2007年07月15日

舞台を捨てるな

 こんばんは、裏部長でございます。本日もよろしくおつき合いのほどを願っておきます。


 昨夜、一冊の本を読了しました。貫井徳郎さんの『夜想』(文藝春秋刊)という作品です。無論のこと、小説であります。

 主人公は自動車の販売会社につとめる営業サラリーマン。今は故あってひとり暮らし。というのも、はじめて行った家族旅行の帰り、玉突き事故に巻きこまれて最愛の妻と、そしてたったひとりの愛娘を目の前で失ったという過去があるからなのだが、事故のショックをどうにか受け入れ、職場復帰してもどこか上の空、仕事が手につかない。同僚たちも腫れ物にさわるような視線を送ってくるし、上司からはミスをするたびに「まだ辛いんなら休め。無理して出てきてもみんなに迷惑をかけるだけだぞ」と云われてしまう。
 そんな、心身ともに弱りきっていた主人公がある出先からの帰途、背後から声をかけられて振り返った。そこには、彼の定期入れをさしだすひとりの女性。一見して大学生くらいの、見とれるくらいに器量のよい女性である。
 彼はその女性に見入ってしまった。しかし、それは彼女が美人だったからではない。
 彼女は初対面の主人公をみて、なんと泪を流していたのである。

 それから彼と彼女との交流が生まれ、聞けば彼女は、他人のものに触れてそこに残っている記憶を読みとれる能力があると知り、その噂を聞きつけた人びととともに団体をつくり、主人公の生活は彼女中心のものとなってゆきます。それまでも彼女はアルバイト先の喫茶店で、口コミでやってきた相談者に対して無償で、その悩みを聞いてあげるという活動をしており、このボランティアともいえる活動に救われた人間たちが集まって、ゆくゆくは雑居ビルの一室で事務所をひらくまでに至るのですが、そこまで組織が大きくなると必然的に、スタッフたちを指揮する側の人間にも苦悩という名の、なんとも厄介な問題が生まれてくるのです。

 現に主人公も、何年も勤めた会社を辞めてその活動の広報として働くようになったあとも、やれどこの馬の骨とも知れぬ怪しげな男にその指導権を奪われそうになったり、最初ボランティアとして参加していた主婦たちの勢力に押されるようになったりと、気づかぬ間にできていた意見や意思に驚き、慌てふためいて、その都度、頭を抱えてしまいます。
 わたくしなんぞはこういった話を見聞すると、どうしても「ああ、組織ってイヤだなあ」と思ってしまいます。たしかに、同僚たちとの人間関係や上司との兼ね合い、後輩たちへの気配りなどはどの社会でも存在することであり、この空心館札幌支部においても当然のこととしてそんないろいろの種は存在しているのです。
 ですから、全くじぶんとは関係がない、とは思いません。そういった煩わしいざまざまな問題に直面し、頭を抱えなければならない瞬間というのが必ずこれからの人生に出てくることでしょう。それこそが人間の、生きてゆく上での苦しみなのかもしれません。


 しかしね、やっぱり面倒くさいですよ、そんなことは。やれ仲間内にイヤな奴がいるとか、あいつの顔は生理的に受けつけないとか、そういったことはまだ対処がしやすいんですけど、たとえば「陰口」とかね、あと「根拠のない噂」。そういったものが飛び交いはじめて、対処する間もなく今度は部下がだれかとできちゃって妊娠したとか、客商売であれば難癖をつける厄介なクレーマーが来たとか、そういったことが次から次に起こるともうわたくしなんぞは耐えられませんな。もういいや、ってんで投げてしまうことになる。
 そういった事柄は武術の世界においても、決して当てはまらないことではありません。わたくしもいろいろな方面からいろいろなことを伺っておりますが、やはりひとつの道場が所属人数の増加にともなって大きくなって、組織がどんどんどんどん肥大してゆく。ふつうの道場とか団体というものは当たり前のこととして月謝とか年会費を徴収しておりますから、そこから莫大な利益が出る。弥生時代へ遡ってみなくともわかるように、利益が出るとそこにはどうしても利権争いが生まれて、勝者は新たな統治者となり、敗者をそこを去らざるを得なくなる……みなさんもお聞きになったことがおありでしょう。
 
 そんな組織の利権争い、分裂話なんかを聞いておりますとつくづく、ああ空心館でよかったなあ、と思います。支部があるといっても数えるくらいしかないし、妙な権利争いはなさそうだし、本部のみなさんは優しいし、なによりも師範があれだけの方でありますから、純粋に武術を修行したいわたくしどもには打ってつけの場であることはもう云うまでもないでしょう。肝心な稽古をほっぽり出して派閥争いに頭を悩ます必要がないということは、これはこれで結構安心なことなのです。


 昨夜のそんな読後感からいろいろなことを感じて、そしてふと憶いだしたことがあります。わたくしなんぞとは雲泥の差、あまりにもレヴェルの違う人物の話でございますが、これはこれで、今回の話題にまったく関係がないと云えないような気がするのです。


 歌舞伎のほうではみなさんご存知、七代目坂東三津五郎という方。この方はそれこそ踊りではね、もう名人と云われていて、ご著書も多いという、なんとも珍しい方なのですが、この七代目の後継者、つまり八代目の三津五郎さんですが、これは息子さんがお継ぎになりました。
 八代目さんもこれまた踊りの名手で、すっかり名人の名をほしいままにされたわけですが、この八代目と先代の七代目には大きな違いがあったというのですね。
 それは、「舞台を捨てる」ということです。
 八代目はたしかに巧い。それは誰もが認めたことで、当然お父様である七代目さんも評価をしていた。しかし、ある一程度の技巧をお褒めになった上で、「お前にはわるい癖がある」と、こうおっしゃったというのです。
 八代目はすぐに尋ねます。「わたしの悪い癖とはなんですか」
 七代目はこう答えました。

「お前はたしかに巧い。しかし反応の悪いお客様がいらっしゃると、すぐに(踊りを)捨ててしまうだろう。あれがよくないのだ」

 踊りを、舞台を捨てるというのはつまり、集中力を切らさず、最後まできちっと演じあげることを放棄する、まあ簡単にいえば諦めてしまうことを云います。八代目にはこの癖があった。ですから舞台へ出ていって、少しでもお客さんのリアクションが悪いと、「ああ、きょうは駄目だな」と手を抜いてしまう。これをお父様は見事に看破したのです。
 じぶんのことですから、薄薄と感づいていた八代目、すぐにこう尋ねます。「では、そういうときに父さんはどうやって舞台を捨てずに演じきれるのですか」と。
 七代目はすらっと、こう云ったといいます。

「舞台へあがれば、わたしの前にはお客様がいる。と同時に、わたしの背後にはご先祖様(先代の三津五郎など、歌舞伎の先達たち)がいるのだ。どんなにお客様の反応が悪くても、後ろから大先輩たちが常に見ていると思えば、捨てたくとも捨てられるわけがなかろう」
 
 この話を知ったとき、わたくしの稽古している空手、そして体道にもおなじことが云えるのではないかと感じました。たとえば師匠らが不在で、わたくしが代わりに後輩たちの疑問質問に答えなければいけないとき、目の前には後輩たちが、そしてわたくしの背後には、もちろんまだ亡くなってはいませんが師範や師匠、先代の藤谷師範、そして糸東流の摩文仁先生たちの視線が集まっていると感じながら答えるようにしています。じぶんの稽古においてもそうで、常に見られている気持で続けてゆかねば意味のある修行はできません。
 まあもちろん、われわれのやっていることは歌舞伎でもないし、お客さんを相手にしたパフォーマンスでもありませんから、その様相はちょっぴり異なるのでしょうが、それでもまったく違う次元の話ではないと思われます。
 「舞台を捨てるな。稽古を捨てるな」。これは今後もわたくしの内に沁みこみ続ける言葉になりそうです。


 ちなみに貫井さんの『夜想』ですが、作品としては面白いものでした。今回のものに限らず、この方はどうも台詞があまり良くなく、その登場人物がしゃべっているというよりは筆者自身がしゃべっているように思えて、たとえば若者の話すイマ風の喋り方などはどうも硬っくるしくていけません。その点はすこし気になりましたが、しかし物語の展開もおもしろいし、最後のほうはハッとさせられる箇所も多くあって、そのくせ、ラストはきちんと和やかに締めている。読みきったあとの爽快感はなかなかのものです。
 興味のある方は一度読んでみてはいかがでしょうか。


 裏部長でした。
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2007年07月14日

其場凌

 えー、裏部長でございます。

 きょうから三連休だ、なんて方はたのしい週末でしょうなあ。こちらも良い天気にめぐまれて、そのくせ気温は低く、風も涼しいというのですから、きょうほど連休日和だった土曜日もないだろうと思うのですが、南のほうへゆきますとね、そんな呑気なことばかりを云ってはいられません。
 台風四号がたいへんな猛威を振るっているようで、吹き飛ばされそうになっているTVリポーターをニュース番組などで散見しておりますが、どうもああいった風景を見ていると、それがまったく違う国のことのように思えて仕方ありません。というのも、北海道というところは梅雨がない代わりに、この台風というものも無いんでございます。沖縄だとか九州だととか、あの南の地域へぶつかってくるような風の塊がこの北の地へたどりつくとね、もうすっかり弱ってしまって、ぬる〜い強風程度にまでその威力が半減してしまっているのです。
 だからわたくしも、生まれてこの方おどろくほどの強風だとか嵐だとか、そういった自然災害に悩まされたことがございませんで、マンション暮らしですから、冬の雪かきにも苦しんだことがございません。たいへん軟弱な都会っ子なわけですが、そんな人生を歩んでいるせいか、どうもこの生活における危機感といいましょうかね、根太い生き方というのができていないように思われます。
 もっと芯の強い人間になってみたいと願っております。

 なんだか結論のない、よくわからない話になってしまいましたが、そんなわけで、きょうの札幌はよい天気であったト、まあそんな代わり映えのしない話題で難を逃れようト、そんな苦肉の策であったわけでございます。
 たまにはネタのない日だってあるんよ...もうやだ〜(悲しい顔)

 誰でもいいから書き込みしてくださいな。裏部長だけでは荷が重過ぎます。
 そんなお願いをして本日は終了。閉店、ガラガラ。パァッ!
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2007年07月13日

もうすぐ終わる七月

 こんばんは。最近、食事のなかでもダイエットをはじめた裏部長です。つい先日、TVのなかである男性タレントが「いまダイエットしてる。炭水化物とか全然取らないやつ」と云っていたのを聞いてそれを試しております。もちろん、まったく摂らないというのも不健康な話なので、お米などを控えるのは数日に一回のペースとし、あとはその量を減らすのみにとどめております。これで果たしてどれくらいまで体重が減るのか、やり続けてみないとわかりませんが、できれば二三kgは減らしてみたいものです。

 えー、今夜も案の定、稽古はお休みでございます。きちんと欠席の旨の返信が来たのは「狗っち」のみでしたが、あの感じではおそらく他のメンバーもいけなかったのでしょう。そう察して中止にしました。
 来週から大学は試験です。主要メンバーはそのほとんどが四年生ですから、余裕のなかにも緊張感をもって、単位を取りにいってほしいと思います。

 なお次回の稽古は、七月最後の月曜日である三十日でございます。 八月に入りますと師匠が海外へゆき、K先生もご実家へお帰りになってしまうため、わたくしが責任をもって稽古を取り仕切ってゆくことになりますけども、きょうのようなことが恐らくはよく起こると思うので、これはまたあとで改めて提案をさせていただきますが、稽古日にはそのつど、参加したい、というひとだけ裏部長へメールを送ってもらう、ということにしようかと考えております。熱心なる韓国人留学生のふたりも来られない日はあるわけで、おそらくは週に一二度といった感じになるでしょうが、できればその都度そういった確認を取りたいのです。こちらで参加者の人数を把握した上でその日の稽古のやるかやらないかを決定しておけば、決して間違いはないと思います。
 
 まあとにかくは、札幌支部門下のみなさんは試験に励んでください。

 
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2007年07月12日

寒っ寒っ!

 こんばんは、裏部長です。

 昨日、なんだか夏なのに寒いなー、なんてなことを云っておりましたら、きょうはそれに輪をかけたくらいの涼しさ。なんでも五月下旬なみの気温で、さっぽろでは十八度くらいまでしか気温が上がりませんでした。長袖でじゅうぶんでございます。

 噂によれば今年は猛暑らしいので、神様が気をきかせてくれたのかもしれません。道産子たちよ、今のうちに冷気を吸収しておけよ...なんて云うかどうかはわかりませんが、きっとそんな気遣いの賜物なのでしょう。

 明日もこちらはそんな天気です。ですからね、稽古をするには持ってこいなんですよ、涼しいですから。こんな日にはね、もうそれこそ「これでもか!」ってほど動いたってあまり熱くならないんですから、稽古日和といえないこともないと思うのですが、そういった日に限ってこういったことになりますからねえ。人生というのは侭ならないものです。

 そうです。明日は稽古をするかしないか判りません。現時点では「狗っち」から欠席の旨を受けとっておりますが、他のメンバーからは音沙汰なし。でもたぶん、この時期のことを鑑みてみますと、おそらくは中止になるものと思われます。ええ、たぶんそうなるでしょう。
 せっかくね、涼しくていい日なんですけど、集まれないってんなら仕方がありません。迫りくる猛暑に向けて気合をいれなおす一日にしたいと思います。

 最後に、神様の登場する小噺をひとつ。


 神様が、人間の世界を覗こうとやって参ります。案内役として人間がひとりつきまして、高いところから見ておりますと、真昼間からエッチなことをはじめている夫婦がおります。
神「ああ、これこれ。アレは何をしておるのじゃ?」
 案内役の人間はまさか○○○ですとは云えないので、
人「へ、へえ。アレは子供を作っているところでございます」
神「なに、子供を作っているところとな?ほう、してその子供とは、一日に何人くらい作るものなのじゃ?」
人「いえ、一日に何人もだなんて滅相もない。せいぜい一年にひとりでございます」
神「なに?一年にひとりか?しかし、それにしては、えらく忙しそうに作るものじゃのォ」


 俗にゆう「バレ(破礼)噺」でございました。
 お後がよろしいようで...
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2007年07月11日

寒っ!

 こんばんは。妙に足が痛い裏部長です。べつに蹴りを多く稽古したわけではないのですが、太股の裏あたりがかなりキテいます。
 そうです。案の定、鈍りきっているのですふらふら


 やっぱり“持続”ということが一番むつかしいですよ。昨日のS呂君の話じゃないけど、どんなにハードでタイトで、そのことにまったく感心のない他人から見れば「どうしてそんなことをそこまで出来るの?」と思えてしまうようなことでも、飽くことなくアプローチをし、そしてなおかつその努力を惜しまない。この探求心と持続する熱意、これがあれば何でもできるような気がいたします。


 きょうの札幌は寒かった曇りなんでも明日あたりには雨も降るそうです。
 九州地方などでは大雨でね、きょうなんかは死者も出てしまったとか。なんとも御労しいことでございます。


 明日はご案内のとおり、稽古はお休みです。みなさん、試験にむけて勉強をするなり、レポートを書くなり、夢へ向かってアプローチするなり、存分に稽古のない木曜日をご堪能ください。
 で、金曜日ですが、今週もまた師匠&K先生不在につき、わたくしの責任でやるかやらないかを決めたいと思います。メール等での出欠確認は明日あたりに行なおうと考えております。

 それでは、よい木曜日を。
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2007年07月10日

夢見る星屑

 こんばんは、裏部長です。

 今朝ね、TVのニュースでね、フランスの話題が出たんです。なんでも、日本のマンガだとかアニメーションだとか、いわゆる「アキバ系」の文化紹介を中心におこなわれているエキスポで、向こうのオタクたちがコスプレをして集まっている映像が紹介されたわけですが、そのなかにね、空手とか居合があったのですよ。
 まあヨーロッパは武道熱の高いところですから、特に空手なんかは人気があるのでしょうが、そこで披露されていたものといったら……。
 ネ、云わずもがなでしょう。
 そうです。そりゃもう惨澹たる有様、というか、開いた口がふさがりませんでした。どうしたらあれを空手と呼べるのか、たとえ日本語で説明されてもわからないような動きのオンパレードで、「おたくら、日光江戸村のひと?」と訊きたくなるような有様でした。ご覧になった方もおありでしょう。
 ああいうのを見ると、改めて現在の世界における「空手」というものがどういった状態で、そしてどのように受け止められているか、という問題に暗澹たる想いを抱かずにはいられなくなります。いくらじぶんたちの稽古しているものに誇りを持っていても、やっぱり何だか虚しい気持になってしまうのです。
 別にフランス人が悪いんじゃないんです。あんなものを空手といって彼らに教えた誰かが悪いのです。
 ああ、空手よ。きみは何処に……。

 さて、今夜はそんな空手の稽古です。参加者は当破君、S呂君、韓国人留学生のふたり、K先生、となかなかの人数。ただひとつ残念だったのが師匠です。なんでも先週の金曜日の体育の授業かなにかで、ギクッと腰を痛めてしまい、まともに歩くだけでも辛いらしいのです。
 ですからきょう師匠は指導面のみ、それも中盤まで、ということになりました。

 K先生先導のもと、基本稽古を受けまで。移動稽古からは師匠が前に立ち、追い突きからいわゆる五連続まで、重心の移動などをメインのテーマとして動きます。
 わたくしは特に、足を真っ直ぐに出す動きで、とにかく真っ直ぐ突く、これだけを意識して稽古しました。
 ここで師匠の奥様と六代目が来室。なにがツボにはまったのか、六代目は終始ご機嫌で、以前わたくしの面白い顔ではクスリともしなかったのが、きょうは近づいていっただけで大笑いをしてくださいました。なにか愉しいスウィッチが入ったのでしょう。
 賑やかになるなか、移動稽古終了。ここで師匠は早退。
 
 後半は約束組手です。まずは、K先生・裏部長・Hさん、S呂君・当破君・T君で組み、ふた通りのローテーションで中段追い突き。途中からはわたくしとS呂君が交代しておなじくふた通りのローテーション。すこし急ぎ足ではありましたが、ひと通りのメンバーと拳をあわせることができました。
 わたくしとしては、やはりK先生と対したときの反応のむつかしさ、これが課題として残ります。あれだけ縦横無尽にうごく相手に向かってゆきながら、その隙を見つけて攻撃を仕掛ける……と文章で書けばたったこれだけの簡単なことなのですが、実際にやってみるとこれが存外むつかしい。どうも、足も腰も、カラダ全体が止まってしまうのです。
 ここを着替え途中の師匠も見抜かれ、足は止まっても腰は止まらぬようにし、その流れで攻撃を出せというアドヴァイスをいただきました。要稽古です。

 最後、ほんの少しの時間でしたが型をやりました。わたくしはおもに「征遠鎮」をやったのですが、ところどころスポッと忘れてしまっている箇所があり、そのたびにK先生へ伺って直すという作業。なんとも恥ずかしい限りで、おのれの稽古量の少なさを思い知りました。あれではいけません。

 八時、終了。


 稽古終了後、一階にある談話室で、文字どおりS呂君と談話。
 かれも夢を追いかけているひとりです。その夢について話すとき、知らず知らずのうちに笑顔になり、そしてその目はキラキラと輝いておりました。
 S呂君のそんな眩しいほどの眸を見ているうちに、「ああ、じぶんも今あんなキラキラした目で夢を追いかけているのだろうか」とすこし不安になりました。
 たくさんの挫折、苦悩、暗闇の日日。そんな生活を続けているうちに、いつの間にかわたくしの目は、“常識”とか“社会”とかいう冷たい世間の風にさらされて、気づかぬあいだに石のようなただの塊になっているのかもしれない……。

 そんな誰にも云えないような夢の壁を前にして負けそうになったとき、わたくしはいつも、TUBE『夢見る星屑』という曲を憶いだします。生まれてはじめて買ったTUBEのアルバム『浪漫の夏』のいちばん最後に収録されているこの曲には、こんな歌詞があります。


 いつからだろう あきらめること憶えて
 器用になってく 心が

 恋も夢も 数えきれないほど
 失くして破れて、ボロボロになって

 気が付けば 僕が僕じゃなくなって
 見失うばかりだけど
 立ち止まるワケにはいかなくて
 見えない何かの為 待ってる誰かの為

 僕らはみんな 見えないゴールをめざして
 傷付きながらも わずかな希望を未来(あす)に

 夢見る星屑




 がんばれ、S呂君。いつか輝く星になれ。


 追伸。わたくしも頑張ります手(チョキ)
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2007年07月09日

駄目駄目

 こんばんは。夕方の涼しさにあわてている裏部長です。北海道の怖ろしいところはここなんです。夏だというのに、夜になるとグッと冷える。ですから朝、快晴の空を見て、「おお、きょうは暑そうだぞ」と思って半袖を着ていっても、帰宅するころにはすっかり冷えてしまって、諸腕をさすりながら早歩きする羽目になる。これはたいへんに厳しい、体調管理へ対するおおきな壁です。道産子は日夜これに対する作戦を考えねばなりません。

 わたくしもいま考えているところです。ふ〜む...

 さて今夜は稽古、だったのですが、またもや参加できず。今週はただでさえ稽古の数が少ないというのに口惜しい限りです。おそらくはK先生をはじめとして、熱心なる韓国人留学生たちが頑張っていたことでしょう(たぶんですが)。
 明日はどうにか行こうと思います。
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2007年07月08日

「好い加減」という遊び心

 こんばんは、裏部長でございます。

 以前からここでも書いてきたように、わたくしは小説家志望で、それも青春もの、ネ?若者たちの群像劇、みたいな作品をおもに書いてゆこうと考えている人間なわけですが、その勉強のためにはいろいろなものを見ます。それこそ映画からTV、小説、脚本、戯曲に写真集、とにかくそこに若者たちが描かれていればなんでも見る。特にフィクションに関してはできうる限り見てやろうと日頃から目を光らせておりますが、なかなかね、そうすべてを網羅できるわけではございませんで、なかには泣く泣く鑑賞をあきらめる、といったものも出てきてしまうものです。
 映画はリアルタイムで映画館へいって観ることができなくても、あとあとすぐにDVDになって出ますしね、またその数数の衛星放送、CSなんぞというものもありますから、こらあいいんです。公開しているときに観逃してもあとあと挽回できるんですが、TVドラマとなるとこうはゆかない。CSや地上波での再放送、なんてものはそう早くは行なわれないし、DVDを借りて見るといっても、一枚や二枚じゃないですからね。これはとても厄介なことです。
 ですからわたくしは殊TVドラマに関してだけでは可能なかぎりリアルタイムで見てやろうと思っております。こらあもう病気みたいなもんですな。ひとつでも見落とすなんてことがあったらもう我慢ができない。ううぅ、ってんで口惜しい気持になります。

 ただこの、ね、それじゃあ一週間のうちにあるすべてのTVドラマを見ていられるか、といやあ、やっぱりそうじゃない。うん。一日中TVの前に坐っているわけにもゆきませんから、どうしても鑑賞にあてられる時間というのが限られてくる。そうなると、どうしても見るものを限定しなければゆかなくなります。
 そこで、切り捨てる基準ですが、まずはやはり上記のことでもって、青春ドラマを優先する、これですね。大人の話はまたあとで、ということにしてしまうのです。
 しかしこの方法で減らしてもまだ数はあります。まあそれは、日本のTVドラマのほとんどが青春ものである、ということの証明でしかないんですが、それらをくまなくチェックしたい人間としてはいささか辛い。

 そこでこの「好い加減さ」という基準が出てくるのです。わたくしはこの、他人から云われるとあまり嬉しくない基準でもって、鑑賞するTVドラマを選定しているのです。

 その一例を、前クールのTVドラマ群からご紹介しましょう。
 ざっと云って、つい先日まで放送されていたTVドラマのなかで、青春ものというジャンルにあてはまるものは以下の通りでしょう(札幌で放送されているもののみ)。
 月:フジテレビ系列『プロポーズ大作戦』、テレビ東京系列『美味學院』。
 火:フジテレビ系列『花嫁とパパ』、日本テレビ系列『セクシーボイスアンドロボ』。
 水:日本テレビ系列『バンビ〜ノ』。
 木:フジテレビ系列『わたしたちの教科書』。
 金:テレビ朝日系列『生徒諸君!』、TBS系列『特急田中3号』、テレビ東京系列『エリートヤンキー三郎』。
 土:フジテレビ系列『ライヤーゲーム』。


 このうちわたくしが途中で鑑賞を断念したのは、『わたしたちの教科書』と『生徒諸君!』の二作のみです。それ以外のものは最終回まできちっと見ました(最後まで秀逸だったのは『バンビ〜ノ』のみ)。

 では、どうしてこの二作の鑑賞を断念したか。
 それは「好い加減さ」がなかったからです。

 ここで云う「好い加減さ」とは、遊び心、そこから転じる“笑い”のことです。この二本のTVドラマにはそんな遊び心がなかった(もしくは少なかった)と云えるでしょう。
 内容としてはどちらも学校もの、『わたしたちの教科書』はイジメ問題、『生徒諸君!』は学校問題全般をあつかったもので、テーマやモチーフは決して悪くないのですが、いかんせん硬い。見ていて少しもたのしい気分にならないのです。
 もちろん、フィクションにはジャンルというものがありますから、見ているこちらを不快にさせるような作品もあって良いのでしょうが、あそこまで遊びがないと、やっぱり最後までは見られません。
 TVドラマというのは三箇月、合計十一本の作品でひとつのドラマを構成します。つまり、映画ならば二時間ほどで一気に見せることのできる物語を、週一のペースで、三箇月もかけて見せなければならないのです。視聴者の意識を引きよせつづけておくには、相当の質と内容がなければなりません。しかも「イジメ」や「不登校」などといった暗い話題を描くのであればなおさらで、少しでもそこに見やすさ、受け取りやすさを拵えてほしかったと、わたくしは思います。

 そういったことで云うと、同じクールの『プロポーズ大作戦』、『美味學院』、『花嫁とパパ』、『エリートヤンキー三郎』、『ライヤーゲーム』なんかも、軽さ、明るさはあったものの、流れが単調すぎて、後半すこしダレてきた感がありました。ハナから明るく、テンポのよい作品というのは、どこかでそのリズムを変えないと、最後には飽きられてしまうものです。こっちはこっちで大変むつかしい話であります。

 とにかくそんなわけで、わたくしはこの「好い加減さ」というものをたいへん贔屓にしておりまして、じぶんの作品にも投影させてみたいと考えておりますが、この夏からはじまる数数のTVドラマもしくはTV番組のなかにも同様の視点で作品をつくっているものが幾つかあるので、もし気になった方は一度ご覧になってみると良いと思います。
 たとえば火曜日、フジテレビ系列で放送されている『花ざかりの君たちへ イケメン♂パラダイス』。これなんか「好い加減」の代表。好い加減の国から好い加減ひろめにきたようなドラマです。とにかく内容に深みがないし、最初っから「この作品にムリがありますけど、大目に見てください」なんてお断りをしているし、なんともふざけたドラマではありますが、しかしね、そのストーリー展開の速さといったら表彰状ものです。あれだけ速く、とにかく人物の素性や過去の出来事やその学校の内部のことなど、ドラマに必要だと思われる情報をほとんど説明せぬまま、グングンと話を進めてしまうあの強引さ!しかして、見ているほうは理解できないかっていうとそうじゃない。なにせTVドラマというのは視覚的なものですから、そのキャラクターの喋り方、歩き方、なにかが起こったときのリアクションの仕方なんぞで、ああこのひとはそういう性格なんだ、と、ネ?なーんとなく解ってしまうのです。
 ですから不要な説明はいらず、ただただストーリーを前進させるだけでドラマが成り立っているのです。

 同じことでいえばTBS系列の『山田太郎ものがたり』、こちらも馬鹿馬鹿しさでいえば合格点でしょう。しかも子役たちの演技がいい!ひとりとして視点の揺らいでいる子がいません。あれは凄いメンバーです。

 しかしね、「好い加減さ」でいえばね、もっと凄いのがあるんですよ。まあこちらはドラマじゃないんですけどね、フジテレビ系列で金曜日の夜十一時からやっている『スリルな夜〜イケメン合衆国〜』という番組。これほどふざけているものもありません。
 とにかくここ最近のハンカチ王子、またはハニカミ王子の人気をうけて、「何でもいいから、とにかくイケメンを出しておけば視聴率が取れるだろう」と、開始早々からそう宣言してしまっているのです。
 これほど軽率で、馬鹿馬鹿しい番組もありませんが、しかしね、TVなんてものは良い意味で軽さのある媒体ですから、本来はあそこまで遊んでよい、いや遊ぶべきなんです。むかし伊丹十三さんが『天皇の世紀』というドラマのなかで、ドキュメンタリー風に侍の恰好をしてパリの街を歩いたりなんかしておりましたが、あれくらいの遊び心がTVには必要なんです。それが笑いにつながり、明るさにつながり、最終的にはおもしろさに繋がる……かどうかはわかりませんが、とにかく暗くてジメジメしているような不快なものにはならないはずです。

 わたくしもそんな、良い意味での軽さをうま〜く操って、たのしげな作品を書いてみたいと思っております。
 またまた長くなってしまいました。今日はこのへんで終わっておきましょう。


 さて明日からはまた新たな一週間。そして、試験前最後の一週間でもあります。
 月曜と火曜は今までどおりですが、木曜日は師匠ら不在のため、稽古そのものを中止し、金曜日はまた例によって参加者の有無を確認したのちに行なうかどうかを判断いたします。ですから、もしかすると、前半二回の稽古のみで今週はおわり、なんてことにもなりかねません。
 門弟諸賢はそのあたりのことをじゅうぶん考えて、稽古へ参加をしてください。

 裏部長でした。
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2007年07月07日

ことばの話

 こんばんは、裏部長でございます。

 
 えー、最近よく、この、TVなんぞで「若者とケータイ文化の危険性」なんぞという話題をよく取り上げておりますが、VTRなどを見ますとね、ああなるほどこれはたしかに危険だなあと、そんな風に思えるものがいくつもあります。「プロフ」なんていうようなね、ああいったものはやっぱり危ないなと思いますよ。ねえ。じぶんの素性、ね、まあつまりはプロフィールってやつを事細かにインターネット上にアップして、そこに携帯電話の番号なんかを載せちゃってる。なかには下着姿の写真なんかも載っていて、しかもそれが中学生の女の子だっていうんですから、これは誰が見てもすこしおかしいと思います。
 ただ、そんなことをしてる若い世代のひとたちは大人たちほど危険だっていう意識がないようで、わたくしが見た番組でも、やに手に傷をこさえた女子学生がね、「大人はすこし考えすぎだよぉ」なんてなことを云っておりました。うん。「わたしにだって譲れないものがあるわ」なんて、じぶんの意見らしいことを云っているんですが、じゃあそうかといって彼女たちがなにかそういったネット関係のことでトラブルに巻き込まれて、ニッチもサッチもゆかなくなってね、金銭問題、さらには警察沙汰、なんていうことになったら、やっぱりそんときはそんときで親をはじめ周囲の大人たちに助けてもらわなくちゃいけないんですから、まだどこかで子供、ネ?じぶんたちには責任を負う義務はないんだ、なんていうそういった風な顔をしているわけです。
 そのくせ何かっていうと、「もう大人なんだから、いつまでも子供扱いしないでよッ!」なんてなことを云う。わたくしなんぞはねえ、もし女子高生が子供扱いしないでって云うんなら、ハイわかりました!って、いくらでもよろこんで大人扱いしてあげますけども……。


 とにかく、こういったことというのはやっぱりね、どうしてもその世代、その年齢の真っ只中にいる人間にはまわりが云っているほどよく事態が見えていない、なんていうことが世の中にはよくありますよ。
 ことばの問題なんかもそうです。ここ数十年来ずっと叫ばれていることですけどもねえ、「若者たちのことばの乱れ」なんていうんで、いろいろなひとが方方でいろいろなことを云っておりますが、やっぱりあれなんかもその世代の真っ只中にいる若者たちにはいまいちピンと来ない。ふ〜ん、乱れてるかなあ、なんてな具合です。


 斯くいうわたくしにもそんな時期がございましたが、今こうして学生という立場から離れてみると、やっぱり大人たちの云っていたことがなんとなくわかるもんです。
 先日も稽古へゆく道すがら、いつも乗るバスへ見るからにギャルとギャル男というような、両名ともに真っ黒に日灼けをしたカップルが乗りこんで来て、あたり構わず大きな声でしゃべっておりましたが、ああいう会話も同世代としてではなく、いち大人として聞いてみるとけっこうこの発見があるものです。
 とにかくまずね、彼らの会話には内容がないんです。ええ、そりゃもうね、落語の世界とおなじような会話を大声でやってる。

男「ああ面倒くせえな。明日だよ、明日。ヤベェ、緊張してきた。どうしよっかな、明日。っつても止めるわけにいかねえしなあ」

 翌日になんかあったんでしょうね、イヴェントか何かが。これを受けて云った少女の返しがよかったですよ。

女「あっそう、じゃあ止めなければ?」

 これほど内容のない会話はありませんよ。ネ?まったくと云ってよいほど事態が前へ進んでいないんですから。
 ふたりはそのあと数分間、同じような無内容の会話をつづけて、ぶすっとした表情のままバスを降りてゆきましたが、最近の若者たちのことば遣いというのはあそこまで軽薄になっているのかと思うと、わたくしも暗澹たる思いでございました。

 
 日頃からそうして「ことば」というものに気をつけていると、やっぱりこの、新しいものばかりではなくね、昔の、この古い時代のことば遣いというものにも興味を得てくるものですが、わたくしなんぞはやっぱり落語が好きでしょう。それも江戸の落語がね。そうなると、どうしてもこの江戸弁というやつが気になってきてしまうわけです。
 いろいろと面白いものがあります。たとえば、ウの音とオの音ですな、この入れ替えがよく見受けられますね。
 われわれ「髭を剃る」というときに、「剃る」を「そる」と読みますが、落語のほうではこれを「する」と云います。落語だけではなく、歌舞伎のほうでも同様の発音をしますから、おそらく昔はこう読んでいたのでしょう。
 ですから、髭は「そる」んじゃなくて「する」ものなのです。
 ただ、「する」というのはね、こうなんというか、ことばとしてあまり良くない。財布をする、なんてね、そういう用法があるくらいですから、やっぱりどうも遣うには気がひける。
 そこで昔のひとたちはこれを「あたる」ということばに置き換えたんですな。つまりは「髭をあたる」と云うようになった。
 ですから「スルメ」なんかも「アタリメ」と云うことがありますね。あれはここから来ているわけなんです。
 同じウとオのことでいえば、「風呂敷」は「ふるしき」、「棟梁」は「とうりゅう」となります。こういった発音の違いは、普段からよぉく気をつけて聞いていないとわからないことだと思いますね。


 一方、少しこの西のほうへ移動してみると、こっちは関西弁、これがなんとも面白いですな。独特の風情がある。
 しかしこの、普段TVなんかでお笑い芸人などを見ていていくらか馴れていると思っていても、やっぱり馴染みがないんでしょうか、いざ関西弁を読んでみろと云われると、これはすこし辛いものです。
 先日、浅田次郎さんの小説『輪違屋糸里(上・下)』(文藝春秋)という本を読みましたが、ここの舞台は幕末の京都。花街(かがい)と呼ばれる、ね、たとえば祇園だとか島原だとか、あのへんを中心とした物語で、ですから当然のこととして京言葉が出てくる。あのやわらかい、なんともいえない話し方に、わたくしは何度読む速度を緩めなければならなかったか。
 とにかくああいった女性たちの遣うことばというのは、原則として柔らかいんですから、表記するにも漢字を多く用いない。ネ?ですからどうしても平仮名が多くなって、アレこれどこで切ったらいいんだ?なんて箇所があっちにもこっちにも出てくるわけです。これは相当そのことばに馴れていないとスラスラ読めません。


 改めて、この、いわゆる関西弁というのを勉強しなくちゃいけないなあと痛感したわけですが、今日は最後に、この『輪違屋糸里』のなかから、おっ、こいつはいいぞ、と思った一節をご紹介してお暇を頂戴いたします。


 みなさんご存知の新撰組。長州藩の都落ちのあと、新見錦に詰腹を切らせて、その勢いでいよいよ芹沢鴨を暗殺する段となった夜、結核に苦しんでいた沖田総司は、ことを終えて、血塗れのまま外へ出た。
 曙の空をつらぬくように、篠つく雨がかれの細い躰へ降りそそいでいる。
 総司は右手にもったままの刀を目の前に掲げた。そこには、数えつくせぬほど人を斬っても、おのれの体には傷ひとつ負わぬ、そしてこれからも斬られるはずのない、天下一の剣客の顔があった。
 しかし、そんな湧き上がる揺るぎない自信とは裏腹に、総司のこころにはある一条の、哀しみにも似た感慨が生まれていた。


【己のまことの強さは、斬られた者にしかわからぬのだから、実は誰も知らぬのと同じだ】


 
 嗚呼、武士の生き様のなんと儚いことか……。
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2007年07月06日

結局...

 こんばんは、裏部長です。

 今日の稽古は結局、中止となりました。やっぱりね、みんなもね、いろいろと忙しいわけですよ。うんうん。そりゃ仕方がありませんやね。

 あー、もう少しで日付が変わってしまう!!


 というわけで、今日書こうと思っていたことは明日以降に。


 それではみなさん、よい週末をわーい(嬉しい顔)
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2007年07月05日

二十四にして生き死にを知る

 裏部長です。お運びでありがたく御礼を申しあげます。

 えー、今夜はいつもの通りの体道稽古でございまして、参加者も、韓国人留学生のふたりと大学のM先生と、あとは師匠とK先生という、ここ最近の木曜日としては固定化されたメンバーが集ったことになります。
 冒頭、これまた最近の流れで、M先生はじめ留学生もふくめた三人は日本伝天心古流拳法居取之位十二本の復習、わたくしとK先生は浅山一伝流体術から奥伝之位十二本と居取之位二本を復習しました。
 これが済むと今度はそれぞれ次のステップへ進みます。向こうは初伝上段之位、こちらは同じく居取之位から三〜六本目までを、残りの時間をかけて教わりました。留学生たちはおそらく初目録の三本目までを教わったものと思われます。はじめて出てきた大きな投げ技に、それぞれのリアクションを返しておりました。

 リアクションといえばこちらも負けておらず、わたくしもK先生も、浅山の居取技においてはところどころでヒィヒィ云いながらの稽古となりました。やはり最後に持ってきているだけあって、技が厳しい!痛いとか苦しいなんていうような生易しいものではないんです。とにかく危なっかしくて、とてもとても素早くは行なえないような内容が含まれているのです。
 わたくしはじぶんの下半身の硬さとおのれの足の長さ(?)に苦しめられ、久しぶりの坐り技に足の甲を擦りむきながらどうにか六本目までを終えたころにはもう汗だくです。いくら七月とはいえ、体道稽古でここまで汗をかくというのは珍しいことではあります。

 八時、終了。

 本日のタイトルは、きょうの稽古の最後のほうに出た話題からの延長であり、これを見てなんとなく理解できるのは師匠とK先生のみでしょう。みなが解るようにするには少なくとも浅山一伝流の免許について書かなければならないため、これに関しては有耶無耶にしておいてください。
 あらためて、武術というものは怖ろしい、と、そんな当たり前のことを知らされた体道稽古でございました。


 さてさて、明日はちょっと特殊です。なにが特殊かといって、師匠もK先生もいらっしゃらないのです。最近熱心に来ている留学生のふたりも、学外から来ている当破君も金曜日はいつも来られないし、まあ来る可能性があるとすれば大学院生のH田君と、あとはこのBlogでも御馴染みの三人「部長」「S呂君」「狗っち」くらいなもので、このメンバーが来られない場合、おそらくは中止されることになるでしょう。
 まあ試験も近いし、レポートなどでそれこそヒィヒィ云っているひとが多くいることでしょうから、どうなるかはまだわかりませんね。これから連絡をとりあってみようと思います。

 それでは、明日に。
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2007年07月04日

好きなことば

 お晩です。裏部長です。

 昨夜ひさしぶりにTVで、『天使にラブ・ソングを2』という映画を観ました。懐かしかったですね〜。
 わたくしがこの作品を最初に観たのは中学生のとき。まだまだ無邪気に映画を観ていたころのことでございます。

 この映画にはおおよそ娯楽映画というものの要素すべてが入っているとわたくしは思っております。たとえば笑い、音楽、アクション、社会情勢、犯罪、時代背景、若者たちの流行、素行の乱れ、サクセス・ストーリー、そして何よりもたいせつな、ハッピー・エンドという終わり方です。これほど明るく幕をひいて、それでいて感動の泪を誘う映画こそ娯楽作品といえるのではないでしょうか。
 誰かが死んだり、別れたりして泪を誘う映画は、誰がつくっても泣けるものなのです。

 このパート2の前半に出てくるリルケの言葉を最後に書いておきましょう。これは今もわたくしの胸のなかに生きています。


 ある若者が、「わたしは作家になれるでしょうか」と手紙を書いてきた。
 かれはそれを見て、云った。
 「じぶんが作家になれるかどうかなんて訊くな。何かを作りたい、物語を書きたいという気持があれば、きみはもう作家である」と。



 夢を諦めないためには、夢と同化してしまうことも必要かもしれませんね。
 裏部長でした。
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2007年07月03日

自分を見失うな

 こんばんは、裏部長でございます。

 今夜は新しいスケジュールになって最初の火曜日稽古でした。内容はもちろん空手です。
 参加者は師匠とK先生のほかはわたくしと、あとは韓国人留学生のT君のみ。

 今日はひさしぶりに基本稽古をひと通り、手廻し。其場でのいろいろな動きをやってから約束組手へと移ります。
 わたくしとK先生、師匠とT君でもって組んで、片方は其場突き、こちらはそれに応じて掛け受け、または、膝をやわらかくつかって左右へ避ける。その次は片や刻み突き、こちらはそれに応じて躰をまわし外へ、そして内へ。最後はその動きをこちらから始め、相手の前手をとって腕押さえ、もしくは投げへとつなげてゆく。

 そしてラストは中段追い突きです。師匠らのことは気にせず、わたくしたちはもうやりたい放題やったわけですが、裏部長はあまり乗れず。というか、いわゆる不完全燃焼というやつで、先週の金曜日の稽古で仕入れてきたいろいろの技を試さんがためにじぶんのもともとの動きを見失っていたのですね。いやあ、今日はダメでした。
 教訓として得たことは、じぶんの動きを意識するときもきちんと相手の動きに目をむける、ということですね。何のために突進し、そして何のために突くのか、そんな肝心なことを思い知らされた組手でございました。

 えー、云うまでもなく明日は稽古ございません。門弟諸賢はお間違いのないように。
 んでは、裏部長でした。
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2007年07月02日

男は黙ってお礼だけ。

 こんばんは、裏部長です。


 宮城の紅葉さんへ。
 こんな過疎化の進むうらさびしいBlogへ書き込みをしてくださいまして、ありがたく御礼を申しあげます。
 いち門弟に過ぎないというのに大きな顔をして毎日雑文を書いている裏部長でございます。以後、お見知りおきのほどをよろしくお願いいたします。

 札大へ入られて空手をおやりになるということでしたが、こういったお話はなんとも嬉しい限りですな。同じ環境のもとで同じ空手を修行することができる。その偶然的な一致に、どこか晴れやかな高揚感を得たような気がいたしました。
 ただ。ひとつ残念なことは、わたくしどもの組織と空手部とはいっさい関係がないということなのです。ええ。ここが非常に残念。
 まあ「いっさい関係がない」というのは聊か云いすぎで、そもそも〔空手〕というものを修行する団体といえばまったくもって同じなわけですから、関係がないわけじゃないんです。いわば「空手つながり」ということで云えばそうなるでしょう。
 ただし、そうとは云ってもやはり他団体は他団体。わたくしどもと札大の空手部とはまったくちがう組織で、むろんのことその稽古もいっしょにはやっておりません。

 わたくしどもは、このBlogをご覧になっていただけると判るように、『日本武術研究所空心館』という武術道場の札幌支部として活動をしております。一応、稽古場所を借りる便宜上、大学のほうへもこの名前で申請をし、同好会のような位置づけになっておりますが、基本的には、栃木県に本部をもつ組織の札幌支部であるト、そんなふうに捉えていただきたいんでございます。
 修行しているのは空手と体道(柔術など)です。メインは空手ですが、わたくしどもはいわゆる競技空手というのですか、スポーツ空手などの試合にはまったくタッチしておりません。過去にその方面の経験がある数人の門弟以外は、もちろんわたくしを含めまして、札幌支部のメンバーはほとんど出場したことがございませんし、また今後もその予定はございません。

 その他の当組織に関することはこのBlogのあちこちに散在しておりますし、またなにかご質問等がございましたら今回のように気軽に、コメント欄へ書き込みを願います。必ずや手のあいている者が回答をさせていただきます(たぶんまたわたくしだと思いますが……)。

 

 そんなこんなで、今日は「宮城の紅葉」さんへのお礼だけ。
 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 20:42 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年07月01日

July

 どうも、裏部長です。こんばんは。

 昨夜はひさしぶりに長〜い記事を書いてしまったので、今日はごくごくあっさりと締めさせていただきます。

 もう七月ですよ。ねえ。あっという間に今年も半分が過ぎ去ってしまいました。んもう早いったらありゃしない。栃木へ行ったのがまるで昨日のことのように思い出されます。

 とはいってもね、月日というのは過ぎ行くものですから。わたくしなんぞがあーだこーだ云ったところで始まらないのです。どう足掻いたところで夏はやって来るのですから。
 暑い、あつ〜い季節がやって来るのですから。

 というわけで、明日からは札幌支部の稽古体制も若干変わりまして、かねてよりここでもそうお伝えしてきたように、これまでの「月・水・木・金」の日程から「月・火・木・金」の、なか一日方式へと変更いたします。
 時間といたしましては一応、教室を借りられる最大限のところである午後九時までを予約し、基本的には六時半から八時半くらいまでというふうに考えてはおりますが、別段これまでどおり六時からはじめることに不都合はありませんので、スタートは今までどおり午後六時からとし、どんなに遅くなっても九時には教室をあけわたすと、まあそんな感じでやってみたいと思います。
 七月は大学のほうでも試験やらなにやらでいろいろと忙しく、そのせいで後半ほとんどの期間、教室を使うことができません。よって七月は前半の数回のみの稽古しかなく、くわえて八月に入ると今度は師匠方が不在となるため、あとはこの裏部長の細腕でもって、やる気ある後輩たちの意思を尊重して稽古を自主的にやってゆきたいと考えております。
 今年は北海道も例年並かそれ以上の暑さになるというので、くれぐれも体調には気をつけながら、倒れない程度に精進したいと思います。

 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 20:14 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年06月30日

思いもかけず...参った!

 こんばんは、裏部長です。昨日はなんですか、機器の故障かなにかのせいでここへ書き込みができないどころか記事を見ることさえできない時間帯があったようで、わたくしもそのために一日穴をあけてしまいました。

 というわけで、いささか急ぎ足にではありますが、昨日の稽古と、そして木曜日の体道稽古の模様をご報告いたします。

 木曜日は特にこれといって変化のなかった日でございまして、参加者はK先生、大学のM先生、韓国人留学生のふたりト、まあ云ってしまえばいつものメンバー。ただいつもと違うところといえば、師匠がお仕事のためにすこし遅れる、ということくらいでした。
 これまで師匠のいない木曜日は体道をやらず、空手へとスウィッチしておりましたが、なんといいましても週に一度しかないせっかくの体道稽古ですし、熱心なる留学生のふたりやM先生のためも考えて、まあやるとしても三人に関しては日本伝天心古流拳法居取之位十二本の復習くらいなものですから、それほど危険もなかろうという判断で、先にマットだけを持ってきておいて、師匠が来られるまではわれわれだけで稽古をしておこうと、そういうことになったのでした。

 いつもは三人でまわして稽古しているので今日くらいはすこし変えてみようと、この日はそこへK先生が入っての復習。云うまでもなくK先生はわたくしなんぞよりも幾らも先輩でございまして、こういった形態の稽古になりますと、もうこちらに口を挟む必要はなくなってしまうので、この日もかれらの指導はそっくりそのままK先生にゆだねてしまって、わたくしはというと持参した木刀でもって創作した居合技の研究に没頭しておりました。

 そのうち、あれは七時半過ぎくらいでしたでしょうか、師匠が到着され、あとはおのおの空手の型をやったり、わたくしは考えてきた居合の技を師匠に見てもらったりト、それぞれ思い思いに動いて終了しました。


 そして昨夜です。金曜日の空手の稽古。
 しかし生憎、K先生はご実家の神戸へ帰られていて不在でございます。
 ネ。ここまで書けばもうみなさんお判りの通り。
 そうです。昨夜もまたわたくしと師匠の、二人きりでの稽古でございました。

 何度となくここでも書いているように、こういった状況になりますとね、いわゆる「フリー・タイム」と称して会話をしたり、くだらない裏部長の技の話をしたりしてなんとなく二時間を費やすのですが、昨夜もその類にもれず、前半の一時間ほどは、なーんとなく過ぎてゆきました。
 師匠は型の内容が書かれたファイルをお持ちになって、失念箇所のある型をおひとりで復習し、わたくしはというとその傍らで、追い突きやら刻み突きやらワン・ツーやら逆突き・逆突きやら、とにかくこの一週間は空手の稽古らしい稽古をしていなかったため、そのぶんを取り返すほどの勢いで息がきれるまで動いておりました。

 そんなこんなで一時間ほどが過ぎたとき、師匠がおもむろに「それじゃあ、少しやろうか」と約束組手を提案。こちらとしては、若干ひとり稽古で息があがっておりましたが、厭なわけもなく、広く感じる教室の中央に立って、師匠と向き合い、構えました。

 まずはわたくしが突きます。
 ここで気をつけたことは、1:あまり特殊なことをしない。2:脱力を心がける、柔らかさを失わない。3:相手の隙を突く。4:勢いを持続させて、相手が下がればそれを追い、横へ逃げても同様に追いかけ、第二第三の攻撃を仕掛ける。この四点ほどだったと思います。
 この攻撃を受けて、師匠から下されたアドヴァイスは以下の通り。
 1:突きに重みが出てきて、不用意に手を出していては弾かれるほどになったが、相手を追っかけて攻撃を続ける際にはどうしても一定のリズムでその間に節目が出来てしまう突きを出すのにまだ腰の回転を利用しているからであり、また間合の取り方として、拳がようよう届くほどのところをキープしているため、相手としてはそれほど脅威を感じない(躰はまっすぐ腰を回転させず前進させるべし)。
 2:受けるほうが躰を横へ逃がさず、ほとんどその場で突きを外した場合、こちらが第二の攻撃(おもに逆突き)を出そうとすると相手とぶつかって、躰そのものが外へ弾かれてしまう。今後はこれをどうにかしたい。

 次に攻守交替。わたくしが師匠の突きを受けます(数週間ぶりに)。
 こうして受け手にまわってみると、先ほどのわたくしの突きに対して出された注意点というのがよく解って、また同時にその対応策もおぼろげながら見えて参りました。
 たとえば先に「2」のほうを考えてみると……
 一本目の追い突きを突いたときの姿勢のまま、その拳を引き、腰を回転させて相手へ向き直り、そしてその体勢から逆突きを出すのがこれまでやってきた一連の流れですが、これではどうしても腰の回転が回転でしかなく、もし右半身(体側)に相手からの圧があった場合、じぶんの回転の威力でそのカラダそのものが外へ弾かれてしまうのは当たり前の現象であります。
 これを改善するには、二本目の逆突きを出すのに合わせて(引っ張られるように)同方の足(左足)も前へ出してしまうのです。つまり、もし相手が横へ捌いた場合、その両足のあいだくらいにスゥッと差し込んでしまうのです。
 このときはあまり腰を浮かさず、相手の下から這い上がってくるようなイメージでこれを行なうと、受け手がある程度の圧力をかけて捌いたところで入ってきてしまいます。

 これが解ったら、あとは同じ躰の遣い方を「1」のほうにも応用するだけです。
 相手が後ろへ下がった、それを追うというときに、これまで通りの追い突き・逆突きをしてから追ったのでは、手は届いても追い込むことはできず、どんどんと相手は離れていってしまいます
 ですからここでも、追い突きのあとの逆突きに合わせてもうスゥッと左足を出してしまうのです。ここではあまり腰を落として重くやってはいけません。全体的に軽く、ストンストンと進めるように心がけます。
 こうしますと、横へいったときと同様に、受け手としては突きと同時に相手のカラダそのものが懐のなかへ入り込んでくるように感じられて(現に入り込んでいるのですが)、たいへん厭なものです。またその追い込まれ方も尋常なものではなくなってきます。

 ここまで見てくると、アレ?その動きって……と思われた方も多いのではないでしょうか。わたくしなんぞはそう云われてハッとしてしまいました。

 そうです。ここでやっているのは「追い突き・追い突き」なのです。これまではあまり使えないと教えられてきたあの二連続追い突きの形がここで出てきたのです。

 もちろん最初から追い突きを二本出そうとしての技ではありません。基本的には追い突き・逆突きなのですが、その突きに腰を連動させることにより、結果的に追い突き・追い突きになった、ということなのです。

 ここまで見てくると、わたくしなんぞは師匠の其場突きに思いあたりました。師匠ご自身はあまり意識されていないそうですが、ふだんの基本稽古では、わたくしどものやっているような、突きと腰とがいれちがう突きではなく、どちらかといえば同調する其場突きを師匠はなすっており、伺ってみるとやはり今回のことと同じような意味合いがあるそうなのです(師匠くらいのひとにしてみたら、われわれのような突きをするときのほうが意識を要するようです)。


 最後に。この、拳と腰を同調させた突きができるようになるとこんな技もやれるようになるよと、師匠から紹介していただいた動きをざっとご紹介します。

 ひとつ。高段者くらいになりますと、相手へ向かって突進している最中は、追い突きが来るのか刻み突きが来るのか、受け手としてはわからないほど構えたまんまの形で動けるそうです。ですからこちらの動きを見て、追い突きがいけそうだと察したら前手をひいて追い突き、上段に隙があると見たらその形のまま刻み突きと、臨機応変に攻撃を仕掛けられるというのです(もちろん、片方の手を引かずともできるそうですが、これはなんとも恐ろしいことです)。

 ふたつ。腰との同調を延長させて、相手へ突進するにも直線的にならず、いわゆる無限大のマーク∞を意識して、躰の揺れ・振りでもって相手を崩しながら攻撃を仕掛けることも可能。しかしこの場合、通常やっているような攻撃よりも間合やスピードが違うため、相手もその揺れに対応して逃げてしまうと技が決まらないということも有り得るそうです。
 これを見たとき、またもハタと膝をうちました。というのも過去のVTRで、師匠やY先生などが構える際に、軽くこう躰をゆらすんですね。前前からそれを見ていて、どうして揺らすんだろう?と思っていたのですが、ここで疑問が解けました。
 つまりあれは相手の隙を伺いつつ、崩しを始めているのです。また揺らすことによってじぶんの構えを整える作用もあるとのことでした。

 昨夜はぐだぐだのフリー・タイムかと思いきや、思いもかけずたいへんな収穫を得、そしてまた久しぶりに師匠の突きをそのカラダで受け、息を吸うと左胸が痛いという、なんとも愉しい一夜でございました。

 長長と書きました。今日はこのへんで。


 
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2007年06月28日

響く...

 ああ、あぁ……痛いのう……ふらふら


 こんばんは、裏部長です。今夜は体道稽古があったのですが、不甲斐なくも裏部長、参加はしたものの頭痛のため調子悪く、現在も陽気にBlogを書ける状態にありません。

 今日の報告はまた明日に。ごめんなちゃいもうやだ〜(悲しい顔)
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2007年06月27日

手の位置

 こんばんは、暑さに馴れてきた裏部長です。しかし、暑さといってもまだ六月ですからね。本番はこれからです。
 負けませんよお、わたくしはあ。

 さてさて、今夜はいつもの通り空手の稽古でしたが、案の定あまりひとは集まらず、わたくしが到着したときに来ていたのは当破君のみ。その後、すぐに師匠から電話があり、遅れるとのこと……。
 
 まあ、そんなこんなで今日はフリー・タイム祭りでした。師匠はどうにか七時過ぎに合流されたのですが、ほとんど時間がなく、当破君がいろいろ訊いたり、わたくしが昔を懐かしんで合気道の話をしたりして今日の稽古は終了しました。

 ただ。なにも収穫がなかったかというとそうではありません。裏部長はただで帰ってくる男ではありません。そこらへんのところはキチッと、ビシッと押さえてきております。

 外受けの話から、師匠が当破君に対して、刻み突きへ対する前手の受けを説明し、そこからワン・ツーに対しても同様のことをして、逆突きを脇へ外してしまう技をやっていたときに出たことばです。

 キーワードは「手の位置」です。みなさんは普段、組手などで相手の攻撃を受けたり捌いたりするとき、受け終わったあとの手の位置を気にしていらっしゃるでしょうか。受け流すことに必死で、手がどの位置にとどまり、そしてその位置が相手にとってはどれほどの圧迫感を生じさせているか、そんなことを考えて動いているでしょうか。

 ワン・ツーに対する受け方もそうです。最初の刻み突きを受ける際には当然、そのあとに来る逆突きのことも考えておかねばなりません。そうしたときにはどうしても、わたくしのような未熟者は、迫りくる第二第三の攻撃をどうにかしなければと焦り、最初の受けを行なった手に意識を向け忘れてしまうのです。

 理想をいえば、その手の位置は、拳を握れば突き左右につかえば投げ、といった、どんな技に変化させても都合のよい位置、といえるでしょう。またそここそが相手にとって、置いていられては厭な位置なのです。

 今日は後半の数十分のあいだに、そんなことを教わりました。


 明日は体道稽古です。もしやすると師匠が来られないかもしれませんが、それでも体道をやります。
 裏部長でした。
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2007年06月26日

キモチの雲が晴れるまで

 ああー、ムシムシする〜曇り曇り曇り


 う、う、裏部長です。ここ最近、なんだかはっきりしない天気に苦しんでおります。

 べつに暑かないんです。気温も、ぎりぎり夏日になるかならないかというくらいですから。
 
 んでも...眠い(睡眠)

 湿度が高いんよもうやだ〜(悲しい顔)どこもかしこむムッシムシしてるのよもうやだ〜(悲しい顔)
 本州のようにジメジメはしていませんが、厭になるほどムシムシしている北海道からお送りしております。


 明日はこの空一面の雲が、どうかきれいに晴れますようにわーい(嬉しい顔)


 
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2007年06月25日

ワガママ

 こんばんは、裏部長です。

 なんだか最近、北海道からあまり良くないニュースばかりが流れているようで、道産子としてはこれほど恥ずかしいことはありません。
 特にあの食肉加工業者の偽装問題。許せませんね。北海道人の風上にもおけないやつですパンチパンチ
 

 んな悪口はさておき、今日もまた稽古へゆけませんでしたがく〜(落胆した顔)確実に、わたくしにとって月曜日は鬼門と化しております。


 奈良のM田先輩へ。
 予定が不確定なことは知っておりました。
 あれは裏部長のワガママなのです。
 たぶんに希望的観測をこめた、いち後輩としての、願望という名のワガママなのです。
 そろそろ神様も了見してくれるでしょうわーい(嬉しい顔)


 今日はこのへんで。
posted by 札幌支部 at 20:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記