんは、裏部長です。師匠の稽古報告は詳細を極めてきました。ああして改めて文章になったものを読むと、とても一回の稽古でやった内容とは思えません。昨夜は濃密でした。

 今日のわたしのBlogでは謝罪をいたします。というのも、一昨日のBlogで、わたしは奈良のある先輩を「M先輩(苗字がひと文字の方)」と表記したのですが、あとで師匠に確認をとってみると、この方はMさんではなく、M井さんでございました。わたしは聞き間違えてそのまま記載してしまったのです。
 M井さん、ここにお詫び申し上げます。イニシャル表記で、よくわからない誤りではありましたが、ひとの名前を間違うことほど失礼なことはありません。わたしも今後はあまり自分の記憶力を過信せず、書く際は正確をきしたいと思っております。
 すみませんでした。


 今日はこのお詫びだけとさせていただきます。
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2006年09月22日

空気を捌く&空中遊泳

 夜半でございますが、裏部長でございます。えー、秋ですね。ほんとに、すっかり秋でございまして、肌寒いことこの上なし。なんだか鼻がムズムズしているのは気のせいでしょうか。
 今日の稽古内容は師匠のBlogを参照してください。自分は気になったところを掻い摘んで。

一、空気を捌く
 ワン・ツーに対して、こちらは前手の捻り(内受け)で刻み突きを流し、十分に腰を切る。これによりこちらの横腹が露になる。当然、相手はこのスペースへ逆突きを入れてくるから、今度は前手の肘をうまくつかって、腰を前へもどし、それを外へはずす。これに合わせて突きの反撃、もしくは相手の逆突きの腕を抑えてしまう。
 この動作は一応ワン・ツーに対して、ということで稽古したが、相手が追い突きで来てもつかえる。刻み突きを受けた要領で追い突きを受けてもよいし、逆突きを受けたタイミングでやってもよい。しかし後者の場合は合わせる瞬間がむつかしく、下手にやるときれいに突かれてしまう。
 ただ、後者の応用をうまくやれば、ワン・ツーでは刻み突きを捌いていた動作(前手の捻り)が相手の気(勢い)を引っ張り、それだけで突きの軌道を外すことができる。相手との空間、その空気を引っ張る、と云ってよい(しかし、これは攻撃側がある程度の精度と勢いをもって突いてくれないと遣えない)。

二、空中遊泳
 追い突きを、これまでとは違うタイミングで突いてみる。つまり、踏み込む右足が床につくタイミングと突き手を引き終わるタイミングを合わせるということ。よって突きは躰が空中に浮いているあいだに放たれる。
 これに関しては大学からの帰途、少少の思案あり。次週の稽古で試してみたい。

 まあ、このふたつが大きな収穫であり課題となりました。ざっと書いたので、解らないひとはチンプンカンプンだと思いますが、詳しいところは師匠のところでご覧ください。
 明日は祝日のため稽古は休み。来週は月曜日からいつも通りの教室、いつも通りの時間帯で稽古がはじまります。
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2006年09月21日

ま〜た、左!

 深夜に失礼します。裏部長です。今日、稽古のあとに大学の外へ出たとき、思わず「寒い!」と云ってしまいました。気温にして十五度以下でしょうか。陽が暮れると本当に肌寒く、到底もはや半袖ではいられません。
 気づけば、教室に入ってくる虫の数もぐんと減ったように想われます。

 さて、今日は体道稽古のところを急遽変更して、みんなで仲良くヴィデオ学習をしました。その内容と指導のことについては師匠のBlogにある通りです。
 奈良の道場は素晴らしいですね。面積自体は栃木の本部とあまり変わらないと聞きましたが、いかんせんこちらは天井が高い。それだけで空間というものは一変します。何よりM田さんらが自ら拵えたというのが凄いじゃありませんか。札幌にも一件ほしいものです。

 初めて見た奈良支部のみなさんの動きはとても刺激的で、参考になります。特にM田先輩の脱力感やM先輩(苗字がひと文字の方)の、踏み込む足の太腿をたかく引き上げる追い突きなどは興味ぶかいことこの上なかったです。その比較対象として部長が傍らに映っているためなおのこと、その技の内容に見入ることができました。
 しかし、教室で撮ってもらった自分の追い突きには唖然としてしまいました。あんなに左膝が開いていたなんて・・・・・・。もうこればかっりは端から見ていないとわからないことで、今日気づいたのは別に遅すぎるということでもないのでしょうが、あれほどまでに自分の想像と違っていたなんて、新鮮なるショックに外ありません。以後、これを念頭において稽古したいと想います。

 まあ、今日はみんなで仲良くヴィデオ学習!だったので、書くことはこのくらいで勘弁してください。明日は書きますよ!やりますよお、明日は。今週は土曜日ないからね、明日にすべて発散して一週間を締めくくりますよお。

 秋風に 凍える我が手の 小指かな

 風流な裏部長でした。
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2006年09月20日

指南法指南

 こんばんは、裏部長です。勢力のつよい台風13号はどうにか去ってくれました。九州などでは戦争のあとみたいな有様でたいへんそうです。それにひきかえ北海道では、台風が台風として上陸したこと自体が一大事。同じ日本にいながらこうも気候が違うものか・・・・・・。
 
 さて今日も稽古はあったわけですが、その詳細は師匠にお任せします。私は私が感じたことのみを列挙してゆきたいと思います。


 今日は空手の稽古だった。開始時にいたのはS呂君と東京都出身のA君、そして神奈川出身のK君、この三人のみ。師匠はなんでも先週の金曜日から再開された大学院の授業のため途中から参加されるという。部長も遅れるというので、まずは私が前にたって稽古をはじめてしまう。合流時刻は六時ころだというので、私としては、その間に基本稽古から手廻し、移動稽古までを終わらせ、師匠が来られ次第すぐに約束組手なり型なりができる状態にしておこうという算段である。
 そのうち、廻し蹴りをやっている間に部長が来、移動稽古をはじめたころに苫小牧男のH君が来る。今日はこの五人のみ。
 以下、師匠が来られる前の稽古でわたしが感じたこと。
 S呂君:「其場突きなどでは、内八字立ちの膝をやわらかく曲げてやっていたので宜しい。横蹴りでは左がすこし浮き上がってしまう移動稽古での逆突き右がどうしても浮く。見た目としては、突きのミートがあった後で数センチメートル浮き上がっているように見える」
 A君:「移動稽古において、追い突き、逆突きともに、腰をつかって大いに突けているが、腰の切り方が大きくなってきたのにつれて、拳が内側へ入りすぎてしまう傾向あり。腰をつかって突いたとしても、ちょうど拳が自分の正中線上に止まるよう指示」。
 K君:「其場突きがすこし高い。移動稽古ではもっと腰をつかって突くべし。どんな動作においても脇をあけず、突きを放つ際はその小手部分が横腹ないし胴着に擦れて音が出るようにする
 部長:「移動稽古における突き。足を、孤を描いて前に出し、躰をふって腰を切り、その上で突く突き方は徐徐に小さくし、腰全体の前進でもって突くべし。よって腰の切る余地は構えた状態の半身によってできる幅のみで活用し、あとはただただ真正面へ突く
 H君は来たばかりだったので、とにかく躰を温めてもらうことにして何も云わず。別にこれといっておかしな点はなかったように思う。

 師匠合流ののちは型。部長とS呂君は「転掌」、H君とA君は「平安初段」、私とK君は平安シリーズ五つを総復習する。
 K君は神奈川にいたとき糸州会で空手をやっており、この五つのシリーズはすでにお手の物なのだが、彼のやってきた平安とわたしたちの平安とでは少なからず違いがあるため、その確認のために復習をするのだ。
 いづれにおいても大きな違いはなし。ただ足を踏み出す方向がちがうとか、手の返しがあるとかないとか、そんな些細なものばかりで割とあっさり終了。
 しかし、彼に対してアドヴァイスをするに当たって、師匠から学んだことがある。
 それは後輩(師匠からしてみれば弟子)に対する指導法、技の解説の仕方についてだ。

 K君から出た質問のなかに、「平安四段のなかの、右足前の猫足立ち・左支え受けの状態から両手にて掛け受けをし、右膝で蹴りあげる動作では、相手のどこに両手をかけるのか」というものがあった(K君は以前の道場で、両手にて相手の両肩をつかむ技だと教わっていた)。わたしは師匠からそう教わった通り、相手の突きを捌いたあとならその手首と頸筋、もし相手がこちらの胸倉を両手で摑んでいる場合はその両手首を内側から、と答えたが、師匠の解説はすこし趣がちがった。
 師匠は、「型としては右手が上、左手が下の状態で同時に掛け受けをする。これを行なったうえでその内に、相手の手首と頸にかけて膝蹴りを喰らわせるという技が隠れているということを知っていればよい。だからその上で相手の両手首をつかもうが、相手の両肩を摑もうが、その変化は問題ない」とおっしゃった。これは基本中の基本ながら、わたしは目の冴える想いがした。
 何故ならば師匠の指導法こそ指南といえるものだと判じたからである。

 今日のこの師匠の指南法はまさに王道、型における動作そのものとそこに隠れている技を解説したのみで、これといって珍しいことをしたわけではない。しかし、指導をする際にはこれでなくてはいけないのだ。つまり、相手の質問がどんなに細に入っているような部分的なものであっても、一度おおきな全体的な視野に置き換えて、その上で質問の一点に回答する。今日のわたしのように、K君の質問にあった一点を答えて済ませるのではなく、その型のその動作自体を確認し、そこには基本的にこういった技が隠れ、その意味を含んだ上では多少の変化も可能である、とこう指南すべきであったのである。これは普段から理解しているようでなかなか、そう容易くできない方法である。


 今日はこれを学べただけでも収穫でした。あと終了間際にあった、坐った状態での間合い、この話だけで今日は満腹です。ありがとうございました。

 明日は体道稽古です。参加する門弟諸君は筆記用具を忘れぬように。
 
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2006年09月19日

バラバラ

 お晩です。昨夜のTVドラマ『サプリ』の最終回には納得がいっていない裏部長です。あれはどういうこと?石田は会社にもどってきたの?否、あの雰囲気ではちがう。違う会社でがんばっているはずだ。一方の伊東美咲は今までどおりあの会社で働いているわけで、じゃあ、どういうこと?どうしてふたりはあんな平和な顔で待ち合わせて肩寄せ合って歩いてゆけるの?

 えー、開始早早、ドラマを見ていないひとには何のことだがまったくわからない話題を振ってしまいました。知らないひとは見過ごしといてください。しかし最近のTVドラマはどうも都合主義というか、取ってつけたような展開が多すぎてガッカリです。先週最終回を迎えたNTVの『マイ・ボス、マイ・ヒーロー』だってそうです。主人公のマッキーこと榊真喜男がヤクザの二代目だと知れて生徒たちや教師たちは失望、彼に対してこれでもかというほど掌返して憎悪しますね。まあ、当たり前の展開です。
 しかしどうでしょう。彼の親友である桜小路順(呼び名は「桜なんとか」)たちが卒業式後にかれを迎えにゆき、みんなで高校へ駈けもどってくると、つい数分前までマッキーの話が出ると眉間にシワを寄せていた面面が「おかえりっ!」ってなもんで満面の笑みで迎えたのです。教師たちの中でもいちばん手厳しい意見を出していた中年女性などは手を打ちふって「マッキー!」なんて云ってる。あれはおかしい変貌しすぎです。そこに来て、榊がふたたび高校へゆく決意をし(それまで通っていたアグネス学院は結局卒業できず)、校門をくぐるその学校の名前が、エンディング・テーマになっているTOKIOの新曲『宙船』をまんま使った「私立宙船高等学校」・・・・・・。
 あれは異常です。

 武術とはまったく関係のないTVドラマ批判をしてしまいました。裏部長も案外こんなものを見ているのです。まだ若いのです

 部長やH君、A君の質問には師匠が答えてくださるでしょう。それを参考にしてください。ただ私の意見をいえば、部長:「其場突きのとき、どうして足を締めるのか」→そういう立ち方だからH君:「突く際は肘で突く、という感じがよいのではないか」→うんうん、私も良いとおもいます。A君:「空手での突きは前足をまげて軸を前方へ移すようにするが、そこにはどんな意味があるのか」→普段の稽古でもいわれている通りです。それが突きこみの威力になるのでしょう。
 H君の質問にあった、肘で突くイメージは全体的にいうと中間地点のような気がします。初心者は腕を棒のようにして突いてしまいますが、馴れてくると肘から先で突くイメージになり、もっと進むと拳のみに意識がゆき、腕そのものはゴムひものようになります。現時点ではそのイメージで良いのではないでしょうか。
 A君の話は、そうやって突いたほうが拳を送り込める距離、長さが増すから、という答えでどうでしょう。これは今後の稽古でイヤというほど云われますから安心してください。
 部長の質問は師匠にお任せします。其場突きだけでなく、足を動かさぬ基本稽古ではそのすべてを内八字立ちで行ないますが、おそらくそこには何らかの意味があるのでしょう。そして、そこに何か意味があったうえで、内八字立ちの内容が解ればよいのでしょう。師匠、お願いします。

 さて、無駄に長く書いてしまいました。あんまり内容はありません。ごめんなさい。
 明日は台風のなか稽古はあります。気骨のある門弟諸君、暴風に乗って来てください。
 裏部長でした。
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2006年09月18日

肘の痛み相談室

 えー、こんばんは。裏部長です。今回の柔道はあまりよくないですね。日本勢、ほとんど見るところなしといった感じです。ヴァレーボールに続き視聴率を稼ごうと目論むフジテレビのたくらみが破れた瞬間を見た気がします。
 しかしメディア関係でいえば、細木数子はどうにかなりませんかね。なにかのTVドラマのDVDに文句をつけてシーンを削除させたって云うじゃないですか。こんなことは許されざることで、削除を許した製作者側もその弱体化した体制をおおいに反省するべきです。こういった問題にはわたしも大いに興味があり、近近また細かく書きますが、みなさんはどう思われますか?

 さて今夜はこれといって書くことがないので、わたしの肘痛をテーマに、みなさんの書き込みを喚起してみようかな。

 現在、裏部長は左肘の痛みに悩んでおります。最初は、突きの勢いが増してきたために肘の抜ける感じがして、それが痛みになって現れたのかと想っていました。というのも、そういった痛みはこれまでにも右肘に限ってですが何度かあり、痛くなっては治り、治っては忘れたころにまた痛くなるという繰り返しを続けてきたからです。
 今回もそんなもんだと想っていたのです。しかし・・・・・・。
 よくよく見てみると、今回はすこし違う痛みなのです。肘の抜ける痛みではなく、左肘の上側、肩側のほうの筋の痛みなんです。だから痛むのは突きで拳を返すときで、腰にひいた状態で出し入れするぶんには痛みません。
 この状態が二箇月ほど続いています。現在、刻み突きくらいはどうにか突けますが、追い突きとなるとうづくまるほどの痛みをおぼえるときがあります。

 そこで、諸先輩方に質問です。みなさんは過去に、上記のような肘の痛みに襲われたことがありますか?もしあればそのとき施された対処法をお教えください。もし肘でなくとも、稽古のなかで躰のどこかを痛めた経験はありますか?もしあればそのお話もお教えください。
 今日はさながらカラダの痛み相談室と化したわたしのBlog。どうかみなさん、大いにご利用ください。
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2006年09月17日

ああ、競技武道

 こんばんは、裏部長ですがなにか?
 おぎやはぎのこの御馴染みの挨拶、前は「なにか問題でも?」だったのが最近TVを見ると「なにか?」で切れていましたね。ヴァージョン・チェンジしたのかもしれません。
 そんなことはどうでもいいですが、今夜から柔道のW杯みたいのが始まりました。開催地はパリ、おフランスでございます。私なんぞはまるっきり素人なのでその筋のことはあまりよく解りませんが、フランスというのは強いんだそうですね。キレというか、こう勢いみたいなのが凄い!もう防禦に廻っていてはあぶないってな具合です。
 なんでもこの大会では個人戦がなく、団体戦でその順位を争うそうですが、日本の女子勢はなかなかの有望揃い。先方はポスト柔ちゃんと云われる十七歳の中村選手、中盤には古賀さんの愛弟子「女三四郎」、そして大将にはどっしりと貫禄の出てきた御大が控えております。躰は小柄ですがその風貌はどうしてどうして、どこか頼もしい感じがします。
 しかし、ですね・・・・・・。

 まあ結果についてはTVを見てください。このあとニュースで厭というほど流れるでしょうから。
 悲しいかな、競技武道は武道を離れてゆく気がしてなりません。これは師匠とも前に話してうなづきあったことですが、ルールが整備された競技武道はどんどんと武道らしさを失っていると想われます。何故ならば、そこに武道らしさがなくても生きてゆける、いや、むしろその方がやりいいからなのですね。
 つまりはこういうことです。

 柔道というのは、「一本」ということになると相手の背中が床に着かねばならぬ。逆にいえば、相手の背中が床へつけば、それが一見して柔道の技でなくても、ただ抱きかかえて倒れこんだように見えても「一本」になってしまうのです。よく見かけるでしょう。組み合って倒れて、そこから無理っくり体重でもってひっくり返して背中をつけにゆくやつ。あんなのでも「一本」になってしまうのですから、それが柔道らしい必要なんかどこにもないのです。
 あれは前回の世界柔道でしたか、団体戦で、日本の内柴選手がどこかの外国人選手と当たったときに、周囲の期待を裏切ってあっさりと負けてしまいました。そのときの相手選手ときたら、まるで肉食動物のごとく、とにかく突っ込む。あれはお世辞にも柔道とはいえない動きでした。
 しかしそんなことは関係ないのです。競技の上ではルールがいちばんなのですから、そのルールの中で〈勝ち〉と決められればそれが正解なのです。柔道らしい、ヤワラらしい技なんて必要ないのです。

 これはとても悲しく、そして恐ろしいことですね。もちろん競技としての柔道を考えるのであればそれはそれで良いのでしょうが、武道と名のつく以上は、やはり頸を捻らざるを得ません。
 悲しむべきことはそれだけではありません。礼儀、という面からも考える必要のあるものは沢山あります。
 勝てばよい、という論理があるせいで、技が決まればすぐに観客席へガッツ・ポーズ、乱れても胴着を直さない、これらは武道として有るまじきことでしょう。本当は、そんなことを改めて考える必要すらない基本的なことですが、競技としての色がすべてとなった現在の武道界では仕方のないことなのかもしれません。

 門外漢ながら今日はTVを見たあとなのでこんな話を書きました。柔道関係者のみなさん、読んでいたらごめんなさい。でも、あながち頷けぬことばかりじゃないでしょ?
 秋夜に武道を憂う裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 21:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記