2014年07月05日

技をやりなさい

 おはようございます。裏部長です。




 もう何年も前のことですが、たしかT技術顧問が、「長いこと稽古をつづけてきて、振りかえってみたら誰もついてきていない」と書かれていたのを、どういうわけか最近よく思いだします。



 これはおそらく、単純に稽古を長年継続している人自体がすくないということのほかに、自分と同じレヴェルで武術をやっている人間が圧倒的にすくない、ということをおっしゃっていたと思うのですが、どうでしょうか。




 生意気ながら、裏部長もすこしこのところ同じようなことを感じていまして、武術家として歩こう、武術と向きあおうと心に決め、実践し、研鑽をつづける人のなかに生まれている感覚は、そうではない人には到底理解できないものなのですね。当人は、いま現在の自分の感覚の上に立って、さらに前へ前へゆこうとしているからさほど感じませんが、その鋭敏さ、豊かさは並大抵のものではなく、未熟な稽古者にはもちろん、ましてや一般の方には、どんなにことばを尽くして説明してもわかるはずがないのですね。



 もちろん、武術家が武術をやるのですから、それを他者へ説明する必要などなく、ただ稽古すればよいのです。もし説明するのなら、師匠のように、きちんとその相手のレヴェルを見極め、その人が理解できる段階にまで下りてきて語るべきでしょう。学校の先生でもある師匠だからそれが可能で、だから我々もついてゆけているわけで、いまもし師匠が師匠のレヴェルで感覚的な話をされたら、弟子たちのほとんどはちんぷんかんぷんになってしまうはずです。



 これは修業の内容や質に比例して深刻化します。だから、師匠はもちろん、師範やT技術顧問の苦労はいかばかりかと思います。



 しかし、裏部長はちょっと割りきって、そこは、玄人と素人、演者と観客くらい違うもので、ラインを引いてしまってもいいのではないかと考えています。同じ空間で稽古をしていたとしても、そこには舞台と客席くらいの違いがあり、距離があり、見ているもの感じているもの目指すものも大いに異なっているのだという認識で向きあったほうが、逆に誤解や混乱が生まれずに済むような気がします。





 あ、そうそう。舞台と客席といえば、先日とても興味深い話を聞きました。





 師匠がある方の舞いを観ていたときのことです。


 舞いというくらいですから、台詞のある舞台演劇などとは違い、声を出すわけでもなく、物語を説明するわけでもない。しかしストーリーは存在していて、舞台にいるその人は自分の身ひとつでそれを表現するというのですね。


 驚いたのは、登場人物が身を投げるシーンだったと言います。観ていた師匠は、心のなかであぁっと声をあげたそうです。なぜなら、


まるで自分が奈落の底へ落ちてゆきそうに感じたから


 だそうです。




 これ、すごい話だと思いませんか。




 シンプルな舞台装置の演劇や、能や落語のように、背景を単純化した状態で演者が単身で演じ、そこにないものを見せるという芸能はたしかにあります。しかしそれらの場合、観客は演者やその周辺に、実際にはない物や色や音を感じたり見たりするのであって、自分がそうなってしまう感覚に陥るわけではありませんね。座布団に坐っているおじさんが女にも子供にも見えたり、能面が泣いているようにも笑っているようにも見えたりするのとはすこし異なります。



 師匠の分析では、演者が自分の力で観客にそういった錯覚を感じさせたのではなく、観客が勝手にそう感じてしまう状況をつくり出していたのではないか、ということでしたが、なんとなく想像はできるところです。





「あの人は○○の鑑だ」


 などというときの鑑は、向かいあっているこちらの姿を映して見せてくれる存在という意味です。こちらが緊張し、相手を怖がっていればその通りに見え、やさしく、朗らかな人だと思って接すればその通りにやわらかくなる。そういう状態の人が達人なのだという話をよく聞きますが、先の舞いの人はこれと同じことをしていたのでしょう。



 真にニュートラル


 これはかなり究極の領域です。




 当然、武術をやっている以上はそんな領域を目指したいわけですが、ここまで考えてくると、もはやそこへ至るには、修行僧のようなことをしなければいけないような気がしてきます。


 なぜなら、ほんとうの意味でニュートラルな状態は、煩悩を一ミリグラムも有していない、悟りの境地に似ていると感じるからです。



 
 先のT技術顧問のことばと同様に、あるいはそれ以上に、藤谷師範のことばも最近よく反芻します。



 以前、師範がコメントに書いてくださった、


拳を鍛えたり筋肉を鍛える時間があれば技を覚えなさい


 ということばは、シンプルだけれど、やはり重い。



 座禅をして悟りをひらいた人に、どうすれば悟ることができますかと訊いたとして、おそらく返ってくる答えはただひとつ、


坐りなさい


 だけでしょう。



 これを我々のほうに置き換えるならば、


技をやりなさい


 ということになります。




 技をやるしかないのです。悟りをひらきたいのはわかる、その熱意も姿勢も評価しよう、しかし悟りをひらくために教えることは何もない自分でその境地に達しなければならないそれ以外に道はない。武術も同様に、自分で稽古をし、自分で学び、自分で感じて、身につけてゆくほかないのですね。ただ技をやる、やれるようにするという空間、その渦のなかに埋没して、純粋に探究してゆく以外にはない



 相対的な強さよりも絶対的な巧さ――上記のような、技をやるというだけの渦のなかに入ってゆけば、相手がどうのこうのという意識は消え失せ、その技ができるかどうか、理解し、感じられるかどうかだけの話になってゆき、気づけば、一般の方には想像すらできない深みにまで達することができわけですが、それをせず、いつまでも相対的なものの考え方に立脚していると、武術としての進化より、その人にとってあまりよくない、ネガティブな現象が次々と起きてしまうようです。



 たとえば何か相手と技をやるとして、自分が捕をする。しかし、いくらやっても上手くゆかない。


 こうなった場合、さまざまな原因は考えられるものの、基本的には、自分の腕の未熟さを見つめる必要があり、我々はたいていそうしています。それは、技をやるという渦のなかに生きているので、技ができているかどうかだけの判断で状況を見るからなのですが、相対的な尺度で生きている人はそうではないのです。


 つまりね、相手のせいにしてしまうのです。自分が技をしようとしたとき、相手が力を入れた、逆に抜いた、体格差がありすぎる、向こうが有段者だったから、などなど。自分自身が技をつかえるようになりたいという思いが第一にあって稽古している人間ならば、できなかった自分をまず反省すべきところを、相対的に立ち、相手に勝つか負けるかという尺度で技と向きあっている人は、上手くできなかった原因をまず相手に認め、この上で、それでも技ができるように腕をあげなければならないという、偽物のポジティブ思考を発揮して自己完結してしまうのです



 できるはできる。できないはできない。ただそれだけで、できない人はできるように努力し、稽古を重ねればよいのです。稽古とは、修業とはただそれだけのことで、言い訳もお愛想も、本来は不必要なものなのです






 と言っても、これだって裏部長のいまのレヴェルで感じることであって、ここに来ていない人にとっては、ちんぷんかんぷんの先輩の苦言くらいにしか聞こえないはずです。そうしていつしか、先輩の苦言が老人の小言になり、振りかえってみると、追いかけてきている人はほとんどいないという有様になるのでしょう。




 

 いや、だからこそ!




 舞台の上で、たったひとりでも舞いつづける人の表現は、尊いのです。



posted by 札幌支部 at 10:31 | Comment(1) | 裏部長の日記

2014年06月28日

素肌

 こんばんは。裏部長です。



 師匠のもとへ入門してから十年が経ちましたが、これまでの稽古を振りかえってみると、意外に、空手よりも体道を濃くやってきたのではないかと、最近ふと考えます。


 2008年以降は体道のみの稽古日は設けず、現在もありません。武道場での稽古は新設しましたが、月一回ですし、一週間に二回の稽古では、おもに空手をやっています。こうして見ると空手がメインで体道がサブのように感じられなくもないのですが、裏部長の場合は道新文化センターでの古武術講座があるため、後輩たちとはすこし境遇が異なるのです。


 木曜日の講座は2008年から、水曜日のほうも翌年の2009年からスタートして、現在もつづいています。週に二度の大学での稽古のほかに、この古武術講座での稽古があり、もちろんこちらでは体道がメインです。そんな月日を、もう六年以上つづけているわけです。



 そのせいかどうかはわかりませんが、気づくと、体道を中心にした物事の考え方をしていることが多いです。





 師匠はつねづね、


技はコミュニケーションである。相手と一緒に技をつくる


 ということを言っています。


 これを受け、自分なりに解釈し、追求した結果、昨年わたしは、


相手とひとつになる


 ということを言いはじめ、それをテーマにして稽古を進めていました。





 師匠がいて、なおかつ裏部長もいる場では、基本的に、上記のテーマがつねに根底にあり、その上で指導がなされているわけですが、ひとつの場所で何年間もやっていると、同じテーマ、同じ指導法を用いていても、できる人とできない人がわかれてしまうことがあります。


 年齢、運動経験の有無、体力、筋力、器用か不器用か、などという条件の違いはたしかにあるでしょう。しかし、かならずしもそれらに当てはまらず、できてしまう人とどうしてもできない人が生まれてしまうこともたしかで、何が違うのだろうと考えさせられていました。



 この疑問に、最近になってちょっとした回答を出すことができました。



 キーワードは、【皮膚感覚】です。





 四月から道新文化センターラフィラ教室に、Oさんという男性の方が参加されました。身長はわたしよりも高く、体格もよく、腕なんかもけっこう太い。しかしこのOさんは、武術や武道の経験はまるでなく、運動らしい運動もされたことがないというのです。だから、稽古をはじめる前はすこし自信なさげでした。


 しかし、いざはじめてみると、初心者に抱く危惧などまるで不要であったと思えるほど覚えがいい。真剣に稽古され、また真面目にノートも書いていらっしゃるので、その努力があってこその結果ではあるのでしょうが、単に、きちんと記憶してきているというだけではなく、稽古をしているその瞬間においても、こちらの要求に適切にこたえられる柔軟性をもちあわせているのです。


 言い方をかえれば、浸透率が高い。技の、というより、身体感覚の吸収がとても早い


 どうしてかなあと訊いてみれば、このOさん、なんと介護の仕事をされているというのです。つまり、日常的に生身の人間にその手で触れているわけです。もちろん、仕事だからといって、システマティックにできる類のものではありません。抱えたり、起こしたりする最中に相手が何か反応を示すかもしれない、痛みや苦しみを訴えるかもしれない、それらにも瞬間的に反応して、力を緩めたり腕の角度を変えたりしなければならない仕事です。


 おそらくそのお仕事の日々が、Oさんへ自然と、武術にもつかえる皮膚感覚を養わせたのではないか。わたしはそう考えています。




 この場合の皮膚感覚とは、自分の皮膚で察知する感覚、というだけではなく、相手の皮膚と自分の皮膚が触れたその瞬間、身体の表面や内部に生じる感覚のことです。これがあるかないかで、技の質はまるで変わってしまうと思うのです。




 もちろんこれは体道だけに限定されたものではありません。相手と自分とが触れあうところで生まれた感覚をじゅうぶんに味わえたなら、それをもって、刀や棒、杖などの武具を扱えるだろうし、空手のように、物理的に離れた場所から突きを飛ばす、あるいは飛ばされるという場面においても、その感覚さえあれば応用は可能なはずです。


 本部道場へ行ってY師範代の突きなどを受けてみると、拒絶されていない、分離していない、当たれば痛いし苦しいのだけれど、決して反発していない、言うなれば、血のかよった攻撃であることがよくわかります。




 しかし、どんなに懇切丁寧に指導し、実際に技を見せたり掛けたりしてみて説き明かしても、いつまで経っても技の理合いを呑みこめず、ただ力まかせに無理やり相手を倒そう、痛めようとしてしまう人が過去に何名かいらっしゃいました。そのなかには、何年間も熱心に武術を稽古し、現在も熱意をもっているという人もいらっしゃいました。


 細かく書くと個人攻撃のようになってしまうので省きますが、きっと彼らには、いま言っている皮膚感覚が欠如していたのでしょう。たとえ柔術に類するものをやってきた人であっても、この皮膚感覚を大切に稽古をしてこなければ話は同じです。古流の柔術経験者や合気道系武道経験者と体道をやったことがありますが、驚く、というよりちょっと引いてしまうほど力まかせでした。何をそんなにいきり立っているのだろうと不思議に思えるくらい無理やり技をおこなおうとするのです。



 おそらく、たぶんにこの皮膚感覚というのは、攻撃よりも防禦の要素を重視し、投げる押さえる絞める固める打つ突く蹴るといった、技の動作だけではなく、その動作をするなかで生まれる一体感、力を感じない、あるいは不要だと感じる瞬間を大事にしているかどうかで決まるのだと思います。それをせず、ただの勝ち負けや型をやるだけの稽古では、わたしがいま言っているような皮膚感覚はきっと生まれません。





 先日の栃木遠征、初日の体道稽古のとき、柔道のように組んだ状態からの投げ技を師範に見せていただきました。わたしはそのとき受をとったのですが、組んだ瞬間にいろいろな情報が師範の身体から自分の身体へ流れこんできて、すこし面喰らいました。


 奥襟と袖をつかんで向かいあっただけで、師範の身体のどの一点にも力みのないことがわかったのですとにかく軽い。それは、小柄な人に触れたときの軽さとはまるで違っていて、もっと言えば、そこに誰もいないかのようなのです。人型のフォルムはあるのだけれど、なかには何も入っていない。


 そんな状態なので、捨て身に投げられたときは、自分でも驚くほど気持ちよく飛んでゆけました。無理に、力をつかっておこなうことなく、技だけで、しかも、無駄なものがまるでない身体でおこなった技というのはあそこまで爽やかに相手を投げてしまえるものなのですね。すごかったです。





 この皮膚感覚がすこしでも芽生えた人は、一方的にまくし立てるようにしゃべったりはしないでしょう。その感覚が鋭敏であるということは、自分から押しつつも相手から押されることにも対応できなければならないわけで、表現をかえれば、怖れをもっているはずなのです。その怖れをもっている人が、自分の意見ばかりをならべ立てて、相手の話を聞かないなどということはありえないはずです。




 今日ふと、「手押し相撲」ならぬ「手押され相撲」というのを考えてみたのですが、もしかしたら皮膚感覚を養うのにつかえるかもしれません(体道をやれる人は体道で養えばいいのですが)。



 今度、師匠に聞いてみます。



posted by 札幌支部 at 20:04 | Comment(0) | 裏部長の日記

2014年06月23日

Ability

 こんばんは、裏部長です。


 すっかり更新が滞り、先日おこなった栃木遠征のことも書かずじまいでしたが、裏部長ならびに札幌支部は元気です。あいかわらず、ほそぼそと稽古に励んでいます。




 今回の遠征は、師匠のほか、大学生のKくん札幌大学OBのAくんと、師匠のご子息、そしてわたしという、これまでにない新しい布陣で向かいました。


 行ったメンバー以外にもいろいろとはじめて尽くしで、たとえば飛行機は世にいうLCCというやつで、たしかに狭かったけれど内装が新しくて思いのほか快適だったこと、初日の体道稽古には外国人の方が飛び入りで参加されたこと、山の上にある神社と石仏のある寺を見物したこと、Y師範代のご子息Tくんが働く店にサプライズ訪問したこと、そして、札幌支部の遠征としてははじめて、稽古中にカメラを廻さずにいたこと。


 いろいろと刺戟的な三日間でした。先輩としては、初参加の後輩二名が、稽古のあとに目を輝かせて興奮していたことが何よりうれしかった。まるで、はじめて栃木に来たときの自分を見るような、しかしあのころのわたしはあきらかに、いまの彼らほど理解も実践もできていなかったなあという、すこし切ない想いも去来しました。



 師範をはじめ、本部道場のみなさまには今回もたいへんお世話になりました。


 ありがとうございました。






 さて、今回も技の内容などについては記せませんが、遠征から帰って一週間ちょっとのなかで、わたしが考えたり気になったりしたことをふたつ書いておきます。





○「どういった動きが身体のなかに沁み込んでいるか


 これは先週の火曜日、つまり、遠征後最初の稽古が終わったあと、談話室のなかで師匠が発したことばです。



 目の前にひとつの技、ひとつの動きがあったとき、それをどのように受け取り、理解し、吸収した上でどのようなかたちに変換し、自分のものとして表現するかは、その人がどのような修業をしてきたか、そのなかでどんな技をどのように考え、錬りあげ、稽古してきたで決まる――そんな意味がこの一文にはあります。



 怖いことばです。それまでの日々が間違っていれば、たとえ貴重な技が目の前にあっても見ることはできない。逆に、どんなに時間がかかったとしても、一本の道を素直に歩きつづけた人間には、かならずや見えてくるものがある。それは、昨日今日の話ではなく、十年、二十年、三十年と稽古をつづけてはじめて実現することでしょう。しかし、唯一たしかなことではないでしょうか。



 まっすぐな稽古は、裏切らない。






熱意と行動


 先日、最終回を迎えたTVドラマ『弱くても勝てます〜青志先生とへっぽこ高校球児の野望〜』で、ヒロインに恋するあまりストーカーとなり、それを理由に無理やり野球部へ入らされるも、いつの間にかたのしくなってしまい、三年生が抜けたあとはレギュラー選手として歩きだす、不思議な髪型の少年を演じた桜田通という俳優は、昨年の三月から八月までのあいだ、単身イギリスへ留学をしていました。



 まだ二十代前半の若い俳優です。以前は仮面ライダーもやっていた人です。それがなぜ急に半年間も(厳密には、もろもろのトラブルなどあり、合計一年半ほど)仕事を休止してしまったのか。



 それは、彼自身が自分を変えようと思い立ったからです



 小学生のころから仕事をしていて、母親には溺愛され、事務所は大手で、私生活でいやなことがあれば仕事を理由にいくらでも逃げられる日々。それはぬるま湯の人生で、いつからか、こんなことではいけない、このままでは芸能界で生きてゆけなくなると危惧したそうです。


 だから、決して逃げられず、甘えることもできない海外を選んだ。ホームステイをし、向こうの学校にかよい、馴れない英語や料理、ひとりぼっちの孤独にも耐える毎日を送り、そしてそのなかで、彼はこんなことを悟ったそうです。



海外で得た僕のアビリティーは、行動したら叶う可能性が上がるってことなんです。もちろん行動しても叶わないことがあるのも知ったけど、可能性は上がる」(『さくらだ』より)



 二十二歳の青年に教えられたような気がします。




 わたしも以前から、願うものに対しては、理性よりも感情で動くようなところがあり、そういった行動こそ本物だろうといまも信じています。


 行動できない以上、想いはその程度のものです。願いが強すぎて、居ても立ってもいられない人は、こまごまとした言い訳などせず、ごたくも並べず、とっとと行動しているはずです。個人的なことを書けば、わたしは、言っているだけで実行しない人を信用しません。好きにもなりません。



 それは、斯くあらんとする自分を支える信念でもあります。







 桜田通さんのブログ(http://ameblo.jp/dori-s/)、ときどきぶっ飛んでいてたのしいです。興味のある方は読んでみてください。




 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 19:53 | Comment(0) | 裏部長の日記

2014年04月26日

気持ち的には3センチ

 こんにちは、裏部長です。



 四月も終わりに近づいてきました。札幌でもすっかり春らしい陽気で、大学の構内にはまだすこし雪は残っているものの、最高気温が二十度をこえる日もちらほら出てきています。あの冬の寒さが嘘のようです。


 そのせいかどうかはわかりませんが、どうも毎日ぼんやりしてしまいます。春眠暁をどうたらこうたらというやつなのでしょうかね。とにかく、どういうわけか思考が鈍く、霞を喰って生きるどころか、わたし自身が霞になってしまったかのように、身体が妙にふわついて困ります。



 以前は春になってもそんなことはなかったのに、どういうことでしょうかねえ。これもやはり、老いというやつなのでしょうかねえ。




 先日、こんなことがありました。


 稽古へ行こうと思って、すでに胴衣を入れたリュックサックへ体道のノートをおさめようとしたところ、なかにあるはずの膝のサポーターがない。最近はほとんど痛むことはありませんが、裏部長は膝に小さな爆弾を抱えているので、用心のためにも、リュックサックのなかにはつねにサポーターを入れているのです。


 それがない。ないはずはないのですが、どこを探しても姿が見当たらない。


 どうしたものだろう。なぜないのだろう。もしかして先日の稽古のとき、教室に置き忘れてきたか。いやいや、そんなことは――と散々考えて、身を起してみると、目の前の棚にちょこなんとのっています。


 ノートを入れるために、一度出したのですね。


 自分で。つい数十秒前に。




 ……




 これが老いというものなのでしょうか。






 さて、稽古の話です。



 ここ最近、空手のほうではやはり突きを考えています。これまでとは大幅に違う身体づかいの上で、しかし、これまでに培ってきたことすべてを放出するような突きを稽古中です。そうすることで、相手との間合いの意識や、突きそのものの印象が変わり、容易ではありませんが、面白いです。



 昨夜は大学院生のOくんと約束組手をし、追い突きのほかに、珍しくワン・ツーなどもやりましたが、不思議な手ごたえがありました。あくまで主観的なものですが、ワン・ツーのときなど、九十年代なかばに、師匠が栃木へ帰省された折、師範がカメラをまわす前で、I師範代に対してやっていた突きのような雰囲気が数度あらわれた気さえしました。



 なんともマニアックな話で申し訳ありません。



 もちろん、そうは言っても、やはり一番しっくりくるのは追い突きです。昨日は、一本目の突きはもちろん、そこからの二本目、三本目の動きがこれまでと違っていて、やっていて自分で驚きました。なるほど、そうか、一本の追い突きが変わっただけであれだけ大きな違いが現れるのかと、わずか数本の約束組手でさえも感動をおぼてしまったほどです。







絵筆を執らなければ画家ではない



 それがどんなに面倒でも、時代遅れでも、不便であっても、絵筆を握らなくなった画家はもはや画家ではない。時代に照らしあわせて、流行や利便性を追求すれば、ほかにもっと効率的な手段が見つかったとしても、その手で、その指で、実際に絵筆をとり、キャンバスへ向かうのが画家の生き方であって、その道をつき抜けた先にしか、表現の極地は存在しない。




 そんなことを思う裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 12:09 | Comment(0) | 裏部長の日記

2014年03月22日

燃える躰

 おはようございます。裏部長です。


 三連休、いかがおすごしでしょうか。




 すっかり更新が滞ってしまいましたが、札幌支部も裏部長も、いたって元気です。本州では、やれ春だやれ花粉だと言っている時期に、こちらはまだ雪が降っていて、また新年度直前ということもあり、稽古への参加人数は減っていますが、それなりにたのしくやっています。



 あと一週間とすこしで、もう四月です。




 と、書きはじめたはよいものの、とくに記すことはないのです。もちろん、稽古はおこなっているので、そこで得たこと、学んだこと、収穫したことを書くことはできるのですが、どれもただの報告になってしまうので、なかなか文章にならないのです。というか、そのような内容の文章を書く気がどうしても起きないのです。



 これは、ある意味では裏部長にとって貴重な変化だと言えなくもないです。なぜなら、以前はそういった報告だけでもじゅうぶん書けていたし、充実感もあったのですから。しかし、いまはない。「師匠がこんなことを言っていた」とか、「突きに関して、こんな助言を受けた」などと書いたところで、それは単なる報告で、わたしのことばではない。自分ではないのです。


 

 こんなことはわざわざ記す必要はないもので、おのれの内に抱えていればよいだけの話なのですが、ブログを更新するための苦肉の策としてあえて書くとすれば、最近どうも、充実する稽古とそうではない稽古にわかりやすく分別されるようになってしまった、ということがあります。



 あきらかにこれは、裏部長本人の問題で、師匠や稽古環境がどうのこうのということではありません。ただし確実に、稽古のよしあしがわかれて、前者のときは身も心も軽く、引き締まり、膨張し、空へ浮きあがってゆきそうなほど気持ちが和やかになるのにくらべ、後者のときはストレスでしかなく、肉体はただ疲弊し、感情は暗い影を落として、二時間の稽古を徒労と言い換えたくなる。今日のこの数時間を、または入門からの十年間を、わたしは何のために送ってきたのかと思い悩み、握っている拳をあわてて解くような夜もあります。




 こうしてあらためて書くとなんだか病んでいる人みたいですが、べつに鬱ではないので安心してください。




 要は、自分のなかで、「今日はいい稽古ができた」と「今日はまるで駄目な稽古だった」の違いが厳然として出来てきたということで、しかしもちろん、よいと感じる稽古ばかりではないし、そんな風に思える稽古ばかりをしていたからといって、成長が約束されるわけでもない。だから稽古者としては、そのあたりに上手いこと折り合いをつけて、決して偏らず、あまり思いこみすぎずに、たのしく日々を送ることができなければいけないわけです。



 よいときの感覚も、だめなときの感覚も、どちらも自分のなかにあるのです。よかったときは、身体の芯が赤く燃え、無尽蔵のエネルギーさえ感じるのに、だめなときは、汗はかいているのに冷たく、肉体の根っこは水びたしで、どんなに動いても、皮膚の表面だけがプスプスと音を立てて腐蝕しているような感覚にさえなってしまう。





 自分で考え、自分で採るということができない限り、今後も、これ以上もない気がします。



posted by 札幌支部 at 08:56 | Comment(1) | 裏部長の日記

2014年02月18日

本日

本日、悪天候のため、稽古中止します。


裏部長
posted by 札幌支部 at 13:59 | Comment(0) | 裏部長の日記

2014年02月07日

本日の稽古について

おはようございます。裏部長です。


札幌支部の本日の稽古ですが、師範不在の上、私も仕事の都合で行けなくなってしまったため、申し訳ありませんが、中止にさせてください。


なお来週は、火曜日は祝日のため稽古はお休みです。金曜日は実施予定ですが、急遽変更になることも考えられます。


中止にするときだけ、あらためて連絡をまわします。


よろしくお願い致します。
posted by 札幌支部 at 10:49 | Comment(1) | 裏部長の日記

2014年01月27日

武当式の八段錦

こんにちは。

先週末の土曜には、久しぶりに奈良・田原本の支部道場へ行ってきました。
M田君とM本君との再会と稽古は楽しかったです。

ただ、あいにく二人とも体調不良に見舞われたために、武当式の八段錦と中国での武術の様子を語りながらの稽古になったので、もしかすると二人は消化不良だったかもしれません。
まぁ、次を楽しみにしましょう。

ということで、件の八段錦についてです。
武当山の武当道教功夫学院にいたときにも書いていたかもしれませんが、ここで習った八段錦は、これまでに知っていたものと動きが違います。
その詳細は省きますが、私にとっては、軸の再確認、腰を要とすることの再確認、体側部の伸展が利点となっています。

養生のための身体操法として習ってきましたので、体側部の伸展が、経絡への刺激につながっているのかなぁ、と感じつついますが・・・きちんと調べずに今に至っています。
心地よさが実感としてあるので、この感覚を頼りにしています。

それでも、日本に戻ってきてから、私のかかわれるところでは、この八段錦を披露し、簡単に説明しながら実践してきていますが、おおむね好評です。


腰の上にある上体を安定させて腰のひねりや移動が、運動の基本の一つとなっているわけですが、ゆったりと状態に無理な力みを生じさせずに行うこの運動は、本当にいいなぁ、と思います。
じっくりと30分くらいかけて行うと、日によっては温泉上がりのような昂揚感もあり、心地よさが広がります。


関係する本も一冊見つけて購入してきているのですが、早い機会に読み解いて、もう少し理もたつようにしておきたいと思います。




posted by 札幌支部 at 12:55 | Comment(0) | 裏部長の日記

2014年01月18日

上手く笑えるために

 おはようございます。裏部長です。



 寒波はなおも日本を覆い、札幌も連日の真冬日です。ここ一週間ほどガスのつきが悪くて、部屋が寒く、昨日ガス会社に来てもらい、処置をしてもらったはいいが、昨夜から今度は原因不明の水漏れが発生し、先ほど再度ガス会社へ連絡した裏部長です。


 いま、その担当者の到着を待ちながら、寒い部屋でこのブログを書いています。





 さて、寒波が猛威をふるっていた先週末、わたしは単身、栃木へ飛び、本部道場の稽古へ参加してきました。栃木も寒く、夜になると凍えるほどでしたが、師範をはじめ本部道場のみなさんがあたたかく迎えてくださったおかげで有意義な二日間をすごすことができました。



 まだ暑かったいつかの九月に、はじめてひとりで伺ってから二年とちょっと。あのころは自分を変えたいという強い想いがあり、希求の人となって栃木へ向かったわけですが、今回は違いました。そういった目的や先入観などをすべて置いて、まっさらな状態で本部道場の稽古に触れ、そのとき自分は何を想い何を感じるのか、そういったことをはかりたいという心持ちでいたのです。



 本部道場のみなさまにはほんとうによくしていただき、気をつかっていただいて、恐縮至極です。師範には滞在二日目の朝から夕方まで、つきっきりでさまざまなお話を聴かせていただきました。武術のことはもちろんですが、師範の青春時代のお話などはとても貴重で、単に道場で技を教わる以上の味わい深い時間をすごすことができました。



 心より御礼申しあげます。ありがとうございました。






 さてさて、どうにも部屋が寒いので、久々にどうでもよい持論を展開して体温をあげてみます。




 最近、裏部長は、


武術における出処出自が、その人の現在や未来にすくなからず影響を及ぼすのではないか


 ということを考えています。




 つまり、いまは同じ道場で同じ流派の技を同じように稽古している仲間であっても、どういうきっかけで武の道に入ったのか、それ以前はどんなことをし、どんなものに感動したり興奮したりしていたのか、そういったことは十人十色で、厳密に見ればひとりとして同じ背景はないでしょう。

 

 そしてその背景が、稽古者の現在や未来を色づけるひとつの要素になっている。そんなことをぼんやり考えたりしているわけです。




 札幌支部で言えば、部長やS呂くん、医学生のIくん、札大卒業生のAくんなどは、“空手の人”でした。実際に試合にも出た経験があり、いまだに空手に対する熱意は消えません。それぞれ稽古に臨む姿勢の色は違いますが、みな熱心で、ある意味ではとても元気な人たちです。



 片や、たとえば大学院生のOくんは研究の分野から稽古へ入ってきたし、がっちりとした体型のO澤くんは現在も並行して野球をやっているスポーツマンです。いちばん若いKくんは、たしか過去に少林寺拳法や柔道の経験があったらしく記憶していますが、現在は空心館の稽古を皮切りに、広く武術に対する興味をもちはじめている人です。



 これらの人々が集い、稽古がはじまると、やるのは空手の基本であり、移動であり、約束組手であり、型であるわけで、そこに体道が加わっても加わらなくても、基本的におこなう内容に変化はありません。師匠のもと、各段階で得られる術理などを学び、ひたすらくりかえし、修得を目指すのみです。



 しかし、これは推測ですが、これら札幌支部の稽古者が全員、まったく同質の内容や結果に歓びを見出すとはどうしても考えられないのです。性格や人間性などを踏まえた上での「多様性」がそこには存在していて、同じ風景を見ていても出てくる感想はおのずと異なったものになる。



 それらを最大限に考慮して稽古をする必要は、あるとも言えるしないとも言える気がします。稽古とは、そこにある武の大原則を学ぶことであり、稽古者によって姿を勝手に変えてよいものではないはずですから、教わる人間が「これは自分に合わない」と感じたが最後、道場の側が変わる必要はなく、彼がそこを去れば済む話なので、上記のような指摘は単なる甘えに映ってしまうことでしょう。滅私ということがある程度できなければ、技芸の習得などできようはずもないのですから。



 ただ。そうは理解した上で、それでもわたしは「多様性」と「武術における出処出自」ということをいまは考えてしまうのです。むしろそれらを踏まえた上で自分の動きや稽古への姿勢を見つめ直したほうが、有意義な日々を送れるような気がするのです。






 今日書いたことは、先日のわたしの記事とは相反する内容です。支離滅裂な裏部長ですみません。


 こういった心境の変化が、新しい自分へ生まれ変わる契機になることを願っています。



posted by 札幌支部 at 10:56 | Comment(0) | 裏部長の日記

2014年01月05日

Now&Here

 あけましておめでとうございます。裏部長です。


 2014年も何卒よろしくお願い申しあげます。




 すこし爺くさい話ですが、裏部長は『和風総本家』という番組が好きで、最近よく見ています。いろいろな企画がありますが、主としては、日本全国津々浦々にいる職人たちの仕事ぶりを紹介するVTRがほとんどで、それらを見るたびになんとなく勇気づけられています。



 さまざまな業種があるため一概には言えませんが、わたしが惹かれ、感心する職人には共通したスタイルがあるようです。

 
 たとえば、

基本的にひとりで仕事をしている

地味で、静かな、手仕事である

仕事は自宅か、狭い作業場でおこなう

服装も職場も決して華美ではない

つねに工夫を怠らず、いまもなお成長しつづけている


 こんなところでしょうか。





 ここ一年ほど、裏部長はいろいろなものを捨てる努力をしてきました。それらはほとんどの場合、余計な不純物で、いつの間にかわたしの心身にこびりつき、動作や思考を鈍くさせていたものたちでした。



 それらを付着させた原因は自分のこだわりにあり、なんと愚かで幼稚な人間なのだろうと反省することしきりなのですが、いざ取り外してみると、ほんとうに身体が軽くなり、視界も鮮明になって、次から次へと無駄なものが目につくようになりました。




 そして迎えた新しい年。




 いま想うことは、「いま自分がいる場所」と「ここから先にのびる道」だけです。そのふたつしか大切ではない、いや、自分の後ろにあるこれまで歩んできた道に執着し、そのなかに答えを求めていてはいつまで経っても変わることはできないと、そう強く信じています。



 たしかに、今日まで辿ってきた道は自分の歴史そのもので、武術で言えば、先達たちからつづく伝統そのものです。決して軽んじてよいものではないし、その道があってこそ、いまわたしたちは稽古ができているのですから、感謝こそすれ、適当に扱ってよいものではないのです。



 しかし、あくまで今日までの道は稽古者にとっての過去であり、現在でも未来でもありません。山もあれば谷もあった。ときには蛇行した細道を通り、またときには足場の悪い場所もつっきってきた。さまざまなことを考え、悩み、工夫し、現在まで歩きつづけてきた。これまでに得た経験はとても貴重なものですが、それは過去の話です。



 あのころにおこなった工夫が、いまこれから足をのせようとしている目の前の道にも通用するとは限りません。むしろ、過去に固執し、すがりつき、変化に対応できなくなった自分は、一歩も前進することなく見動きを封じられてしまうことでしょう。




 大切なのは、「現在」と「これから」。


 裏部長はそう考え、この一年を歩いてゆきます。






 みなさんはどう生きますか?


posted by 札幌支部 at 16:23 | Comment(0) | 裏部長の日記

2013年12月29日

花咲く場所で

 こんにちは。裏部長です。



 今年も残すところあと二日となりました。


 札幌支部では二十日の金曜日に、道新文化センターは二十六日の木曜日に、今年の稽古をすべて終了しました。とはいえ、札幌支部においては、稽古納めのあとに忘年会をするわけでもなく、今年最後だからといって大人数が集まるわけでもないので、あまり区切りをつけたという印象がありません。




 なので、今回のこの記事にも、あまり書くことは用意していません。





 裏部長個人のことでいえば、今年は、

体道的視点に回帰できたこと

 そして、

それでもやっぱり、すべての中心は空手であると気づけたこと

 などが大きな収穫でした。



 細かいことについては、各記事でいろいろと書いてきたのでここでは触れませんが、今年一年でかなりさまざまな面が変化した気がします。





 
 みなさんにとって、2013年の稽古はどうでしたか。


 何を得て、何に変化を見た一年でしたか。






 そんなことを発言しあう場としてのブログがあってもいいような気がして、今年はこんなところで裏部長は引っ込みます。






 2014年もみなさんと空心館にとって豊かな一年でありますように






 裏部長でした。


 よいお年を。


posted by 札幌支部 at 13:27 | Comment(0) | 裏部長の日記

2013年11月30日

伝統と創造

 おはようございます。裏部長です。



 札幌はすっかり冬の装いです。あまり頻繁に雪は降っていませんが、一度降った雪がつもり、溶け、それがまた凍って、いま道のあちこちで猛威をふるっています。自宅の駐車場など、荒々しいスケートリンク状態です。車の運転よりも、車まで歩くときのほうが危険なくらいです。



 みなさん、いかがおすごしでしょうか。





 と、書きはじめたはよいものの、さほど記すべきことはありません。やはり身近に師がいる環境というのは恵まれているようで、思いついたこと、疑問に感じたことなど、何かあればすぐに問いかけることができて、そしてすぐさま新しい視点や示唆をもらえるため、わざわざここに書くことが生まれてこないのです。



 最近のニュースとしては、稽古中に、師匠の奥様から、「型、上手くなったねえ」と褒められたことくらいでしょうか。普段、師匠も動きのよしあしは指摘してくれますが、手放しで褒めるということはほとんどないので、そのときは嬉しく、「ありがとうございます! そのことばを糧にして頑張ります!」などと意気込んでみたのですが、そう言った途端に動きを間違え、力み、ふらつくという失態をおかす始末でした。


 自意識過剰


 舞いあがるのもほどほどにしなくてはなりません。






 体道について言えば、稽古法のことでしょうか。ここ数週間、ぼんやりじんわり感じていたことなのですが、


体道は体道として稽古することに意味がある


 と思うのです。



 たしかに、あれだけ多くの流派の技を、ひとつの組織のなかで学べるというのは、とても貴重なことには変わりありませんが、しかし個々の内容をみると、それは古流の柔術であったり杖術であったりするだけで、ほかのどの道場にもない特殊な技法を駆使しているわけではありません。その流派として活動している道場へゆけば、多少の違いはあっても、ほとんど同じ動きが見られるはずです。



 体道のすごいところは、多種多様な古流の技を、体道のあのペース、あの雰囲気でおこなうことにこそあるのではないか。そう思えてなりません。



 たとえばそれは、三箇月でひとつの段階を終えるというペースであり、あるいは、どの流派のどの過程が重要である、または重要でないといった差別がないことであり、へんに流したり競ったりしない点であったりします。もちろん、教わった内容を自らノートなどに記すというやり方にも大きな意味があります。



 あれやこれやたくさんの技をやっていても、空心館で空手と体道をやっている人間が名乗れる流派は、『藤谷派糸東流』しかありません。天心古流や浅山一伝流の技をやっていても、それが表看板になることはなく、しかしだからこそ、体道のなかにある多くの技や流派に対して、われわれは同じ距離感で接することができます。どこかひとつに体重をかけることなく、「技は技」と考えることができるのです。



 ひとつの技や段階にこだわらず、つねに前進しつづける教授方法からも、そのように推測できます。







 
 大いに生意気ですが、最近思っていることをもうひとつ。



 以前、師範が、「沖縄から本土へ入ってきたとき、まだ空手は完成されたものではなかった」とおっしゃっていたのがどうも気になってしまい、自分で考えたり、師匠に問いかけたりもしてきました。師匠は、「琉球にあったティーと本土へ来てからできた空手を、まったく同じものだと考えるかどうかの視点」を示してくださいましたが、わたしはあえて、それをひとつの歴史と捉えた上で、あれこれと考えてみたのです。



 糸東流にはありがたいことに、ありとあらゆる空手の型があります。それらを稽古してゆくと、すぐに、型というのはとても限定的なものなのだなとわかりますひとつの型で、空手がもっているすべての技を稽古できるというものはありません。どうしてもその一部を伝えるのみになってしまいます。



 当然、琉球でティーを修行していた当時の武術家たちも同様で、自分の師のもっている型を教わり、ただひたすらそれを稽古していたのでしょう。型しかなかった当時、学べるのはその型のなかにある技だけだったわけで、師匠は、「いまのわれわれにはない、実戦で培った感覚がその不足している部分を埋めていたのではないか」と言っていましたが、単純に技の面だけで見れば、あきらかに偏っていたわけです。



 そんなティーの型を総浚いし、本土へ渡ってきた摩文仁賢和さんは、おそらく、藤田西湖さんら本土の武術家たちの技に触れて、大いにカルチャー・ショックを受けたのだと思います。実際に柔術などを習いもしていたといいます。



 もしこの時点で、琉球のティーが完成されたものであったなら、その型をすべて学んだ摩文仁賢和さんが、本土の武術家に教わることはなかったはずです。同じ武術家同士、対等な交流をしていたというのならわかりますが、摩文仁さんはあきらかに指導を受けているし、その後、新たに空手の型をつくったりもしている。きっと、それまで見たこともない数々の技に触れて、それまでのティーになかった要素を型のなかへ取り入れたいという思いにつき動かされたのではないでしょうか




 そして、糸東流が生まれました。


 次にそれを受け取ったのが、藤谷昌利師範です。




 藤谷師範の時代から、空手に体道が加わります。多種多様な柔術のほかに、杖、棒など、武具の技も入ってきます。これらもまた、それまでの空手にはなかった要素で、併せて稽古していれば当然、空手にもすくなからず影響を及ぼしてきたはずです。


 その深さ、広さ、濃さは、摩文仁賢和さんの比ではなかったことでしょう。





 そして現在の師範の代になります。するとここに、今度はが登場します。これもまた、それまでの空手にはなかったもので、そういう観点からいうと、師匠が本場で学んでこられた中国武術も、これまでの空手にはなかったものです。



 これらを総合的に学びながら稽古していて、空手が変化しないはずがありません。もちろん、空手は空手ですから、たとえ刀を学んだとしても、帯刀した状態で追い突きをすることはありえませんが、そういった表面的な技法での混入というより、エッセンスの融合がはかられて、これまでの空手にあった技が見えないところで装いを新たにしてくる。それは、見方を変えれば、琉球のティーにあったいくつもの穴を、数代に渡って、その時代の師範たちが埋めているような感じがします




 
 先日、師匠と、


伝統とは、古いものを受けとり、ただ継承してゆくことではなく、創造することではないか


 という話をしました。


 先代から渡された型や技を、ただくりかえしてゆくのが伝統なのではなく、そのつど生みだしてゆくことが重要なのではないか。つねにクリエイティヴである。創造。発見。それらが連なって、はじめて長い歴史と伝統が形づくられるようにわたしも思います。


 



 感性――あとは、それをどうやって表現するか。



 身体感覚のクリエイティヴィティ。



posted by 札幌支部 at 10:35 | Comment(0) | 裏部長の日記

2013年11月10日

上半身は技の形に嵌まる

 こんばんは、裏部長です。



 昨日は、月に一度の武道場稽古でした。広々とした畳敷きの空間は、普段ほとんどそういった場所で稽古していないせいか、自由な気がして、でもやっぱり、どことなく心もとない感じがします。「こんなに広くても、そんなにつかわねえよ」みたいなことを行くたびにいつも思います。


 さほど広大なスペースを要せずとも稽古ができるというのは、何ともありがたいことです。




 
相手からアプローチがあったとき、自分の身体がどういった反応を示すか


 それが大切であり、見つめつづけてゆきたいことだと、師匠はおっしゃいます。以前にも言われていたのかもしれないし、たまたま最近になってよく口にされているのかもしれませんが、わたしはどうも、このことばを聞くたびにハッとなってしまいます。



 師匠が目指す武術(空心館の武術、と言ってもよいのでしょうが)は、自分発信で、一方的に、パワーや気合いや根性に乗っかって相手を破壊するようなものではなく、あくまでも向こうから何かしらのアプローチを受けたときにはじめて発動するもので、だからこそ物理的なスピードや筋力や体力などさほど必要とせず、むしろ技の精度のみをあげてゆくことが求められます



 その道に立って修業をする者は、熟練した人間であればあるほど、つかい手であることが一般人には判断できなくなります。重厚かつ巨大な金属製の防火扉ではなく、精緻な彩色をほどこされた、ごく微細な襖を体内の奥深くに隠しもっているようなものだからです。常人にはわかるはずがありません。



 そこへ至るひとつのヒントが、先のことばに隠されているように思えてなりません。




 よく師匠は、「成長は螺旋階段をのぼるようなものだ」とおっしゃっていますが、あのお話に出てくる階段は、もうすでにだいぶ上までできあがっているような気がします。だから、われわれ稽古者は、上達したいと思ったらなるべく素直に、その階段に足をのせるべきなのではないか。そう考えたりもします。



 しかし、階段は螺旋状にまがっているので、いま立っているところから、その先はよく見えません。自分にだけスポットライトがあたっているとしたら、数段先は真っ暗なはずです。だから、修業の過程にいる人間はどうしても、


「このやり方でよいのだろうか」

「ほんとうに自分は前進しているのだろうか」


 と疑心暗鬼になりがちです。そうして、自分なりの道を勝手につくり出して、いつの間にか階段から姿を消してしまうのです。



 こう考えると、やはり純粋に、稽古をつづけることの大切さをあらためて感じることができます成長に必要なのは、わかった気になることでも、知識や情報を詰め込むことでもなく、素直に教えを受けつづけること。そのためには、つねに、できない自分から目を背けないことが重要だとわたしは考えます。



 稽古においてはいつも、“いまの自分ではできないこと”に挑戦していますから、つねに「できない」の連続です。とくに師匠は、ひとつのことができるとすぐさま次のレヴェルの話をされるので、できたことに安住してはいられません。稽古者はつねに、できない自分と向きあうことを求められます。



 その只なかに身を置いて、どれだけ柔軟に稽古できるか。できない自分をできないまま放置せず、いかに磨けるか。あたりまえのようですが、あたりまえのことほど、あたりまえにおこなうことは容易ではありません。





 何かを知っている人、頭に入っている人、ではなく、きちんとつかえる人、できる人へ


posted by 札幌支部 at 19:20 | Comment(0) | 裏部長の日記

2013年11月04日

わたしに

 こんにちは。裏部長です。




 くどいようですが、昨日のつづきです。



 今年に入って散々書いてきた、「相手とひとつになる」という感覚ですが、あれをどうして考えるようになったかといえば、その感覚で技をやったほうが失敗しないからで、つまりは楽なほうを取ったわけです。筋力や体力などをフル稼働させて、相手をどうにかするという手段がどうもしんどく、上手くゆかないことが多いために、なるべくそうならない方法論、身体のつかい方などを模索しているうちに、自然とあの感覚にたどり着いた、というのが実際でした。



 何度も書いているようで申し訳ありませんが、「相手とひとつになる」というのは、違う表現をすると、


自分をなくす


 ということになります。



 自分で相手を崩そう、捌こう、投げよう、押さえよう、あるいは、突こう、蹴ろうと思っておこなう以上、動作の性質はどこまでいってもひとりよがりで、タイミングがずれたり、相手が抵抗したり、反発したり、堪えたりした途端に上手くいかなくなってしまいます。



 相手と自分とが技を前にして向かいあっているとき、分離したまま技をおこなおうとすると、相手は、誰からどんなアプローチをされているか、瞬時に感じとれてしまいます。だから反発が可能になり、こちらの意図したようには崩れてくれません。頑張られてしまうのです。



 しかしそれが、「ひとつになる」感覚のなかで、実際にそうできた場合、技のなかに相手も自分も溶けてしまって、どちらがどうという認識がなくなってしまうため、技の渦中に巻きこまれた相手は、誰からどんな力をどんな風に加えられているか、瞬間的には判断できません。なぜなら、自分もその技の一部になっているからで、回転するジャングルジムの鉄棒が一本だけ止まろうとはしないように、相手もまた勝手に自分の意思で動くことができなくなるのです。




 これはわたしの場合、体道を通して得られた感覚でした。もちろんまだ完全ではありませんが、すごい発見だと興奮しました。そしてたしかに、その感覚や認識の上に立って技を見れば、どうして力む必要があるのかとさえ思うようになりました。




 さて――。




 この「ひとつになる感覚」をベースに置き、空手も体道も稽古してゆくと、すべての出発点は自分ではなく相手にあるような心持ちがしてきます。自分発信で、自分の好きなように動くことを否定し、白紙にし、すべては相手からのアプローチではじまるように動きたい。感覚を徹底化させると、自然と身体はそう思うようになります。



 わたしも、ここ二箇月ほどはそうしていました。ひとつになる対象を、相手そのものはもちろん、動くときに揺れる空気や、相手が攻撃した瞬間に起こるほんのわずかな身体のブレにさえ同調しようと。そのために障害となるものを自分のなかから消そう、排除しようとさえ努めました。



 それがすこし過剰になっていたようです。技や相手という存在とひとつになるには、自分のなかに何かが満ちていては難しい。空っぽにしなければ、受け入れることはできない。そこまで考えて、なるべく何も入っていない状態で生活してみようと思い立ったわけです。



 たしかに、この試みは悪くなかったのかもしれません。自分のなかに何かを成し遂げる力や要素がない以上、逆立ちしたって技を自分の手でおこなうことはできないわけで、それでも技を完成させようと思えば、自然と、相手とひとつになり、技の力そのものをつかうしかない。



 昨日書いた、「技の声を聴きたい」というのは、そういった状態に自らの肉体や精神を置いたときに、自然と湧きあがってきた想いでした。不純物を取り除き、ナチュラルかつニュートラルな状態に自分を保つことができてはじめて技と対話できる。そうできない自分がもどかしい。そう感じていました。




 しかし、いまはすこし違う考えのなかにいます。




 たしかに技の声は聴きたいし、聴こえるようにならなければ、次のステップへは進めない気がします。ただし、声というのは、発する存在がある一方で、それを受け取る存在もなければ、空中に溶けて消えてしまいます



 そうです。技が発する声を、きちんと聴く存在が必要なのです



 そして、それはほかの何物でもない、この自分なのです。




 これはあくまでもわたしのいまの考えで、間違っているかもしれません。諸先輩方には、ご指摘等、あればよろしくお願いします。




 ここで言う「自分」とは、従来の「自分」ではなく、相手とひとつになるという例の感覚や意識を有した状態の「自分」でなければなりません。つまり、きちんと技の声に耳を澄ますことのできる状態の「自分」ですね。


 従来の、その感覚をもっていない「自分」で技の声を聴こうと考えると、それは、未熟な自分の尺度の技の正否を見極めるようなもので、たいへん危険です。青い果実を青いまま収穫して食し、青臭い味をおいしいと信じ込むことを、稽古者はたびたびしてしまうため、ここはつねに自らを戒める必要があります。




 ともかく、声には聴き手が必要です。そして、それを聴きたいのは自分なのです




「誰が聴くの!?」

「自分でしょ!!」



「いつ聴くの!?」

「…………」




 裏部長でした。


posted by 札幌支部 at 16:08 | Comment(0) | 裏部長の日記

2013年11月03日

あなたを

 おはようございます。裏部長です。


 十一月に入り、紅葉の美しい季節になりました。札幌では雪虫が飛びはじめ、早くも冬の気配です。みなさま、いかがおすごしでしょうか。



 
 最近の裏部長はいたって健全です。


 考えていることがいくつかあり、しかしそれらはどれも未知の領域にあるので、苦悶とまではいいませんが、自分の中身が根こそぎ塗りかえられてゆくような不安とたたかっています。




 たとえば、散々書いてきた「相手とひとつになる」という感覚。その感覚があたりまえになりつついま、今度はそれを攻撃にもつかえなければおかしいと思うようになり、しかしそう容易くは応用できず、わたしはいま、そこで葛藤しています。





もっと正しく、もっと豊かに、技の声を聴きたい

 
 ここ数日、わたしがしずかな闘志を燃やして、渇望している想いです。





 まったくとは言いませんが、やはりまだ自分の動きや身体はひとりよがりで、いつも何かに拠っている。不安定な状態が怖いから、つねに何かを演じて、その威光を借りているようなところがあります。しかし、それは自分ではない何かで自分のなかを埋め尽くして、強く逞しい人物を演じているようなもので、すぐに無理が生じます。




 ただ無造作に、そこにあるもの。


 それが答えのような気もするし、甘えのような気もするし……。



posted by 札幌支部 at 11:21 | Comment(0) | 裏部長の日記

2013年10月13日

かけがえのない夜に

 こんばんは。裏部長です。三連休、いかがおすごしですか。



 この週末、札幌大学では大学祭が開催されていて、校内施設をつかうことはできません。よって札幌支部も例年どおり、金曜日の稽古をお休みにしたのですが、その代わりに、ちょっとしたイヴェントを催しました。


 というのも、後輩たちが、「一度、師匠を囲んで飲み会のようなことをしたい」としきりに提案し、またそれを受けて師匠も、「わたしの帰国報告会ということなら」みたいな話になって、札幌支部では珍しく、稽古以外の目的で門弟たちが顔をあわせることになったのです。



 この日、天気はあいにくの雨でしたが、さほど強いものではありませんでした。


 集合は稽古開始時刻と同じく、午後六時。


 大学の構内ではすでに屋台が出ていて、中央棟前には小さいながらも立派なステージが組まれ、まばらな観客を前に、大学のマスコットキャラクターが愛嬌をふりまき、チアガールたちがアクロバティックな演技を披露しています。



 三々五々集まり、そこへ師匠も合流し、徒歩で移動します。うまいこと雨はあがって、全員の胸に、普段はあまり見られないような、軽い高揚感のようなものが生まれ、そのわずか数分の移動中もそこここで会話が生まれていました。


 会場は、〔Champ.な〕という洋食屋さんで、この日はわれわれで貸切状態でした。各自席につき、飲みものを注文すると、あとはコースに従って随時、フレンチ(?)の料理が運ばれてきます。



 われわれはそれらを優雅に、ときに貪欲に片づけながら談笑していました。



 この会食の場を埋めたのは、師匠とそのご家族のほかに、部長裏部長、最近もどってきたS呂くん、S浦くん、昨年栃木に行ったO塚くん、O澤くん、I藤くん、札幌大学OBのA田くんとH田くん、在学生のK村くん、そしてK先生と、師匠御一家を除いても、なんと十一名という大所帯でした。


 師匠も驚かれていましたが、札幌支部にもこれだけの人数が集まるようになっていたのです。



 食事は二時間ちょっとで終わり、われわれは店を出ましたが、何やら全員が興奮さめやらぬといった顔つきで、結局そのままふたたび大学へもどり、師匠の研究室でさらに話すこととなりました。師匠のパソコンで稽古の映像などを見ながら、緊張感などまるでないリラックスしきった雰囲気のなか、雨にぬれた肌寒い秋の夜はふけてゆきました。




 わたしは部長とともに、午後九時五十分くらいに研究室を辞して帰途につきましたが、なんとも不思議な、いままでにない心地よい時間をすごせた気がしました。何より、参加した全員がたのしそうにしていたのがよかった。そして、誰もがみな武術に熱心であることもうれしかった。



 帰途、部長と、「来年の春で、俺たちが入門して丸十年になるね」と話し、いくらか感慨に浸っていました。空心館札幌支部へ集い、稽古をするようになって、もうそんな時間が経とうとしているのです。


 それはたかが武術かもしれないし、それは単なる趣味かもしれないけれど、わたしはやっぱり、それはかけがえのないものだと思います。趣味はなかなかお金にはならないし、腕前をあげたところで、社会的地位が向上するわけでもないけれど、でも、それは大切な生きがいになってくれるはずです。




 わたし自身がすでにそうなっているので、この意見は譲れません。

posted by 札幌支部 at 21:14 | Comment(0) | 裏部長の日記

2013年09月29日

廻廊

 こんばんは、裏部長です。


 師匠が帰国されて約一箇月が経ちました。昨年の八月末、師匠が参加される最後の稽古には、普段では集まらないような人数がつどい、ほとんど送別会の様相を呈していましたが、復帰時はわりかし淡泊な雰囲気で、現在もいつもと変わらないのんびりとした札幌支部です。最近で変わったことと言えば、少年部へつき添っている子どもたちのお母さん方が稽古へ参加されるようになったことくらいでしょうか。


 内容の面では、新しく導入されたものと、刺戟をあたえられたものと、二種類あって、前者は師匠が中国からもち帰った養生法などで、稽古の際には太極歩とあわせておこなっています。空手ではなかなかやらない身体のかたちや動作の速度は、あきらかに異質で、だからこそよい勉強になります。


 後者の刺戟というのは、おもに空手において師匠の指導が復活したがために走る、氷上の亀裂がごときものです。この一年間も決して怠けていたわけではありませんが、やはり師匠がいるのといないのとでは緊張感が違い、また指摘される箇所も多岐にわたるため、ごくふつうのメニューをおこなっていても刺戟があるのです。ひさしぶりにさまざまな課題が出されて、わたしを含め、後輩たちもきっとこれまでにないやる気を見せていることでしょう。




 個人的なことで言えば、何度もここに書いてきた「相手とひとつになる」という例の考え方にさらなる飛躍が見られました。もちろん、それをもたらしてくれたのは師匠で、不在時にわたしが個人的に考えつづけてきたこととその教えとが融合した瞬間が、つい数週間前にあったわけです。



 それがどんなジャンルの武術であれ、相手に作用し、相手をどうにかする技である以上、ひとりよがりでは不完全です。何度も書いてきたことですが、突きや蹴りを受けてダメージを喰らうのも、投げられたり押さえられたり絞められたりするのも、自分でなく相手なので、技においては、かならず相手をどうにかしなければならず、自分としては、そのために最大限の努力をすべきであることは、わざわざ言及するまでもない話です。


 しかし、稽古においてあらかじめ動きが指定され、その枠のなかで相手を制さなければならないとき、人はどうしても、勝手に自分だけで動いてしまうものです。体道がその最たる例で、いや空手においてさえ、攻撃は攻撃、防禦は防禦と、いつの間にか割りきって、自分のことしか考えずに稽古をしていることが多い。


 柔術などをやっていて、それでは技が決まらないように、きちんと相手を崩さなければ武術としては不合格で、そのためには、おのれを滅し、百パーセント受け入れるつもりで、相手を感じる必要があるとわたしは考えました。自分でどうにかしようという思いこみがあるせいで技が成立しないのならば、その自分というやつを消してしまって、すべて相手でやってみる。すると、どこに力が入っているか、相手がどうしたいと思っているかが、わずかな接点から伝わってきて、それをキャッチできるからこそ、落ちついて技をおこなえるのではないか。


 これは理論というより実感をあえて理屈づけて明文化したもので、すくなくともわたしは、この姿勢で稽古に臨み、できなかったことができるようになりました。だからきっと、決して間違った考え方ではなかったと思うのですが、師匠の指摘によって、それはまたべつの顔を見せはじめたのです。



 師匠は言いました。「相手とひとつになる前に、技と同調しなくては」と。




 わたしが件の、『相手とひとつになる理論』を打ちたてたとき、次の課題として自分のなかに置いたのは、「ひとつになることが難しい性質の相手やその攻撃に対しても、やはり同様にひとつになるためにはどうしたらよいか」ということでした。


 空心館の空手は、たとえば追い突きなどにおいて、きちんと相手の懐のなかにまで身体を運び、反発することなく、突き抜くことをしています。これは言うなれば、攻撃側も、相手とひとつになる要素をもって突きを出していることになり、だからこそわたしは、受けをする立場において、空心館の突きを題材に、相手とひとつになる動きを実践できたのです。


 しかし、攻撃してくる人間がすべてそのような、反発原理をもたない突きや蹴りを出すとはかぎりません。いやむしろ、空手の業界ではそちらのタイプのほうが多く、素人であればなおさらでしょう。容易に同化させてくれない場合がほとんどなわけです


 もちろん、どのような性質の相手にも対応できなければ技として不十分だし、武術とは言えないでしょう。だからわたしは、今後の課題として、そういった反発原理にもとづいて攻撃してくる相手をも吸収し、同化するための方法論や感覚を見つけようと心に誓ったのですが、案外あっさりとその解答は手もとへ落ちてきました。



 それが先の師匠のことばです。



 相手と対峙するとき、自分と相手のあいだには技があります。武術においては、まず、この技に自分自身を同調させることが重要だと師匠は説きます(師匠はこのとき「同化」ではなく「同調」という表現をつかいました)。そして、技そのものと自分が上手くあわさったあとで、そのなかに相手を入れてしまう。これができれば、相手の攻撃がどんな性質のものであれ、対処は可能になるというのです。



 想像すれば簡単な話です。柔術の技を例にとると、その技のなかでは、相手の攻撃に対し、こちらの受けや捌きがあり、崩れが生じ、その結果、投げや押さえによって相手を制するという結末が待っているわけですが、まずこの技に自分自身を同調させる。つまり、自分がその動作を手順にそっておこなうというよりは、自分が技の動作そのものになって、技の外に自分をこぼれさせないような状態をつくる。そこまで同調させられれば、自分=技となるわけで、そしてその技のなかには、攻撃してきた相手を最後に制してしまう流れがあらかじめ組み込まれているため、その渦中に相手を入れることができれば、おのずと結果は見えてきます



 巧く書かれた脚本とすばらしいキャスト、監督の手腕が光る良質な恋愛映画のようなものです。ドラマティックな出逢い、愛らしいやり取り、しかし切ないすれ違い、衝突、泪……このままふたりは離ればなれになってしまうのかと思わせておいて、最後の最後にハッピーエンド。観客は、うるんだ眸の向こうにエンディング・ロールを見て劇場を出ます。


 そんな良質な作品をスクリーンにかけることができさえすれば、あとは劇場にお客さんを入れるだけでいいわけです。そこまでお膳立てができれば、あとは勝手に、観客は泣いたあと笑顔になって、誰か自分にとって大切な人のことを考えて帰途についてくれます。



 技と完全に同調した人の動きは、美しい。もう一年以上前のことになってしまいましたが、昨年の六月に栃木へ行った際、空手の稽古の前に師範がすこしだけ型を見せてくださいました。あの瞬間、道場にいた誰もが動きを止め、息を呑み、そして型が終わると誰ともなく嘆息をもらしていたのも同じことだし、師匠が李自力さんの太極拳を見て、美しいよりも「怖ろしい」と漏らしたのも同じことです。


 そこまで完璧に技と同調している人というのは、言うなれば、技がある以上無敵みたいなものです。だって、技というのは相手を制する結末をすでに有しているのですから、そのものとして動けるということは、そのなかに入れ込まれてしまったが最後、こちらには抵抗の余地が残されていないということで、そう考えると、師匠のことばどおり、師範などの動きは、きれいな上に、やはり怖ろしいのです。




 この観点に立ち、姿勢を新たにすると、空手の型をやっていても体道をやっていても、とても新鮮な印象を受けます。いかに同調することが難しいかいかに自分でやってしまっているかが、考え方をすこし変えるだけで見えてきます。


 しかし、完全に同調はできないものの、技をやっているとき、自分と技の距離感はかぎりなく零に近くなるため、そこから先はむしろ持論の方向へ展開してゆけるのではないか、とも考えられます。つまり、自分=技をやっている人なので、そんな自分は次にどうするべきか。答えは簡単で、あとは攻撃してくる相手と同化するだけでよい、となります。先の、技のなかに相手を入れてしまうというのを、あえて持論をベースに言うとこういうことになり、きっとそれが、今年に入って意識するようになった技の理屈だったのでしょう。



 ようやく溜飲が下がりました。





 それにしても怖ろしいのは、先達たちの遺された教えです。師範が以前コメントに書いてくださった、「拳を鍛えたり筋肉を鍛える時間があれば技を覚えなさい」という先代のことばは、そっくりそのまま、今日書いたことを示唆しているように思えてなりません。


 無駄を省き、徹底的に洗練されたそれらの教えを、われわれは長い時間をかけて解凍し、刻み、溶かし、ときには培養して、咀嚼しなければならない。それこそが武術ならば、修業に、金や名誉や排他的な意思表示など必要ありません。





 この身と心さえあれば。

posted by 札幌支部 at 20:42 | Comment(0) | 裏部長の日記

2013年08月31日

非力だから見つけられる

 こんにちは。裏部長です。



 木曜日の道新文化センターでの話です。


 先週の講座で、すでに今月分の十本の技を教え終えていたので、今週からは復習期間になります。とはいっても、何度か休まれている受講生もいるので、空手の基本、移動をやったあと、わたしは各グループをまわり、抜けている技を補填する作業に入りました。


 この日は八名の受講生があり、それを、三名、三名、二名の三グループに分けて稽古しました。最初の三名のグループは、一名のみ技が抜けているだけで残りの二名はすべて習っているので補填はすぐに完了。男性のみの二名のグループも、新規の方がひとつだけ抜けていたのでこれもすぐに完了。最後の女性三名グループは残念ながらひとつ取りこぼしてしまいましたが、まだひと月あります。どうにかなるでしょう。


 そんな作業をする合間、わたしは教室内が見渡せる場所を行ったり来たりして、それぞれの稽古ぶりを観察していました。片や真剣に、片や黙々と、あるいは和気藹々と稽古をされていて、復習にあてた一時間弱はあっという間にすぎていってしまいます。


 このとき、ふとわたしはこんなことを思いました。「この講座は女性が多いんだなあ



 まあ、わざわざ回想するまでもなく単純に女性の受講生が多いのです。現在、水曜日のラフィラ教室は全八名のうち六名が女性、木曜日の教室においては、全十二名のうち九名が女性です。講座をはじめた当初は男性のほうが多かったのですが、ここ数年はすっかり女性の天下です。


 この現象を見て、わたしは、「武術にかぎらず、武道や格闘技をやりたいと思う男性は、自らの肉体を思う存分つかうような動きがしたいのだろう。いくつもの技を、淡々と、地味に反復して稽古するようなものは退屈なのに違いない」と思ってきました。


 しかし、いまはちょっとだけ違う見方をしています。



 武術というのは基本的に護身術で、その技をおこない自らの生命を守ることができれば、相手が重傷を負おうが、半身不随になろうが、知ったことではありません。柔術を見ればわかるように、技の最後に腕を折る、後頭部を床に叩きつける、目を潰すなど、かなり残酷な結末が用意されていますが、技をおこなう人間はその結末までが勝負なわけで、やり終えた瞬間、相手にどのようなダメージがあたえられているかまでは斟酌しないのです。


 ただし、だからといって、自分がやりたい動きを自分がやりたいようにおこなうだけでは技はきまりません投げられたり、押さえられたり、崩れたり、絞められたりするのは、自分ではなく相手だからです。技を成功させ、護身を完了するには、きちんと相手を動かさなければなりません


 何度かこれまでにも書いてきましたが、『相手とひとつになる』、『相手を主役にし、自分はその補助をするくらいの心持ちで技をおこなう』ということがどのようなかたちであれ出来ないかぎり、技はかからず、武術としては成立しないでしょう。それは体道が教えてくれたことです



 道新文化センターに女性の受講生が多いのは、大多数の女性が男性にくらべて非力だからです。もちろん、それは体力や筋力の面においてです。自らのパワーで、無理やり相手を崩すことができないからこそ、技の力を頼りにする。このスタンスからすべてをスタートさせているので、空手をやっていても木刀を扱っていても、つねに真剣に、つねに柔軟に、技の習得を目指してくれます。


 拳で、胸でも肩でもいい、軽くパンと叩かれたとします。これに対し、「全然痛くない」「だからどうした」「やるのかこの野郎」ではいけないのです。そういうリアクションしかできない人は技を見失います。それがどんなに軽い攻撃であったとしても、「痛いなあ」と思える繊細さがないかぎり、いつまで経ってもひとりよがりの遠吠えです。


 しかし、こと男性においてはこの感覚がわかりづらいのです。とくに、ある程度の若さ、筋力、体力、肉体を有し、あるいは過去に武道や格闘技などの経験がある人においては、小さな刺戟に対して、受け入れるリアクションを取ることが難しく、どうしても反発してしまいます。寄り添い、懐柔する前に破壊しようとしてしまうのです。そして、そういったタイプの人に、「非力になれ」とどんなに強く訴えてもできるわけはありません。なぜなら、人間は普段から筋肉に力を入れて生活する生き物だからです。


 
 だからこそ、「型でやる」しかないのです。足を出すのか引くのか、受けをするのは右手か左手か、どのタイミングで受けるのか、その瞬間の相手との距離や角度はどのくらいか、など、これでもかというほど細かいポイントまで指定された動きを、とにかく純粋にやること。足を引かなければならないときに出してしまったり、相手が倒れないからといって無用な痛みをあたえてしまったり、自分勝手に事態の打開をしようとした瞬間、技は消えてしまいます。あとに残るのは、衝突の不協和音と、やってやったぜという自己中心的な達成感のみです。



 体道において柔道の乱捕りのような稽古をしないのは、技のなかに物騒な結末が含まれていて、大怪我につながる危険性があるからだとこれまでは考えてきましたが、それだけではなかったのですね。修業者をあえて型稽古のなかに閉じ込めることで、自分勝手な力の発散をさせず、技の動きしかできない状況下へ置くことによって、半強制的に感覚の習得を促す効果があった。だから、最初から自分の肉体なり筋力なりに自信のある人は体道をやりたがらないわけです。誰が悪いわけではない、もともとそういった性格のものだったのです。




 最近、何をやるにしても体道を中心に考えている自分がいます。それで空手も変化しました。感謝です。







 さて――。


 本日、師匠が帰国されます。


posted by 札幌支部 at 12:06 | Comment(0) | 裏部長の日記

2013年08月25日

 おはようございます。二日連続の裏部長です。



 空手の約束組手において、重きをおいて稽古しているのは中段追い突きです。これは空心館の代名詞のようなもので、非常に重要な技です。ただ足を出して、同じ側の腕を伸ばし、相手の水月を突くだけのシンプルな動作ながら、奥深く、やればやるほど異なる印象を得ることができます。


 この中段追い突きに対して、防禦の側の人間は、基本的には中段内受けをすることになっています。もちろん、ここで言う受けとは、相手の腕を打ち払ったり止めたりするものではなく、内受けをしながらおのれの体を逃がすかたちのものです。動作が完了したとき、受けをした人間の前手は、相手の肘か二の腕あたりに触れているはずです。


 しかし、上記の状態はごく初歩のころのもので、相手が身体をじゅうぶんに運んで、深く突き抜けるようになると、その腕にこちらの前手を触れさせたままでいることは難しくなります。それに、拳だけではなく身体全体で入ってこられるので、ややともすると衝突が起きてしまいます。


 それほどの段階になったら、防禦の側の人間は、手で受けなくなります。つまり前手は構えたままの位置に浮遊させておき、体のほうだけ追い突きのラインから外すのです。相手の踏みこむ度合にもよりますが、こうして避けると、こちらの前手は相手の背中に抜け、懐のなかに相手がすっぽりと入るかたちになります。



 当然、相手はただ避けられるために突いているわけではないので、稽古を重ねるにつれて工夫がなされます。この受け方をしている人間は、しだいに胴体を突かれるようになるでしょう。そうならなければ、突く側の人間に進歩がないということになってしまいます。


 工夫、とひとことで言っても、それは数年単位のもので、決して生易しい話ではありません。突いても避けられる、当たらない、かすりもしないという稽古のくりかえしを経て、ようやく拳が相手の胴体へ触れはじめる。長い修業の日々が必要です。


 だからこそかもしれませんが、防禦をする側の人間は、相手の中段追い突きが変化し、実際に当たるようになったとき、はじめて、あの初歩のころにやった中段内受けのことを深く考えるようになるのです。斯くいうわたしがそうでした。



 狙われるのは中段ですし、人間なのでどんなに真剣にやったところで突きがぶれないことはないので、拳がきちんと水月にあたることは稀です。それに、突き手よりも受け手のほうが格上だった場合、その追い突きがどんなに重く鋭くても、あまり怖くはありません。多少喰らったところで痛くも痒くもないのです。


 ならばどんな場面においてなら、じゅうぶんな必要性をもって中段内受けをせざるを得なくなるのか。ここ数年の稽古のなかで、わたしはふいにそんなことを考えました。わざわざ前手をつかってまで相手の突きを受けなければならない状況とは何か。


 わたしの出した答えはふたつで、ひとつは相手が未熟な場合です。身体の運び方、腰のつかい方など、諸動作の指導をしなければならず、また突きそのものがかなりぶれるので、防禦としては大きく広く受けなければなりません。


 そしてもうひとつは、相手の突きが、前手で防禦しなければいけないほど強力になったときです。悠々と避けることも、胴体で受け止めることもできない怖い突き。これが飛んできたときはじめて、ごく標準的な意味で“受ける”必要が出てきます。つまり、前手を防波堤にし、その蔭に逃げこむのです。



 ここで攻防の役割を逆転させて考えるに、追い突きをする人間は、精度があがり、重さも増して、おのれの突きが怖いものとなり、相手が思わず前手をつかって受けてしまうまでは、二本目を突かなくてよいのかもしれません。一本目の追い突きがそこまでのレヴェルに達していないのに、二本目や三本目やまして蹴りなどに走っていては、いつまで経っても追い突きそのものが変化しません。相手に前手で受けられるような追い突きができるようになってはじめて、その次の攻撃を考えるべきではないでしょうか。




 しかし、言うまでもなく、攻撃は多種多様です。中段追い突きに限定したところで、人によってその趣きは大いに異なります。力が抜けている人、入っている人、突きっぱなしの人、すぐに引く人、腰を落とす人、跳ねる人、拳の大きさや腕の太さだって三者三様です。防禦をする側の人間は、それらすべての攻撃に対応しなければなりません


 腕や拳に限らず、攻撃の種類や攻撃者の体格の違いなどに注目した場合、体道を見よということになるのかもしれません。あれだけ多くの技があるのは、それだけレパートリーを有していないと、さまざまな相手に対応できないという研究結果の現れでしょう。捕の人間の体格にも対応しているようなところもあります。


 しかし、空手の約束組手において、防禦の側にまず許されているのは中段内受けです。攻撃も一律なら、防禦も一律。つねに内受けという技でもって、十人十色の追い突きを捌かなければならないのです。これは思っている以上に難易度が高い話で、われわれは白帯のころから、そんな無理難題の前に立たされていたわけです。



 わたしの現在の見解としては、「受けの動作を固定してしまう」ということです。それも、ただ同じ動きをするというだけではなく、その受け方をすれば、相手がどんな追い突きであったとしても同一の結果に導くことができる。そんな受け方をするしかないと考えています


 自らの体を逃がして、突きのライン上から外れる受け方では、前手をつかってもつかわなくても、相手の追い突きが硬度をもった直線的なものであった場合、避けることができます。しかし、相手がほどよく脱力し、鞭のような紐のような突きをしてきた場合、拳は当たってしまいます。しかも、こちらは横へ体を逃がしている最中に突きを喰らってしまうので、威力を吸収したり呑みこんだりすることができません。逆に、最初からその場を動かず、相手に中段を突かせる。そして、その突かれたポイントだけで威力を吸収し、上半身を撓ませる。この、昨年来やっている受け方をすると、相手の追い突きがどんな性質のものであれ、こちらの水月に当たるという結果はつねに同じなので、そこさえ対応できれば、結果は同一のものになります。



相手はこちらの身体を目がけてくるのだから、待っていて、届いた攻撃を捌けばいい」とは、師匠のことばです。標的たる自分自身をニュートラルに保ち、そこへ届いた攻撃に柔軟かつ迅速に反応し、あるいは反応させられることで、つねに均一に近い結果をもたらす。その姿勢が致命的な隙を消し、適度な遊びを有している以上、枠内で攻撃してくる相手の突きは無駄足に終わり、その均衡を破るためには、攻撃者はエキセントリックな手に出ざるを得なくなります。しかし、そんな攻撃はほとんどの場合、じゅうぶんな威力を発揮しないものです。




 たった一本の追い突きでここまでのことを考えたり実践できたりする稽古は、わたしにとって驚異です。師匠が、「追い突きがあればいい」とおっしゃっていた意味が、すこしずつわかってきたような気がします。


posted by 札幌支部 at 11:03 | Comment(0) | 裏部長の日記

2013年08月24日

いかに自然であるか

 おはようございます。筋肉痛が約二日後に出るようになった裏部長です。

「これが老いというやつかーッ!」

 と、ショックのあまり心のなかで叫んでしまいました。




 火曜日の稽古で柄にもなく、あることを空手の稽古のなかで根をつめてやってしまったのです。その結果、稽古の翌日に背中の右側が痛くなり、そのさらに翌日には左足が奇妙な悲鳴をあげ、現在に至っています。


 週に四度も胴衣を着ていたってそんな痛みに襲われることのない裏部長は、水曜日の夜、寝返りを打てないことを悟り、「これはもしや腰をやったか!?」と冷や汗を流し、木曜日に左足が石のように固まってしまった瞬間においては、「アキレス腱をやったか!?」と気が気ではありませんでしたが、どうやらただの筋肉痛だったようです。



 裏部長は中学生のころに左膝の靭帯を痛め、合気道をやっているときにそれが悪化し、昨年には痛烈な打撲の結果、右手の人さし指が完全に曲がらなくなりました。左手は無事ですが、右手はきれいな拳を握ることができません。


 こんな有様だからなのかはわかりませんが、ここ最近は空手をやっていても体道をやっていても、不自然な動きや無理のある身体づかいをすると、かならずどこかに痛みが出るようです。逆に、すべてにおいて無理のない、自然な状態で動けているときは、たとえば空手の組手である程度烈しくやり合ってもまるで平気なのです。



 先日の稽古で柄にもなくがんばってしまったというのは、じつは空手のでした。普段はしない過度の締め、絞りをおこない、頑なにやってしまったのがいけなかったのでしょう。手痛い筋肉痛を抱えた裏部長は、水曜日のラフィラ教室の際、拳法図のある技で、相手の脇腹へ当て身を入れる瞬間、右手の人さし指が痛むことを知り、それらの動作が自分にとっていかに不自然なものであるかを知ったのです。



 ここ最近の約束組手において、気持ちよく動けているとき、裏部長はほとんど拳を握っていません。そう意識してやっているのではなく、握れないのです。もちろん手をひらいているわけではありませんが、完全な拳、というかたちにはならず、掌で空気を包んでいるような状態です。


 そんなかたちで突いたら逆にこちらの手が痛くなるだろう。最初は裏部長もそう思っていました。しかしいつからか、そう突いたほうが力みも淀みもなく、むしろ強力に突きぬけられるようになったのです


 この突きには力みがまるでなく、以前書いた「全放出の突き」と言えるかもしれません。これをしていると、肘も肩も自由になり、速さも増します。動作のなかに締めが存在しないので、滞りなく突けているとき、腕全体が太くなります。


 そしてここが肝心なところですが、突きがここまで変化すると、それを出す前段階の移動部分も変わり、すべての動作中の身体感覚も変わり、ひいては受けも変わってくるのです。あえて抽象的なイメージを用いれば、太い幹をもつ巨木が、大きくひろげた枝に無数の葉をつけ、ありとあらゆる強さの風になびいて揺れているような感じです。軸そのものは緩みませんが、腕や脚は適度にほどけ、遊ばせることも限定することも暴れさせることもできるのです。





 一昨年、本部道場へお邪魔したとき、Y師範代が、「稽古をつづけた者勝ちだよ」というようなことをおっしゃっていました。どんなに隆盛をきわめても、稽古をやめてしまったのでは成長が止まってしまう。最後までつづけた者しか高みにはのぼれない、という意味だったのでしょうが、わたしはいま違う印象をもっています。


 中年をすぎ、初老と呼ばれる年齢になってもまだ、十代や二十代の若い世代の人間と同じ量の稽古をつづけられる身体づかいとは何か。筋肉を増強し、ランニングなどをして体力を維持し、がむしゃらにただ数だけを稼ぐような足し算の修業では、いつか若い人に負けてしまうでしょう。師範や師匠のように、無駄を削ぎ落とし、技だけが残ってゆくような修業は武術家の理想です。しかし、わたしがY師範代から受けた印象はそれとも違い、むしろ掛け算のようにさえ思えるのです。




 性格や思想、体格や感覚にいたるまで、人は多種多様で、全員がまったく同じ経路をたどって成長してゆくわけではないとしたら、果たしてわたしに合った道とはどんなものだろうかと、雷鳴とどろく曇り空の下で考える裏部長でした。



posted by 札幌支部 at 10:48 | Comment(0) | 裏部長の日記