2007年04月06日

感動のない人生なんて

 こんばんは、裏部長です。ああ、春ですねえ晴れ晴れ晴れ

 ごめんなさいもうやだ〜(悲しい顔)今日も特にこれといって書くことはありませんふらふら絵文字をつかって誤魔化しているだけです。ホント無内容なBlogですみませんバッド(下向き矢印)

 やっぱり、稽古がない、っていう状況がいけないんです。一週間も稽古をしないという事態は久しぶりですから、頭のなかでは理解できていてもカラダのほうが納得をしません。欲求不満の運動不足ほどタチの悪いものはありません。
 そこに加えて裏部長自身の悩みなんかも入り混じってしまって……そりゃ愉しい話題なんて提供できるわけがありませんや爆弾
 感動を得られない生活ほど窮屈なものはありませんね。生きることは苦だ、とお釈迦さまはおしゃったそうですが、人生の大半が「苦」ならば、それを乗り越えられるだけの感動を得なければなりません。そうしないと今のこのBlogのように、ただ愚痴ってるだけの退屈な場になってしまいます(ホントです)。

 来週からは稽古も再開されますし、現在の裏部長が抱えている問題にも少なからず展開というものが現れて来るでしょうから、多少はBlogの上でも派手さがもどってくると想われます。そう期待しておいてください。

 今夜はこんなところで失礼を。
posted by 札幌支部 at 19:43 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年04月05日

よーく見れば・・・

 こんばんは。苦悩のなかの裏部長です。すいませんねえ、何だか暗い打ち明け話みたいなことばかり書いてしまって。わたくし自身はね、自分のなかに溜まってるストレスを吐き出せるから書いててなんともないんだけど、それを読まされる側のひとにとってはねえ、そりゃ蔭蔭滅滅としてきますよ。読んでて愉しいわけがない。栃木のY先生がご多忙のなか励ましのコメントを入れてくれるわけです(ありがとうございました)。
 気持的にはすこし盛り返しました。今日、師匠と会っていろいろと相談をぶってきたので、どうにか明るい顔をしております。

 久しぶりにA君が書き込んでくれました。楽しみですね。月曜日に会いましょう。

 さて、今日はちょっとした発見を。インターネットで、ある動画サイトを発見したのですが、そこには船越義珍の映像がある、国井善弥が島津兼治がスティーヴン・セガールがあるト、いろんな動画が集まっており、たいへん面白いです。わたくしも初めて見るものばかりで、ひそかに愉しませていただいておりますが、このなかにある剣術家の動画があります。「昭和の達人」と呼ばれた有名な方で、ここには居合の映像なども入っているのですが、このひとの動きが、どうもわたくしには師範に似ているように思われるのですね。技そのものはもちろん、立ち上がる際の所作や動作のリズム、躰のキレなど、やっぱり似てるんですねえ(あくまで独断ですが)。
 その人とは、あの中山博道さんです。口ひげが印象的な、あの御仁です。わたくしには、師範と中山さんの動きに同調性があるように思われます。もちろん世辞ではございませんで、興味のある方は見てみてください。

 明日にはもう少し元気になっていると思います。
posted by 札幌支部 at 20:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年04月04日

うぅ……うぅぅ……あぁ……。

 ハア……ああ、どうも、こんばんは。裏部長です。

 こんな書き始めからもわかる通り、裏部長、今とっても悩んでおります。ことは身の進退に関わってくることです。そりゃ悩みます。
 どうしようかなあ……やっぱり、思い切って……でもなあ……う〜ん……。
 
 そんなこんなで、ごめんなさい。今日は何も書く気になれません。
 稽古もできていないし。踏んだり蹴ったりです。

 ああ、どうしようかなあ。
posted by 札幌支部 at 21:32 | Comment(2) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年04月03日

『秘伝』道場ガイド誤植問題のその後

 こんばんは、裏部長です。今日の札幌は雨でした。昨日もパラパラと降っておりましたから、二日連続の雨ですね。春になってきた証拠です。

 昨夜、奈良のM田先輩からのコメントを見てはじめて気づきましたが、先日書きました「月刊『秘伝』道場ガイド2007」の誤植はわたくしがアップしたものに留まっておりませんで、記載のミステイクは後ろについているINDEXにまで及んでおりました(お持ちの方はご参照ください)。
 ですので昨夜、このBlogへ書き込んだあとすぐに、株式会社BABジャパンの『秘伝』編集部のほうへ、メールにてその旨を伝えました。まったく知らない間柄ではないため、多少温和に、しかし間違っていることに関してはきちんと伝え、そして向こうにできる最上の訂正方法を伺いました。
 これに対して先ほど、同社より返信があったため、その文面を以下に載せます。


 月刊秘伝別冊付録「全国道場ガイド」製作を担当致しました、秘伝編集部・原田と申します。
 この度は数多くの誤植ミス、誠に申し訳ありません。ご迷惑をおかけしてしまった事、ご無礼、深くお詫び申し上げます。
 すでに全国頒布されてしまっているものゆえに、本当に甚大なご迷惑をおかけしてしまったものと認識しております。
 せめて、という対応しかできず恐縮ですが、今月発売号の別冊付録となる「全国道場ガイド(後編)」誌上にて、訂正掲載をさせていただきます。
 今後、二度とこのような事のないよう、細心の注意を払ってまいります。
 まずは、心よりお詫び申し上げる次第です。



 こんな具合です。とても恐縮されてましたね。
 本部ならびに各支部のみなさま、こんな感じでいかがでしょうか。何かあったらまたお申しつけくださいませ。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 20:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年04月02日

反省点

 こんばんは。春ですね〜晴れアッという間もなく四月を迎えてしまいました。気温も少しづつ高くなり、昨日なんぞは今年はじめての真夏日が観測されたとか。なんだか夏が思いやられますふらふら
 えー、四月ですから、わが札幌大学でもいよいよ新学期が始まりまして、今週いっぱいはやれ健康診断だとか就職ガイダンスだとか履修登録だとか、そんな授業とは関係のないスケジュールでもって、すっかり休み馴れしてしまった生徒たちの目を覚ましてゆきます。いきなり授業は始まらないわけです。
 ただ、一応は大学として動き出し、校内もいろいろなことに使われるのですから、そのなかの一室を借りて稽古しているわれわれも、春休みのときと同じような心構えではいけません。もしかしたら、もしかすることも、もしかするとあり得るので……。
 と、そんなことを懸念していた矢先、師匠から衝撃的なメールが届きました。
 なんとなんと、今週いっぱい教室が使えず、稽古不可!だというのです。
 昨夜にもお伝えしたとおり、今日は健康診断のため教室が使えなかったのですが、まさか今週いっぱいまで駄目だとは想いませんで、若干ガッカリしておりますバッド(下向き矢印)通常時間での稽古は、来週の月曜日までお預けですもうやだ〜(悲しい顔)

 ま、辛抱して待ちましょう。

 そういえば先週の金曜日、S呂君と狗っちも来てくれて、四人でやった稽古のときに、ちょっとしたことを反省いたしました。まあ反省というと少し大仰で、そして若干厚かましいのですが、なあに、三年経って黒帯締めてもまだまだ空手というものに馴れていない裏部長、まーだまだ誰かを実際に突く(または打つ)ことを恐れているのです
 あれはS呂君との約束組手で、その前に彼はK先生と組んでやっていて、そのときに、相手の突きへ最後まで左手を合わせ、粘っこく押さえるような受け方を教わっていたため、わたくしと組んだときも同様の動きを出してきました。これはK先生曰く、明石のT相談役からの教えにあるもので、巧く相手の突きを押さえられたら二本目三本目の突きが出ない、という高度な技です。だからS呂君も、相手が変わってもやってみようと実践していたのだと想います。
 ただ、俄かに教わったものをあっという間もなく実行できる人間はそう多くはいません。もちろん、誰も彼も、です。このときのS呂君も左様であり、上記の受け方が、ただ単に相手の腕を向こうへ押しやっているだけになっていたのです。
 もちろん、相手の突きとそのタイミングを合わせられれば、差し迫って問題にすることではありませんで、このときの彼の受け方も、突きを喰らっていないという結果からすると決して失敗ではなかった。現に、その躰へもろに拳が当たった回数は少なかったと想います。
 でもですね、突いた腕をグッと向こうへ押されてしまうと、こちらとしては、その力を利用して打ちへと変化したくなってしまうのです。また二本目、そして三本目と続けて攻撃を繰り出すにはそうするのが今わたくしの内にある最上の手であり、また脱力というテーマからしてもこの動作をやりたい。逆にいえば、このときのS呂君の受け方は、こちらのそんな連続攻撃を生み出す要因にもなりえる動作だったのです。
 だから、裏部長はそれを実行しました。中段追い突きのあと、払われた右手をそのまま柔らかくムチのように使って、相手の側頭部へ……。

 結果、一度ですが、バシィーン!!と普通に当たってしまいました。その掌に、彼の頬の感触を得て、そして急激に、わたくしは落ち込んでしまったのです。

 そんな心持になってしまったのにはふたつの原因があると想われます。
 ひとつは先ほど書きました通り、わたくし自身がまだ、その素手で誰かを突く(打つ)ということに馴れていないから。その衝撃に自分で驚いてしまったのですね。空手修行者としてはあるまじき遠慮、恐怖心。そんなものに慄いてしまったことがひとつ。
 もうひとつは、寸前で止めようとして止められなかったことへの口惜しさ、でしょう。一応セオリーとして、中段へ突いたあとの打ちは自然と上段へいってしまうため、この突きから打ちへの変化は、現時点でのレヴェルとしては存外キケンな技であり、同階級とはいえ先輩である自分が後輩であるS呂君に対してそれを行なったということは、自分のなかではちょっと許されないことだったのです。だから、バシィーン!!と当たってしまった瞬間、「ああ、やってしまった」という後悔の念にかられてしまったのです。

 空心館では「寸止めは寸止めでも、突かれるほうの人間が、当たる寸前にどうにかする“寸止め”」をしており、簡単に云ってしまえば、入門して以来ずっと、実際に当てる空手を稽古してきたわけです。だから、いわゆる競技空手に見られる寸止め、当てない空手はできません。今いきなりスポーツ空手の大会に連れて行かれて、グローブはめて試合にほっぽり出されたら、おそらく一回戦で反則負けとなるはずです。競技経験のある部長やS呂君以外はおそらく全員がそうだと想います。
 ですから、器用にぎりぎりのところで止める技術がなくても別段落ち込む必要はないのかもしれません。栃木のY先生がおっしゃるように、突きそのもののレヴェルが上がってくれば寸止めも容易くできるのかもしれない。今はまだ、そんな小手先の技術を考えるより、突きそのものの精度を上げたほうが……。
 でも、止めようと思ったときに止められないということは、自分がそう思っているほどは上手く、自分のカラダを操れていないということであり、これは今に始まったことではないとしても、こうして実感してみると愕然としてしまうものです。ああ、自分はまだこんなことも出来ないのか……金曜日の夜はそんな些細なことで落ち込んでおりました。
 みんなで食べた夕飯はとても美味しかったですけどね。

 もしY先生、この記事をお読みならばご意見を伺いたく存じます。また同師におかれましては、どのくらいから打ちを稽古のなかへ取り入れ始めたのか、組手のなかで使うようになったのか、そのあたりのことも教えていただけると参考になります。

 春はちょっぴり残酷な季節です。桜も咲いて、とても清清しい季節のように見えますが、特に四月はわれわれに「変化」を強要します。もしその要求に応えられなかった者は、時間の波に取り残されて、過去という時代に蹲るしかありません。まるで、散って踏みつけられて、すっかり泥に汚れてしまった桜の花びらのように。
 裏部長も、この春に取り残されないように、懸命にもがいてみせます。
posted by 札幌支部 at 20:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年04月01日

明日の稽古

 こんばんは、裏部長です。個人的なことでたいへん申し訳ないのですが、今日はちょっと用事が立て込んでいるため、簡単な連絡事項だけを申し上げてお暇を頂戴します。

 明日、四月二日の稽古ですが、当初の予定ではふつう通りに行なう段取りで、教室の使用許可もそのように取ってあるはずです。ただ、わたくしどももその心算でいたのですが、先週金曜日の稽古のときに、「二日から健康診断がある」ということに想い至り、また月曜日の稽古場である1002教室がその会場になっていることも知って、もしかしたら出来ないかも……という懸念が漂っているのであります。
 この件に関してはK先生から師匠へとお伝えいただき、お調べいただいた上で、遅くとも明日の稽古の前には判明するものと想います。門弟各人はその連絡を受けてから来るか来ないかの判断をしてください。

 今日はそんなご連絡のみで、失礼をいたします。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 17:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年03月31日

月刊『秘伝』道場ガイド2007誤植について

 こんばんは。朝、適度な筋肉痛とともに目覚めた裏部長です。いいもんですなあ、こういう朝も。なんだか躰が引き締まった気がいたします。
 昨夜書いた「勝負」の件ですが、なんと今日中に決着がつくかと思いきやさにあらず、来週の金曜日まで持ち越しとなりました。Blogをお読みの方方にはなんのことだかサッパリだとは想いますが、どうかそれまで待っていてください。

 栃木のY先生、コメントありがとうございます。
 わたくしは想うがまま、ひとり勝手の了見でY先生に憧れ、その技を盗もう盗もうと日夜考えている人間ですが、いかんせん栃木と北海道、お会いできる機会も少なく、何だかすっかり親しくなった気でいても、直接稽古をつけていただけたのは今回の遠征を入れても三度しかありませんから、同師のことに関してはほとんど知らないわけです。ましてや昔のこと、K先生が東京から毎月一度、栃木へ通って稽古をしていた時分のことなどはまったく知らないわけですね。
 ですから、昨夜の会食におけるK先生のお話はたいへん興味深く伺いました。わたくしも出来るだけ早く、そんな厳しい稽古をつけていただけるレヴェルに達したいと想います。

 K先生、三日間ぶっ通しのご指導、ありがとうございました。わたくしのほうが幾らも若いのにこの有様ではいけませんね。お恥ずかしい限りです。
 ただ、稽古方針に関してはなにも意見はございません。むしろ賛成するばかりです。K先生の行なわれた稽古体系は、門弟それぞれを自覚的にさせてくれます。これは普段の稽古ではあまり自然と湧いてこない感覚だと想います。
 おそらく今後は、師匠不在の月曜日、もしくは、師匠が急な用事で来られなくなったときの稽古などでこれを実行できるわけですね。それまでに、後輩たちもちゃんと自分のテーマを探しておいてほしいものです。

 さて、今日はちょっとした訂正記事を載せさせていただきます。
 みなさん、すでにご存知の方もいらっしゃると想いますが、BABジャパンという会社が出している月刊誌『秘伝』の四月号と五月号には、附録として、「武道&武術全国道場ガイド」というのがつきます。四月号には前編、五月号には後編が入るわけです。
 わたくしどもも、札幌支部という名称になってからは毎年ここへ道場情報を載せており、今年もやはり載せておりますが、この紹介文のなかにいくつかの誤植(古い言葉やなあ)がありましたので、当Blogにて訂正させていただきます。

 まずデータ番号D「日時」、というのはつまり稽古のスケジュールですが、ここに書いてある「月・水・木・金」というのは間違いありません。大学のはじまる四月からも当分はこの曜日に稽古を行ないます。
 ただ、ここに書いてある稽古時間「16時〜24時」は誤りです。当たり前です。午前零時まで稽古をするはずがない。正しくは、
18時〜20時
 つまり午後六時から八時までの二時間、ということになります。

 もうひとつの誤植は、データ番号E「支部」の表記です。空心館の支部情報は本部道場(同ガイド十三ページ)の紹介文のなかにあり、第一、札幌支部に支部のあるはずがありません。よってここに書かれている“江別支部”なる文章はまったくの誤り。空心館とはまったく関係のない記載であります。

 上記ふたつがその誤植記事ですが、これはちょっと酷い。今度、編集部のほうへきちんと云っておきたいと思います。
 念のために申し上げておきますが、これら以外の表記は正しいので、もしこの道場ガイドを見て、それからこのBlogも見て「空心館に入ってみようかなあ」なんて想ってるひとがいたら、迷わず師匠のメール・アドレスにその旨を送ってください。躊躇することはありません。うちは来る者は拒まず、ですので

 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 21:06 | Comment(2) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年03月30日

稽古!稽古!稽古!

 こんばんは、裏部長です。いやあ、ヘトヘトです眠い(睡眠)疲れた〜。こんなに疲れて、そしてこんなに筋肉痛を抱えたのは本当に久しぶりで、ここ数箇月間はなかったことです。怠惰であったと云われれば反論の言葉もありませんが、やっぱり稽古の量と内容ですね。ここに違いがあるように想われます。
 師匠はどちらかというと、量よりも質を取られており、普段の稽古でも、基本にしろ移動にしろ約束組手にしろ、たくさんやって時間をかけるということはあまりしません。いわゆる、「数を恃む」というところがないんですね。
 だから平生も、門弟たちの疲労度などを見ながら本数や分数をお決めになります。これに馴れてくると、ちょっとやそっとでは筋肉痛に襲われることはなくなってしまうのです。

 もちろん師匠の方法論がよくてK先生と行なったこの三日間の稽古内容がよくない、ということではないのでしょう。どちらも良き点があり、また陥りやすい穴も有している。この兼ね合いが稽古の愉しさであり、そして難しさなのである……なんてなことなのでしょうね。
 いろいろと考えさせられます。

 さて今夜も昨日来と同じ稽古です。しかし少し違っていたところは、参加者がわたくしとK先生だけではなかったということです。
 今日はS呂君と、稽古開始の一時間半ほど前に北海道へもどってきたばかりの狗っちもともに躰を動かしました。
 稽古内容はほとんど同じ。変えたところは、ミット打ちを二組にわけて行なったこと、約束組手もそれに準じて行なったこと、この二点くらいでしょう。あとは殆ど水・木曜日とおなじ内容でした。
 S呂君とK先生は競技の話で盛り上がっていたし、狗っちは狗っちで、疲れているところを踏ん張って、大汗をかきながら動いておりました。彼らも熱心であります。

 稽古終了後、全員で大学の近くにある〔ガスト〕へ。談笑をしながら会食をいたしましたが、このときK先生からはいろいろと面白いお話を伺うことができました。同氏の奈良時代、そして東京時代のときのI師範代、Y師範代との交流、その凄まじさ。実際にいろいろと喰らっているひとのお話だけにとても迫力があり、両師範代の技の鋭さ、速さ、そういったものが目に見えるようでした。
 ちゃっかりK先生にご馳走になって、散会。帰途、バス停までK先生と談笑。一昨年の十二月、師範来道の折に突きを受けてもらったことをお話しすると、「それは貴重やわあ」と驚いていらっしゃいました。やっぱり、師範と直接触れ合って稽古をつけていただく機会というのは、とてもとても貴重なのですね。大切にしなくてはいけません。

 さあ、来週からはもう四月です。大学のほうもようやく動き出して、稽古も通常どおりの時間帯にもどります。今年度はどんなことが待ち受けているのか、どんなひとがやって来るのか、今から愉しみです。
 非常に個人的なことですが、明日はちょっとした勝負があります。その結果はまた明日、このBlogで明かしたいと想います。
 何だかわかんないけど、裏部長を応援してやっていて下さい。
posted by 札幌支部 at 21:57 | Comment(2) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年03月29日

自立した稽古

 こんばんは、適度な筋肉的疲労を感じている裏部長ですパンチ遠征からあと、体調の良くなかったこともあって、あまり激しい稽古をしていなかったところへ昨日、そして今日の稽古が重なったわけですから、いくら気合を入れたところで躰はギシギシ云うわけですむかっ(怒り)ただこれは、何かやり馴れていないことを無理して行なった結果の疲労ではなく、いつもの稽古をそのまんま、ただひたすらに一所懸命の心持で行なったがための疲れであるため、とても清清しく、そして妙にやる気が出てくるのです。
 武術の稽古とは不思議なものです。

 書き込みにもあった通り、おすぎさんが北海道を離れてしまいます。淋しくなりますねもうやだ〜(悲しい顔)稽古で顔をあわせる回数はたしかに少なかったけれども、彼の明るさ、能動的な生き方、その積極性にどれだけ助けられたか知れないし、札幌‐栃木‐奈良‐明石と、空心館内部をスコンと繋げる成果をあげた、このBlogを提唱してくれたのも彼でした。おすぎさん無しには現在の札幌支部は語れません
 仙台ですかあ。牛タンくらいしか思い浮かばないけど、もし何かがあって再び北海道へもどることが出来たなら、是非にもまた稽古へ来てください。そのときまで、どうにかこうにか札幌支部を存続させておきますので手(チョキ)
 いってらっしゃい。決して無理はしないで、頑張って決定

 奈良のM田先輩、コメントありがとうございます。お久しぶりの書き込みに、ホッとしておりますわーい(嬉しい顔)
 わたくしは、昨年の九月の、うちの部長がお邪魔したときの稽古ヴィデオしか見たことがありませんで、あとは師匠の結婚披露パーティや過去のVTRばかりで、あまり多く先輩の姿を見たことがなく、その印象も薄いわけですが、昨年のVTRからのイメージだと、これでもか!というほどの柔らかさ技の滑らかさがあります。全体的にサラサラっと動かれる感じで、だからこそ昔の厳しかったお姿がイメージできなかったのですが、しかし本日、K先生はきちんとそのあたりをフォローされておりました。
 「M田さんは、凄く人格のできたひとだから」と。
 武術家=教育者=人格者。理想的な支部長は、札幌だけではないようです。

 さてさて、冒頭の文章からも察せられる通り、本日もまた、わたくしとK先生の二人だけでございました。まあ昨日の今日ですから、おおかた予想はしていたし、K先生もどこかですでにその心算でおられたようだったので、当たり前のことのように、普通に稽古をはじめました。
 内容は昨日とほとんど一緒です。基本稽古は交互にカウントを発し、移動はひとつの動作に二往復のペースで行ない、後半は約束組手です。
 まずはミットを実際に突く稽古。昨日は互いに中段追い突きを五十本づつ、という設定だったのですが、これだと途中で本数がわからなくなる可能性があるため、今日は本数ではなく分数でわけることにしました。
 ひとりの持ち時間は十五分間です。このあいだ休むことなく追い突きを繰り出します。
 K先生もそのあたりまでは予想されていなかったようで、案外十五分というのは長く、結局ひとり百本以上は突いたのではないでしょうか。ひさしぶりに長くやったなあ、という感想でございます。
 ただ、突くときはあまり疲労というものは感じませんで、むしろ辛かったのは受けるときです。とにかく、ミットを持つ腕がシンドイ。その辛さが目立った稽古でございました。
 続けて、昨日できなかった捌きありの中段追い突き。十本交代で行ないますが、今日はとにかく相手の反応に気をつけて、それへ対応しつつ腰による前進は止めない。突きばかりではなく打ちも用いて、とにかく相手へ効果的に迫る動きを心がけました(受ける際も同様です)。
 刻み突きもやって、最後はお互い型の復習をして終了。K先生もひさしぶりの稽古で、筋肉痛を抱えてらっしゃいました。

 やっぱりそれぞれの支部、それぞれの土地柄というものがあって、それが技に影響してくるのか、奈良支部でやられていたK先生と、たとえば栃木でやっているY先生の息子さんのT君とでは大いにその動作に違いがありますね。そこにはもちろん腕前、レヴェルの差や体格差、やろうとしている現段階での技の色というものがあって、当然ひとつとして同じ人はいないわけですが、しかしそういったものを差し引いたとしても、どこかに地域色みたいなものがあるように想われます。
 わたくしは勿論、札幌のこの稽古場をメインとしており、そこで指導をされている師匠の動きを目標にするのは当たり前として、加えて栃木のY先生、この方の動きを取り入れたい。まあ簡単に云ってしまえば、師匠とY先生を足したような感じですね(足して二で割ったような、と云うと少し損した気がするので、今日からは割らないことにします)。これを自分のスタイルにしようとしている。
 もちろん其処へは、師範の動き、I師範代の鋭さ・疾さ、棟梁Tさんの迫力、T君の重さなどなど、諸先輩方のエッセンスをうま〜いこと加味して、自分だけの動きを見つけようとしているのですが、そんな自分だけのスタイル、攻撃でいえば突きや蹴りですが、これらを、自分とは修行してきた環境のちがう(スタイルの違う)ひとと稽古するときにも維持して発揮しつづけるというのはなかなか難しいものです
 その身近な例がK先生との稽古で、やっぱり同氏は奈良支部の色が強いためか、栃木の諸先輩方とはどこか違う雰囲気があり、突きにしても受けにしても、やっぱり独自のもの(裏部長が感じる師匠または栃木の雰囲気とは違うもの)を持っていらっしゃると感じます。
 そんな方といっしょに稽古をし、約束組手をするときに、自分のスタイルを貫き通しながら相手の動きも受け容れて理解し、それを無理して真似たり変に順応したりはせず、しかしてきちんと向き合い見つめ合う、ということは、たいへん難しいテーマながら、それでも大切なことなのではないか。今日はそんなことを想って稽古しました。
 どんな環境でも自分のスタイルを持って稽古を愉しむ。そんなことが出来ると、もっと違うものが見えてくるのでしょうね。

 明日も稽古があります。午後五時からの、春休み用スケジュールは明日の稽古で最後となり、四月からは通常どおり午後六時からの日程となります。
 四月は旅立ちの季節。何かとみなさまお忙しいでしょうが、躰にはじゅうぶん気をつけて、仕事に稽古に学業に、と、充実した一年を過ごしましょう。
 裏部長でした。
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2007年03月28日

依存しない稽古

 こんばんは、裏部長です。すっかり東京では桜が咲いているそうで、TVじゃこぞって放送しています。桜前線のことについてはいろいろと悶着がありましたが、モメめているのは人間のほうだけで、自然の流れはなんのその、例年と同じようにゆったりと北上を続けております。
 さあて、北海道にはいつごろ来るのやら晴れ

 さて今日からは師匠が出張のため不在です。しかしこんなときに限って水・木・金と、三日連続してきちんと稽古があるのです。札幌支部はどうしもそういった星の下にあるようです。
 しかし、もう安心です。そうです。四月から札幌大学の講師となるK先生がいらっしゃるからです。今日もそんなK先生との稽古でした(ちなみに、同氏は“先生”と呼ばれることに違和感をお持ちで、日ごろは“Kさん”と呼んでほしいとおっしゃっておりましたが、表記上あまりイニシャルだけの人物ばかりでは解りづらいため、あえてBlogにおいてはこの呼称をつけさせていただきます)。

 午後五時過ぎ、K先生に教室の鍵をあけていただき、稽古開始。参加者はわたくしのみでしたが、それがかえって、面白い稽古展開を見せてくれました。
 差し向かいで基本稽古。メニューはいつもと同じですが、カウントを十本づつ交互にとり、またそれも一定のリズムではなく、あえてずらして発し、きちんと反応をして突きまたは蹴りを繰り出す。そんな方式で行ないました。
 いつもは一定リズムのカウントで動いているため、何度か先に動いてしまうことがありましたが、こういった稽古も愉しいものです。
 移動稽古は追い突き、逆突き、刻み突き、ワン・ツー、追い突き・逆突き。これは普段とほとんど同じ雰囲気で。
 約束組手。K先生ご持参のミットをつかい、中段追い突き五十本をそれぞれのペースとテーマで突きます。最初はわたくし、後半はK先生です。これはなかなか良い経験であったと想います。
 札幌支部でもミットのようなものを持ってそれを突くという稽古は過去に何度かやっており、その都度いろいろな収穫がありましたが、今日のように自分でテーマを持ち、誰に指示されるわけでもなく、自分のテンポで突き、そして自分で考えるという稽古はあまりやったことがありません。まだ門弟各人がそういったことの出来るレヴェルにないということも恐らくはその方法を用いないひとつの理由なのでしょうが、しかしある程度はこういった、実際になにかを突くという稽古も必要なのではないでしょうか。今日はそんなことを強く感じました。
 ちなみにわたくしは、何度かここでも書いているように、下半身(足〜腰)で突進力を生み、またそこへ縦回転の腰づかいも加えて、相手の股関節へおのれの腰骨をぶつけにゆくような勢いを出す。それでいて上半身、おもに腕まわりは脱力をし、ムチのように遣いながら相手の隙を見つけてズドンと突きこむ。そんなことを考えて突いてみました。

 最後は刻み突きに対する簡単な避けの稽古。そこから通常の約束組手へ移ろうとしたところで時間いっぱい。K先生も驚かれていましたが、今日はあっという間に時間が過ぎてしまいました。
 稽古後、K先生といろいろなお話を。奈良でのこと、過去の稽古のこと、諸先輩方のこと。こうして二人ぎりでいろいろと言葉を交わすと、気づかぬ間にその間合が薄れてきて、今日一日で急に親しくなれたような気がしました。K先生の明るさに助けられたような気がしております。
 明日もよろしくお願い致します。

 そういえば今日の稽古のなかで、奈良のM田先輩や明石のT相談役の話も出てきました。M田先輩はむかし学生時分には激しい先輩で、「カラダで教えたる!!」といった御仁だったそうで、K先生は今でも恐いそうですがく〜(落胆した顔)ただ教員になられてからは相当丸くなったと評判で、しかも(これは裏部長、まったく知らなかったのですが)腰を患っておられるそうで、あまりバッシンバッシンやることは少なくなったとか。
 一方T相談役に関しては壮絶なお話ばかりで、あの前蹴りを喰らったら必ず死ぬ!というK先生の評で幕を閉じましたふらふら
 M田先輩もT相談役も、最近はぱったりコメントを寄せてくださらなくなりました。あれは裏部長のせいでしょうねえ。あんな生意気なことを書いたからですよねえ。反省していますもうやだ〜(悲しい顔)もうやだ〜(悲しい顔)(また書き込んでやってください)。

 明日も稽古はあります。もう一人くらいは参加者が増えてもいいよなあ、と想っている裏部長でした。
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2007年03月27日

商品価値

 どうも、こんばんは。裏部長です。月日というものは流れてゆくのが早いもので、遠征からすでに一週間以上が経ってしまいました。あの怒涛のような三日間の疲れもようやく抜けてきて、あとは肩の痛みを治すだけとなりましたが、こんな些細な筋肉痛みたいなケガは、昨日もらった遠征のヴィデオを見て吹き飛ばすことにしますパンチ気合です。ダァーです。

 ダァーついでに、今日見たDVDの話でもしましょうか。映画ではありません。昨日のヴィデオ学習によって「稽古欲」に火のついた裏部長、今日は書店である空手家のDVDを買ってきたのです。
 これは“念のため”に実名は伏しておきますが、ある程度は有名な方で、すでに著書も多く出されていると聞いております(わたくしは一冊も持っておりませんが)。結構年配の方で、あたまに巻いたバンダナが印象的な……。

 内容としては突き、蹴り、体術、剣術などなどで、基本的には空手家と名乗っているわけですから、空手の技法が中心なのですが、わたくしは久久にこういった類のDVDを見ました。そして、ついつい、笑ってしまったのです。
 もちろん無内容とまでは云いません。一時間ほどの内容のなかに、ほんの二三秒ほどは「おっ」と想える動き、自分でもやってみたい動きなんかがありました。また、世の中にはこういった空手家がいて、またその動作をDVDにしようとする会社、またそれを欲する消費者たちがいるという、なかば社会勉強のようなこともできます。だから、このDVDを買ったことは決して無駄ではなかったと云えるのです。
 ただ。空手の技法として、あれはどうなんでしょうかねえ。あの突き、あの蹴り、あの躰捌きが、DVDを拵えるほどのものなのでしょうか。武術商品業界の、その商品としての価値基準がわかりません。もしかしたら、演武されているご本人にはきちんとした実力があって、しかしそれがVTRになると消えてしまう、もしくは撮影者がうまくその模様を押さえられていないということも考えられますが、しかし商品にするにはそのご本人が「OK」と云わなければいけず、当然そのときには映像をチェックしている筈なのですから、結局はそのひとに武術を見る目が無かった、ということになってしまうでしょう。うちの師匠が、こういった商品へ技を曝すときに一番懸念していることであります。

 手前味噌というかただの自慢というか(まあ、人間は所詮自慢したい生き物ですが)、昨年の遠征のときに、師範とお話しする時間が多くあったので、武術雑誌などでは有名な武術家T・Kさん、古伝空手家Uさん、武術研究家Y・Kさんの、このお三方について伺ったことがあります。わたくしはこのお三方をいづれも好きでしたし、もともと武術研究家のY・Kさんの映像を見たのがきっかけで「武術」というものを志したのですから、当然気に入っていたわけです。
 しかし、「この三人はどうですか」というわたくしの問いに対する師範の回答が凄かったですね。今でもあのときの驚きは消えません。
 そんな問いをするわたくしへ師範はこうおっしゃったのです。

「フンッ」

 まさに鼻で笑うとはあのことです。師範は、この有名な武術家三人を、鼻で笑ってしまったのです。歯牙にもかけない、というのはまさしくあのことを云うのでしょう。
 こんな風に書くと、うちの師範がえらく横柄で、偉そうな態度の人のように想われるかもしれませんが、全くそんなことはございません。もちろんそのあとで、鼻息だけではなく、ちゃんと言葉でもってその理由を話してくださいました。この人の刀法はここがおかしい、この人の三戦は脇の締めがなっていない、この人は問題外……といった塩梅に。
 このときを機会に、わたくしは世に出ている武術家たちの商品(書籍、DVD等)に対して懐疑的になりました。まあその一面では、わたくし自身のなかに武術そのものへ対する見識というか、経験のようなものが蓄積されてきて、そう容易くは信じないようになってきたためもあったでしょうが、何はともあれそれ以来、こういった類のDVDは買っていなかったのです。
 今日の経験でその意見が揺るがないものになりました。

 あんまりこんなことを書いているとまたぞろ何処からかクレームがつきそうですが、いち空手修行者の愚痴だとおもって勘弁してやってください。商品自体はちゃんと買ってみたのですから、どんな感想を持ったって構わないはずです(居直っちゃったよ、オイ)。
 とにかく、今後はよく考えてこういった買い物はしてゆかないと、なにせ武術関連のものはどれも高額ですからね。破産しないように気をつけないといけません。

 さて明日から三日間は稽古ぶっ通しですが、師匠は不在です。なんでも出張らしいので、K先生が先導役となって展開されるのでしょうが、教室の鍵とか諸諸のことはどうなるのか、わたくしには全く予想ができません。うまく三日間、稽古のできることを祈るばかりです。
 裏部長でした。
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2007年03月26日

ヴィデオ学習

 こんばんは、裏部長です。石川県の大地震はたいへんな被害でございまして、その復旧には時間がかかりそうです。現地の住民のみなさんはさぞかしご苦労をされていることでしょう。わたくしも地震は大嫌いで、もし自分の住んでいる地域がそんなことになったら?と考えただけで憂鬱になります。
 これ以上の被災者が出ないことを祈っております。

 根室の当破さん、またまた書き込みありがとうございます。棒術に関してはわたくしもまだまだ勉強途中なのでなんとも云えませんが、空手に関してはその共通項の多さ、いいですねえ。やっぱり古流、必ずどこかで繋がっているのでしょう。「構えは誘い」、いい言葉です。
 インターネットでいろいろと検索していたところ、『当破の一日一歩』というBlogを見つけたのですが、もしかしたらご本人のものでしょうか。もしそうだとしたら、こちらからもコメントを入れなくてはいけませんね。じっくり読ませていただきます。

 さてさて、今日も稽古はあったわけですが、師匠もK先生も不在という悪条件で、しかも月曜日は統計的にいっても参加人数の少ない曜日でありますから、ちょっぴり心配をしていたのですが、そのあたりはもう馴れたものと、師匠が今年の遠征で撮影した稽古風景のヴィデオをVHSへダヴィングしておいてくれたため、もし誰も来なかったらこれ見て帰ろうと、軽い気持で大学へ向かいました。
 そして予想通り、後輩たちは誰ひとりとして来なかったのです。
 珍しい体験でした。あのがらんどうの教室のなかで一人、静かに稽古のヴィデオを見る。一度掃除のおばちゃんが覗きに来ましたが、それ以外は静寂そのもの。なんとも清清しい鑑賞風景でございました。

 今回は去年と違い、冒頭の基本稽古から撮影を行ないました。道場の奥の隅っこへ三脚を立て、師匠のカメラをセットします。なるべく広いアングルで撮りたいと、わざわざレンズを装着しての撮影です。
 今回は図らずも大人数での稽古となったため、そのこと自体はとても喜ばしいことなのですが、こうして撮影したヴィデオを見てみると、ちょっと見づらいですね。何が見づらいって、ああして沢山の人間がバラバラに動くと、どうしても重なってしまう瞬間が出来てしまう、その人数が多ければ多いほどその回数は増えるわけで、たとえば大工の棟梁Tさん(以下、棟梁)だけを追って見ていても肝心なところで手前にいた子供たちとカブってしまって見えないとか、追い突きのために飛び込んだところでフレームから外れてしまうとか、そんなことの度重なり方が尋常ではないのです。
 こうして毎回撮影をしているのですから、来年以降はそこから教訓を得て、その方法をすこし改良してみましょうか。より鮮明に、よりクリアな映像とアングルで正確な記録映像を撮る!そんなテーマで、来年はもうちょっと巧く撮れるようにしたいものです。

 今日はまだ映像を一度、さらっとしか見ていないため多くは書けませんが、気になって終始目で追っていたのは棟梁です。いやあ、強烈のひと言に尽きます。
 実際にその姿を見たことのない人のために簡単な表現を用いますと、時代劇や落語なんかでよく「頭(かしら)」と呼ばれる、江戸っ子の代表のような男が出てきますね。喧嘩早くて、義理人情にあつくて、ヨッ棟梁!なんていう掛け声がよく似合う(わかりづらいか)。
 とにかく、「棟梁」という呼び名の似合うひとでありまして、まあわたくしもあんまり親しくお話をさせていただいたことがないため書けることも限られてくるのですが、そういう風格のある方であり、体格もたいへんなものです。屈強というか、デンとした感じのひとなのです(棟梁とMさんに纏わるおもしろい話はいづれまたの機会に)。
 この棟梁の突きが凄い。いや、その受け方も凄いし、そこからの反撃も凄まじい。師匠が若きころに鼻の骨を折ったのも、この棟梁の突きを喰らったからです。あんな躰で突進されたら堪りません。ドシンッという、床を踏みしめる音だけで参ってしまいそうです。
 まだ見馴れていないためかもしれませんが、とにかく今日の「ヴィデオ学習」では、この棟梁の動きに目を奪われました。次回の遠征では是非その胸板へ挑んでみたいものです。(恐る恐るがく〜(落胆した顔))。

 でも、アレですね。こうして熱心に稽古をしている風景を映像で見ると、自分の体内に、ムラムラと「稽古欲」みたいなものが湧いてきて仕方がありません。そんな、稽古したいなあ、という気持を胸に、まだ風のつめたい帰路へついた裏部長でした。
 
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2007年03月25日

栃木遠征2007 「稽古帳」篇A

 こんばんは、徐徐に体調のもどりつつある裏部長です。栃木のT君も心配を寄せてくれておりましたが、どうにか回復してきたようです。気づいてみればなーんてことはない、ただ単に遠征の疲れが少しづつ抜けていっているだけなのでしょう。旅馴れていない裏部長としてはなんらおかしな傾向ではありません。おそらくはあと二三日で完治するものと想われます。

 そんなことより、石川県附近の方はたいへんな地震でございまして、お察しいたします。今夜は眠れないでしょうね。余震もまだ続いていると云っておりましたし、なにより家屋などの崩壊が激しい。被害者数の喰いとめと早急なる復興を願うばかりです。

 さて今夜は遠征報告の「稽古帳篇」、そのパート二です。二日目の夜に行なわれた空手の稽古風景をお送りします。


○2007年3月17日(土)
 栃木本部道場にて空手の稽古。
 午後六時から七時半までは子供の部である。私は昨年もこの時間帯から参加していたし、また今年は今年で、彼らへお土産を渡す関係上からどうしてもその場にいなくていけなかったため、夕飯のあと、六時半過ぎには後輩たちとともに道場へ入る。
 相も変わらず子供たちは元気だ。そのテンションの高さにS呂君も苦笑するほどである。
 稽古内容は大人の部とほとんど同じ。違う点は、スクワットや拳立て伏せなどの筋力トレーニングが少し入っていることと、型をそれぞれの階級に合わせていろいろと稽古することくらいか。
 基本稽古終了後、一旦かれらを道場の隅へ固まらせ、師範が抜刀術を披露してくださる。札幌支部一同、坐して拝見する。
 今日はまず〔鏡心流〕から九本の技を見せていただき、加えて、〔無外流〕から二本ほど、珍しい理合の刀法を演武していただく。前者のものに関しては以前にも拝見したことがあったが、後者のものを見るのは今回がはじめて。興味深いことこの上ない。
 しかしいづれにしても、師範の刀捌き、その音、雰囲気、太刀筋の鋭さ、すべてが心地よく、できればずっと見ていたかった
 子供の部、後半は型である。下級のものから順にやってゆき、自分の現在稽古している型が終わるとそれぞれ抜けて最後には有段者のみが残るという方式。
 子供たちの型と自分たちの型とでは、そのテンポやリズムは勿論のことながら、たとえば「十六」という型のなかの最後の猿臂がこちらでは裏拳打ちになっていたりト、少しばかり違う箇所も見受けられて興味をそそられた。あれはどういうことだったのだろうか。
 七時半、子供の部終了。全員へ、北海道土産の「じゃがぽっくる」を渡す。このうちの何人かは大人の部へも参加するという。

 午後八時、大人の部スタート。参加者は師範、師匠、子供たち、Y先生親子、Sさん親子、大工の棟梁Tさん、昔はヤンチャだったMさん、昨日は見学だったOMMyDさん、紅一点の白帯の女性(名前を伺い忘れた……)。今年はI師範代ならびに去年お世話になったOさんとは会えず(残念!)。
 柔軟体操から膝の引きつけ(前、横)。札幌では稽古のなかで行なうこれらの動作をこちらでは冒頭にまとめてやってしまう。 基本稽古ひと通り(其場突き、前蹴り、受け四種、廻し蹴り、刻み突き、裏拳打ち、横蹴り、手刀打ち、其場でワン・ツー、後ろ蹴り、手廻し)。今日は子供たちがいるため、若干早めのペースで進める。先導はY先生。
 私はふだん稽古のときには外している眼鏡をあえて着用し、Y先生の真正面に立って、その動きを逐一観察しながらついてゆく。札幌支部では、稽古場が教室という環境の問題もあって、声を出さずに稽古をしているためか、各動作における気合にあまり馴れず。どうしても声(喉)で叫んでしまう。今回の稽古で唯一辛いことといえば、この発声の問題だけであった。
 
 中盤からは、移動稽古をすっとばして約束組手。大きくわけて、以下の四列で動く。

1:Y先生、裏部長、部長、S呂君。
2:T君、狗っち、Mさん、子供の部から参加のO君。
3:棟梁、Sさん、D君、OMMyDさん。
4:師匠と子供たち。

 Y先生から教わったことは数え切れない。もっと云ってしまえば、この躰で実際に体感した速さと威力こそが収穫である
 ただ、そう書いただけでは私個人の愉しみで終わってしまうため、どうにかこうにか文章にするが、同師が終始一貫して説かれていたことは、「脱力」という二文字である。
 どんなに力を抜いた気でいても、いざ突こうと想うと、躰はその準備を瞬時におこない、相手へ突進している最中に突きをはじめてしまう。手を、拳を握って力んでしまうのである。
 これをどうにか抜きたい。むしろ、相手の躰へその手先が触れるまでは突く気でいない。可能な限り、ぶらん、としておく。移動の動力は腰であり、軸である。この突進力を止めないまま相手へ殺到し、その胴体に隙をさがす。大抵、空手をわかっている人であればこちらの突きたい場所をあけて構えているだろうから、そこへ拳を放る。しかしこれは放るのであって、突くのではない。極限まで脱力状態を続けるのだ。
 この動作がカラダに馴染んでくると、至近距離から短く突くことも、届きそうもない遠間から、躰を倒しながらその力を利用して(相手へ倒れこみながら)突くこともできる。また、きちんと脱力がなされていれば、それらすべての突きを寸前で止めることもできる(ただ最初のころは、脱力しきってしまうと突きそのものが出来なくなるため、その中庸、つまり適度な感覚をつかまなくてはいけない)。
 要は、“腕をムチのように柔らかくつかう”という、あの毎度の一項なのだが、Y先生の突きを体感するとその凄まじさがよく解る。あの速さ、いやこの場合、「速さ」ではなく「疾さ」と書いたほうが正しいであろう。突きが見えない、という現象を体感して初めて理解できる理合である。
 躰全体のことでいえば、同師からは目附についても指導をされる(奇しくもこの夜、ご子息のT君からも同じ話を聴いた)。自分の軸(正中線)をまっすぐに保ち、目附を相手の正中線から外さない。これは突く際にも受ける際にも利用できる。突いてゆく際は相手から目を離さず、こちらの軸を相手の軸へぶつけにゆくが如く、受けのときには相手の腕などに目線を落とさず、目附は常に相手全体へ向けておき、躰だけを動かす
 
 このようなご指導を賜りながら中段追い突き、ワン・ツーと進む。あまりにも熱中しすぎていて、他の組の様子はあまり見られなかったが、ちゃんとVTRに残っているので、その模様などはこれ以降にアップしたい。

 稽古終了間際、毎年恒例の師匠vsY先生の組手。今年はここへT君も参加して、レヴェルの高い攻防が展開される。
 この模様に関しては、残念ながら描写の仕様がない。いや、やろうと想えば書けないこともないが、そこまで苦心をして書いたところで、あの場にいた人でなければほとんど判らないだろうし、それに、やはりあの組手の内容は自分たちだけの勉強材料として使用したいから、アップするのは止めておこう。今後気が向いたら小出しにして書いてみる。

 午後十時、終了。全員で集合写真を撮り、そのまま〔湯楽の里〕へ。
 入浴後、私はおもにY先生やT君とよく話した。愉しいひと時であった。


 これが二日目の稽古風景ですが、どうでしょうねえ。解るかなあ、これで。あんまり自信ありません。やっぱり映像があればねえ……。
 でもまあ、とにかくY先生の教えに関してはおおよその部分を書けたと想っておりますし、今後も憶い出したところがあればその都度書いてゆこうと考えていますので、興味のある方はどうかそれまで待っていてください。無責任ですみません。

 さあ、明日からはまた新たな一週間。今週はどういうわけか、四月を前にして、札幌支部ではすべての稽古がきちんとございます(明日は師匠不在ですが)。どんなことになるのか、それは行ってみなくてはわかりませんが、この時間帯で稽古するのも今週が最後。悔いのない一週間にしたいものです。
 裏部長でした。
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2007年03月24日

栃木遠征2007 「稽古帳」篇@

 こんばんは、裏部長です。何だかこのBlogは、静かなときはまるで死人のように閑散としていながら、賑わうときは急にバタバタと書き込みが増えるようですね目とりあえずは有難いことですグッド(上向き矢印)ただ、札幌支部の人間があまり書き込んでいないというのが何とも・・・・・・ま、いいっか。

 根室の当破さま、書き込みありがとう存じます。師匠からのコメントにもありましたように、一応は左様なスケジュールで動いておりますが、いかんせん指導者が大学の先生でもあるため、やれ会議が入って来られないとか、出張でどこかへ行かなければならなくなったとか、そんな種種の理由で不在にすることも多く、一般的な町道場の稽古風景が展開されている日ばかりだとは限りません。見学に来てくださることはたいへん嬉しく、われわれ門弟一同も歓迎をさせていただきますが、お手数ながらそのあたりの事前打ち合わせをお願いいたします。

 栃木のT君も書き込みをしてくれました。ありがとうございます。
 たしかに、浅山一伝流体術三本目「腕骨投」は危ない、いや、コワ〜イ名前ですね。体道ではたまに、こういった物騒な名前の技が出てきて、たとえば「阿修羅落」とか「両山嵐」とか、エエッ!?あんた何すんの!?といった印象を受ける名称がところどころに出て参ります。もちろん稽古としては他のどの技とも違えずふつうに教わりますし、実際に自分でも繰り出すわけですが、そういった野蛮な(?)名称があるというのも、武術を修行する上でたのしめる要素かもしれません。
 しかしまあ、T君はほんとうに修行熱心です。裏部長も負けてはいられません。前にもここに書きましたが、彼は現在、空手は二段剣道は現在の年齢で取ることのできる最高位である三段、これに加えて体道も居合もやっているというのですから、こりゃもう世辞でも何でもなく、わたくしの方がいくらも年上ですが尊敬しますね。それでいてまだ高校二年生(今年、三年生)だというのですから、行く末が恐ろしいです。来年会うころにはどんな腕前になっていることやら・・・・・・がく〜(落胆した顔)

 さてさて、怒涛の三日間を過ごした今年の栃木遠征でございましたが、今日と明日はこの三日間のなかの、その稽古における内容や発見、技のなかの注意点などを、ざっと想いつくままに書いてみたいと想います。
 本日は十六日の金曜日におこなわれた体道稽古の模様をお送りしましょう。


○2007年3月16日(金)
 午後七時過ぎ、栃木本部道場にて体道稽古。参加者は師範、師匠、T君、警察官Sさんのご子息・D君、見学のような形でOMMyDさんが来られる。
 稽古直前、師範より棒術のご指南あり。師範もこのBlogを読んでくださっており、私や狗っちが棒術に興味のあることをすでにご存知であったのだ。
 日本の棒術には大きくわけて三つの系統がある。つまり、1:剣術から出たもの、2:槍術から出たもの、3:棒術として生まれたもの、である。この点、沖縄(琉球)に発生した、いわゆる「」は、現地にあった武具へ対する用法が主であり、日本刀などに対してはかなり弱い(おもな用法としては、棍を三等分するようにして両手で持ち、メビウスの輪を描くように振るう。刃物以外にはこれでも良かろうが、相手が刀などを持っていた場合、こちらの手を斬られてしまう可能性が高い)。
 日本古来の武術流儀のなかに生まれた棒術はその点、きちんと刀などへの対応を考えており、たとえば相手の刀身を払うときでも横からその鎬の部分を打ち払うとか、もしくは相手が刀を振りかぶった瞬間にその顔面ないし喉を突く、あるいは躰さばきで相手の刀には触れずほぼ同時のタイミングでその霞(こめかみ)を打つなどの用法を有している。
 無比無敵流の棒術(名称としては「杖術」)では、相手の刀を打ち払って落とす際に、ただ棒をまっすぐに落としたのではその太さの分しか弾くことができないが、打つ瞬間に棒を返して(捻って)こすりながら落とすと、つまり円周率がかかるわけで、結局のところ棒の太さの三倍の大きさでもって払うことができる。よってその弾く威力は凄まじく、刀を持っている人間の手首を痛めるほどであるという。
 最後に、中国拳法での棒や、九鬼神流の棒術から独演型の技も見せていただく。云うまでもなく、いづれの技も興味深い。そして何より、あの長い棒をあの道場のスペースで、一切の狭さも感じさせずに振り回している師範に圧巻。感動すらしてしまった。

 メンバーが揃いきるまで、各各の復習。部長はS呂君と組んで浅山一伝流体術上段之位十二本を、私は狗っちと組んで、まずは彼の日本伝天心古流拳法初伝上段之位十二本を、続いて私の浅山一伝流体術下段之位十二本を、一気にやってしまう。ところどころ師範のご指導をあおぐ。

 後半は例の『拳法図』である。
 『拳法図』とは、日本武術研究所初代所長であり、本物の忍者でもあった藤田西湖先生が残された、図版六十枚ほどの絵の伝書であり、そこにはさまざまな恰好で向かい合ったり絡み合ったりしている二体の天狗が描かれているだけで、技の名称はもちろん、具体的な解説などはいっさい書かれていないという、いわば“謎の資料”。これを、先代・藤谷昌利先生などが解明し、さまざまな古流柔術との比較考察を重ねて、そしてついにすべての技法にその内容を与えることができた、という、何とも貴重なものなのである。
 札幌支部ではその一本目を、つい先日に行なったVTR撮りのときのような状況下でたまにやってみるのだが、稽古として本格的にやったことは未だかつて一度もなかったし、ましてやその資料をいただき、加えて実際に教わることが出来るなどとは夢にも想っていなかったから、「今日は拳法図をちょっとやってみよう」と師範から云われたときには驚いてしまった。もともと柔術好きの私としては、まさに夢のような話である。

 これは念のためということもあって、『拳法図』の具体的な技法内容に関してはここに書かない。師範や師匠の許可が下りれば書いてもよいと判断するが、あまり公開しないほうが今は良いかもしれない。
 ただし、実際にやってみて改めて感じたが、これは恐ろしい技である。ルールを作り、スポーツのようになった柔道や、なかば健康主義と化した合気道を批難する気がさらさらないが、やはり古流のものは技が厳しい。そんな当たり前のことを痛感できた、よい機会であった。


 まあ、初日はこんな感じで幕を閉じました。わたくしとしては、棒術の指南も受けられたし、あの『拳法図』の資料と、そしてその三本目までの技法を実際に教授されたこともあって、たいへん有意義かつ光栄な稽古でございました。ああ、体道の奥は深いな〜ト、改めてそんなことを想うことができました。

 明日は二日目、いよいよ空手稽古の模様をお送りします。しかし映像も画像もありませんからねえ、諸先輩方のあの凄まじさをどこまで描写できるか、ちょっと不安ではありますが、わたくしの文体の限界に挑んで、どうにか書いてみたいと想っております。
 お楽しみに!!
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2007年03月23日

動いてみなくちゃワカラナイ

 こんばんは、躰のバイオリズムが狂ったままの裏部長です。どうも変ですバッド(下向き矢印)わたくしは割と熟睡型で、夜は眠ってしまうと、翌朝起きるまでは一度も便所へ立たない人間なのですが、栃木から帰ってきてからというもの、毎夜のごとく起きてしまいます。なんだか熟睡もできていないような気がするし、躰そのものも、疲れているんだか疲れていないんだかよくワカラナイような状態でして、どうもいけませんね。本調子ではありませんふらふら

 そんな最中ではありましたが、今夜もきっちり稽古してきました。参加者は師匠とK先生とわたくしと少し遅れてS呂君の四人。
 基本稽古は昨日同様受けまで。移動は追い突き、逆突き、前蹴り・廻し蹴り、横蹴り、両八字立ちを交互に繰り返しておこなう横移動、というメニューでした。
 型。まず全員で「安南硬」、久しぶりに教室中のすべての椅子と机を片づけて、ひろ〜いスペースで打ってみます。
 S呂君とK先生は引き続きこの型の復習をし、その間にわたくしは師匠より、次なる型「二十四歩」を教わります。これはもう諸先輩方はご存知の通り、今までにないような動きのバリエイションと軸の安定性、そして何より演武線の確保に苦心しそうな型であり、一応流れだけは憶えましたが、馴染むのには時間がかかりそうです。
 中盤、体道。わたくしの浅山一伝流体術奥伝之位から、三本目「腕骨投」を教わります。昨夜に比べればいくぶんスムースに進み、体道に関しては不得手なS呂君もどうにかつき合ってくれました手(チョキ)

 そして最後は約束組手です。四人ですから、最初は八の字のラインで相手を交代するシステムでやるのが宜しかろうと、二人づつで向かい合い、突いたひとが受け、受け終わったら横の列へ移動してまた突く、という流れで始めてみたのですが、開始後三分ほどの時点で、このシステムにはほとんど意味がないということがわかり、結局いつもの通り、ふたり組になってやることとなりました。
 最初、わたくしは師匠と組みます。師匠に突かれるときはまず、1:構えを少し変えてみる。鏡を前にいろいろと試行錯誤した結果、これまで行なっていたように、前手を相手の右体側へ合わせて構えてしまうと自分の胴体に長方形のスペースが出来てしまい、割合大きめの余裕を相手に与えてしまう。これを防ぎ、かつ突ける場所を確保しておくには、前手そのものを躰の中心に置き、肘は腰につけて、水月のところのみを空けるように構える。こうすれば、完全に隙を消したわけではないから、相手としても突けるはずである。2:栃木でY先生よりご教授いただいた、“相手の突きを呑み込んでしまう作戦!”。相手の拳がこちらの胴体へ当たる寸前に脱力し、尻餅をつくように腰をまげて相手を吸収し、すぐさま元の構えへもどる。若しくは、自分はほとんど動かず、相手の突き(突進)そのものを止めてしまう(呼吸の張り、微動たる前進)。
 自分から突く際は、1:腰の強烈な突進、その殺到力をおもに下半身にて行ないつつ手そのものは柔らかく使って、相手の隙を見つけて攻撃する。2:打ちへの変化ができればやってみる。3:目附を意識する。常に相手の正中線へ目をむけ、そこへ己の正中線を肉迫させながら軸を安定させ、両手での攻撃をおこなう(目附に関してはY先生、そしてそのご子息であるT君からも同様のアドヴァイスを受けた)。
 これらのことを意識しながら、息が切れるまで、とことん突いてみました。やっぱり、栃木での経験が早くもすこし活かされているような気がしました。

 続いてK先生と。こちらでも基本的に師匠へ対したときと同じテーマでやってみたのですが、K先生は攻撃される際にまず横へ動かれますし、もちろん構えから受け方から突きから、何もかもが師匠とは違うわけなので、その場その場でどうにかこうにかそれへ対応して動いてみました。
 受けた際の印象でいうと、やっぱり前手を正中線上に置くと相手からは邪魔に見えてしまい、それを払って突くというスキルを持っているひとには通用しないということ。今日もK先生には、二度ほど左手を払われてから突かれてしまいました。もう少し外へはずし、その程よい位置を探すことが課題になりました。
 突く際にはとにかく固執しないで、相手の状態にあわせて展開すること。一本目の突きだけではなく、そのあとの突きないしは打ち、これらを相手の反応にあわせて組み合わせ、的確に繰り出すこと、これを心がけました。ただ、こちらとしてはK先生のように、まだ相手の前手を払って突くという動作に馴れていないためか、そういったことをせずにどうにか突けないものだろうか?と考えてしまいます。その結果、若干上段気味になってしまったり、ハナから一本目を捨てて二本目以降に賭ける、なんて作戦を取ってしまうのです。ここんところの変化の仕方も今後の課題になりそうです。

 しかしまあ、急に白熱して参りました。今日は黒帯を締めている人しかいない日でしたから仕方もありませんが、今後はこれくらい、いやそれ以上の稽古が展開されてゆくのでしょう。体調が悪いとか、バイオリズムがどうとか、そんなことは云っていられません。わたくしも早く本調子にもどさねばなりません。
 今日の稽古での名誉の負傷は「肩」です。左肩。K先生に前手をパシンと払われてしまったときに、一瞬ですが、肩が外れそうなダメージを感じました。実際には外れていないので慌てることはないのですが、着替えるときなんかはちょっと痛みます。あれはおそらく、まだ前手で受けようとしているか、もしくは、左手(肩)に力が入っているのでしょう。適度な脱力と芯の確保、当分はこのあたりにも気を配って、構えの改良を続けたいとおもいます。

 明日からはいよいよ『栃木遠征2007「稽古帳篇」』がはじまる・・・・・・かな?いや、きっと始めてみせます。
 し過ぎない程度に期待して待っててくださいわーい(嬉しい顔)

 裏部長でした。
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2007年03月22日

躰をひらいて崩れを生む。

 こんばんは、裏部長です。昨夜来申し上げているように、今日から札幌支部の稽古もいつもどおりに始まり、わたくしも参加して来ましたが、懸念は的中するもので、参加者は裏部長のみでございました。もちろん師匠もK先生もいらっしゃいましたが、門弟はわたくしのみです。馴れているとはいえ、淋しいこちゃな。どうなってんねやろ。

 ただひとつ救いだったのが、教室内の机や椅子が、床のワックス掛けのためにすべて一方へ寄せられ、それらを移動させる手間が省けたことです。いつもあんな風だったらどんなに良いかと、改めてその手間隙を考えながら胴着に着替えておりました。

 稽古の内容としては、基本稽古を受けまでやり、それから移動稽古(追い突き、逆突き、追い突き・逆突き)をやって、そして後半はもっぱら体道です。なにせ今日はわたくししか居りませんから、わたくしに合わせて、浅山一伝流体術奥伝之位から、一本目「打込」(+別法)二本目「前落」のふたつを教わりました。
 これ、どうして二本だけかというと、「前落」をやった時点ですでに時間が無かったからであります。たった二つの技に、およそ一時間ほどは掛けておりました。今までにはあまり例のないことであります。
 理由は単純です。この二本の技を、たいへん深く掘り下げて稽古をしたからです。各動作における躰の位置、形、崩しのライン、そのようなものをいろいろと考えながら稽古するうちに、あっという間に六十分という時間が過ぎてしまったのです。

 今日の稽古で教わった大きなポイントは、技のなかで行なう“躰の開き”です。これは空手のほうで云うと、猫足立ち・手刀受けをするときの、あの開きですね。これを上記ふたつの技でうま〜いこと用いるわけです。
 つまり、この際には、右手(右半身)と左手(左半身)はまったく違った方向へ動いている、ということですね。開くということは、その二つの方向へ離してゆくことになるわけですから。
 上の技でいうと、「打込」は上段受けと手刀打ち、「前落」は手首の引きと手刀打ちです。こんな風に書くと、技を知らないひとには何のこっちゃ全くわからないでしょうが、このふたつの動作を同時におこなうためには“躰の開き”がどうしても必要になってきます。
 また肝心なことは(空手における躰の開きと柔術における躰の開きの違いとしては)、躰を開くことによって、ほぼ同時のタイミングで、相手を崩しているということです。これが無くては、ただ受けているだけ、ただ打ち込んでいるだけとなり、技に流れがなくなってしまいます。動作(受け・開き)=崩し、なのです。
 そんなことをやっている内に今日は稽古が終わってしまいました。大切なことですので、きちんと自分のなかで消化しておきたいと思います。

 ああ、なんだかんだと書いていると、栃木遠征の「稽古帳篇」が書けなくなってしまいましたね。これは今度、稽古のない日にでもじっくり書くことに致しましょう。あんまり長いBlogというのも読むのがしんどいでしょうし。
 明日も稽古はあります。栃木から帰ってきて、どうも体調というか躰のリズムがおかしい裏部長ではありますが、どうにか頑張って参加したいと想います。
 部長やS呂君は元気にやっているでしょうか。帰ってきてすぐに風邪を発症、ということにはなっていないでしょうか。前例があるだけに心配であります。

 それでは、また明日に。
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2007年03月21日

栃木遠征2007 「道中記」篇B

○2007年3月18日(日)栃木:晴れ、東京:晴れ。
 朝七時過ぎ、起床。昨日の寝坊の一件があったため、また昨夜のあの盛り上がりのためもあって、あまり良く眠れず。後頭部のあたりが少し重い。
 眠気眼でテレビ朝日のヒーローもの二本を見る。後半の『仮面ライダー電王』を見ながら身支度をする。
 八時半、ロビーへ下りる。階下にはすでに師匠ご家族がお待ちであったが、私のほかに門弟の姿はなし。
 昨日のリヴェンジ、成る。
 そのうち、部長、S呂君、狗っちと、順番に全員が下りてきてチェック・アウト。ホテルを出る。
 ここからはまっすぐ羽田空港へ。何でも正午までに車をレンタカー屋へ返さねばならず、また私たちの乗る飛行機が午後二時発であるため、この時間に出てもあまり余裕はないのである。
 青空の向こうに薄く、微かに富士山を見ながら走る。思えば、今回の遠征では師範のご自宅へ伺うということがなかった。別れの挨拶も、昨夜のあの〔湯楽の里〕でかわしたぎり、何だか中途半端になっていたし、なによりこの度の御礼をいっていない。それに、去年の遠征のときのように差し向かいでいろいろと御話も伺いたいところであったが、いかんせんスケジュール的に余裕がなく、その朝になって急に申し出るのもなんだか失礼なような気がしたので、やむなく御自宅の前を通過しながら心のなかで御礼を申し上げる。
 「ありがとうございました」

 今日もまた高速道路を軽快に飛ばし、相も変わらず門弟たちはみな一様に爆睡をしながら東京へ。去り行く栃木の地が、今年はなんだか、名残惜しいように想えて仕方がなかった。
 レンタカー屋に着いたのは午前十一時半すぎ。乗り心地のよかったアルファードを返してすぐさま向こうの送迎車へ乗り込む。
 羽田空港到着後、師匠ご夫婦の手でもってわれわれのチェック・インを済ませていただき、散会となる。これから師匠ご家族は、奥様のご実家のある静岡へ。
 昼。門弟四人で、比較的空いていた饂飩屋へはいって昼食をとる。
 食後、搭乗まではまだ時間があるというので、ある者はお土産を買い、またある者はどこかの店で外国産の「石」を千円前後で手に入れてくる。
 私はターミナルの散策。ここはおそらく、近年に新しく出来た第二ターミナルというやつであろう。造作が真新しいし、その内へ入っている店舗がまたすごい。なにせ丸善が入っているディズニーが入っている、何だかわからない高級ショコラの店が入っているト、とにかく空港なのにどこか高級デパートの様相を呈していて、そこを歩く観光客はさながら銀座あたりの奥様方だ。その服装だけを無視すれば、まるで豪華なウィンドー・ショッピングである。
 私はその丸善で本の立ち読み。これだけで三十分以上は費やせる。
 午後一時半、このまま神奈川の実家へ帰る狗っちと別れる。彼と札幌で再会するのは大学がはじまる四月になってからだ。躰のどこにも新しいキズを作らぬよう、きつく云い聞かせておく(彼は長期休暇というと必ずなにか無茶をして、カラダのどこかに怪我をしてくるのである)。
 二時、ANAの飛行機に乗って離陸。来るときの元気はどこへやら、一時間十五分の空の旅、終始眠って北の地へ。

 空港到着後、バス乗り場に停車していたロングターム駐車場への送迎車へ乗り込む。
 三時過ぎ、ふたたびS呂君の車に乗って一路、札幌へ。すでに夕日の光る見馴れた道を、彼の愛車は軽快に走る。
 帰途、部長をその自宅へおろし、私は出発地点である札幌大学へ。行き帰りの運転、S呂君、ご苦労さまでした。


 というわけで、これが今回の遠征の道中記です。あくまで記憶を頼りに書いているため、もしかしたら抜けているところ、または間違っているところ等あるかもしれませんが、行った人間が黙っていればわかりませんからそっとしておいてください(ウソウソ目気づいたらあとで書いといてくださいな)。

 三日間に渡って書きましたこの道中記をお読みになればわかる通り、今回の遠征は前二回のものとは大いに違って、たいへん賑やかな、またたいへん愉しげな二泊三日となりました。それはひとえに、本部道場のみなさま方のご厚意のおかげであります。
 昨夜のわたくしの記事へ寄せていただいたY先生親子の書き込みを見てもわかるように、向こうの方はどなたもたいへんご陽気であり、また予てよりこのBlogを読んでいてくだすったためか、われわれのことに関しても本当によくご理解をいただけておりまして、わたくしと部長にとっては再会、狗っちとS呂君にとっては初の出逢いとなる諸先輩方ともおもいのほか早くに打ち解けることができました。
 師範の優しさ、深さ、大工の棟梁Tさんのあの迫力、軽く笑いをふりまくOMMyDさんのジョーク、Sさんの武骨さ、Y先生の笑顔・・・・・・そして何よりわれわれの心の壁を打ち破ってくれたのが、Y先生のご子息T君と、Sさんのご子息D君の、あの酔っ払いばりのテンションの高さです。彼らの明るさがなければ恐らく、あれほどまでに打ち解けることはできなかったでしょう。
 門弟一同を代表しまして、ここに深く深く御礼を申し上げます。
「ありがとうございました。また来年もよろしくねぴかぴか(新しい)

 特に土曜日の、あの空手稽古のあとのひと幕について今後また改めて書きたいと想っておりますし、肝心要の稽古の内容については、明日以降に『栃木遠征2007 「稽古帳」篇』として書いてゆくつもりです。わたくしの拙い文章力で、諸先輩方の巧さ、技の鋭さ、凄まじさがどこまで伝わるかはわかりませんが、出来るかぎり書いてみたいと想います。
 
 と、そんなことを云っている間に、札幌支部でも稽古がはじまる頃となりました。本部道場のみなさまに掛けていただいた御声と与えていただいたアドヴァイスに恥じぬよう、われわれもより一層の精進を積んで参りたいと想います。来年は本部道場若手集団「空心ズ」vs札幌支部黒帯三人衆の対決があるかもしれないのです。ウカウカなどはしていられません(負けはすでに見えておりますが・・・・・・もうやだ〜(悲しい顔)

 明日もまた午後五時からの稽古です。遠征に参加したメンバーはあの夜に得たさまざまな教訓を胸に、そして遠征に参加しなかったメンバーもまた、春を前に、また新たな気持で稽古へ参加してもらいたいと想います。裏部長も可能なかぎり参加をいたします。
 と云いつつ、また独りだったらどうしよう〜ふらふら

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2007年03月20日

栃木遠征2007 「道中記」篇A

○2007年3月17日(土)栃木:晴れ。
 朝。目を覚まして時計を見ると、なんと九時!すでに集合時間を過ぎている。実は裏部長、この一時間ほど前にちゃんと起きていたのだが、緊張感の欠如かもしくは睡魔に敗北したのか、二度寝をしてしまったらしい。不覚!!
 急いで支度をし、寝癖の頭髪もそのままに荷物だけを持って部屋を飛び出す。ロビーにはすでに師匠ご家族はもちろん、後輩たちも全員きちんと集合していた。ああ、無念!!
 すぐさま車に乗り込み、一路日光へ。今日は日中を観光に費やす予定だ。
 今日も栃木はよい天気である。狗っちは自慢のカメラを取り出し、窓の外を流れる風景に向けて、パシャパシャとシャッターを切っている。
 今日のメイン・イヴェントのひとつ、〔イロハ坂〕へ差し掛かったのは昼前。ここは走り屋たちの名所のひとつで、かねてよりS呂君が来たがっていたところである。
 まずは登り。S呂君、右手に師匠のヴィデオ・カメラ、左手に自分の携帯電話を持ち、助手席からそのコースをあますところなく撮影する。なんでもお仲間からその全容を撮影してこいとの指令を受けていたらしい(どの世界にも物好きというのはいるものである)。
 登りきったあとは奥日光である。第一回目の遠征のときにも来た〔湯滝〕へ向かう。
 ここへ着くなり、狗っちが猛スピードで駈け出した。冬季閉鎖中の便所の前までいって慌てている。もどってきたところを見ると、片手で口を押さえている。

「どうした?何かあったんか」
「い、いえ、ちょっと酔ったもので・・・・・・」

 吐きそうになっていたらしい。

 まだまだ雪の残る湯滝を見てから、その麓にある茶屋風の店で昼食。師匠より、一本五百円の鮎の塩焼きをご馳走になる。
 食後、狗っちらが変り種のソフトクリームを買う。彼は「わさび」、部長は「みそ」・・・・・・と、S呂君まで買うものだから私も参加したくなり、無難ながら珍しい「ピーナッツ」を買って食べる。
 すっかり躰が冷えてしまう。
 食後、登ってきたイロハ坂(登りと下りは別コース)をうねうねと下降する。狗っち、またも酔う。
 帰途、そのまま〔日光東照宮〕へ寄る。ここも第一回目の遠征で立ち寄った名跡である。
 あれは本堂というのか、入るのに拝観料の要る箇所があり、しばし考える。私と部長は以前にも来たから、今回も無理して金を払ってまで見る必要はないが、狗っちらはほとんど初めてである。せっかく来たのだから、ここは千円ばかりを払ってでも見たほうがよいであろう。
 というわけで、中へは師匠ご家族と狗っち、そしてS呂君の五人が入ることになり、私と部長は、“金を払わなくてもじゅうぶん愉しめるコース”を歩くことに。
 最初に向かったのは〔二荒山神社〕。境内まで続く、長い一本道が印象的な神社で、荘厳な気持になりながら、「いいですなあ」と部長ともども、老人のような顔になって歩を進める。
 ここから帰ってもまだ師匠たちはもどって来ていなかったので、反対側の道を進むことに。この奥には〔日光東照宮美術館〕なるものがあり、入館料はかかるが、しかし本堂の拝観料に比べれば安いものと、何だかよくわからないがエイッとばかりに入ってみる。
 そうしたらどうだ、たいへん素晴らしい空間が広がっていたではないか。日本間の美しさ、狭さ、空気の冷たさを感じながら、襖絵などを見てまわる。先刻以上にしみじみした心持になり、部長といっしょに「いいですなあ」を云いながら堪能する。

 師匠らと合流し、そこからは再び栃木へ。

 夕刻。師匠ご家族はそのご実家にて夕飯をお食べになるため、われわれは本部道場をベース・キャンプのようにして、自由行動をすることに。
 午後五時までは好き勝手にカラダを動かして時間をつぶし、それから外へ。思えばこうして、自分たちだけで栃木の町なかを歩くことは初めてであり、若干不安を感じつつも、徒歩数分のところにあったファミリー・レストラン〔coco's〕へ入る。ここは昨年の遠征で、空手の稽古のあとに師範やY先生らとお茶を呑んだお店である。
 食後、腹ごなしのために三十分ほど自由行動。私はおなじ敷地内にある文教堂書店で本の立ち読み。
 六時半、道場へもどる。すでに子供たちの稽古が始まっている。すでに二度もこちらへ来ているとたいしたもので、ほとんどの子たちの顔に見覚えがあった。
 
 胴着に着替えて彼らの稽古を見学。基本稽古と型の合間に、師範が抜刀術を披露してくださる。流派名としては「鏡心流」と「無外流」の二つのみであったが、いづれも興味深いものばかりで、間近でこのような演武を見ることができたのは幸運であったろう。
 私個人の感想でいうならば、技の鋭さとか、その威力以上に、師範の刀捌きがこの上なく心地よく、見ていてとても気持がなごむ。あの抜刀のきれいさ、空を斬る鋭い音、そして納刀するときのあの緩やかさ・・・・・・その全てが、まるでマイナス・イオンを発しているがごとくに私の気持を鎮めるのである。よい機会であったと想う。
 七時半、子供の部終了。全員に、北海道土産の「じゃがぽっくる」を渡す。このうちの幾人かは大人の部へも参加するという。

 八時過ぎ、大人の部開始。稽古前にY先生と無沙汰の挨拶をかわす。T君ともども、昨夜の土産についてご丁寧な御礼を承る。
 今日は子供たちがいるため、若干早めに進む。
 まずは柔軟体操から膝のひきつけ、そして基本稽古へと流れてゆく。ここの内容は札幌支部のものとほとんど変わらず、其場突き、前蹴り、受け四種、廻し蹴り、刻み突き、裏拳打ち、横蹴り、手刀打ち、後ろ蹴り、其場でワン・ツー、手廻しくらいなもの。ただ違う点といえば、その狭さと、そして気合の発声である。日ごろ稽古場の環境上、声を出さずに稽古しているため、どうもこの気合には馴れない。どうしても声で叫んでしまうのである。
 中盤からは移動稽古をぬかして約束組手。三三五五集まった人数は図らずも第一回目のときに及ぶほどの多さで、それらを四つの列にわける。つまり、

一、Y先生、私、部長、S呂君。
二、T君、狗っち、昔ヤンチャだったMさん。
三、大工の棟梁Tさん、警察官のSさん、そのご子息D君、真っ赤な愛車のOMMyDさん。
四、子供たちと師匠。

 の四組である(私の記憶が正しければ、だが)。

 この約束組手で教わったことは、ここに収まるほどの短文では書き表し切れないほど深く、そして濃密なものであった。であるからして、その詳細は「稽古帳篇」か、もしくは今後のBlogにおいて、よく噛み締め消化したうえで書いてゆこうと想う。ただひとつ云えることは、Y先生が私たちの動きを把握し、的確なご指導とご助言をお下しになったことである。この約束組手を通してなにも収穫がなかったという人間は、おそらく武術に向いていない者であろう。そこまで云い切れるほど、Y先生との稽古は愉しく、有意義なものであった。
 もちろん今年も稽古の風景を師匠のヴィデオ・カメラで撮影しているので、あとでそのVTRもよおくチェックして、そこから気づいたことを改めて書いてみたいと想うが、他の有段者の方方もたいへん愉しそうに稽古をされていたそうで、賑やかなひと時を過ごせたことは、はるばる北海道から来た者にとっては有難いことであった。

 稽古のあとは恒例の、師匠vsY先生の組手。今回はそこにT君も参戦しての賑わいを見せたが、見物人の数が多かったため、手持ちでカメラをまわす私としては少し難儀をした。巧く写っているとよいのだが・・・・・・。

 稽古終了後、全員で集合写真を撮って道場を出る。そのまま、師範のご自宅の近くにある温泉施設〔湯楽の里」へゆき、全員で“裸のつき合い”をする。露天風呂なんかへ入っていろいろな話をしたのだが、そこはやはり同年代のつながりというものがあり、札幌支部の四人にD君とT君の六人でおおいに盛り上がった。風呂から上がったあとも、師範をはじめ全員で飲食をしながら、みな普通の子供にもどって笑い、そして語らった。狗っちなどはD君と兄弟のように意気投合し、最後にはメール・アドレスを交換する始末(これについてはまだ後日に書いてみよう)。
 私はY先生、そしてT君といろいろな話をした。この一夜がなければ当分縮まることのなかった諸先輩方との距離が、たった数時間で一気に接近したような気がした。

 愉しい時間というものは儚いもので、気づけばすでに午前零時過ぎ。
 名残惜しくみんなとお別れをして、われわれはホテルへ。
 就寝は午前二時をまわった。心が興奮して、すぐには寝つけなかった。
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2007年03月19日

栃木遠征2007 「道中記」篇@

○2007年3月16日(金)札幌:晴れ、東京:晴れ。
 午前九時半、札幌大学集合。昨年までは参加人数が少なかったし、師匠のご家族が札幌から同道されるということもなかったので、空港まではいつも師匠の御車に乗せていただいていたが、今年は、遠征に参加する門弟の数からして四人と多く、また師匠の奥様ならびにご子息(ヨッ、六代目!)もともに行かれるため、空港へは二手にわかれて向かうこととなった。
 師匠ご家族はもちろん師匠の御車で行かれ、われわれ門弟たちは、車好きの運転好きであるS呂君の厚意でその愛車へ乗せてもらうことに。
 裏部長、S呂君、部長、狗っちの順で全員集合。出発前の「気合に満ちた四人」といったテーマで写真を一枚撮ろうとするが、裏部長持参のデジタル・カメラがうまく作動せず、やむなく諦めて車へ乗り込む。
 九時四十分、出発。空は快晴。絶好のドライヴ日和のなか、S呂君のドライヴィング・テクニックも光って、車は順調に進む。
 十時半過ぎ、新千歳空港ロングターム駐車場着。この駐車場は長期旅行者が車をながく停めておける特別なスペースであり、この栃木遠征では第一回目のときに使用した記憶がある。ここへ駐車した利用者は、送迎のバスに乗って空港へと向かうのだ。
 ただ、前回利用したときはその手続きなどをすべてを師匠にお任せしていたため、若干戸惑う。存外なにもしない質の裏部長、どうにか年長者の面目を保ちつつなんとか空港へとたどり着く。
 空港ではすでに師匠ご家族が到着されており、合流するなりすぐさまチェック・イン。昼食時をまたぐため、おのおの自分の食べものを買ってから搭乗する。
 十一時三十分過ぎ、新千歳空港離陸。

 午後一時過ぎ、羽田空港着陸。すぐさまレンタカー屋の送迎車へ乗り込み、空港外にある営業所へ。
 今回借りたのは「アルファード」という、ジャン・レノがCMをやっている大きな車だ。後部座席のスライド・ドアは自動で閉まるし、カー・ナヴィゲイション・システムはいろんなところで喋ってくるし、とにかく高級感溢れる空間へと乗り込んで、一路栃木をめざす。
 運転はもちろん師匠。助手席にはS呂君、中間席には私、部長、狗っちの三人が坐り、後部座席には奥様と六代目が入られる。
 走行開始から一時間ほどはみな元気で、窓の外の風景をネタにいろいろと会話を弾ませていたが、高速道路の、あの何の変化もない一本道が長く続くようになると次第に声も少なくなって、夕日がさすころになるとほとんどの門弟が寝てしまう。師匠ひとりに長時間の運転をさせておきながら門弟たちは大口あけての爆睡モード。なんとも失礼極まりない情景だが、斯くいう裏部長も気づいたら「ああ、もう栃木か」のお仲間であり、面目次第もない。

 栃木へ入り、宿泊先のビジネス・ホテルへ荷物を置いてから、行きつけのトンカツ屋〔げんこつ亭〕へ。暖簾が出ていなかったのを師匠がいろいろと連絡をして開けていただく。ここへは遠征のたびに寄らせていただいている。
 広い座敷で夕食。もうここの揚げ物の味といったら、師匠が惚れ込んでいらっしゃるだけのことはあり、札幌では味わえないものばかりだ。それにあのヴォリューム!稽古前に来るたびに、「ああ、こんなに食べてしまっては・・・・・・」と苦渋の想いに浸らざるを得ない量である。
 七時過ぎ、満腹になって店を出る。外はすでに夜。札幌では体感できない暗さのなか、いざ道場へと向かう。
 
 七時半過ぎ、栃木本部道場にて体道稽古。稽古前、師範へ無沙汰の挨拶をする。
 師範はわれわれのこのBlogを欠かさずチェックされているようで、先日書いた「拳法図」の話、そして、私と狗っちが棒術に興味があるという話を受けて、稽古の前に、特別に棒術の指導をしてくださる(詳細は「稽古帳篇」にて)。
 稽古ではまず、われわれが現在やっている体道の復習から。部長はS呂君と組み、私は狗っちと組んでそれぞれの段階を復習する。この間に師匠、Y先生のご子息・T君、警察官Sさんのご子息・D君、見学のような形で四段のOMMyDさん(このイニシャルでわかるかな?)がやって来られる。
 復習がひと通り終わったところで、なんとあの「拳法図」の技を教わる。師範は私たちへ、お土産代わりに、十本目までの「拳法図」のコピーを用意してくだすって(『水かが見』という冊子も)、そこから今日は三本目までを教えてくださるという。
 たいへん光栄なことながら、その技法の面白さ、奇抜さ、そして恐ろしさに舌をまく。師範のご指導、師匠のアドヴァイスを受けて、まるで料理を堪能するかのように技を学ぶことができた。
 十時、終了。T君へ、お土産の毛蟹を渡す。これは昨年、私ひとりだけの遠征のときに、「今度来るときはカニをお土産にお願いします」と彼が冗談半分にそう云ったのを、「じゃあ、本当に持っていってやろう」と、こちらも半分ジョークのようなつもりで持参したものであり、そこに他意はなかったのだが、まさか本当にカニを持ってくるとは想っていなかったT君はおおいに驚き、そして恐縮しながらその箱を持って帰ってくれた。

 ホテルへの帰途、コンビニエンス・ストアへ寄り、明日の朝食を買ってから帰宿する。明日は午前九時にロビーへ集合、ということになる。
 裏部長、午前一時に就寝。
posted by 札幌支部 at 22:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年03月18日

帰って参りました!!

 お久しぶりです。裏部長です。本日、無事に栃木遠征から帰って参りました。このBlogを不在にしていた期間を見てもわかる通り、遠征はたったの二泊三日であり、稽古に費やした時間はトータルで考えても四時間ほどしかないという、遠征なんだか遠足なんだかよくわからないような短期決戦ではありましたが、ところがどっこい、そこで得られたものは計り知れぬほど多く、そして印象深いものでした。
 これから数日間に渡って(札幌支部の次の稽古日である木曜日あたりまでに)、この遠征の模様を、できるだけ詳しくここへアップしたいと想っておりますので、読んでくだすっている方はどうか最後まで辛抱強くお附き合いください。

 ただそれに際してひとつ謝っておかなければならないことがあります。っていうか、先に謝ってしまいます。

「ごめんなさい!」

 出発の前日に書いた記事で、「デジタル・カメラで撮ってきた画像をここへ載せる」などと豪語していたのですが、向こうへ着いたら急に調子が悪くなってしまって、結局わたくしのデジカメは使用不可となってしまったのです。まったくもう、使えない奴です。
 しかし、その代わりといっちゃアレですが、部長がきちんとしたデジカメを持ってきていたので、道場の外観や内観、そこに居並ぶ札幌支部メンバー、といった図はそちらの機械でどうにか押さえております。これらの画像に関しては後日、おそらくは部長本人によってここへ載せられることでしょう。

 あっという間の栃木遠征も終わり、明日からは新たな一週間が始まります。帰宅したばかりの部長、S呂君、そしてそのまま鎌倉の実家へ帰った狗っちはじゅうぶんに休養をして明日からの日日に備えてください。
 そして、栃木本部道場のみなさま。この度はとてつもなく暖かい歓迎と交流の場を与えていただき、本当にありがとうございました。たった二回の稽古と、稽古終わりのあの“裸の”附き合いのおかげで、とてもとても愉しいひと時を味わうことができました。改めてここに御礼申し上げます。

 明日からは数日間に渡って、『栃木遠征道中記』をお送りします。お楽しみに!!

 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 19:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記