2007年01月14日

整理A「コメント」

 裏部長です。今日は久しぶりにまだ日の高い時間帯に書き込みをします。

 まずは、すっかり忘れていた各書き込みに対するコメントを。
 久しぶりに書き込んでくれた苫小牧っ子のH君、あけましておめでとうございます。アルバイトが忙しく、稽古へあまり来られないという話は以前から聞いておりましたから、別段こちらとしては心境の変化なくお待ちしております。みんなそれぞれ自分の生活がありますから、無理して来ることはないのです。春休み、時間が出来たら、まるでその前の日の稽古まできちんと参加していたような顔をしてぶらっと来てください。待っています。
 武術的筋力トレーニングの「前ささえ」ですが、これに関しては以前稽古のなかでも取り上げ、実際にやってみたことが何度かありました。あのときH君はいたかな?そのへんは師匠もわたくしも記憶が定かではないのですが、もし居たのならやり方はわかっていますね。気をつけなければいけないのは、前へ行ってから後ろへもどってくる、この一連の動作がきちんと円状に行なえているかどうか、この点です。確認しながらやってみてください。

 S呂君へ。改めて黒帯おめでとう。良かったですね。書き込みにもあった通り、黒帯を締めたその日から急に稽古の内容が細かくなって、いよいよ“空手ゾーン”に入ってきた感じですが、気負わず、愉しく、札幌支部を盛り立てていってもらいたいと思っています。
 いまだ師匠も含め、札幌支部の黒帯四人衆が勢揃いしたことがありません。今度揃ったら写真でも撮りましょう。

 そして、T先生。毎度毎度、ご丁寧な書き込み、恐れ入ります。わたくしの、ほんの思いつきからアップした文章を受けて、スポーツ的筋力トレーニングと武術的トレーニング、すべての動作・運動における「術化」のお話などなど、深すぎるほどのコメントを書いてくださってありがとうございます。お書きになっていた通り、一読してすぐに解する内容のものではありませんでしたが、しかし興味ぶかいことには変わりなく、今後の参考にさせていただきます。
 なお浅山一伝流体術の「首投」に関してですが、わたくしも稽古のときに疑問を感じました。たしかに、その技の名前とは違い、投げることはしません。あの内容であれば「首外」(くびはずし)もしくは首を抜いてから相手の腕を押さえるため「抜落」(ぬきおとし)なんていう技名が合うように思われます。
 でも、やっぱり投げるのですね。それを聞いて納得しました。
 ただひとつ解らないのは、ではどうしてその投げる形で稽古しないのか、という点。「首投」という技名で、そして実際に投げる形があるのなら、どうして最初からそれをやらないのか。また逆にいえば、ゆくゆくは投げる形となるが現時点では投げず、それこそ「山脈取」のように相手の腕を押さえこむ形で稽古するのなら技の名前をそちらに合わせて変えるべきではないのか。
 どうして技の名前を据置き、内容だけにそのような矛盾もしくは段階をつけるのか、これが釈然としません。

 以上、書き込み忘れていた裏部長からのコメントです。T先生の書き込みはあまりにも内容が詳細すぎて、ここでどうこう云える段階にありませんので書きません。これに関しては個人で、じっくりと吟味するつもりです。
 さて明日からはまた新たな一週間。今週からは稽古が不定期になります。
 明日の月曜日はあり、水曜日、木曜日もありますが、金曜日の空手稽古は休みです。一同、お忘れなきよう注意して来てください。
 明日はいつものように1002教室、師匠不在ながらきちんとやる予定です。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 15:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年01月13日

整理@

 こんばんは、裏部長です。昨日は久久に新しい型を真剣に(まあいつも同様に真剣ではありますが)稽古したためか、今日は清清しい疲労を抱えております。特に下半身、足まわりがどこか重い感じがします。横幅のない前屈立ちの影響でしょう。

 昨夜はいろいろと教わったことが多く、それらを一気に書くことができなかったため、今日からはその整理を少しづつやっていきたいと思います。
 一回目としては、大学の稽古時に教わったことについて、です。
 昨日は「安南硬」(アーナンコー)という型を新たに習い、後半の約束組手でも、その内容から発展させて中段追い突きをやりました。Blogのタイトル「嗚呼難航!」はこの型の名前にかけた洒落です。
 この型はなんでも背の小さなひとが考案したものらしく、受け手や躰の角度、足まわりの締めなどは、自分より背の高い相手から攻撃されたときの対処法になっているため、これまでには無かったほど、立ち方や足の位置に厳密な指示が出ました。これまで「平安」の型などで使用し、わたくしたちも普段の移動稽古や約束組手でやっていた基立ちという立ち方は遣わず横幅のない前屈立ちを多用してそこへ四股立ちや三戦気味の立ち方、猫足立ちなどを加えてゆきます(基立ちは初歩の稽古における方便的立ち方であり、実際には横幅のない前屈立ちかレの字立ちが重要)。
 各受けや攻撃の手段はこれまでにやってきたものと殆ど変わりませんが、躰は後ろを向いたまま手と上半身だけを右斜め前方へ向けて上段手刀受けとか、右手刀打ちから両手による手刀打ち、そして掬い受けをしてその流れのまま中段追い突きとか、馴れぬ変化に富んだ動作があちらこちらにあり、その順番と内容を頭へ入れるのには苦労しました。ただ、最初は「長いなあ」と思ったこの型も、師匠が通してやってみると案外短く、あっという間に終わってしまいます。
 
 この、横幅のない前屈立ちは両足の締めに繋がるわけですが、今度はこれを約束組手に活かさねばなりません。
 それでやったのが昨日の約束組手。突く人間はその締めを意識し、受けるほうは相手が足を踏み出してくるのに合わせて自分の前足を差し変えて相手の前足の内側へ入れ、その体勢を崩す。昨日の約束組手はそんな稽古をしたわけです。
 昨夜から黒帯を締めはじめたS呂君はもちろん、わたくしも部長も、これからはこの下半身、特に足まわりの締めを意識した構え、移動、そして突きを身につけなければいけません。今後の課題ですね。

 稽古終了間際にわたくしが師匠へ対しぶつけた質問というのは、昨年のBlogで書いた三点の思いつきで、一つはワン・ツーを捌かれたあとの更なる攻撃について、二つ目は突きの軌道のこと、そして三つ目は突きにおける中指の意味についてでしたが、それへ師匠が出した回答は下記の通りです。
 ワン・ツーの件においては、わたくしが考えた三本目の攻撃はいづれも、ある決まった形のとおりに相手がこちらの攻撃を捌いてくれれば不可能でもないが、しかし通常はそうもゆかず、よく行なわれる受け方をされた場合、ふたつの案ともに難しい。こちらの逆突きを相手にむかって左側(外側)へ捌かれた際は無理に左拳でもって直線的な三本目を狙うのではなく、逆突きにつかった右拳で裏拳打ちのようにして相手へ圧力をかけ、左拳の攻撃につなげるか、もしくは逆突きを突いた右手でもって外から相手の頭部へ打ちを入れ、それを繋ぎとして左拳の直線的な突きへと繋げてゆくか・・・・・・とにかく、勢い(足の勢い、軸移動の勢い)を相手へ向けて止めずにいられるかどうか、これが大きなポイントになります。わたくしの考えていた案ではどちらも自分の動きが止まってしまう、乃至は、躰の進む方向と攻撃をする方向とが違ってしまっており、どのみち有効な手段とはなり得ないということだったのです。
 二つ目の「突きの軌道」ですが、これは単純な話で、普段やっている自分の中心を突く突き方(両脇と正中線とが三角形を描く突き)をやめて真っすぐ、脇のその真ん前を突く方式に移行したほうがよいのではないか、という提案です。これに関しては、まだ攻撃する際にそちらを採用するのは早く、遣うのであれば受けの際の反撃でつかう、これが良いだろうということでした。
 三つ目の中指の件はすこし話が長くなりますが、昨年最後の体道稽古のときに、体道でつかっている青いマットを腹の前に抱えて師匠に追い突きを実際に突いてもらうという稽古をした際、前進する寸前に師匠が、腰に備えた右拳の中指をスッと浮かし、いわゆる中高一本拳にして突いたのを見て裏部長、こりゃ何か意味があるな、と踏んだ。そこでズバリ訊いてみると、いくらきちんと拳でもって突いても矢張その当たるところは面だし、一本拳にすると点で突けるし、いくらか拳が長くなるし、それらの理由から正拳のときは中指、縦拳のときは人さし指を立てて突くこともある、という話でした。
 こんな話はこれまで一度も聞いたことがなかったので、わたくしはその後もこの突き方を実際にやってみたりしたのですが、突いてみるとこれがアナタ、中指を意識するから突きの回転の芯が安定するし、また何よりも、中指の下にできた隙間を締めながら通常の拳にして突くことで、最後の拳の締めの感覚がつかめるような気がしてきたのです。
 昨夜はその結果を師匠へ提示したわけですが、これに関しては別段おかしいところもなく、反論の余地はなし、ということでした。ただ忘れてはいけないのは、そうかといって師匠たちがこれまで上記のような感覚のために中指を立てて突いてきたかというとサに非ず、そういうわけでもない、という事実です。今後、拳の握り締めの感覚をつかむためにこの中高一本拳からの握りをやってみるのも良い案かと思っていますが、その点だけは注意しておきたいものです。

 稽古での吸収点としてはこれくらいだったでしょうか。約束組手のときの、受け側の動きについては参加者自身がわかっていればいいでしょう。あんまり細かいんで、書くのもシンドイし・・・・・・。
 明日はこれら以外の整理をします。
posted by 札幌支部 at 19:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年01月12日

嗚呼難航!

 こんばんは。昨夜の稽古で、すっかり太腿が重い裏部長ですふらふら稽古の前にやった腸腰筋運動がいけなかった。恐らくあの運動のせいでこの筋肉痛は起こっているのでしょう。
 
 さて、今日は今年最初の空手の稽古でしたが、参加人数は昨夜と同様、三人のみ。おすぎさんとS呂君のみでした。S呂君も部長同様、少し遅めのお年玉代わりに、黒帯を師匠から受けとり締めました。良かったですねわーい(嬉しい顔)
 稽古の内容としては、基本稽古は受けまで。このとき、横幅のない前屈立ちの話が出て、その流れで新しい型「安南硬」を習い、足まわりの締めの話から約束組手へ行って、最後はわたくしの質問を師匠へぶつけるという展開で幕を閉じました。稽古終了がすでに八時半すぎ。そのあと一階の談話室でみんなといろいろな話をしてしまったので、大学を出たのは九時を十分ほど過ぎたころでした。

 「安南硬」という型は最初、習っていると非常に長く感ぜられ、しかし実際にやってみるとすぐに終わってしまう型で、そのためか素早く動ける動作の合間合間にリズムを緩めるワン・クッションが入っており、加えて前屈立ちの多用、足まわりの締めも意識せねばならず、流れこそ頭に入れましたが、なかなかに内容のあるゴツいものでした。なんだか急に高度な話になってきました。
 ただ、これが黒帯のスタートだと思うと身も引き締まります。今後の稽古が愉しみです。

 今日はなんだか文章がまとまりません。たぶん、稽古で教わったものが多すぎて、しかもそこへ来て体道連盟技術顧問T先生のコメントも非常に堪えてしまい、整理できずにいるからなのでしょう。自分のなかで消化できるまでにはあと数日かかりそうです。
 ですから、今日の後半の内容も含めて、今週末あたりに書こうと思います。わたくしが師匠へぶつけた質問の回答、T先生の「術」の話などなど、ですね。

 ではでは、今夜はこのへんで。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年01月11日

稽古初日

 こんばんは、裏部長です。本日は平成十九年の初稽古。遅めの鏡開きでございます。
 今年一発目の稽古ということで、裏部長、気合を入れて大学へ乗り込みましたが、いやあそれにしても寒い!外へ出て吃驚しましまいました。あれでマイナス五度は優にあったでしょう。もう寒いっていうレヴェルではありません。
 そんな気温のなかで行なわれた稽古ですので、まあいつも通りといっちゃいつも通りなんですけど、参加人数たったの三人。躰が温まらないのでひとまず空手の其場突き、前蹴りなんかを最初にやって、それから体道稽古へと入りました。
 わたくしは、免状はまだ届いていないものの、“お年玉代わり”ということで黒帯を渡された、今日が初黒帯の部長につき合いながら浅山一伝流体術上段之位の復習をし、後半は自分の浅山一伝流体術下段位から、十本目「翼締」の四つ目の形、十一本目「首投」、十二本目「後肩取」を習いました。これで一応は下段之位、最後までいったことになります。あとは復習、復習、復習です。

 久しぶりの稽古でしたが、別にこれといった異変もなく、適度に会話も弾んで、気兼ねなく動けた二時間でした。まあ前回の稽古から三週間も経っていませんから、そりゃ違和感の生ずる余地はあまり無かったのですが、やっぱり新年一発目ですからね、ある程度の緊張感は持ちたいのです。
 
 帰途、部長と今後のことを話しました。彼も今年の春から四年生。そろそろ部長職を後輩に譲らねばなりません。ちょうどわたくしが部長職を彼へ渡したのもこの時期、四年へあがるときでしたから、本当にもうそろそろ、三代目の部長を決めねばなりません。
 しかし、これが難航しているのです。やはり部長ですから、いろいろな条件があるのですが、それらを一旦すべて忘れて、サラの状態で考えてみるに、やはりまずは真面目なひとでなくてはならぬ。修行というものに対して真摯で、かつ稽古へはほとんど百パーセントの確率で出席し、意慾尽きるところなし。すでにある一定期間こちらへ稽古に来ていて、その内容や組織のことなどについても知っており、若くて、礼儀正しくて、なおかつ責任感のあるひと・・・・・・がいいのですが、こんなひと、現在の札幌支部にはいません。
 たしかに有望な後輩たちはたくさんいます。先日入った新人のST君、東京都出身のA君、このふたりは若く、かつ真面目ですが、しかしST君のほうはついこの前入ったばかりで、いきなり部長職を与えるにはまだ経験が少ないし、A君のほうはそういった意味では十分ですが、稽古へ来る頻度がまばらです。一長一短というやつです。
 今のところ真面目に来ていて、しかも札幌支部のことをよく知っている人間にS呂君や今日も来ていたON君などがおりますが、彼らも部長とおなじ学年ですからね、それじゃ意味がない。やっぱり若手で、というのがわたくしたちの希望なのですが、いかんせん厳しい。
 年越し、そして新年と、すっかり問題を先延ばしにして来ましたが、そろそろ本当に考えなくてはいけません。これは札幌支部の存亡にかかわる大事です。よもや疎かにはできません。
 後輩諸君はその旨、少し熟考してもらいたいと思います・・・・・・うん、うん。

 さて明日は空手の稽古です。この分だとおそらくS呂君へも早めの黒帯が授与されるでしょう。稽古の場に師匠も含めて黒帯が四人。壮観でしょうなあ。札幌支部創設当初には考えられなかった風景が見られそうです。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 22:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年01月10日

思案中。

 う〜ん・・・・・・どうしようかなあ・・・・・・。そのまま書くんじゃ面白くないし、かといってあんまり文学的すぎても良くないし・・・・・・ああ、どうしようかな・・・・・・。

 あっ、どうも裏部長です。すいません、ちょっと考え事をしていたものですから。
 いや何ってね、ホラ、『秘伝』っていう武道関係の月刊誌があるでしょ?あの雑誌がね、春に「道場ガイド」っていうのを附録でつけるんですよ。全国各地の武道・武術道場の告知というか、いわゆるプロフィールみたいなやつね、これを北から南まで、ズラッと並べてお届けしようっていう趣向なんですが、我が札幌支部も二年ほど前からこれに掲載をしているのです。
 最初に出したときは空心館の説明ですか、何ていう流派の空手で、先代の藤谷先生のことや、札幌支部では現師範のご子息であるウチの師匠が教えていますよとか、そういう基本的なことを載せて、二回目にはちょっと趣向を凝らしてですね、すこし読物風に、「蹴り」の話題を取り上げて書きました。別に掲載する文章に凝る必要はどこにもなくて、ただ新たに入門を希望するひとにとって最低限要る情報だけを書けばいいんですが、それはねえ、やっぱり載せる以上読むひとが目を留めるものじゃないといけないし、折角だったら何か面白い話のほうが・・・・・・って、結局考えちゃうわけです。
 でもね、今回はそれが思いつかんのですよ。締め切りまであと十日しかないというのに。前回はね、その直前の稽古のときにたまたま師匠とのディスカッションのなかで「通常、武術としての空手では帯より上を蹴らない」なんていう話が出たんでそれを使わせてもらったんですが、今回はそういった類の話題がない。簡単に云ってしまえば「ネタ」がない。加えて最近、この道場ガイドへ載せる案に人一倍乗り気であったこの裏部長からがあまりその、なんていいましょうかね、自分たちの団体を宣伝することに嫌気がさしてきたみたいなところがあるので余計にその、筆が乗らないんでございます。

 現時点では、昨年のT先生(技術顧問)の書き込みにあった「空手と体道をあわせて学ぶ意味」というのをテーマに考えているのですが、ただ単に空手のカリキュラムと体道の流れを並行的に見て考察して、それらしい解説をつけるだけでは面白くないし、それにこれはウチの道場外のひとたちが読むものですから、ある程度は理解しやすい内容でなければいけない。加えて今回の字数制限は二百字ですから、ひじょ〜に厳しいのであります。

 いったん思考ストップ。
 久しぶりにH君からの書き込みがあり、さらに、それへ応えてT先生からもコメントがありました。
 「武術の筋トレで鍛えた筋肉」のお話は非常に興味深く読みました。たしかにたしかに、T先生のご解説で見ると、以前わたくしがここに書いた「古流柔術と筋力」の話も解決できます。
 つまり、武術の世界でいう「筋力」と、現代のスポーツにおける「筋力」はそもそも種類の違うものであり、前者の力を鍛えて前者の世界でつかうのは良いが、後者の力を鍛えておいてそれで前者の世界へ来ても使えぬト、脱力せねば!ということになってしまうト、そういうことだったのですね。ですからもし、わたくしたちが武術的な筋力トレーニングで前者の力を養っていれば、変に脱力を意識しすぎることはないのかもしれません。
 ただ、そうなると、現時点で自分のやっている運動が前者の、つまり武術的な筋力トレーニングなのかどうか、これが心配になってきます。まあ、やっているとは云っても、拳立て伏せと指立て伏せくらいで、あとは其場突きとか追い突きとか、普段の稽古でやっていることばかりですが、これらはどうなのでしょうね。果たして武術的な筋力を養えているのでしょうか。
 
 上記のような話はおそらく道場ガイド向きではないでしょうね。紹介早早こんな話を切り出したら向こうで面喰ってしまいます。却下。
 やっぱり、「空手と体道の関係性」の方向性で考えてみます。果たしてどんな内容になることやら・・・・・・。

 えー、いよいよ札幌支部も明日から稽古が再開されます。木曜日ですから、今年一発目の稽古は体道です。時間もいつもの通り午後六時から。みなさん、是非いらしてください。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 20:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年01月09日

いっちょ鍛練してみっか

 こんばんは、裏部長です。今日の札幌は昨日までの荒れ模様がようやく明け、スカッとした青空の広がるよい一日でした。気温はさほど高くはなりませんでしたが、やっぱり空が青いとなんともはや清清しいものです。
 本日わたくしは自動車免許の書き換え更新に行って参りました。今回はいわゆる「優良ドライヴァー」というやつになるので、街中にある中央警察署ですべてが済みました。流れ作業がごとくの説明であっという間に必要書類を拵え、とんとんと写真を撮り、三十分ほどの講義を受けて終了。優良ドライヴァーはやめられません。
 しかし、すっかり無頓着になっていた間に、交通関係ではいろいろと変更があったらしく、もちろん携帯電話を走行中にかけちゃいけないとか、飲酒運転での事故に対して重い罪が与えられるようになったとか、そういったことは裏部長もきちんと知っていたのですが、たとえば、これまで「優良ドライヴァー」になっていた人たちの半分がそうではなくなり、全体の三割ほどの人しかこの称号を得られないことや、次回の更新日がすこし遠くなったとか、そういう小さな変化には気づくわけもなく、今日知ってすこし驚きました。みなさんは知っていたでしょうか。

 さてさて、わたくしの記事にまたもや、技術顧問のT先生より貴重な書き込みを頂きました。どういうわけでしょうか、栃木のI先生やY先生、奈良のM田先輩の書き込みがあると、驚きのなかに嬉しさがありますが、T先生の書き込みを見ると緊張感が走りますね(もちろん嬉しいことには変わりないのですが)・・・・・・いや、これはわたくしの勝手な想像力のせいかもしれません。
 ただ、これもどういうわけか解りませんが、T先生のお書きになる文章からはそのお人柄が垣間見られないのですね。これがおそらく恐さに繋がっているのだと思います。もしかしたらT先生、長年の修行の結果、こんなところにまで気配を現さないでいられるようになられたのか・・・・・・。

 爪に関してはわたくしも痛い思い出があります。あれはたしか、まだ札幌支部が出来ておらず、師匠の研究室で差し向かい、二人ぎりで体道稽古をしていたころのこと、日本伝天心古流拳法居取之位十本目「後襟止」の受けで、師匠の後襟を右手でつかんだ際、その中指の爪がすこ〜し伸びていたんですね。ガッツリではありませんでしたが、若干浮くくらいの現象は見せて、その間にうっすらと血の滲んでゆくのが見えました。あの小さな痛みと恐怖感は今でも忘れません。
 ですからわたくしもT先生と同じくらいの周期で爪を切っており、気づいたときには後輩たちにも口煩く云っております。なんといっても爪ですからね、剥がれてしまってからでは遅いのです。

 握力をはじめ、鍛練に関しては考え物だなあ、といった感じです。まあT先生のおっしゃるように、わたくしはまだ若輩の未熟者ですから、今は体力とか筋力とか、躰のパワーで圧倒するくらいのことしかできないわけで、その方面にちぃっと力を入れるのも良い案でしょう。諸先輩方も若いころは結構やっていたとおっしゃっておりますし、T先生もそうだったというんですから、これは試しに、やれるだけやってみるというのも良いかもしれません。
 ただ・・・・・・いちばん身近にいるお手本たるウチの師匠があまりそういうことをしてこなかったと云うんですね。いや、殆どじゃない、全くと云っていいほどしてこなかったというんです。これが少し気にかかります。
 わたくしどもが何かと質問をして、鍛練の方法を訊いたりすることがあるのですが、そういったときには師匠、さまざまなヴァリエイションの鍛練法を教えてくださいます。過去に道場でやっていたもの、またはご自身で見聞きしたものなど、その種類も多く、教わるたびにこちらでも試してみるのですが、そういった会話のときに必ず出る結論が、

          「自分はやらなかったけどね」

 という師匠の回顧話です。
 これで裏部長、わからなくなっちまう。だって師匠はそれでもあんな技をやっているわけだから。いや勿論そこには何十年という修行のキャリアがある、素晴らしい先輩や師範たちを見ながら育ってきたという素養、才能みたいなものがあるとはわたくしも思っておりますが、しかしそれにしてもこれは余りにも幅がありすぎます。昔はいろいろやったよ、でも今はほとんど・・・・・・というのなら話はわかるのですが、ほとんど全くとなると、これはねえ・・・・・・。
 
 まあ、そんなわけで、まだまだ若い裏部長ですから、無理のない範囲ですこし鍛練でもしてみようと思います。ただひとつ懸念のあるのは、こんなことを云っている現在が、今年に入ってまだ稽古をしていない一日だということです。いつもの通り稽古が始まり、ある一定の疲労を得て帰宅する生活になったときにも同じ心境でいられるかどうか、これが心配であります。
 ま、結局はいま体力が有り余ってるわけですね。そりゃ稽古してないんだもの、しょうがありません。
 早く十一日が来ないかな。
posted by 札幌支部 at 18:17 | Comment(4) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年01月08日

気配を察する

 こんばんは、散髪したての裏部長です。日本海側の各地域ではたいへんな荒れ模様で、わたくしの住まうこの北海道においてもいろいろと被害が出ているようです。札幌はさほどでもございませんが、風と雪とで交通麻痺の起こっている地域は多くあるようで、停電の報も聞いております。気をつけていただきたいものです。

 さて今日は成人式ですね。わたくしもTVでその模様を見ておりましたが、今年はどうも沖縄が酷いようです。つまりあの荒れ様が、ですね。毎年見ては不愉快な気持になるのですが、今年はちょっとだけ違いました。というのも裏部長、街なかで派手な格好をして酒盛りをしている新成人たちが、ただの暴走族に見えてしまったのです。
 成人になったばかりの若者たちが調子に乗って迷惑行為に及ぶとなればこれは憤慨ものです。彼らは決まって「こんなことができるのも今日が最後だから」と云いますが、そんな日だからこそ真面目にしてろよ!と云いたくなります。ですから、裏部長は毎年この時期になると無性に不愉快な心持になってしまうのです。
 ただ今回は違いましたね。ありゃ新成人でもなんでもない、ただの暴走族、関西でいうところの「ヤカラ」です。馬鹿なんです、彼らは。社会のルールとか常識とか道路交通法なんかをトンとも知らない無頼漢たちなのです。そんな、半分犯罪者みたいな連中が成人の日をなにかのお祭りと勘違いして集い集まって酒呑んで騒いでいるだけなのです。
 ですから、な〜んにも不愉快ではないのです、ハイ。だって、彼らはそれしか出来ないのですから。止まることができない鮪の泳ぐ姿を見て人間たちが笑わないのと同じなのです。

 えー。今日、裏部長は髪を切ってきたわけですが、どうもあのシャンプーというんですか、椅子に坐ったまま仰向けにされて洗面台のとこに後頭部のっけて、髪を洗われる、それ自体はたいへん気持のよいことなんですが、そんときに向こうのニイちゃんが顔にタオルをかけるでしょう、あれがちょっぴり不安にさせるのですね。だって視界を閉ざされるわけですから、そりゃ不安になります。もちろんそれによって飛沫が顔にかからない、目にも入らないという効用はあるわけで、これはとても有難いわけです。もし顔面にシャンプーの泡がかかっても、こちらは仰向け、身動きが取れない状態ですからね、数分間はじっとしてなきゃいけない、こりゃ大変です。
 ですから、被害防止のためのタオルだということは重重わかっているのですが、なんとも視界がないというのは心細いというか、非常に不安です。ジャッキー・チェンの映画で『プロテクター』というのがあり、顔開きベッドにうつ伏せに寝ている客の背中を女性スタッフが足裏でもって上から踏む、客のほうは気持がよくてウットリ、しかしそのスタッフは実は刺客で、天井の手すりに隠してあったナイフを取り出すと一気にその客の背中を・・・・・・というシーンがありましたが、まさにあの心境でして、もし店員の気が変わって、いきなり襲い掛かってきたらどうしようという不安が生じてしまうのです。
 もちろん、そんなことはありませんよ。あって堪るもんですか。髪切りにゆくたびに命狙われてたんじゃ堪りませんよ。ですから、そんなことは万が一にもあるわけはないんですけどね、もしあったとしたら果たしてそのとき、自分はきちんと対処できるかなあと思って不安になるのです。つまり、視界を閉ざされたなかで、その気配だけで相手の動作を察知し、防禦できるかどうか、ですね。

 前に何度か稽古のなかでも、背後から突いてくる相手を捌いたり、目を瞑ってその気配を察知する約束組手なんかをやったことがありますが、あまり褒められた内容ではありませんでした。だからチト不安になっているのです。
 先達たちの伝説・逸話にはこういった類のシチュエイションでの武勇伝がよくありますが、修行の果てに、本当にそのような極致へゆけるものなのでしょうか。わたくしは非常に興味があります。

 ま、今日はこんなところで。
posted by 札幌支部 at 19:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年01月07日

握力について

 どうも今晩は、裏部長です。低気圧の関係で、現在の札幌は大荒れです。さっきから風が唸っております。一月だというのに雪も降らず、雨や風ばかり。今年の北国はひと味違います。

 今日のBlogは鍛練について。一昨日までに読了した摩文仁先生の著書二冊の影響を受けて、裏部長、数日前から「握力」の強化を始めました。一時期すこしは凝っていたものの、最近ではすっかり筋トレというものに興味を失っていた裏部長ですが、攻防における咄嗟の拳の握り締めに不安が出てきてからというもの、拳立ち伏せと指立て伏せは休まず続けておりました。ただあまり多く回数を行なうと筋肉そのものが強くなってしまい、技における無駄な力みに繋がる危険性が大きかったので、現在では拳立て伏せ二十回、指立て伏せ十回しかやっていなかったのですが、いまだ握力に不安があり、また摩文仁先生の著書のなかで、空手をやる者「握力」くらいはきちんと鍛えておけ、というような文言があったため、すっかり影響を受けてしまい、現在ではそのやり始めとして、指立て伏せの回数を二十回に増やし、また柱などを使った握力トレーニングも地味に行なっております。
 もちろん、握力がまったく無いわけではないのです。これまでも空手などを稽古してきたわけですから、その内で養われる最低限の筋力は確保できているはずなのですが、それでも人並み以下だなあと感ずることが多多あったので、上記のようなメニュー変更となったのですが、みなさんはどうでしょうか。握力というものに対し、どういったお考えを持っておられるでしょうね。また、握力と突きの関係性についても、是非伺いたいものです。

 わたくしが握力をはじめ、武術的な筋力トレーニングに対し若干の不安を感ずるのは、それにより躰や動きそのものが硬くなってしまうのではないか、という懸念があるからなのです。たかだか十回その回数を増やしただけとはいえ、それが毎日となれば躰に与える影響は大きいのです。それにより、筋力はアップするかもしれませんが、技(動作)そのものにとっては悪影響となり、適度に脱力したカラダが遠のいてしまうように思えて仕方ないのです。
 まあ現在は何もかも試行錯誤で、来月にはすっかり考え方を変更させて、またもや回数が減っているかもしれませんが、裏部長、決して気ままな男ではありませんので、あしからず。とりあえずは今日もそのメニューでやってみます。

 何だか支離滅裂な話ですみません。明日はもっと変化にとんだ話を考えておきます。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 19:59 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年01月06日

「武備誌」のこと

 こんばんは。裏部長です。2007年最初の土曜日、いかがお過ごしでしょうか。
 わたくしは今日、北海道立文学館というところへ行って来ました。裏部長の自宅から徒歩で三十分ほどのところにあるこの施設は、北海道における文学の歴史を紹介し、またその資料や著名人たちの蔵書を保管しているところで、建物の外見はまるで美術館。休日でもさほどに利用者は少ないと見えて、どこもかしこもシンと静まり返っておりました。しかし、こういった施設の内部はそうあるべきなのです。わたくしが札幌大学に在学していたときに何がいちばん許せなかったかといって、試験の前になると急に利用者が増えてゲーム・センターが如くに騒騒しくなる図書館くらいに腹に据えかねたことはありませんでした。元来、資料を保管したり閲覧したりする文化的な場所に人間たちの喧騒は必要ないのです。
 ですから、この文学館の雰囲気はすこぶる良く、裏部長すっかり上機嫌で帰って参りました。
 ただ、あんな状態ではたして施設の運営はうまく行っているのか・・・・・・それだけが心配です。

 そういえば昨夜、摩文仁賢和先生の一冊『攻防自在・空手拳法 十八の研究』を読了しました。読みきるのに一時間もかかりませんでした。読書スピードの遅い裏部長でさえこうなのですから、推して察するべし。それほど文章量の多い作品ではありませんでした。
 内容はタイトルの通り、「十八」(セーパイ)という型の解説と分解がメイン・テーマとしてあり、まだこの型を習っていないわたくしとしましては、正直ちんぷんかんぷんでございました。何度か師匠の打つ「十八」を目の前で見たことはありますが、やはり習っていないと実感が湧かず、ただの資料として読み流すことしかできませんでした。これはきっと、自分が「十八」を習ったあとに効いてくるスパイスになるでしょう。
 後半からは附録の『武備誌』です。この題名については以前、師匠の研究室でそれについて書かれた本を見た記憶があり、現にその中身にも見覚えがあったのですが、これもちんぷんかんぷん。何せほとんど日本語がない、いや全くないのです。附録としてつけるのならもっと親切に、日本語で解説くらいしたら良いようなものですが、おそらく出版社側は、貴重な資料をその形のまま提供したかったのでしょう。附録表示の下にわざわざ[秘書]なんて書いてるくらいだから、多分そうなのだろうと思われます。
 ただ、やっぱり純日本人である裏部長にはよく解りませんでした。だから非常に残念です。できればこういった資料も研究の材料に出来たらなあと思っていたのですが、なかなかにそうは簡単に行かないようです。いつか取り組んでみたいと考えておりますが、それは果たしていつのことになるのやら・・・・・・。

 昨日、立て続けに読んだこの二冊のなかで、いま思い返して気にいっている箇所は、あの講道館柔道嘉納治五郎さんが沖縄へ立ち寄った際、宮城長順さんや摩文仁先生が演武をしたのを見て、「攻防自在」とその妙技を絶賛した、というところです。本の題名にも入っておりますが、この「攻防自在」という言葉のどれほど深きことか、わたくしは痛感せざるを得ません。スポーツ全盛の時代になって、武術も武道になって、それからスポーツ武道になりました。空手も寸止め空手になり、かたやKARATEになりました。攻防の“防”の字を忘れ、ただ攻めることだけに躍起となり、拳を鍛え脛でバットを折って、それで正解とする世界になってしまったわけです。そんな現在の空手というものに、この四文字は途方もなく重い言葉として響くことでしょう。
 いや、響いてもらわなけりゃ困りますよ。本当の意味で変貌してしまうその前に。

 さて、来週からはいよいよ札幌支部も稽古が始まります。初回は十一日の木曜日です。
 初回から集まる人数が心配ですが・・・・・・ま、いいか。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 21:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年01月05日

修行者の心得

 こんばんは。一日中車のなかにいて、すっかりヘトヘトの裏部長です。今日の札幌は天気もよく、気温もさほどに低くはなかったため、過ごしやすい一日でしたが、朝から夕方まで、何時間も車中に坐っていたため、へんな疲れ方をしております。
 適度な運動、これを欠かしてはいけませんね。

 さて、昨夜のBlogにも書きました、摩文仁賢和著の『攻防自在護身術空手拳法』ですが、本日すでに読了いたしました。まあ図解といいましょうか、絵による解説が多く入っていたので読み切るのにさほどの時間は最初から掛からなかったのですが、いかんせん文章に使われている文字が昔のまんまであるため、そちらのほうに多少梃子摺りました。いやあ、旧字体(旧漢字)というのは本当に、馴れていないとスラスラ読めないものです。
 内容と致しましては、まず「空手」というものの沿革からその歴史、身体に及ぼす体育的効果などから実戦的用法に移り、突き方・蹴り方・受け方などを説明したのち、型「三戦」「せーエンチン」の解説に入るわけです。かなり武骨な文章のため、少し読むのに骨が折れましたが、逆にいえば味わいのある解説で、また当時の名人達人たちの「空手」に対する見方が伺えて、そういった意味ではかなり興味ぶかい内容となっております。
 目に止まったことといえば、巻末にある新聞広告のようなものに、「剛柔流拳法指南」と前書きにあることや、書名から本文のいたるところに“拳法”のふた文字がきちんと書かれていることでしょうね。やっぱり、あまり風化していなかったころの空手はまだ武術の色を残していたわけです。

 今日はこの本のなかから、これからの自分にとっても、また後輩たちにとっても恐らく為になるであろうと思われる、「修行者の心得」という題の文章を抜粋して載せておきます。少し長くなりますが、辛抱して読んでみてください。

【修行者の心得】(旧漢字は現行のものに直す)
 空手の練習は師につきて行う時同輩と共に或は一人で行う時とを問わず必ず真剣に行うべきである。敵と闘う心で型を練習せねばならぬ。
 精神の緊張味のない練習は、自然と遊戯的になり易く、如何に長年やるとも上達する事なく、心身の鍛練は勿論真剣の時に心臆して体は働かず、思わぬ不覚を取るものである。依て平素の型の練習は精神的にやるかやらないかは日の経うるにつれて非常な差を生ずる。
 練習の時は、前述の様に肩を下げ胸を開き丹田に力を入れ、眼は真直の方向を見、顎を引きつけて首筋に力を入れ、拳を突き出す場合には一拳必殺の勢で練習すると、自然心身の修養が出来る。尚修行者の最も慎む可きは酒色である。酒によりて心乱れて拳を振うが如き、或は練習を不真面目にするが如き、色によりて惰弱に流れるが如き、何れも唾棄すべきことである。
 元来空手は攻撃術ではない。型をやれば分るが、何れも受け手が先になっている。充分攻撃力を有していて防禦するのである。
 空手もこの意味よりしても護身術としてのみにとめず、社会に處するに空手の精神をもって、内に充実せる力を有し尚且つ人に折れて出る、修行者はこの気持を養われん事を切に希望する次第である。
 剣道が人を斬る術でなく己の慾を断つ法である様に、空手も自己の慾を押え謙譲なる心を養う法である。
 徒らに拳を振り脚を蹴り以て人を驚かし争う事は決して空手の本意でない。
 空手修行者にしてよく座興的に瓦を破り木板を破り拳頭の偉力を衆前に示し、それを誇る人のある事を見掛ける。
 拳頭を鍛える事は必要であるが、それを以て徒らに人々を驚かし、或は威圧するが如きは空手道より見れば決して上乗のものでない。
 武術は元来が心身の鍛練が目的である。人格を作る為である。或る名高い人が云うている「世の中で武術家ぶる武術家程いやみなものはない」と、今迄幾多の門弟中にも徒らに人前で拳を振って瓦や板を破り得意となる様な人に余り上達した人がいない。斯る人物は型をやるにも亦極めて不熱心である。拳の強い事も必要であるが、型は更に必要である。
 昔は習うにも教うるにも秘密裡に行われ、いやしくも拳法を習うものは、人の多数居る場所には、なるべく出なかった位に自重していたものである。
 現代の如く総てが開放的になっているにしても、これだけの自重は必要である。
 更に身体についての注意としては、練習に先だち必ず用便しておく事である。武に志すものの忘れる事の出来ぬ事である。
 四肢の爪は可及的剪っておく事である。長く延びた爪は往々にして自身を損う場合が多い。
 最も注意すべきは精神である事は今更に述べる必要もあるまい。瓦を破る話が出たからついでに書くが、決して不思議ではない。唯朝夕の練習によるのだ。瓦と板に対してはるかに軟い手を以て之を破る、唯精神と練習によるのみ。科学万能の今日之を科学的に研究される事も無意味でないと思う。
 読者諸君の中でほんとうに空手の精神を理解して以て研究される人々の多数おられる事を私は信じている。私の故国では古くより「君子」の名称を空手修行者につけている。その意味は武士或は紳士等の意味と同じく、正しい人格者と云う事である。思想悪化の今日一人たりとも君子とならるる人の多きを望みつつ擱筆します。
posted by 札幌支部 at 21:12 | Comment(2) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年01月04日

「昔」しかない

 こんばんは、裏部長です。あっという間に正月の三が日も終わりを告げ、今日からが御用始という方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。
 今日の札幌はなかなか暖かく、まさに暖冬を思わせる日和でした。まだ御用始ではない裏部長は友人と会い、街へと繰り出したのですが、これが出てみて吃驚。どこもかしこも押すな押すなの大賑わい。映画館など、チケットを買う長蛇の列がフロアのほとんどを占め、カウンターへ辿りつくまでに数十分を費やすというほどの混雑ぶり。元からあまり人ごみの好きではない裏部長はそれだけでヘトヘトになってしまいました。
 冬休み中の家族連れほど強いものはありませんね。

 さて、今日はそんな一日だったので、これといって書く特別なことはないのですが、二冊ほど興味ぶかい書物を入手してきたので、これをご紹介いたします。
 その題を、『攻防自在護身術空手拳法』『攻防自在・空手拳法 十八の研究』といいます。筆者は糸東流開祖の摩文仁賢和さん。解説は、前書を宮城篤正さん、後書を津波清さんが書かれています。
 出版元はいづれも榕樹書林です。同社から出ている同氏の本としては、『攻防拳法空手道入門』もありますが、こちらに関してはすでに、函入りのもので入手をしていたため、今日はこの二冊のみを買ってきたわけです。
 いやあ、書店で見つけたときは驚きました。まさかこんな復刻版が出ていようとは思いませんで、すぐさま手に取りました。わたくしの持っている『攻防拳法〜』のほうは榕樹社刊のもので、今回のこの二冊はそれを薄めのソフト・カヴァに直した復刻版なのですが、毎週のように各書店をめぐる裏部長としては不覚としか云い様がありませんでした。
 内容としては、まだざっとしか目を通していないので詳しく書くことはできませんが、前者は空手そのものの概略を、後者はタイトルの通り、型「十八」の解説を書いているもののようです。どちらも当時の字、当時の写真をそのまま載せているので、温故知新好きな裏部長にとっては格好の資料となりそうです。

 いや、というのも、わたくしどもにとって、空手における“使える資料”というのが本当に少ないからそう云うのです。わたくしが師匠のところへ入門をしてすぐの頃、手本にすべき空手関係の本はありませんかと尋ねたときに教えてもらったのが『攻防拳法〜』のほうで、その他の空手関係書籍はあまり内容がないということでした。現に今も、わたくしの目から見ても、通常どんなに大きな書店であっても、武道コーナーに置いてある空手本のなかで、金を払ってまで読む必要のあるものは殆どありません。ほとんどが格闘技被れ、スポーツ被れの空手であり、いくら「武道空手」とか「武術カラテ」とかを謳っていてもその実、開いてみれば、ガラッと開いた脇が見えるひとばかりが載っているのです。
 わたくしが書店で買った空手関係の本としては、『武道空手への招待』/摩文仁賢榮(三交社 2800円+税)『空手道教範』/山口剛玄(東京書店 3000円+税『本部朝基と琉球カラテ』/岩井虎伯(愛隆堂 1500円+税『琉球拳法空手術達人 本部朝基正伝』/小沼保編著(壮神社 2000円+税、このほかに、宇城憲治さんの本を三冊ほどと「空手上達BOOK」なるスポーツ空手寄りの入門書くらいなものです。あとはほとんど自分の稽古帳がテキスト代わりになっています。

 やっぱり、資料を求めるには「昔」のものでなくてはいけないのでしょうかねえ。何とも哀しい限りですが、現実としてはそのようです。
 なお、今日買った二冊に関してはすぐに読んで、近日中にその感想もここへアップしておこうと思います。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 21:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年01月03日

『火焔太鼓』

 えー、人間というものはそれぞれに、その、趣味というものを持っておりますな。あるひとはスポーツに凝り、またあるひとは車なんかに凝って毎月数十万単位の出費をする、なんてことがあるそうですが、なかにはこう、買い物が趣味であるという方がいらっしゃる。これは特にご婦人のなかに多いそうですが、もう買い物をしていればそれだけでストレスが発散できちゃうという、なんとも簡単な趣味でございます。ただこの趣味、周りのひとたちが簡単じゃあない。ネ、想像してみてください。買い物が趣味というご婦人方は、旅行へゆけばその先先のものはもちろん、海外なんぞに行きますとね、もうブランド物を片っ端から買い捲るわけで・・・・・・ご家族連れの方なんかは悲惨ですな。お母さんの買い込んだ紙袋を両手に持たされたお父さんと、「もう帰ろうよ!」を連発する子供たち。当のお母さんはなんといっても買い物そのものが趣味ですから、もう愉しくてしょうがない。一時間でも二時間でも店んなか歩いてる。ご家族のなかに荷物の持てる余裕がなくなったのを見て、
「そろそろホテルへ帰ろうかしら」
 なんてお母さんが云うと、もうお父さんなんかは大喜び。ただ空気の読めない次男坊かなんかが余計な料簡でもって、
「お母さん、あっちのほうにまだお店あったよ」
 なんて云ってお父さんに殴られたりして・・・・・・でも、お母さんは抜かりなし。平然とした顔で、
「うん、大丈夫。あっちのほうは明日まわるから」
 もう、ここまで行くと拷問でございますな。

 ただ、こういう趣味の方を友達のなかに一人持っておくと何かと便利です。というのはお店をいろいろ知っておりますから、自分になにか欲しいものができたときには助言を得られるわけです。まあ云わば生き字引ですな。やれ洋服はどの店がいいだの、靴はどこのショップがいいだのと教えてくれます。たいへん重宝なものです。
 買い物といえば、江戸時代。あのころは様様な店がひとつづつのジャンルにわかれて町内に集まって商いをしておりました。今でいう秋葉原のようなものですが、このなかに「道具屋」という職業がございます。
 この道具屋にもいろいろとありまして、上のランクのお店というのはいわゆる骨董なんていうものを扱う、われわれ庶民には手の出ないところですな。やれこの茶碗は一見ただのボロい塵のようだけども実は十両二十両という貴重品だとか、この掛け軸は一見してただのボロ紙のようだがその実、一千両より下では取引ができぬ、なんていうものまであったそうです。こんなところへ来るのはお大名か大きな商家のお内儀さんくらいなもので、高級すぎてあまり落語にはなりません。
 もう少しランクが下がって来ますと、今度は珍しいものばかりを扱うお店というのがあったそうでございます。珍しいもの、珍品というやつですな。ほかの店では決して見られぬようなものばかりを扱っている、といえば聞こえはいいですが、そのなかには少なからず怪しいものがあったようで・・・・・・。
「どうだい、何か珍しいもんないかい」
「そうですねえ、珍しいものねえ。いやね、あなたはいつもウチでお買い物をしてくれるのでね、何かよいものをご紹介したいんだけども・・・・・・あっ、そうそう。こんなのがありますよ。どうです、古い手紙なんですがな」
「えっ、古い手紙?いいね。古い手紙とかな質屋の証文なんてえのは表具をして額かなんかに飾っておくと乙なもんだよ。うん。で、そりゃどんな手紙なんだい?」
「えー、なんでございますねえ、小野小町が浅野内匠頭へ出した手紙なんですがな」
「おい、ちょっと待ってくれよ。そ、そりゃあお前、いくらなんでも乱暴な話じゃないかい。第一、小野小町と浅野内匠頭じゃ時代がちげえや。そんな手紙あるわけねえ」
「ええ、そうです。あるわけないのがあるので珍しいんで」
 なんて、ほとんど騙されているようなものもあったそうで・・・・・・ただ、じゃあそんなお店にはお客さんが来なかったかというとそうではない。やっぱりどの世にもオタクという人種はいるようで、こういった珍品ばかりを集めているコレクターが引っ切り無しにやって来たそうです。
「なあ、こないだここで買ってった振り子の取れちゃってる柱時計ね、静かでいいなあと思って家んなか置いてたんだけども、やっぱり振り子が取れてるから動かねえんだよ、うん。最初のうちは、何時かな?ってときに違う時計見てはこっちの針を動かしてた、こう指でね・・・・・・コレなかなか愉しかったんだけども、やっぱり飽きちゃった。面倒臭くなっちゃって。だからよ、今日これ持ってきたからさ、何かちがうもんと取り替えてくんねえか」
「ああ、ちょうど良うございました。さきほど振り子だけ入りました」
 って、品物別別にして売ったりなんかして・・・・・・そんなお店が当時はたくさんあったそうでございます。
 ですから、そういったお店の主人というのには品物が売れても売れなくてもどっちでもいいというようなごく呑気な人が多かったそうで、逆に、こういったところのお内儀さんは強く逞しくなるようでして・・・・・・。

「ちょいと!ちょいと!」
「あぁ?なんだい」
「なんだいじゃないよ。ちょいと来なさいよ。こっちに来なさいってえの!」
「んだよ、うるせえな・・・・・・なんだよ」
「何だよじゃないよ。んもう、どうしてお前さんはそう商売が下手なんだろうね」
「えっ、なにが」
「何がじゃないよ。そうじゃないか。さっきだって店に来た客逃がしちゃったろ」
「逃がしたって、向こうで買う気がないから帰っちゃったんだろ。それをおめえ、無理にとっ捕まえて売るわけにいかねえじゃねえか」
「売るわけにいかねえだろって、お前さんが買いたくなくなるようなこと云ったんじゃないか。わたしゃ聞いてて驚いたよ。エ?あのお客は店のタンスに惚れこんで入って来たんだよ。店んなか入るなりスゥっとあのタンスの前ぃ行った。で、“ああ道具屋さん、このタンスはいいタンスだなあ”て云ったらお前さんなんて云ったの?“ええ、いいタンスですとも。何せうちの店に十三年あるんですから”って・・・・・・ど、どうしてそういうこと云うの、お前さんは。十三年あるって、そりゃ十三年売れずに残ってるってことだろ!そんなことが自慢になるかい?“この引き出し開けてみてくんねえか”ってたら“それが開くくらいだったらとうに売れちまってんです”って云いやって・・・・・・“じゃあ開かねえのか”っつったら“いや開かないこともないけども、こないだ無理に開けて腕くじいちゃった人がいる”って云いやがる。そんなことを云うから向こうで呆れて帰っちゃうんだよ」
「だって、そりゃお前・・・・・・そ、そうだよ。俺は正直に云ったんだ」
「正直っつったってね、お前さん、正直にも程があるよ。お前さんの正直には頭に馬鹿がつくよ、本当に。いいかい、いつも云ってるけどね、商売というのは物を売ってナンボなんだよ。それがお前さんはどうなの。売らなきゃいけないもの売らないで売らなくてもいいもんばっかり売っちゃうんだから。そうじゃないか、去年だよ、去年。向かいの米屋のご主人がうちに遊びにきてさ、“ああ、甚兵衛さん家の火鉢はいい火鉢だなあ”って云ったら“あっそうですか、じゃあお売りしましょう”って売っちまったろ。あれからウチに火鉢がなくなっちゃったじゃないか!寒くなると向かいの家に毎日あたりに行ってたお前さん。だから米屋のご主人がそう云ってたよ。何だか知らないけど甚兵衛さんもいっしょに買っちゃったような気がするって」
「・・・・・・うるせえな!」
「うるさくないよ。わたしゃもう見てられないんだ、黙っていられないんだよ。んもう、お前さんがちっとも商売に精を出してくれないからさ、こっちはおまんまの食い上げだよ。すっかり控えちまってるんだ。胃がすっかり丈夫になっちゃってるよ、本当に。たまには胸焼けするくらい何か喰わせてみたらどうだい!・・・・・・で、今日は市に行ってきたの?なに仕入れてきたのよ」
「いいよ、何だって」
「よかないわよ。何よ、なに仕入れてきたの?云いなさいよ。云いなさいってえの。何故云わないの・・・・・・云わないかッ!」
「おい、俺はおめえの子供じゃねえんだ、馬鹿。お前の亭主だ。なんだその口の効き方は」
「だってお前さんが云わないからだよ。なに買ってきたの?云いなさいよ」
「う、うぅ・・・・・・た、太鼓だよ」
「えっ?」
「太鼓」
「太鼓?・・・・・・んもう、だからお前さんは頭のなかに靄がかかってるって云われるんだよ!いいかい、太鼓というものはね際物といって、お祭り前とか初午前とかにバッと買ってタッと売らなきゃ商売にならないんだよ。それもお前さん、ここ!頭の働くひとのやることで、お前さんみたいに人生ついでに生きてるようなひとに扱えるわけないんだ、どうしてそんな簡単なことがわからないかねえ・・・・・・で、その太鼓どこにあんの?」
「えぇ?いいよ、もう」
「よかないわよ。見せなさいよ、見せなさいっての・・・・・・見せないかッ!」
「また始めやがった、ったく・・・・・・ホラ、これだ」
「まあ、汚い!なによ、これ・・・・・・どこもかしこも真っ黒じゃないの。うわあ汚い!」
「それがお前は素人だってんだよ。これは汚いんじゃねえんだ、これは時代がついてんだ、古いんだ。古くて時代がついてるってえと、ときに儲かることが」
「無いよ。お前さん古いもので儲けたことあるかい。こないだだって平清盛の尿瓶ってえの買ってきて損しちゃったろ」
「う、うん、ありゃ損したよ。でも、俺が古いもんで損したのは清盛の尿瓶とさ、岩見重太郎の草鞋だけだよ」
「そんだけ損してりゃ十分なんだよ・・・・・・で、これ幾らで買ってきたの?」
「・・・・・・い、い、一分二朱だよ」
「えっ?」
「一分二朱」
「一分二朱?お前さん、ちょっとしっかりしておくれ。いつも云ってるだろ、少ししっかりしなくちゃいけないって。寝てるときはいいよ。起きてるときくらいしっかりしておくれ。お前さん寝てるときも起きてるときも同じなんだから・・・・・・いいかい、一分二朱なんていったら世間では所帯が持てるっていう金額だよ、これだけありゃ新しい生活が始められるってんだ。それをお前さん、こんな汚い太鼓に使っちまって・・・・・・こりゃ一分二朱そのまんまドブに捨てちまったようなもんだ」
「いいよ、うるせえな、お前は黙って見てりゃいいさ。俺のほうで見事に売って見せるから・・・・・・おい、定吉!」
「へえーい」
「この太鼓な、表出して埃はたいとけ」
「およしよ。埃はたくってえと太鼓がなくなっちゃうから」
「うるせえな、こん畜生。いいからホラ、早く持ってっちまえ」
「へえーい」

 と、ここからストーリーは急展開。店へ出していた汚い太鼓、定吉がホコリをはたくとそれだけで見事な音が出る。「誰が叩けって云った!ホコリをはたけって云ったろ!」と主人の甚兵衛さんが叱っているとそこへ老年の武士が入ってきて「ただいま太鼓を打ち鳴らしたのはそのほうの家であるか」と訊いてくる。恐る恐る対応すると、なんでもその武士のお殿様が太鼓の音を聞いてたいそう気に入り、屋敷に持参いたせと云っているらしい。もしかするとお買い上げになるかもしれないとも・・・・・・。
 甚兵衛さん、奥さんに釘を刺されながら意気揚揚とそのお大名のお屋敷へ・・・・・・となるのですが、今日はここまで・・・・・・っていうか、話芸を活字にすることに疲れてしまいましたもうやだ〜(悲しい顔)やっぱり生きた言葉を文字に、文章にするのは大変です。『火焔太鼓』はわたくしの最も好きな噺だったので、もっとスラスラ行くかなとも思ったのですが、やっぱりシンドイ作業でした。もし続きが知りたい人があれば、云ってください。もしいなければ今日で新春落語Blogは終演、読みきりといたします〜(講談調)。
 ちなみに上記の流れはほとんど、三代目古今亭志ん朝師匠のものを応用しております。聞きたいひとはそのCDでもどうぞ。

 明日からはふたたびもとの空心館札幌支部のBlogにもどります。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 21:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年01月02日

『寿限無』

 こんばんは、裏部長です。お正月につきものっていうと、かくし芸大会とかお餅とか、あとは初夢くらいなものでしょうかねえ。この初夢、よく世間では「いち富士、に鷹、さん茄子」なんてなことを申しますが、この二日の日に見た夢がそうだというんですね。つまり、元旦に見たのは初夢じゃなかったんです。勘違いされている方はぜひ早いうちにお改めになってください。
 わたくしは今日、やっとのことで『14才の母』の最終回を見ました。日本テレビ系列で放送されていたTVドラマですね、この完結篇ともいえる最終話を見たわけですが、中学生にして出産をした主人公、超未熟児で生まれてきた赤ちゃん、どちらもどうにか無事に退院をして、周囲の冷ややかな目にも耐えて、家族一丸、明るく暮らしてゆこうという、至極ありふれた結末を迎えました。わたくし個人の感想としては、あまり良い作品ではないと思いましたが、この主人公が赤ちゃんにつけた名前というのがいいじゃありませんか。
 苗字は「一ノ瀬」、名は「そら」ってんです。もちろん女の子。なかなか純粋ないい名前ですよ、うん。ただ、あのドラマの流れでいうと、この名前は中学生の母がひとりで決めたように思われて仕方がありません。候補をいくつか挙げて前前から考えていたようですが、少し安易に決めすぎのような気がいたします。
 だって、なんて云ったって名前ですから、こりゃそう易易とつけられるもんじゃない。ある夫婦だって、その思案の果てに、自分たちの子供にトンデモナイ名前をつける羽目になっちゃったんだから・・・・・・。

「こいつ、一人前に笑ってやがら。ったく、何がそんなに可笑しいんだ、おい。ったく、可愛いな」
「ちょいと、あんまり自分の子供で遊ぶもんじゃないよ。そんなことはいいからさ、早くこの子の名前決めとくれよ。もうそろそろ役所へ出さなきゃいけないんだからさ」
「わかってるよ。俺だって紛いなりにもこいつの父親だぞ、ずいぶん前からいろいろと考えてら」
「どんなの考えたの?」
「うん。やっぱしな、こいつは男だ。男と生まれてきた以上、丈夫で強くなくちゃいけねえ。だからな、俺はこいつに“金太郎”とつけることにした」
「ちょいと待っとくれよ。お前さんの名が熊次郎だろ?親が熊で子供が金太郎だと、なんだかのべつ相撲取ってるみたいで騒騒しくていけないよ。もっと違う名にしとくれよ」
「そ、そうか・・・・・・あっ、じゃこれはどうだ。親の俺よりも強く逞しい男になってくれって願いをこめて、寅の字をつけるのは?寅太郎とか寅之助とか」
「いいけどさあ、お前さんが熊で子供が寅だと、家んなか物騒でわたしゃ気が休まらない」
「おいおい、てめえさっきから人の揚げ足ばっか取りやがんな。そう云う傍から文句つけてちゃキリがねえじゃねえか」
「だってしょうがないじゃないか、一生にひとつの大切な名前なんだから・・・・・・あっそうだ、こうしなよお前さん。ホラ、町外れのところにあるお寺の和尚さん、あの人につけてもらいなよ」
「えっ、あの生臭坊主に?!」
「滅多なこと云うもんじゃないよ。いやね、あの和尚さんならなんかいい名前をつけてくれるような気がするんだよ。だってお墓参りのたびに伺うと、いっつも机にむかって小難しい本読んでるだろ。きっとわたしたちには考えつかない良い名前をつけてくれるよ」
「そうか?でも、何だか気が進まねえなあ」
「どうしてよ」
「だってそうじゃねえか。あいつは葬式があるたんびに儲けるんだぜ?こないだだって町内で一件あったい。懐が温いやつをこのうえ評判よくするのは癪ってやつだ」
「んなつまんないこと云ってないで、さっさと行っといで!いい名前つけてもらうまで帰ってきちゃいけないよ!!」

「あの、和尚さん、いますか」
「おお、これは熊さんじゃないか。まあまあ珍しい。季節外れのお墓参りかね」
「冗談云っちゃいけねえ、んなことじゃねえんだよ。いやね、ウチのカカアにガキが生まれやがってね」
「生まれやがってねとは云いすぎだな。ウチのカカアに生まれたということは熊さん、あんたの子供ということじゃないか。いやはやこれは目出度い。おめでとう。で、性別のほどは?」
「回りくどい訊き方するねえ。男だよ」
「そうか、それはよい跡継ぎを・・・・・・」
「そんなことはどうだっていいんだがよ、和尚さん。そろそろ、そのガキの名前ってやつを決めなくちゃいけねえんだよ。これがまたどういうわけか難航しちゃってね、ウチのカカアが是非和尚さんに決めてもらいましょうって、そう云って聞かねえんだ。どうだい、ひとつ面白いところふたつみっつ見繕って」
「お昼のお惣菜買うんじゃないよ。見繕うとは云いすぎだ。よしよし、それではな、ワシの思案の及ぶ範囲で考えてみよう・・・・・・よし、それでは、鶴という字はどうだ?」
「つ、鶴ですか」
「ああ。鶴は千年生きるというし、何はともあれ目出度い。これ以上のよき字はないと存ずる。だからどうだ、鶴太郎とか鶴之助とか」
「和尚さん、ふざけちゃいけねえ。そんな名前つけられるわけがねえ」
「どうしてだ」
「どうしてったって和尚さん、あんたあの鶴ってやつを見たことあんの?いっつも弱弱しい声で鳴きやがって、第一あの魚の骨みてえな脚が気に入らねえ。あんな、ツンと突いたらポキッと折れちまうような鳥の名なんかつけられるかい。それに、いくら長生きだか知らねえがね、千年と限定されてちゃ、千年経ったら死んじまうわけだろ。そんな名はつけられねえ」
「そうか・・・・・・うむ、では亀はどうかな。亀は鶴よりも長生き、万年生きるというし、第一あの甲羅が丈夫だから」
「おいおい勘弁してくれよ。亀ってったら、あの夜店の店ッ先にひもで吊るされてるあの亀のことだろ?いやだいあんなのァ。いくら甲羅が硬いか知らねえけどさ、ツンと叩けばスッと首ィ引っこめるだろ、あの臆病な料簡が気にいらねえ。俺はやだよ」
「困ったな。そう出すそばからケチをつけられては敵わない。うむ、どうしたものか・・・・・・おお、そうじゃ。熊さんのことだ、この世に存在するものから名を取るとかならず文句が出るだろう。それならばだ、ここに一本の教典がある。いわゆるお経だな。この中からよき字を選んで名前とするのはどうだろうか」
「へえ、お経ねえ。それは、目出度いですか」
「ああ、そりゃもう目出度いものの大名行列だ。例えばな、“寿限無”というのはどうだ」
「なんです、その寿限無ってのは?」
「書いて字のごとしじゃ。寿限り無しと書いて寿限無。つまり、死ぬときがないということだな」
「へえ、そいつは目出度いですね。こりゃいいや。で、他にはありませんかね」
「まだいくらもあるぞ。五劫の摺り切れというのはどうじゃ?」
「な、なんです?」
「これは詳しくいうと、一劫というのは、三千年に一度、天人が天降って、下界の巌を衣で撫でる。その巌を撫でつくして、ついには摺り切れて失ってしまうのを一劫という。それが五つだから、何万年何億年という数えきれない年月になる」
「こりゃますますいいや。ほかには?」
「海砂利水魚というのはどうじゃ?」
「なんです、それ」
「海砂利はそのまま、海のなかの砂利だ。水魚とは水のなかに棲む魚。どちらも数が多すぎて、とてもとても獲りつくせないものだ。これも目出度い」
「なるほど、海砂利水魚ねえ。まだありますか」
「水行末、雲来末、風来末というのもあるが」
「へえ、なんですか、それは」
「水行末は水の行く末、雲来末は雲の行く末、風来末は風の行く末。いづれも遥かに果てしがなく、目出度いな」
「ますます嬉しいねえ。まだありますか」
「人間は衣食住、そのどれが欠けても生けてはゆけない。そこで、喰う寝るところに住むところ、というのはどうじゃ?」
「最高。で、ほかには?」
「やぶらこうじのぶらこうじ、というのはどうかな」
「な、なんです、それ」
「藪柑子という木がある。まことに丈夫なもので、春に若葉を生じ、夏は花咲き、秋は実を結び、冬は赤き色をそえて霜をしのぐ目出度いものじゃ」
「なるほどねえ、聞いてみなくちゃわからねえことってあるんだなあ。他にはどうです?」
「そうじゃな、うむ。昔、唐土にパイポという国があって、そこにシューリンガンという王様とクーリンダイというお后様がいた。この二人のあいだに生まれたのが、ポンポコピーとポンポコナという二人のお姫様。これがどちらも類稀な長寿であった」
「へえ、まだありますか」
「天長地久という文句は読んでも書いても目出度い。そこから、長久命というのはどうかな」
「はいはい。ようがす」
「それに、長く助けると書いて長助というのもあるぞ」
「へえへえ。そいじゃすいませんが、今まで出たやつ、みんなこの紙に書いてもらえませんか」
「ああ、良いとも・・・・・・さあ、みんな書いておいたぞ。この中からよいやつを選んでつけるがよい」
「へい、ありがとございます。なるほどね、最初が寿限無か・・・・・・寿限無寿限無、五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、喰う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのクーリンダイ、クーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助・・・・・・こう並べて見てみると、どれも捨てがたいなあ・・・・・・よしっ、面倒臭えからみんなつけちまえ!」

 熊さん、嬉しくさと面倒臭さで、とてつもなく長い名をつけてしまいましたが、これが町内で大人気。日和の良い日にはお隣の御婆さんが、
「わたしゃね、最近どうも物覚えが悪くって仕方がねえんだが、お前さんとこの赤ちゃんの名前ね、コレどうにかこうにか必死で憶えてみたんだ。今から云ってみるから、間違ってたらそう云っとくれ」
 と、暗記のほどを確かめに来るし、もうそらあ大変なもので・・・・・・。
 この名前が功を奏したか、大きな病気もせずにグングンと健康に育って、この子が小学校へ行くようになった。朝になると、近所の友達たちが誘いにやって来る。
「おはよう!寿限無寿限無、五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、喰う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのクーリンダイ、クーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助くーん、学校へ行こうよ」
「まあ、山下さん家のお坊ちゃんじゃありませんか。いつもウチの寿限無寿限無、五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、喰う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのクーリンダイ、クーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助と仲良くしてくれてありがとうね。いま来るからちょっと待っててね・・・・・・ホラ、いつまで寝てるんだい、寿限無寿限無、五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、喰う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのクーリンダイ、クーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助!お友達が迎えに来てくれてるよ」
 この子が大きくなるにつれて、腕白ですから、いろいろと悪戯をする。ある日なんか喧嘩をして、友達殴って泣かせてしまった。その殴られた子と親がいっしょになって怒鳴り込んでくる。
「ちょいと、お前さんとこの寿限無寿限無、五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、喰う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのクーリンダイ、クーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助くんね、ウチの勘太のアタマ殴って瘤こしらえたのよ。どうしてくれるの!」
「まあ、相すみません。ウチの寿限無寿限無、五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、喰う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのクーリンダイ、クーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助がおたくの勘ちゃんの頭を殴っちゃったみたいで・・・・・・ほら、お前さんからも叱っとくれよ」
「おうおう!てめえ、人様のお子さんのあたま殴って瘤までつくるたあ何事だ!こっち来やがれ、寿限無寿限無、五劫の摺り切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、喰う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのクーリンダイ、クーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助!見ろ、勘ちゃんの頭に大きなタンコブが・・・・・・アレ、瘤なんざ出来てねえじゃねえか」
「あんまり名前が長いから、云ってる間に引っ込んじゃった」

 落語の世界では前座噺といわれ、暗誦(口ならし)や云い立て、さまざまな登場人物の演じ分をまなぶ初歩の作品です。最近では、この名前の部分が教科書に載ったりなんかしておりますが、ストーリー全体を知っている学生諸君はまだまだ少ないのではないでしょうか。
 お正月企画第二弾。今日はメデタイ言葉オンパレードの噺『寿限無』をお送りしました。
posted by 札幌支部 at 19:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年01月01日

『締め込み』

 ひと口に泥坊といってもいろいろありますな。人のいないときを見計らってウチんなか入ってきちゃうのを空き巣なんて申しますが、これもなかなか難しいもので・・・・・・。

「こんばんは!少少伺いますがね、この辺に草井平助さんという人はいますかね。エ?あ、あのお、どなたかいらっしゃいませんか。アレ、誰もいない?・・・・・・いないと物騒だよ、泥坊が入るから。ホントに誰もいないの?・・・・・・ウシシッ、こいつぁ有難ぇや」
 空き巣狙いのこの泥坊。まんまと表戸のあいていた長屋へ入って箪笥を上のほうから開けてゆきます。そんなかにあった風呂敷出して、見つけた衣服片っ端から畳んで包んじゃった。よおし、いっちょあがり!と思ったそのとき、表から声が・・・・・・。
「どうもお向こうのおばさん、ありがとォ御座居した」
 泥坊、こいつぁいけねえと思ったが、表からは出られない、もちろん裏からも出られない。逃げ道がないってんで、泡食って、仕方ないから担いでた風呂敷そこらへんへ打っ遣って台所へいって、上げ蓋はずして糠味噌桶のとなりへ躰を小さくして隠れた。
「おうい、いま帰った・・・・・・アレ、誰もいねえや。おかしいな、おい竹ッ!ったく本当にしょうがねえカカアだなまったく、一日中亭主が仕事をして帰ってきたっていうのに家留守にしやがって。おい、本当にいねえのか?いねえならいねえなりにそう返事しろい!ったく、こん畜生!癪に触ンなあ本当に。これ普通だったらだよ、今帰ったよ、あらお帰りなさい、お茶でもおあがんなさいよ、って熱い茶でも出すからカカアってんだよ。それがどうだい、エ?のべつ留守にしてやがんだから、本当に。馬鹿にしやがって・・・・・・ん?なんだ、ありゃ・・・・・・風呂敷じゃねえか。包まさってら・・・・・・あっ、俺のもんとカカアのもんが一緒になって入ってるけど・・・・・・おい、こりゃもしかして、あのアマ、事によるってえと新しい男ができやがったな!畜生め、こんな正月に三角関係に及んでやがんだ。ふざけやがって。その男に俺の服着せようって、こうして包んでいやがったんだな。畜生、帰ってきたらどうしてやろうかな」
「ああ、いい湯だった。あら、お前さん帰ってたの?お帰んなさい。早かったわね、今夜は。エ、あたし?いや別にどこって、見ての通りよ。湯へ行ってきたのよ。いいお湯でしたよ、お前さんもふとっ風呂あびてきたら・・・・・・ねえ、どうしたのさ、帝釈様みたいな目ェして、あたしのこと睨みつけてさ。そんな顔して黙ってることないだろ。ねえ、どうかしたの?」
「うるせえな!畜生め!」
「ど、どうしてそんなに怒ってんのさ。どっかで喧嘩かなんかしてきたの?およしよ、お前さんねえ、喧嘩なんてものはそのあとの仲直りってやつに銭がかかるんだよ。本当にお前さんは喧嘩ッぱやいんだから・・・・・・ウフ、でもお前さんはね、怒ってるとこう男っぷりがなんとも云えずいいよ。にがみ走っててね。当たり前でいるとなんかだらしない顔だから。そうやって少し怒ってるほうが余程いいや。だから当分怒っといで」
「馬鹿野郎、そんなに怒ってたらくたびれちまうだろ、目が!フン、本当に、どこ行ってやがったんだよ」
「だから、お湯行ってたってんだろ」
「嘘ォつきやがれ、じっと化けやがって。なんだって知ってるんだ、俺は。いいよいいよ、もう。とっとと出てけ!」
「なんだって?」
「出てけよ」
「何よ、おかしいじゃないのよ、出てけ?どうしてあたしが出てくのよ。お湯ゥ行ったから?へえ、そいじゃ世間の内儀さんはみんな出て行かなくちゃいけないわけね」
「何でもいいから出てけって云ってんだよ。手前に傷つけんのが可哀想だからな」
「どういうわけであたしが出てくのか、そのワケを云っとくれよ、ワケを。どういうわけでとはっきり云ってごらん。ほらどうだい、お前さん、はっきり云えるかい?」
「半纏も股引もねえやい、なんでも構わないから出てけって云ってんだよ、うるせえな。ったく、この狸女房め」
 旦那のほうは女房が間男(浮気)をしているものと思って引かない、一方、その嫌疑をかけられた女房のほうもワケが解らないから引き下がらない。ふたりの口論は収まるどころか激しくなるばかり。そのうち、それを台所の床下から聞いていた泥坊は、自分のせいでそうなっていることが厭というほどわかりますから、もう居ても立ってもいられない。そうこうしている内にご夫婦、手当たり志第にそのへんにあるものを投げ合っての夫婦喧嘩。片方が湯の煮えている鉄瓶を投げる、これをもう一方がサッと避ける。鉄瓶は床に落ち、なかの熱湯が台所の上げ蓋んところへ流れたからたまらない!
「ああ!アチッアチッ、熱いったらねえなこりゃ、ったく・・・・・・あっ、どうも、こんばんは」
「あんた、だれ?何しに来たの?」
「いや何しに来たった、まあ、聞いてくださよ・・・・・・そりゃなんだ、夫婦喧嘩なんてえものは、いけませんよ」
「なに云ってやがんだ、よくないって云ったって何がよくないのか知ってんのか」
「ええ、まあひと通りは」
「じゃあ云ってみねえ」
「・・・・・・発端は、そこにある風呂敷包みでしょ?」
「風呂敷?てめえ、よく知ってやがんな」
「ええ、そりゃもう。この包みはね、このお前さんが拵えたものじゃありませんよ」
「そら見ろ、俺が拵えたんじゃねえんだ。やっぱりウチのあのアマが拵えやがったんだ」
「いえ、あのアマが拵えたんじゃないんです」
「なんだアマとは・・・・・・じゃあどういうことだ?俺が拵えねえでカカアが拵えねえで、この包みがひとりでに出来たのか」
「ええ、ひとりでに包みがこう、すぅっと出来たんで」
「どうして出来たんだい?」
「えっ?」
「どうして出来たんだよ」
「・・・・・・まあ、そんなことはいいでしょ」
「よかねえよ。どうして出来たんだい・・・・・・大体おめえさん、あんまり見ねえ顔だな」
「ええ、あたしも見たことないわ」
「おいてめえ、どうして入って来たんだよ」
「いえ、私がね、ここ通りかかったら喧嘩してたからね、寄ったんですよ。ええ。だけどもこれはお内儀さんが拵えたんでもなきゃ、あなたも拵えない。そう、あなたが仕事いって、お内儀さんがお湯いって、誰もいないでしょ?いないとこへスッとひとり入って来た奴がいたんですよ。そいつがね、この包み拵えた。ええ。で、こいつをこう背負って、逃げようと思ったら、お前さん帰ってきた。で、もう逃げることもできないんで、しょうがないから台所の上げ蓋はずして、それで、縁の下へ入って・・・・・・本当に私は情けないと思ったよ。ええ。けれど、そのうち喧嘩が始まってね、鉄瓶ほうったんで、そのお湯が熱いから、私ァ飛び出したら・・・・・・しょうがねえから、まあ、ここへ来たってわけですがね」
「なんだい、じゃあお前なにかい?包みはお前が拵えたのかい?」
「ええ、まあ早くいえば」
「何を云ってやがんだ。じゃあお前はなんだね、泥坊・・・・・・泥坊さんだね」
「ええ、へえ、そうです」
「冗談じゃねえぜ、本当に。おおい、こっち来い。泣いてる場合じゃねえや。なあ、手前が留守にすっからこんな泥坊・・・・・・泥坊さんが入ってくるんじゃねえか、なあ。入ってくりゃこの泥坊だって・・・・・・悪い泥坊さんならとっくに持ってちゃうぞ、喧嘩してんの見て。だけどいい泥坊さんだったから、こんなふうに仲裁してくれたんだ。さあ、泥坊さんに礼云え」
「ああ、すみません。泥坊さん、よく出てくれましたねえ」
「いえいえ、泥坊してますがね、こう見えて私ァ案外正直なんで」
「嘘ォつきやがれ、泥坊に正直ってえのがあるかい、本当に。まあとにかく、これでしめえだ。あんたもさっさと帰んな」
「ええ・・・・・・それが私、帰れねえんですよ。家がねえんですから」
「家がねえって云ったって、俺のせいじゃねえよ」
「いやそれはどうなんですがね、その、なんていうか・・・・・・ここへ来たのも何かの縁ですから、すいませんが腹ァ減って、どうにもしようがありませんから、酒を二三杯呑まして、ご飯食べさせてください」
「しょうがねえな。じゃあお前、酒ェ呑んで飯ォ喰うのかい?」
「はい。で、できれば今夜ここに泊めてくださいな。明日の朝ちゃんと帰りますから」
「おい、しょうがねえなどうも。どうしようか・・・・・・うん、まあ悪い奴でもなさそうだからな。いいか。じゃあ、今夜俺ん家へ泊めてやろう」
「ありがとござんす。じゃあ一晩厄介になります」
「うん、しょうがねえやな。おう、もう寝るってえから蒲団出してかけてやれや。うん。それから戸に締まりをしちまえ・・・・・・おいおい、締まりをするったっていつもと同じようにやっちゃいけないよ」
「えっ、どうしてだい?」
「どうしてったって、考えてもみねえ。泥坊が家ンなかにいるんだぞ、内側から締まりをしたってしょうがねえじゃねえか。なあ、だからよ、こう外に廻って、表から心張りをかえ。なあ、それで泥坊をなかへ締め込んどけェ」

 
 あけましておめでとうございます。裏部長でございます。本年も何卒よろしくお願いを致します。
 寄席のほうではお正月というとよく泥坊が出てくる噺を高座にかけます。これはむしろ縁起がよく、「お客を取り込む」というので、演じる噺家さんも多いと聞いております。
 そこで当Blogにおいても、昨年以上のご愛護を祈念して、御馴染みの『締め込み』をざっとではありますが、書かせていただきました。お暇なときにお読みください。
 
posted by 札幌支部 at 19:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2006年12月31日

伝統を現代に

 去る十二月十九日火曜日。大通り公園のすぐ傍にある札幌市教育文化会館小ホールにて、「立川談春独演会」が開かれました。芸名のとおり、この人はあの立川談志さんの弟子で、もちろん真打ち。聞けば、北海道で落語をやるのは今回が初めてだということでした。
 入口はいってすぐのところにある小ホールはあれで三百人ほどを収容したでしょうか。それほど広くない空間を老若男女が占めた午後六時半、いよいよ口演は始まったのです。
 もちろん、斯くいうわたくしも観に行っておりました。誰かの独演会へゆくのはこのときが初めてで、しかも座席は前から三列目。かなり間近で噺家の芸というものを見ることができました。
 感想から申し上げると・・・・・・三千円というチケット代が高く感じられる程度でした。はっきり云って、あまり良い出来ではなかった。談春さんは最初、短い噺である『長短』をやり、休みなく自分の落語家へなるまでのエピソードを語ってから『夢金』に入り、十五分間の休憩ののち、長篇『芝浜』をやって終了したのですが、どれもイマイチでしたね。もちろん、これはご本人も口演中に云い訳のようにしておっしゃっておりましたが、『夢金』とか『芝浜』はそれほど爆笑を誘う噺ではなく、よって、会場内がシーンとなってしまっても別段気にする必要はないのですが、しかしその条件を差し引いても良くなかった。芸としてよくなかったのです。
 気の短い男とのんびりした男のやり取りで笑わせる『長短』では、トントンと進む速いテンポはありませんが、味わいある表情と声でじゅうぶん魅せられますし、『夢金』はサスペンス色、『芝浜』は泣かせるくらいが本当なのです。それが今回はことごとく無かった。スベッた、とまでは云いませんが、あきらかに空廻りだったと思います。
 ただ、観ていたわたくしのほうにも落ち度はあるのです。というのも、たとえば『夢金』に関してはその前日に、CDで三代目古今亭志ん朝師匠のヴァージョンを聴いておりましたし、『芝浜』に関しては、名人といわれた三代目桂三木助師匠のものをCDで、また談春さんの師匠である談志さんのものもDVDで観ていたため、知らず知らずのうちに心のなかで比較をしてしまっていたのです。これで談春さんのものがズバ抜けて面白かったら逆に妙です。訪れるべくして訪れた結果と云えましょう。
 九時過ぎに帰宅し、ラジオをつけると、「真打ち共演」という番組で、いまの三遊亭金馬師匠が『孝行糖』をやっておられましたが、こちらのほうがライヴで観てきたものより面白かったです。談春さんには更なる修行を願うばかりです。

 こんにちは、裏部長です。開始早早またも落語の話から始めてすみません。今日で今年も終わるというのに、最後の最後までお前は落語の話か!と怒られる方もおられましょうが、いやいや、そこは裏部長、抜かりはございません。ちゃ〜んと空心館と結びつけてご覧に入れます。

 落語好きの裏部長、最近ではいよいよコアな立川談志師匠に興味をおぼえ、その本などを読み漁っておりますが、同氏が落語というものに対するとき、そこに一貫したスタンス、考え方があることに初めて気づきました。
 それが今日のタイトルにある、【伝統を現代に】、です。
 落語というのは云うまでもなく伝統芸能です。江戸時代から少しづつ形をかえ、現代まで伝わってきている古典芸能はいろいろあれど、形があるようでないものは落語くらいでしょう。歌舞伎文楽は型がきちんと決まっていて、それを寸分狂わさずに弟子から弟子へと伝えていますから、そこへ創意工夫を差し入れることは許されません。しかし落語は、たとえば言葉、単語の問題にしても、現在では理解しにくい名称を改めたり、現代のくすぐり(ギャグ)を入れて笑いを倍化させたりといろいろな工夫が可能で、むしろ談志師匠は、噺家はそれをすべきだと強く書かれているのです。
 たとえば、同氏の特徴として、「落語にマクラはいらない」というのがあります。落語を一度でもお聴きになった方はご存知でしょうが、噺家は噺の本編へ入る前にマクラと呼ばれる短い話をします。ほとんどの場合、それは本編の内容をおぎなう説明なのですが、古い時代のことを語る前にはこれがないと今のお客さんは理解ができません。だから、この噺にはこのマクラ、というふうに定型化しており、それをセットにして弟子たちは習うため、誰もそれを壊したり変えたりすることをしないわけですが、談志師匠はそれをおかしいと感じたわけなのです。
 ただの説明なら必要なし。どうしてもマクラを振りたいのなら、その日あった出来事を話したっていい。またどうしても説明をしたいのなら、ただの説明に過ぎない内容のマクラは振るな。それだけでも存在価値のあるマクラを振れ。
 こういった発言からしても談志師匠は異端児、落語界の反逆児とさえ云われた歴史が理解できます。過去の名人たちが考えもしなかったアイディアで、同氏は落語を変えていったのです。

 しかし、じゃあ談志さんは滅茶苦茶なことをしているかといえば、そうではありません。否むしろ、談志さんほど古典落語へ真摯に向き合って取り組んでいる噺家はいないのではないでしょうか。
 その著書を読むとよく判りますが、同氏は過去の落語、講談、浪花節まで、本当によく知っております。まあ十代でその世界へ飛び込んだようなひとですから、好きは好きなのでしょうが、その愛情といいますかね、情熱というものは半端ではありませんよ。それだけのことを知っているし、研究もしているからこそあれだけのことが云えるのだし、ご自身の落語を変えることができるのです。もし現在、談志さんのことを批判できる噺家さんがいればお目にかかりたいくらいです。
 落語の専門的なことはこれくらいにしますが、その世界に少なからず興味があって、武術の世界にも興味のあるひとは一度、談志さんの本を読んでみてください。必ずどこかに、ハタ!と膝をうつ箇所があるはずです。
 特に空心館の門弟諸君は、その回数がたれよりも多いことでしょう。

 【伝統を現代に】と聞いて、もしかしたら札幌支部の門弟諸君はすぐさま空心館そのものをイメージするかもしれません。
 そうです。立川談志師匠が落語に対してされていることは、空心館の代代の師範たちが空手に、そして体道に対して為してきたことと同じなのです。わたくしはそう自信をもって書くことができます。
 そっくりそのまま落語のネタと置き換えられる空手の型ですが、これらにしても、時代を経て、その研究のなかでいくつもの改変がなされた事実はもう門弟諸君にとっては周知のことでしょう。平安二段の初動三戦立ちになるときの足捌き新生のときの前蹴りは上段へ転掌のときの手の動きには二種ある、などなど、これからも変わる可能性のある型というのは恐らくひとつやふたつではないでしょう。技の解釈、先達たちの系譜などをひもとき、なるべく古いもの、風化していない形を残そうとする師範たちの研究の成果が日日、わたくしたちの前に届いているのです。
 体道においても然りです。受け方ひとつ取ってみても、そこに研究のあとがない技などありません。決して伝統を伝統のまま残しているのではないのです。
 そこにはきちんと現代の風が入り、研究がなされているのです。

 その証拠に、立川流の修行形態とわが空心館における修行体系にはたくさんの共通項があります。以下、それらを具体的に列挙すれば、

○立川流では入門後三箇月間は見習い。前座としてのテニヲハ(太鼓の叩き方や礼儀作法、着物の畳み方など)を教える。これらを覚えたら寄席へ入れる。
→空心館では、入門して三箇月程度で、おおよそ稽古の内容やそのシステム、先輩たちや師匠のことを理解します。基本稽古とは何か、移動稽古ではなにをするか、約束組手は、というふうにその内容をおおかた把握し、型も「四之型」や「十二之型」、早いときでは「平安二段」を教わり、だいたい空手というのはどんなものかを知るわけです。

○前座修行は二年。噺はひと月にふたつは覚える。二年で五十席。これを覚えられたら二つ目。
→ズブの素人でも、毎週欠かさず真面目に稽古を重ねれば、だいたい三年で初段。この間におぼえる型は十四個ですが、たとえば前蹴りを覚えるとか、受けを四種類覚えるとか、基本稽古のなかでもいろいろな技を教わりますし、ほかにも手廻しや抜手術、其場でのワン・ツーやエンピ六方などもたいせつな技のひとつですから、これらも入れて換算すると、およそ五十四個ほどの動作を教わることになります。

○二つ目になったら寄席から離し、TVやラジオ、ライヴ・ハウスなどへ行かせる。自分で仕事を探し、どんなところでも行って落語をやる。
→黒帯を締めてからは個性づくり。その人にあった技、空手、柔術をやります。当然そこには他流儀、たとえば剣などの研究も入ってきて、トータルで武術というものを体現してゆくわけです。

○入門後、十年ほどで真打ち。この間に覚える落語は百席以上
→この年月でいうと、空心館では三段から四段が真打ちということになります。型を含めた技の数もゆうに百は超えておりますが、落語のほうでも真打ちになってすぐには弟子が取れないのと同じで、こちらでも実際に支部などを拵えて、たれかに教授するようになるにはまだ数年の修行が必要です。だいたい向こうの常識をこちらに当てはめますと、弟子を取るのは六段くらいになってから。ちょうど合っていますね。

 落語の教える順番とその内容も似ています。
 立川流ではまず『道灌』を教えます。これで話術の基礎を叩き込むわけです。空心館では「四之型」「十二之型」ですね、これで空手の型というものの雰囲気を掴ませます。
 つぎに『たらちね』。これで女の演じ方、『寿限無』同様、云い立ても学ばせます。こちらでは「平安二段」受けと攻撃テンポが出てきます。
 三番目には『狸』。タイトルの通り、動物を教えるわけですが、こちらでは「平安初段」猫足立ち・手刀受けが出てきます。
 四番目は『三人旅』、旅というくらいですから場面展開がありますし、田舎弁も出てきます。空心館では「平安三段」ですね。それまでに出てこなかった技や立ち方が出てきますし、当たり前のように猫足立ちも出てきます。
 立川流ではそのあとに『饅頭こわい』をやって大人数の演じ分けを教え、次に『子ほめ』を教えてギャグや笑わせる間、その呼吸などを叩き込みます。このあたり、空心館では、「平安四段」を教えてヴァリエイションに富んだ動作の連続を、「平安五段」ではそれまでに習った技に加えて、飛びます。新たな変化が出てくるときです。
 そして、向こうではいよいよ『道具屋』が出てきます。これは与太郎の噺ですから、落語国の住人・与太郎の演じ方を学びます。
 空心館では「十六」初動の変化、それまでになかった動作やテンポの緩急双手による突きなんかも出てきて、いよいよ愉しくなってきます。
 『寄合酒』はその果てに教わる噺ですが、立川流ではこの作品で、それぞれ弟子たちにアレンジをさせて演じさせる方針を採っています。つまり、新たな解釈を入れてやってみろ、というわけです。工夫が試されるわけですが、空心館ではここから、ひとつの階級で型を二つづつ習うようになります。それも雰囲気の違った型をふたつ習うわけです。当然、いろいろなことを考えさせられます。ただ単に教わったものを習って、その通りに動いていれば良かったそれまでの稽古とは内容が違ってくるのです。各人、考える必要がでてきます。

 どうでしょうか。初歩のころのカリキュラムを見ただけでも、談志さんのところと空心館とではたいへんな類似性が見られます。まあ、だから何なんだと云われると非常に苦しいところがありますが、云ってしまえば、われわれも【伝統を現代に】の精神で、柔軟な思考をし、武術としての型、技、名称を学んでゆこう、ということです。な〜んだ、そんなことか!んなことは前からやってるよ!っていう方はよいのです。上記の文章を読んでハッとしたそこの門弟たちよ。その時点ですこし遅れているのです。明日からでも遅くはありません。気づいたことを大切に、稽古へ精進をしてください。

 
 あと数時間で新しい年がやってきます。この札幌支部のBlogを今日まで愉しみに見てくだすった皆さま、ありがとうございました。来年もできる限り書き込みをしてゆく所存ですので、どうか見捨てないで、暖かい目で見守ってやってください。お願いします。

 それではみなさん、よいお年を。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 18:05 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2006年12月30日

稽古総決算

 こんばんは、裏部長です。いよいよ、今年も残すところあと数十時間というところまで来ました。明日は泣いても笑っても大晦日。平成十八年の幕が下ります。
 わたくしの生活で申しますと、いよいよ大晦日、って云ったって別になにがどうするわけでなく、残っている部屋の片づけをし、自主稽古をし、身綺麗にして午前零時を迎えるのみです。いつもと殆ど変わらぬリズムですね。
 ただ、昨年までと少し違うなあと思う点は、妙に感慨深いということです。今月の終わりころになって急にココロが弱くなった、というか、何を見ても感動するような躰になってしまったのです。大げさに云えば、
「ああ、俺はこの日のために生きてきたんだ」
 なんて思ってしまう瞬間が、毎日のように訪れたわけです。勿論、その対象は他愛もないものばかりで、TVのCMで流れていたクラシック音楽にそう思い、懐かしい映画を観てはそう思い、本を読んではそう思う・・・・・・ただの感動しいになっていたわけなのですが、こんな気持もたまには良いものです。

 現在、NHKでやっている朝のテレビ小説『芋たこなんきん』、ご覧になっている方も多くいらっしゃると思いますが、斯くいうわたくしも見ておりまして、毎週土曜日、朝九時半からBSでやっている一週間分の集中放送を今日も見ましたが、やはり本年最後の週ということもあってか、これまでのストーリーの総集編でしたね。お店でいえば「総決算」というわけで、年末にはよくありがちな内容でしたが、同じような考え方でわたくしもこの一年を振りかえってみようと思います。

 今年はなんといっても、三月の栃木遠征が重要なスタート・ポイントとなりました。本部道場の諸先輩方のご指導を受け、札幌へ帰ってきてからは空手のスタイルがガラッと変わってしまいました。栃木へゆくと、毎年変貌させられます。
 五月までは警備員として施設警備というのをやっていたため、勤務時間もまちまちで、稽古へ行けぬ日も多くありましたが、五月の末からは事務所勤務となり、終了時間が一定となったため、当たり前のように大学へ行けるようになりました。
 夏。夏休みシーズンだったでしょうか、稽古時間がいつもよりも早まり、午後二時半くらいからやっていたころ、わたくしの記憶ではあまり師匠を見た印象がありません。もう今年は最初からご多忙でしたからねえ、来られない日というのが多分にあったのでしょう。わたくしは勤務終了とともにスーツ姿のまま大学へゆく。部長がTシャツと胴着(下)だけの姿で走ってくる、早めに来ていたS呂君が談話室で勉強をしている、そのうち三々五々、教室へ集まってきて稽古をはじめる、そんな日日が続きました。このころ、教室のプロジェクターを使って過去のVTRなどを見たこともありましたね。
 秋。師匠のご多忙ぶりがさらに忙しくなり、“師匠不在”の稽古も多くなりましたが、わたくしや部長がどうにか踏んばり、また他の門弟諸君もついて来てくれて、稽古はほとんど中止することなく続けられました。
 そして、冬。わたくしは黒帯を締め、部長は体道のほうで初段を受けました。希望の新人ST君も入り、いまだ少人数の稽古ばかりですが、その内に籠もる熱気はたいへんなものとなっております。その一例が来年の栃木遠征です。わたくしや部長はよいとしても、S呂君やON君までもが参加を訴えてきた、これは大変なる成果です。彼らの熱心さには頭がさがります。

 と、ひと通りざっと思い出してみると、な〜んてことはない、ただ稽古をしてきた一年間だったというわけです。やれ師匠が来ないだの、やれ来てみたら一人しかいないだの、やれ暑いだのやれ寒いだのと、いろいろなことを云ってはみてもやっぱり、ただ稽古をしてきた、という一年でした。各人、その間にいろいろなことがあり、ときには笑い、ときには泣きながら、その蔭できちんと稽古を続けてきたのです。これは当たり前のようで、なかなか出来ないことだと思います。
 わたくしも今年から社会人となり、「会社」という組織のなかに入って仕事をし、そこで生きている「サラリーマン」という存在たちを見てきましたが、やっぱり、何かをその仕事の傍らで続けてゆくというのは大変なことなのです。わたくしが見てきたなかのその殆どの人たちが、夢や趣味のようなものを捨てて仕事に生きていました。たしかにそれが社会人なのだろうし、なにか自分のやりたいことをしているその傍らでできるほど、仕事というのは甘くないのでしょうが、しかしこれはやっぱり哀しいし、虚しい。人間、アソビがなくては生きられませんよ。
 その点、まあ裏部長はまだ独身ですし、大学を出てまだ一年も経っていない人間ですから、こういうことを平気で云えるのでしょうが、わたくしのように、満足に稽古のできている人間こそがきちんと何かを伝えねばならないような気がします。武術的なセンスがあろうがなかろうが、そんなことは関係ない。こうして、札幌支部のなかの誰よりも多く稽古できている人間はわたくししかいないのですから、そのチャンスを最大限に活かさなければなりません。

 とはいえ、おそらく来年も同じように、師匠について稽古を重ねるだけなのでしょう。なにか特別な、変わったことをするわけではありません。これまで通り、大学へ通い、教室へ入り、基本稽古から手廻し、移動をやって約束組手をして、たまに型もやって、新たな発見によろこび、すぐに訪れる葛藤に苦しんで、それでも徐徐にレヴェル・アップができれば、それだけでわたくしは満足です。

 明日は今年最後のBlogです。
posted by 札幌支部 at 21:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2006年12月29日

 こんばんは。一日中、部屋の片づけに追われている裏部長です。アレはどうしてそうなんでしょうねえ、部屋を片づけ始めるともう止まらない。面倒臭がりで綺麗好きな裏部長としては、ここで片づけないとこの先何箇月そのままになってるか知れない、えいっ、全部やってしまえ!という心境になるのでしょう、片っ端からやりはじめて、結局夜になっても終わらないという事態になる。ええ、現在も片づき終わっておりません。おそらく、今年いっぱいかかることでしょう。
 物が溢れているというのも考えものです。

 溢れている物、といえば、わたくしの家にもHDDつきのDVDレコーダーが今年になってから登場し、TV好き映画好きな裏部長を満足させておりますが、今日、そんな容量のなかに録画したまま見ていなかった、ある一本のドキュメンタリー番組を見ました。
 フジテレビ系列で放送されたもので、ある死刑囚と老いた歌人との交流を追った一時間ほどの番組でした。ご覧になった方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。
 
 戦後間もなく、両親を失い、貧困の果てに餓え、それを凌ぐために食材を盗み入ったある民家で殺人を犯してしまった青年はそのまま死刑となりました。幼少時から悲惨な人生を歩み、周囲の人びとからは決まって蔑まれてきた憐れな青年でした。
 彼は獄中で読んだある新聞のなかに、読者が短歌を投稿するコーナーのあることを知り、それからはしきりと歌を詠んでそれへ応募するようになります。筆名は「島秋人」。
 そのコーナーでは、審査員を指名して送るのが決まりで、彼はずっと窪田空穂という歌人にあてて歌を送り、ふたりの間には少しづつ、師弟のような関係が生まれてゆくのです。

 短歌はあの「五・七・五・七・七」の歌のことですが、言葉を煮つめているために、籠められた感情は非常に濃いものがあります。しかも詠っている本人はこれから先、自分のすぐに死することがわかっているのです。その一文字一文字はとてつもなく重く、そして深い響きに満ちておりました。
 こんな人たちのそんな作品を目にすると、果たして「死」とはなにか、ということを考えさせられます。わたくしたちも、一歩間違えれば死という武術の世界に身を置きながら、それでもやはり道場拳法、どこかで甘えている部分があるように思われて仕方ありません。死刑の確定後も歌作に励んだこの島という死刑囚のように、絶望の淵に立っても希望を見失わず、何かにむかって歩いてゆけるようなそんな強さを、わたくしたちは養えているのでしょうか。

 最後に島さんの歌のなかから、選者であり彼の師匠でもあった窪田空穂も褒めたという一編の短歌をここに紹介して今日は終えます。
 彼はこれを、死刑確定後に書きました。


  温もりの残れるセーターたたむ夜 ひと日のいのち双手に愛しむ


 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 22:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2006年12月28日

たたかえ、子供たち

 こんばんは、裏部長です。いよいよ平成十八年も押し迫ってきました。いろいろあったこの一年も、もうすぐ終わろうとしています。
 
 TVのほうでは年末になると、決まって特別番組のオンパレード。一時間単位で構成させるものは一気に減り、代わりに二時間、三時間幅のバラエティ番組がTV欄を席巻することになります。
 この時期になると、各局の報道番組も特集をやりますね。その一年に起こった事件や出来事を振り返り、コメンテイターと称する“知識人”たちが感想を云い、最後にこの一年で死去した有名人たちを思い出して終わる、そんな特別番組がここのところ急に増えてきたように思われます。
 今年の傾向は「イジメ」。夏以降でしょうか、数数のイジメ問題、自殺が多発し、ついには「私は虐められています。取り上げてくれなかったら自殺します」などという封書までが政府関係者へ送られる始末。どの時代においてもイジメというのは決してなくならない問題で、その当時その当時で、多少趣きの違った事件がきっかけとなって現れてはTVで取りあげられるだけであり、さして珍しい現象でもないのですが、今年はそれがひさしぶりに現れた年だと云えるのではないでしょうか。
 思い出してください。イジメ関連のニュースがTVを騒がせ始めたころ、同じ学校関係では、単位の誤魔化し騒動があったでしょう。あちらは日本の教育、学校教育そのものを見直すべき、たいへん重要な問題であったのにも関わらず、見てください。気づけばすっかり下火になって、イジメ問題の蔭に隠れてしまっています。まあ、それはマスコミの力、と云ってしまえばそれまでですが、その強大なる力の表現するカタチは、決して毎度毎度正しいものとは限らないのです

 このイジメ問題フィーバーのせいで、各局はそれをテーマとした特集番組を製作しています。もちろん、ジャンルとしてはノンフィクション。全国各地にいる被虐待児、もっと残酷にいえば問題児たちを取材し、その生活のすべてを露見させる試みですね。
 イジメの連続で、リスト・カットの痕が両手首を埋め尽くしている少女両親が目の前で自殺した少年暴走族校内暴力少年麻薬から抜け出せない高校生人を殺した中学生学校へ行けない小学生・・・・・・彼らの“リアルな”生活を取材し、彼らが激し、声を荒げる姿をそっくりそのままブラウン管へ映し出す。これでもって取材といい、これらを指して「現代日本の若者たちの実状」と大大的に打ち出す。わたくしは少なからぬ疑問をおぼえて仕方がありません。
 たしかにそれらの映像はリアルでしょう。イジメ関係のストレス、トラウマ、不登校、自殺未遂、麻薬、売春、犯罪、殺人、それらの事象はたしかに日本の若者たちを見据えるに避けては通れないテーマかもしれません。いまの少年少女たちを少しでも理解したいのなら、そんな痛痛しい映像にも目を向けなければいけない、それはよく解ります。ただ、だからといって、そんな“現実”ばかりを取り上げるだけで、本当によいのでしょうか

 いつぞやの「十七歳の犯罪」と騒がれたころからも同様ですが、若者たちが殺人などを犯して逮捕されたとき、決まって、
「あの子が人殺しをねえ・・・・・・優しい、ふつうの子だったのに
 そんな証言が聞こえてきます。もちろん、それが全てだとは思いませんが、火種は表面だけに在らず、地下で燻っている焔というものがあることをわたくしたちは考えねばなりません。ドキュメント映像を撮るTV関係者たちよ、いまの若者たちを追うだけで本当によいのだろうか。その素材が編集されて一本のTV番組になって、わたくしたちの前に流れるころには、もうその少年は牢の中かもしれないのです

 本日、ひさしぶりに『バトル・ロワイアル』(日本映画2000)をDVDで観ました。原作、高見広春。監督は故・深作欣二、主演に藤原竜也前田亜季山本太郎栗山千明柴咲コウ安藤政信ビートたけし。脇にも、現在ではすっかり有名になってしまった若手俳優たちが顔を揃える、この年いちばん売れた日本映画でした。
 公開当時、わたくしはまだ高校生。すでに創作することには目覚めておりましたが、それまでの人生でこの作品ほど、ぞっこん惚れこんだ映画はありませんでした。とにかくハマッた。いや、凝った、というべきかもしれません。リアルタイムで、映画館には都合七回ほど通ったでしょうか。このあとに公開される特別篇も二度ほど観にゆきました。あのころは、今から考えてもすこし異常なほどこの映画に入れあげておりました。
 すでにご覧の方も多いでしょう。この映画は当時、どこかの国会議員さんらが騒いで、「インモラル映画」などと酷評したことで話題にもなりました。なにせ内容が内容ですから、いい大人たちが目くじらを立てて怒っても仕方がないのですが、あれはナンセンスですね。だって、映画なんですから。
 これは嘘なんですから。

 ストーリーはもう云わずもがな。完全失業率十五パーセント突破、失業者一千万人、不登校生徒八十万人。すっかり壊れてしまったある国の大人たちは自信を失くし、子供を恐れ、その結果、やがてひとつの法案が可決されます。
 それが、【新世紀教育改革法】(通称『BR法』)です。全国の中学校の中から任意で毎年ひとクラスを選び、ある一定の限られた場所(映画では島)へ連れてゆく。各人、水と食料と地図、そして武器を与えられ、三日間の制限時間のなかで、殺し合いをします。一同の頸には銀色のワッカが嵌められ、指定された禁止エリアへ入ったり、無理に外そうとしたり、制限時間が来ても数人が生き残っていたりしたら、それが破裂する仕組になっているのです。
 映画では「城岩学園中学校三年B組」四十二名。たのしい修学旅行中に拉致され、ある孤島の廃校のなかで目覚めた彼らは、突然現れた一年生時の担任教師に再会します。
 いまだ事態を把握できていない彼らに、その教師はこう云い渡すのです。

いいかー、この国はこの国信(不登校生徒)みたいなヤツのおかげで、すっかりダメになってしまいました。だから偉い人達は相談して、この法律を作りました

 廃校の教室の黒板には大きく「BR法」と書かれています。教師はつづけて云いました。

そこで、今日はみなさんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます。最後の一人になるまでです。反則はありません

 たけしさんの無表情の演技がなんとも薄気味わるく、印象ぶかいシーンですが、このあたりは当時ショッキングでしたね。まだ十五歳になったばかりくらいの中学生たちに、ショットガンや回転銃、鎌や日本刀を渡して、これで最後のひとりになるまで殺し合えというのですから、お堅い先生たちが吠えるのも無理はありません。人道的に問題アリ、と云われても仕方がないでしょう。
 でも当時、わたくしはこの映画にしびれましたね。それこそ浸かるようにこの映画を観まくりました。関連の本も買いあさって、メイキング・ヴィデオも手に入れたほどです。相当にわたくしの趣味と合っていたのでしょうか。

 ただ、今になって思うのは、この映画、ただ単に殺戮をテーマにしていたわけではないのではないか、ということです。すでにご覧になった方はご存知の通りですが、この作品のテーマには「生きる」ということや、当時わたくしが感じたキーワードとしては、「自分自身」というのがありました。つまり、あなたならどうする?という命題の提示ですね。ギリギリの世界。生きるために親友を、恋人を、昨日までクラスメイトだった人間たちを殺さねばならない。そんな状況に置かれたとき、あなたならどうしますか・・・・・・そんなことをこの映画は訴えているような気がするのです。
 ですから公開当時、たけしさんもおっしゃっていました。この映画は特に若い年代のひとたちに観てもらいたいのに、R指定がついている。
 映倫はバカばかりだ、と。

 今を追うことも大切なことですが、それだけではなく、何か違うもの、普遍的なもの、人間性、平和感、生きることの意味を押しつけるのではなく、あくまでそのヒントを提示するだけで、最終的には相手に考えさせるようなTV番組がひとつでも増えれば、日本の少年犯罪は減るかもしれません。

 裏部長としては、子供が強くなること、自分の意見をきちんと主張することには賛成ですし、大人もアタマを柔らかくしてそれに向き合う必要はあると思いますが、お互いに意固地になって、ムキになって、最終的に一方がもう一方を力でねじ伏せるような国になっては、日本も終わりです。
 無理難題、異常とも思える要求を受けて、「どうして俺たちがそんなことしなくちゃいけなんですか」と質問する生徒に、教師がこんな回答を与える時代になったら、もうおしまいです。

お前らのせいだよ。お前ら大人なめてんだろ?なめんのはいいよ。だけどな、これだけは覚えとけ。人生はゲームです。みんなは必死になって戦って生き残る、価値のある大人になりましょう


*上記の台詞は、映画『バトル・ロワイアル』の採録台本から抜粋しました。
posted by 札幌支部 at 22:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2006年12月27日

なんとかしろよ!

 こんばんは、裏部長です。本州では季節はずれの嵐があり、今日はうってかわって季節はずれのポカポカ陽気。冬の格好をして外へ出たひとは散散な目に遭ったようで、みなさん心のなかでは、
「冬は冬らしく寒くなってくれ」
 と叫んでいたとかいないとか。

 人間はないもの強請りですから、寒くなれば温さを求め、暑いときには冷気を欲する。そんな浅ましい料簡だからこそむしろ人生を生き抜くことができるのかもしれませんが、あまりに優柔不断、というのもまた考え物です。ある芸人さんが、
知識は本来、恐ろしいものだ
 とおっしゃったのが印象に残っていますが、たしかにそうで、あまり外部からの情報に振り回されて、その通りに従っていてはいつか自分を見失います。人間、どこか頑ななものを持っていなければいけないのです。
 そういうことで云うと武術の世界も誘惑の多い世界ですから、この戒めは大いに役立ちますね。斯く云うわたくしがそうで、数年間やっていた合気道から一転、あっさりとこの空心館へ鞍替えをしてしまいました。その、部外者から見ればなんとも軽すぎる転身、好みの変化はお恥ずかしい限りですが、しかしこれは単に出逢った目先の道場へ無闇やたらと飛び込んだわけではなく、合気道修行時代からおこなっていた他流儀武術の研究調査などの結果として、ああこれは合気道を捨ててもいいな、そう思えたからこそ模様替えをしたのです。決して、目が眩んだわけではないのです。

 しかし、まあ何も自分のことを正当化して話すわけではありませんが、わたくしのようにまだ未熟なうちに新たな刺戟を受け、そちらのほうが自分に合っているのではないか、これからの人生をかけて学ぶにたる価値のあるものなのではないか、とそう考えて鞍替えをするのならまだ良いのですが、その道で何十年も修行をし、高段者となり、すでに指導者として活動している人間がかくも簡単におのれの方針を変えてもよいものなのでしょうか。わたくしはそれを疑問に思っています。

 ある柔術系流派の稽古を見学したときのことです。そこの技法は、触れた瞬間に相手を無力化して、すぐさま技へ繋げてゆくという類のものが多かったのですが、師範の受けをとっているのが口髭のある年配の男性。黒帯を締めておりましたから恐らく有段者なのでしょう。見事に浮かされてドッタンバッタンと投げられておりました。演武ですから、それはそれで何も問題はなく、わたくしはひと通り見学を終えて帰ろうとしました。
 そのときです。上記の口髭の男性が、玄関で靴を履かんとしているわたくしに歩み寄ってきて、こんなことを云ったのです。

私は空手八段だが、あの先生の技にはどうしても敵わない。君にはわからんだろうが、あの技をかけられると私でも蹴りが出せない。いやあ、凄い先生だよ

 おそらくこの人は、現在自分のやっている流派とその師範を宣伝したかったのでしょう。こちらが苦笑しているとも知らず、云いたいことだけを云ってそのまま満面の笑みで道場へと帰ってゆきました。
 残されたわたくしは茫然自失の態というやつです。だってリアクションの取り様がないんですもの。自分は見せてもらっている側でしたから、変に意見もできないし、仮令したところで相手は“空手八段”のひとですから、聞く耳すら持ってはくれなかったでしょう。

 わたくしはこの男性の発言に疑問を感じて仕方ないのです。だってそうでしょう。このひとは空手八段だと云った。これが嘘ではなく本当のことだったとして、どんなジャンルの空手道場でも、八段なんていう位まで上がるには少なくても数十年の年月がかかります。勿論それは毎週休まず稽古へ通い、熱心に修行をして数十年です。社会人になって働いて、家庭を築いたあとも変わらぬペースで稽古を続けるなんてことは容易ではありません。そんな数十年間をやり抜かなければ八段なんていう段階へは行けないはずなのです。
 ですから、おそらくあまり障害のない昇段システムのある空手道場のひとだったのでしょう。指導者コースがあったり、ある一定額の金子を出せば段位が買える……そんなところの人だったのかもしれません。
 まあそのあたりの推測は置いておいて、本当にあの髭の男性が空手八段の腕前だったとしてですよ、どうしてその世界で修行を続けないのでしょうか?わたくしはこれが解らない。恐らく何かの演武会か、偶然的な交流のなかであの人はその柔術系流派の稽古を見た、もしくは体験した。そのとき、そこの師範の技にえらく感動をしたわけですね。まあ、ショックを受けたのかもしれない。それまで突いたり蹴ったりしかして来なかった人間に柔術的な技はおもいのほか有効ですからね、「これは神技だ」なんてことを口走ったかもしれません。
 自分のなかに感じたことのない感覚が入ってきて、おそらくあの方は悩んだのでしょう。武術をやっている人間にはよくわかる、七転八倒の苦しみです。しかもあの人は空手のキャリアが数十年あるのですから、そりゃ大変な苦しみ様だったと想像できます。
 その葛藤はいづれ、「空手を取るか、向こうの道場へ移るか」という究極の選択まで発展し、そして結局、あのひとは後者を取ったのです。

 何度も云いますが、わたくしのように、たかだか数年間やっただけで、まだ合気道の何たるかも解っていない若造が、新たに触れた未知の流儀、つまり空心館ですが、これに感動をし、合気道を見限って移ってきたことは無知のなせる無謀といって笑ってしまうことができます。しかし、上記の方のように、その道で何十年も稽古をし、高段位を持つレヴェルに達していながら、それまで自分の味わったことのない技に直面したからといって、自分の流儀を捨てて良いものなのでしょうか。大学に入った頃ならまだしらず、現在のわたくしならそんな考えは持ちません。だから今は胸をはってこう云えるのです。

「空手やってた人間ならさ、相手の技(柔術)がどんなに鋭くて、どんなに凄いもんでも、てめえの空手でどうにかしろよ!技かけられて蹴りが出ねえんだったら蹴れるように工夫しろよ!相手の掴み、投げ、押さえを研究して、空手で攻略できるように稽古しろよ!今まで空手家って名乗ってたんだろ。そんなら、最後まで空手でどうにかしてみろよ!」

 今もおなじ気持です。
 
posted by 札幌支部 at 21:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2006年12月26日

「受け」のある不思議、「回転」のない面白さ

 こんばんは。日夜、“年末太り”と闘っている裏部長です。今日は久久に稽古以外の目的で大学へ行ってきました。卒業証明書や資格の証明書なんかを発行してもらうためだったのですが、在学時は中央棟ロビーにある機械でピピッと簡単に発行できたものが、卒業したというだけで急にその手続きがややこしくなり、結局わたくしのは機械では無理、受付へ云ってわざわざ発行をしてもらうことになりました。これに要した金子、しめて六百九十円也(郵送料込み)。
 わたくしはてっきり今までどおり機械で済むことだろうと思っていたのですが、向こうのシステムはそのように出来ていなかったようです。すっかりその気で行ってその有様だったので、少し狼狽しました。人間、知らないことに直面すると意外に慌てるものです。

 今夜は家族で鮨屋へいってきましたが、よくこういったお店のお会計のときに、
「おあいそお願いします」
 なんて、物知り顔でいうお客さんがおりますが、あれも無知の恥ずかしさを感じさせる一例です。ご通家はご存知の通り、もともと“おあいそ”というのは、会計を済ませると別れてしまわねばならぬため、店側が、
「愛想尽かしなことですが……」
 と云って伝票を差し出したのがもとであり、現在となっては符牒、つまり業界用語になっているのです。ですから、これをお客の側が発してはいけないのです。
 鮨屋関係でいえば他にも、お茶のことを“あがり”、醤油のことを“むらさき”、ご飯のことを“シャリ”、山葵のことを“サビ”、などなどがありますが、これは店の職人・料理人たちが板場で交わす言葉であり、お客の側がつかうとむしろルール違反というか、粋を知らないなあと笑われてしまいます。
 ですから、上記の“おあいそ”に関してはそのまんま、
「あのう、勘定お願いします」
 でよいのです。

 これらのように、知っているか知らないかで大きな差が出るものとして、空手における「受け」の存在があります。わたくしどものところでは当たり前のように扱い、稽古しているものですが、こと一般的な競技空手においては、ほとんどと云ってよいほど受けの技術は磨かれていないようです。というのも、競技の場ではそんな技術そのものがあまり必要ではないらしいのです。
 わたくしもそんな話を聞き、TVで競技の試合をはじめて見たときには驚きました。なにせ繰り広げられているのはただの殴り合い、刺し違いばかりで、ほとんどが相打ちのようになっているのです。そのなかでやれ青のほうが速かったとか、いや赤の上段逆突きが決まっていたとか、そんなレヴェルで点数を競っている・・・・・・よく云われることですが、「これは果たして本当に空手なのか」そんな疑問が若輩のわたくしの内にも湧いてきました。
 現に、この話題のみに関わらず、長く競技のほうにも関わってきた部長やS呂君の話を聞くと驚くことばかりです。特に「受け」(捌き)の技術に関しては、ある意味で脱帽ものです。そこまで相違があるとは予想だにしておりませんでした。

 ただ、じゃあどうして競技のほうではあまり「受け」を重視しないか、と云えば、それはただ単純に、その技術が必要ないから、若しくは、無かったところで支障はないから、という一文に尽きます。だって必要があるのなら黙っていたって手をつけるはずでしょう。そうしないということは、差し迫って必要がないということなのです。
 だから向こうの方方はそういった方面にとても暗いところがあります。なかば知らないようなものですから、おそらく空心館の空手を知れば、大いに驚き、S呂君ほどではないにしても、相当なショックを受けることでしょう。

 わたくしどものやっている空手と競技の空手とでもうひとつ違うことといえば、「回転」の使用です。この場合、「回転」を用いるのはおもに攻撃、まあここでは突きに絞って考えてもよいのですが、向こうではとにかく腰の回転を最大限につかって突け!と云いますね。今日も古本屋で、DVDつきのそんな空手本を立ち読みしてきましたが、ウンザリするほど「回転」でした。まるで、○○のひとつ覚えみたいです。
 まあもちろん、我我も最初は「回転」で突きます。突き手、引き手にあわせて腰を最大限につかい、軸を安定させて追い突きを出す、日頃いやというほどやっている稽古です。だから、別に間違っている方法論ではないのです。
 ただ問題なのは、それが全てだ、という考え方でいることなのです。
 これは以前に師範もある空手雑誌をみて嘆いていらっしゃいましたが、例えばわたくしたちのようなレヴェルの若輩たちが、
「空手の突きは腰の回転が命!十分に腰をまわして攻撃するのが一番!!」
 なんて声高に云うのはまだ許せるのです。その時点で彼らはそれらの課題に取り組み、腰の回転でもって突きを出せるようにと稽古しているわけですから、それは良い。ただこの方法論を、有段者、特に指導者となっているような高段者がさも途轍もない極意のようにして説いていることが問題なのです。
 これもまた、知っているかいないか、の違いです。回転の良さを知り、加えてその危険性をも知ることができたら、それまでに云っていた己の愚言に顔を赤らめることでしょう。
 本当に、知らないということは恐ろしいものです。

 わたくしが空心館に入ってそろそろ三年。その間にさまざまな武術流派、武道流儀を垣間見、散見してきてもまだその技、詳しくいえば師匠や師範や本部のみなさんの技に魅せられ、飽きない理由は上記にあるのかもしれません。つまり、ここにいれば“知っていられる”から。空心館と出会わせてくれた運命に感謝します。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 20:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記