2008年04月23日

あすのまえに

 どうも、裏部長です。

 今夜も通常どおり札幌支部では空手の稽古をおこない、それなりに参加者もあり、師匠も来てくだすって、なんだか本当にひさしぶりの普通の稽古だったのですが、いかんせんもう夜も遅いので、その模様はまた明日書きに来ようと考えております。昨日読了した津本陽さんの小説『孤塁の名人 合気を極めた男・佐川幸義』についてもそのとき書きます。

 不精な裏部長でごめんなさい。

 では、またあした。
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2008年04月16日

右腕の腱が痛くなりました。

 こんばんは、裏部長です。お久しぶりでございます。

 札幌はもうすっかり春でねえ、雪はまったく見られなくなりました。まあこの冬は最初から雪が少なかったし、寒さも厳しくなかったから、この雪解けの早さにも頷けるものがありますが、ただその一方で、この春のような、でもまだ少し肌寒いような、中途半端な気候のときはいちばん服装に困るんです、なにを着てもうまく合わない。風が強いから寒いかな?とおもってコートを着てゆけば汗をかくし、陽射しにさそわれて薄着で出たら、帰りは震えて、次の日鼻水、みたいな。
 とにかくこの時期は風邪と花粉に注意が必要です。わたしはいまんところどっちも大丈夫ですが、油断はできません。みなさんも気をつけてくださいよ。


 さてさて、きょうはわたしも久久に大学での稽古に参加してきました。ほとんど数箇月ぶりのような感覚で、すこし緊張すらしてしまいました。稽古には定期的に行っとくもんです。
 師匠は学校の用事で不参加。でもK先生が来てくれましたから安心です。他には、韓国人留学生のT君と元大学院生のH田君のみ。

 T君は韓国人留学生の友人ふたりを連れての登場でした。かれらは二人とも見学のみでしたが、なんだかね、札幌支部には流行おくれの韓流ブームが押し寄せているようです。

 K先生が早退されるというので、のっけから裏部長の先導で稽古スタート!
 基本稽古ひと通り、型、師範から教わった其場でおこなう稽古二種。これをやり終えた時点ですでに午後七時。

 ここでK先生とT君は早退されました。わたしとH田君は居残り練習です。

 残りの時間はずっと約束組手をしました。H田君にはもっぱら突いてもらって、わたしがその注意点などを指摘しました。おもえばああやって誰かのまえに立って構えて、突きを捌いたのも数箇月ぶりだったなあ。

 稽古終了は午後八時。稽古不足というのは恐ろしいもので、突きや打ちのせいで、右腕の腱がすこし痛みを発しておりました。ひさしぶりの稽古でハッスルしすぎたせいかもしれません。不甲斐ない限りであります。


 さてさて、明日は体道稽古です。仕事があろうがなかろうが、どんなときでも参加できる体道稽古です。
 胴着を二日つづけて着られるこのしあわせ。存外、幸福というのは身のまわりに落ちているものですねえ。


 裏部長でした。
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2008年04月04日

どうも地下に縁があるみたい

 こんばんは、裏部長です。

 四月ですねえ。本州ではもう桜も満開で、まさしく花見日和といった感じでしょうが、こちらはまだ桜も咲かず肌寒さも抜けず、昼ごろに「おっ、きょうは暖かいぞ」とおもって薄着で外出してみれば、夜、かならず震えて帰宅すること請けあいの天候が続いております。こういうときなんです、季節の変わり目ってやつは。どうしても気温の変化が激しくなって風邪をひいてしまうんです。

 みなさんもご自愛くださいませませ。


 さて、昨夜はひさびさの体道稽古……だったのですが、これがちょいと普通の稽古とは違っておりまして、場所も、いっしょにやるメンバーも稽古の時間帯も違うという、なんともいえない特別な場でやってきたわけです。これについてはまだ、ここに書いていいものかどうかを師匠に伺っていないので控えておきますが、いつものあの大学の地下の教室ではなくて、街なかの、おおきなビルのなかの、地下にある片面鏡ばりの部屋で。

 アレ。やっぱりここでも地下なんじゃん

 どうもね、札幌支部は「地下」という状況設定に強いようです。日の光が入ってこなくてもべつに気になりませんものね。ミミズの気持がわかるような気すらしてきます。

 ま、そんなわけで。

 昨日はその、いつもとは違った地下の空間で師匠とK先生とわたくしとで稽古をしてきたわけですが、なによりかなり久しぶりだったもので(K先生とは今年はじめての対面!)、胴着を身につけるだけでも新鮮な感触で、少しからだを動かすだけでもじゅうぶんリラックスできました。やっぱり稽古はいいですよ、はい。


 昨日はひさびさに師匠が「武術」というものについて語ってくだすったのですが、あらためて、長く続けることの意味っていうのも胸の奥で考えるようになりましたね。

 どうしてもわれわれ人間は忙しいですから、春になったら学生だって卒業してしまうし、社会人となりゃ仕事オンリーの日日で稽古へゆく暇なんてなくなってしまうのが当然です。そこへ金銭的な事情、環境的な問題が重なればなおさら、たとえば空手でも体道でも黒帯をとるまで続けるというのは並大抵のことではありません。本当にむつかしいことなのです。
 でもわれわれは心のどこかで「修得」ということを目指していますから、半年でも三箇月でも、たとえ一ト月であっても武術を習ったことがあるひとは「おれには武術(武道)の心得がある」とおもってしまいます。そんな些細な経験ではほとんどお話にならないということを知らず、どこかで自慢げに胸をはりたいとおもっている生き物なのです。

 そう考えると、生まれ故郷を離れて仕事をし、家族との生活を営んでいる師匠や、見知らぬこの北の地へ来、スキーの授業でこれまで以上に腰を痛めつつも稽古をつづけているK先生などはあっぱれ!ただそれだけで尊敬に値する星のような存在だといえるような気がします。
 わたくしもたかだか三年ちょっと、空手で初段を取ったくらいのペーペーです。まだまだ小僧、いや赤ん坊のようなものです。

 来週から大学での稽古も再開されます。師匠、K先生ともに新年度ということでなにかと忙しいらしく、斯くいうわたくしもなんだかんだで忙しく、満足に参加することはむつかしいかもしれませんが、稽古できる場があってその指導を仰ぐことのできる師匠がいるんですから、これは精進しないと罰があたります。
 優れた環境にいる人間は精進して当たり前、磨いて当たり前。
 これはわたくしが日高晤郎さんからいただいた言葉です。

 もっと頑張らなくちゃ。


 さてさて、毎年恒例となっておりました栃木遠征ですが、すでに四月を迎えてしまったことからもわかっていただけるように、春のうちの敢行はむつかしくなりました。いや、というのも、これまでは参加する門弟のほとんどがまだ学生で、そんなかれらを師匠が引率して遠征にゆくという形態をとっていたのですが、今年の三月でその大半が卒業をしてしまい、みんなそれぞれの道へと歩みはじめているため、そのメンバーに関しては、まあざっと云ってしまえば、

 行きたいときに行っちゃいなよ!

 ということになったのです。

 これを云ったのはジャニーさんじゃないですよ。うちの師匠です。奈良支部の方方なんかも、栃木へゆかれるときには個人単位で、行きたい人間が行けるときに行きたいように行くというスタイルで通されているようなので、札幌支部もそんな感じでやってみようじゃないかという運びになったのでした。

 ですから、師範やY先生やT君やI師範代や、本部道場のみなさんと顔を合わせられないのはたいへん残念ではありますが、そういうことになりましたので、札幌からの遠征がもうしばらくお待ちください。わたくしも今はすこし忙しい身の上となってしまって時間が作れませんし、第一とてつもないほどの出不精なために、いざ栃木へ!となったらたいへんな労力と時間を費やさなければならなくなるのです。みなさんとの愉しいお話、そして稽古には未練たらたら、できれば今すぐにでも横っとびに飛んでゆきたいくらいですが、それも叶わず、無念ですらあります。

 時間ができ次第とんでゆきますので、どうかそれまでお待ちを。こちらの近況などは動きがありしだいこのウェブログでお伝えしてゆきますので。


 名古屋のKさんへ。コメントありがとうございます。こんな閑散としたウェブログですが、お暇なときには寄っていただいて、どんなことでも結構です、爪痕、じゃなかった、足跡を残してやってください。


 また来ますね〜〜
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2008年04月03日

四月になっちゃいました。

 ご無沙汰をしております。裏部長です。もう四月になっちゃいました。

 きょう、ちょっとした出来事があったのですが、もう時刻も遅いので、きょうの出来事については明日、あらためて書きに来ます。

 コメント等への御礼もそのときに。


 んでは、また〜
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2008年03月13日

巣立ち

 今月はまだ春休み期間中なので、稽古の開始時間はいつもより早い。平生は午後六時から始めるところを、きょうは四時からのスタート。だから三時すぎには家を出て大学へと向かいました。空はうっすらと夕陽色。風は弱く、気温も高めで、なんとも春を感じさせる朗らかな気候でした。

 地下鉄東豊線に乗って月寒中央駅までゆき、そこから中央バスに乗って札幌大学へ。きょうは奇遇なことに、このバスの中で大学院生(そろそろ彼も卒業です)のH田君と会い、車中たがいの近況を語り合いました。しばらく会わないうちに彼は論文を書き上げていました。いまはひとつ肩の荷をおろして、心底ホッとしているようでした。

 さて。実をいうときょうは、わたくしにとっては、なんと約二箇月ぶりの稽古でした。どうりで大学の構内が新鮮に見えたはずです。これまでは在学中もふくめ、こんなに長いあいだ大学へ来なかったことは一度もありませんでした。こと稽古に関してはなおさらで、一ト月に一度も稽古をしなかった、なんてことはありえませんでしたね。自分自身がそんなことを許さなかったのです。
 
 教室へゆくとすでに師匠が来られていて、三人で支度をし、ここでもお互いの近況を報告しあって、そしてそれから、本日の稽古がはじまりました。
 きょうは空手をやりました。内容としては、基本がひと通り、それから移動ですが、こちらは追い突き、逆突き、追い突き・逆突きのみ。まあこのあたりで一通りの基本コースなのでしょうが、それよりも何よりもわたくしとH田君の“やられっぷり”が凄まじく、きっと師匠もそんな疲労ぶりを看破されての、抑えめのメニューだったのでしょう。有難くも情けない有様でした。

 後半は、師匠が参加された合気柔術の稽古より、柔術的な技をいくつか。わたくしも合気道時代の疑問を師匠へぶつけたりなんかして、「研究」という二文字がしっくりくる時間を過ごしました。武術の本質技のエッセンス、なんてことをいろいろと教えていただきました。
 そのときに藤谷師範のお話も出ましたが、ま、これは内内のこととして胸に秘めておきます。

 稽古終了後、師匠より、浅山一伝流体術免許の目録と、そして体道弐段の免状をいただきました。もちろん免状や目録をいただけるということは、ただ単純にうれしくて、着実に次のステップへ前進できているんだな、稽古をしているんだなということを再確認する瞬間でもあるわけですが、きょうはね、すこしだけ感慨深いものがありました。
 おもえば師匠のもとへ初めてやって来た日。いち学生で、なおかつ合気道ばかりをやっていたわたくしは、雑誌に載っていた師匠のプロフィールのみの情報だけしか持っていませんでした。そしてその中の一条を知っただけで師匠の研究室へ押しかけ、瞬く間に入門を決意してしまったのです。
 そのとき、わたくしが釘づけにされた一条こそがこの「浅山一伝流体術」でございました。

 正直に申しあげれば、最初わたくしは空手なんかやりたくなかった。なんとなく根拠のない空手への嫌悪感があったし、合気道を妄信していましたからね、あんな撲ったり蹴ったりする武道は野蛮だ!と心底そうおもっていたのです。加えて、当時は古流柔術への興味がもりもり湧いていた頃だったので、わたくしは師匠のプロフィールにあった「浅山一伝流体術」の流儀名を見て、これだけを習いたいとそう打診したのです。今から考えれば恐ろしいことを云ったものだとおもいます。

 でも師匠は無下に断ることをしませんでしたね。快く引き受けてくださり、ただ、いきなり浅山からやるよりは、その前に置いている天心古流をやってからのほうが何かと良いだろうし、正式に入門したのであればなおさら順当に稽古していったほうが実りが多かろうと、そうおっしゃってくだすった。わたくしはすでに、浅山一伝流を習うことができるという話だけで有頂天だったので、なんとはなしにこの提案を受け、じゃあ攻撃の仕方を勉強するためにも空手の基本稽古もやってみようか、という口車(オイオイ!)にも乗ってしまったのです。
 その結果が現在の裏部長です。空手サイコー。

 帰途、H田君とバスに揺られてふたたび月寒中央駅へ。彼といっしょに乗るときはいつも最後列のド真ん中の席に腰をおろして終始おしゃべりばかり。ふと前を見ると、二列ほどはなれた二人がけの席に、きっと今さっき練習が終わったのであろう野球部らしき坊主頭の少年がおおきなスポーツ・バッグをどかっとシートにおろして、疲れたような、それでいて何かこのあとにも愉しいことが待っているような、妙にうれしそうな表情をして友人とことばを交わしています。
 そんな情景を見ていると、なんだかね、後輩たちのこれからが心配になってきました。今年で部長もS呂君も狗っちも苫小牧のH君も卒業します。なかには大学院へすすむ人間もおりますが、何人かはたしかに学校から巣立っていって、そして就職をするのでしょう。一般的な会社へ入って、毎日仕事に追われるような生活になれば、きっと稽古へ来る余裕などなくなってしまうはずです。現にわたくしからがそうなってしまっているのです。きっと彼らもこれまでのようには顔を出せなくなることでしょう。
 そう考えると、なんだか先輩として淋しい気持になってしまいます。学校の卒業式で担任の先生がオイオイ泣いている場面をよく見かけますが、あの心境がわかるような気がしますね。やっぱり何だかんだといっても、それだけ長い時間をともに過ごしてきましたから。感慨深くなってしまうのも仕方がないでしょう。

 今月の稽古は残すところあと一回。その次はもう四月です。
 
 春はもうすぐそこまで来ています。きっと四月になれば、新しい生活がはじまって新しい友達ができ、青空に映える櫻のように、こころの中まで風が吹きぬけるような、そんな日日がまたかならず始まるはずです。空心館札幌支部も、きっとまた新しい門弟をかかえて、あの一号館の地下の、夏は蒸し暑く冬は暖房地獄の、あの教室で、きっと誰にも知られずに稽古をつづけていることでしょう。
 
 裏部長もきっと、そこにいます。
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2008年03月12日

三月になりました!

 真冬の国からこんにちわーーー!

 ご無沙汰しております。裏部長です。すっかり書き込みを怠けてしまい、申し訳なくおもっております。以前はね、散散「おいおい、みんなも書き込んでくれよぉ」と云っていたのにね、こんなザマでは後輩たちに示しがつきません。

 本当にごめんちゃい。


 さて、気づいてみればもう三月です。新しい春の季節がすぐそこまでやって来ております。札幌もまだまだ雪の山がなくなってくれませんが、今年はわりかし暖かいらしく、すでにほとんどの歩道はそのアスファルト面がむきだしになっていて、晴れるとポカポカした陽気でとても過ごしやすい日日が続いています。このまま四月を迎えられたら、とこころより願っております。

 栃木のT君へ。

 そうでしたか、あなたも卒業ですか。すっかり忘れておりました。時間が経つというのは本当に速いものです。
 卒業おめでとうございます。これから先、あなたがどんな道を歩んでゆくのか、どんな夢を追いかけるのか、わたくしにはわかりませんが、それでもあなたは大丈夫です。
 T君のコメントの文章を読んでいると、わたくしはいつも嬉しくなります。どんなに落ち込んでいても、どんなに沈鬱な心境にあっても、かれの文章を読むうちに自然とこころのなかが晴れやかになって、気づいたらかすかに微笑みすら浮かべていることが何度もありました。昨日のものもそうです。
 これはひとつの才能だとおもいます。得ようとおもって得ることのできない、たいせつな宝物です。持っているあなた自身はもちろん、その輝きに触れているわたくしたちもまた、あかるく照らされて笑顔でいることができます。

 書き込みが絶えるとかならずコメントを入れてくれる、優しいT君のそんな思いやりに、わたくしはいつも心を励まされています。
 ありがとう。


 今月の札幌支部の稽古はかなり少なくて、明日と来週の火曜日しか残っておりません。いまは大学も春休み中なので、おのずと参加人数も減ってしまい、わたくしも仕事の関係で行けないことがほとんどなのですが、しかーし!!!なんと明日の稽古には出られそうなのです!
 何日ぶりでしょうかねえ、稽古へゆくのは。なんだか久しぶりすぎて緊張してきました。
 空心館へ入ってから、これほど長いあいだ胴着を身につけていなかったのは今回がはじめてです。これが社会人になるということなのか、とおもうと、すこし辛い気もしてきます。

 とにかく明日です。明日の札幌支部は体道稽古です。わたくしはもちろん参加いたします。

 さあて、今から筋肉痛の用意をしとかないと……。
posted by 札幌支部 at 21:43 | Comment(2) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2008年02月10日

意外と全体的か?

 どうも、裏部長です。三連休なのでまたまた顔を出しにきました。

 栃木のY先生と奈良のM田先輩が、昨夜のわたくしの書き込みにコメントを寄せてくださいました。しかもお祝いの言葉つき!裏部長は果報者です。


 Y先生へ。
 お忙しいなかコメントありがとうございます。なんとなくそのあたりだろうなあと感じてはおりましたが、そうですか、今年で五十歳ですか。まさしくわたくしの倍でございますね。こちらが四半世紀ならばそちらは半世紀というわけで……。
 しかし、そんなことを考えてみたらですよ、逆にわれわれ若手はゾッとします。きっとご子息のT君が日頃から感じていることをあらためて感じて、ゾォッとします。
「……え、えっ?五十歳であんなに動けるの!?」  このことです。これはうちの師匠も以前から洩らしておりましたが、十代の高校生はもちろん、三十代の高段者をしても圧倒されてしまう迫力と技の鋭さ、そして柔らかさ。年齢を知れば余計にその凄まじさに感動いたします。
 もっともっと学びたいと改めて思いました。


 M田先輩へ。
 お祝いのコメント、ありがとうございます。昨日は奈良にも雪が降ったそうで、鹿たちが寒そうにしている風景をTVで見ました。道場での稽古もなかなか厳しいものがあるのではないでしょうか。
 わたくしも今は、フジテレビ系列のTVドラマ『鹿男あをによし』を見ていますからね、なんだかそちらの鹿さんたちが他人じゃないような気がして、心配でなりません。寒いんじゃないだろうか、観光客が少なくなって鹿煎餅をもらえていないんじゃないだろうかと気を揉んでおります。
 まあそんなことはどうでもいいのですが、そうですか、M田先輩は今年で三十五歳ですか……若い!
 いや、もちろんわたくしよりは年上でいらっしゃいますけども、やっぱりお若いですよ。まだ一度しかお会いしたことはありませんが、あの風格、あの落ち着きよう、あの迫力で、自分とは十歳しか離れていないだなんて……なかなか判断できるものではありません。

 こんなことを云うとお叱りを受けるかもしれませんが、もしかしたら空心館は全体的に「老け」ているのではありますまいかいい気分(温泉)もちろん、ただ単にわたくしのように「老け顔」であるという人もいるでしょう。見た目がなんとなく歳相応に見えない、という人もいるはずです。Y先生のご子息T君なんかはその最たる例ですね。高校生以上のなにかを醸しだしております。
 あれは一体何なんでしょうねえ。修行していると自然にそういった胆力というか、揺るがない精神というか、芯みたいなものが形成されてくるのかしら?今日ふと諸先輩方を憶いだしながらそんなことを考えていました。


 わたくしも今年一年、きちんと目標をもって能動的に、そしていつも自主的に稽古ができるよう励んでゆきます。ここへの書き込みはすっかり不定期になってしまいましたが、ちょくちょく顔を出すので、また気軽に書き込んでやってください。

 裏部長でした。
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2008年02月09日

いま新たに想うこと

 こんばんは、裏部長です。またまたご無沙汰をしておりました。

 本日、わたくしは二十五歳になりました。この世にオギャー!と生を受けてから四半世紀が経ったわけです。長かったような短かったような、あっという間の二十五年であったようにも思われるし、いざ記憶をたぐってみれば、あんなこともあった、こんなこともあったと、次から次に憶いだされてきて、ああやっぱり長かったんだな、とも感じる二十五年でもありました。あたしの人生暗かった、と歌った女性歌手がおりましたが、裏部長の人生はほどよく明るく、そして適度に薄暗いものだったような気がします。ピーカンの晴れた空のようにいつもスカッとしている人間ではないし、そうかといって四六時中、俯いてじぃーとしているようなタイプでもない。どちらもほどよく持っているといった按配の、まあ簡単にいえば「普通のひと」であったわけです。特にこれといった特技もなく、誰に誇れる才能とてなく、あるのは平均的な成績表と中途半端な身長と、あとは、一重だったと思っていたら実は奥二重だった目を持っているくらいです。誰に注目されるわけでも、信頼されるわけでもなく、ときに真面目に、ときに出鱈目に、人生を、この毎日を生きてきた二十五歳の男はきょう、みなさんから遠く離れたある国へ旅立ちます。
 みなさん、さようなら。またどこかで会いましょう。






 
 って、オイオイ。


 すんません。誕生日ついでに悪ふざけをしてしまいました。

 どうも。改めまして、裏部長です。二月九日の夜、いかがお過ごしでしょうか。こちらは雪が降ったり降らなかったりの平穏な日日でございます。いまは「さっぽろ雪まつり」が開催中で、街なかは観光客やら外国人やらでごった返しております。おもえば中国拳法の李自力先生を案内して大通り公園へいった日が懐かしいですなあ。

 前にちょろっとお伝えしたとおり、現在札幌大学は学生の麻疹発症のために、一時閉鎖されております。よって稽古は二月に入ってからまだ一度も行なわれておりません。今後の日程も未定です。
 でもね、よかったの。わたくしもね今週、麻疹じゃなかったんだけど、見事に風邪をひいてしまってね、月曜日から木曜日あたりまで病人だったんですから。稽古がなくてよかったと思いますよ。
 きっとね、来週くらいになれば今後の予定が立つでしょう。それまで札幌支部の門弟諸賢はなが〜い目で待っていてください。

 わたくし個人のことでいうとね……特にないかな。じぶんの躰のなかで劇的になにかが変わった!!みたいな報告もないし、第一、稽古へ行けてないのですから、どうしたって書くネタは少なくなってしまうのです。

 ですから今夜は、誕生日を迎えてキリのいい年頃となった裏部長から、本年の心意気をご披露してお開きとしたい。みな心して聞くように。


 えー、


 今年も稽古に励む!!!


 
 ま、人間ですもの。そう簡単には変わりませんて。
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2008年02月01日

とにかく闘うひと

 こんばんは、裏部長です。

 きょうは金曜日です。明日からは愉しい、たのし〜い週末が始まります。スキーに、レジャーに、病院に、と、ホントに愉しそうなことばかりが目白押しです。

 一方、わが母校である札幌大学では生徒の麻疹発症のために、いめ閉鎖されております。師匠をはじめK先生や後輩たちの安否が気遣われます。
 ただ、すでに卒業して久しい裏部長にできることはほとんど無いので、氷点下の空の下、静かに静かにその体調を慮りつつ、愉しいたのし〜い週末のためのちょっとした情報を提供したいと思います。

 長くなりますが、せっかくの週末なので、ヒマを見つけて読んでやってください。武術にも通じるものがあるはずです。


 これは小説を書く人間としての話ですが、実はわたくし、ここ数箇月の間、ずっと悩んでいることがあります。

 辰濃和男さんの新書『文章のみがき方』に、“借りものでない言葉で書く”という章があって、わたくしはそれを読んでえらく衝撃を受けてしまいました。改めて考えてみるまでもなく、当たり前すぎるほど当たり前なそんなことが、自分の作品ではまるっきり出来ていなかったからです。

 わたくしは池波正太郎さんから小説の世界へ入って、おなじ歴史小説であれば司馬遼太郎さんや山本周五郎さんなど、それ以外のジャンルでも江戸川乱歩さんや我孫子武丸さん、夏目漱石さんなどの小説をおおく読んでじぶんの糧としてきました。このひとたちの作品を読むことで、じぶんの内に「小説的要素」を蓄えていったのです。
 もともと不勉強だったわたくしにとって、これらの読書はとても勉強になりました。現に、この方たちの小説を読んだからこそ、今じぶんでも小説を書くことができているのです。やってきて良かったと、心のなかではそう思っています。

 ただ。

 この勉強は同時に、わたくしの内にある試練を残しました。
 それが「借りものに染められないで書く」という試練です。
 文学的な要素をほとんど持たぬ人間が池波さんや司馬さんや江戸川乱歩さんらの小説を次から次に読んでその文体や展開の速度などを体内へ吸収し、蓄えてしまうと、いざじぶんで小説を書くという段になって、どうしてもその要素を判断材料としておのれの作品を見てしまうのですね。つまり、自分で文章を書きながらそれを池波さんなどの小説と比較して間違っていないかどうか、ズレていないかどうかを無意識のうちにチェックしているのです。ですから、過去に書いた短篇小説のほとんどは、上にあげた作家さんたちの小説にどこか似ているはずです。わたくしがそれを「完成」にしたということは、わたくしが尊敬している作家たちの文体にとおく離れていないと判断した、ということなのですから。

 好きだ、という感情がもとにあるから、どうしても自分の文章を尊敬している人たちのものに近づけたくなる。そんな感情はきっと、小説を書いているひとにとっては当たり前の衝動かもしれませんが、辰濃さんの新書にあった通り、それではただの“借りもの”、物まねにすぎません。どんなにストーリーが面白かろうと、文章がこなれていようと、やっぱりオリジナルの作品としては光ってくれないのです。

 わたくしが昨年ほとんど新作を書けなかったのはこの点で思い悩んでいたためでありました。書いてゆく傍から「これは本当にじぶんの文章だろうか」と気になってしまい、一章たりとも容易に書き上げられなかったのです。


 実をいうと、この悩みはつい数日前まで続いておりました。
 でも、今は違います。長かった苦悶の日日が、今まさに解消されたのです。
 解消してくれたのはある一冊の文庫本でした。そのタイトルを、

『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』

 といいます。


 筆者の滝本竜彦さんはこれがデビュー作。わたくしと同じ北海道出身のひとです。
 読了の感想を率直に申しあげれば、「衝撃」、です。ただただ衝撃の読後感でありました。

 とにかく、地の文の自由奔放さが凄い!!こんなに柔軟で、これほどテンポ良く書かれた地の文をわたくしは今までに見たことがありません。とにかく弾むように書かれている。
 池波正太郎さんはある対談のなかで「(今は)語るように書いてるからね。直木賞とった直後のころは難しい言葉なんかを使ったりしてたけど、そういうのは早く取れたほうがいいんだよ」とおっしゃっていましたが、まさしくその通りで、この小説は台詞の部分もふくめて、まるでひとり語りのようにして書かれています。だからとても読みやすいし、読んでいて愉しいリズム感があるし、主人公は「オレ」と書かれて進行してゆくので、まるで自分が彼になって物語のなかを走りまわっているかのようなそんな一体感さえ得ることができるのです。

 読書スピードの遅いわたくしでも四時間ほどで読了できました。まさしく「巻、惜くをあたわず」でした。
 この本を読んだ翌日から、わたくしは数年ぶりに長篇小説を書き始めました。もちろん借りものの言葉や文章ではなく、あくまでじぶんの内から溢れてきた感情をそのまま文字にして、飾らず、こだわらず、じぶんの中にある有名作家たちとの比較結果にも左右されず、とにかく思うがままに書くようにしております。筆をとって書き始めると、今までに味わったことのない爽快感を得ることができました。小説を書くようになって初めて味わう快い感触でした。
 それに気づかせてくれたのはこの一冊です。間違いなく、わたくしにとっての運命の一冊になることでしょう。


 ちなみに。

 どうしてこの小説を知ったかといえば、それは、現在この小説を原作にした映画が公開されているからであります。TVでその予告編をみて、おっこりゃ良さそうだな、と思って、じゃあ映画観る前に原作でも読んでみっか、タイトルも面白いし、ってな具合で文庫本を手にとったのでした。

 先日その映画も観て参りました。タイトルは同名『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』。主演は市原隼人関めぐみ。脇にも浅利陽介三浦春馬板尾創路野波麻帆などが出演しており、監督はこれが長篇デビューとなる北村拓司
 
 監督自身がもともとCM業界のひとらしく、あまり根から映画映画していないためなのか、それとも出演者たちの力なのか、その両方が関係しているのか、そこんところは判然としませんが、この映画、ふしぎな面白さに満ちています

 まずストーリー(脚本)ですが、かなり原作を尊重しているように感じました。物語の舞台が変わっていたり、渡辺(浅利陽介)がつくる楽曲の歌詞を映画では能登(三浦春馬)が勝手に書いてきたということになっているが原作ではかれが依頼して書いてもらった、というところとか、細かい部分ですこしづつ変更はされているものの、ほとんどの部分では原作に忠実で、特にこれといって気になるような穴はありませんでした。急ぎすぎず間延びもせずに、たっぷりとあの小説の世界観を映像として見せてくれたような気がします。

 キャストに関しては、文句なしに良かった!といえる人はほとんどいません。まあしいて云えば浅利陽介君くらいで、しかし彼も、テンションの高いところでは何度か台詞のつぶれてしまっている箇所があったので完璧ではありませんでしたね(もちろん物事に完璧ということはありませんが、それであってもいささか不細工なつぶれ方でした)。
 関めぐみさんはアクション・シーンも頑張っていたし、演技も平然としたものでしたが、どうも要所要所で一貫性のない表情が見られました。その展開でそんな戸惑いの顔はしないだろ〜、といった感想がいくつか生まれてしまいました。
 金髪にした三浦春馬君は歌も披露してなかなか活躍をしていましたが、どうも激昂するようなシーンはまだまだ迫力が足りない。かれの役柄としてはいくら高校生とはいえども、どこか不思議な深さ、不安定さのあるキャラクターですから、あの喧嘩のシーンあたりはすこし無理をしていたように感じてしまいます。
 主演の市原隼人君は、数年前にくらべたら数段の上達ぶりです。あの主人公のキャラクターをきっちり全身で演じておりました。感心しました。
 ただ、ところどころで入るナレーションがどうもいけない。暗い感じを心がけたのでしょうが、素人の高校生がラジオ・ドラマ作ってるんじゃないんだから、もう少し滑舌よく、はっきりと暗いしゃべりをやってもらいたかったです。

 と、なんだかんだ偉そうなことを云ってきましたが、総合的に感想を申しあげると、この映画は面白い!!それも不思議な面白さに満ちております。
 この感覚はちょっと入り組んだものなので容易には説明しきれないのですが、つまりは“映画的面白さだけではない映画”ということなのです。

 監督がどんな思惑であれらのシーンをあのように撮影されたのか、それはわたくしにはわかりませんが、無造作に撮られた走りのシーンがあると思えばコントのような展開もあり、音楽のPVみたいな世界観があったと思えば今度はしっかり映画的論法を踏まえた、いわゆる映画らしいシーン運びをする。じゃあ、この映画は映画らしいか?と問われると、やっぱり「う〜ん」と唸るしかない。
 とにかく不思議な映画なのです。アクション・シーンは迫力とスピード感にあふれて、バイクのシーンは鮮やかに、演奏シーンはたのしげに、どこかで泣かせる無言のシーンを作ったかと思えば、ただ笑わせたいばかりの細切れの突っ込みシーンを入れる。ラスト、彼女のもとへ急ぐ主人公の前に真っ赤なバイクに乗った担任教師が通りかかる、彼はそのバイクをなかば無理やり借りて走り出す、バイクには乗り馴れていないから走り出しでウィリーをしてしまう……という件や、すべての闘いが終わり、バタバタと引越しないことを母親につげ、戦闘で黒焦げになったバイクを担任教師へ返し、ボロボロになったカメラ用の一脚を渡辺に返し、それを見た渡辺は怒ってタバコをゴミ箱へ捨てるとボォッと焔が立ちのぼる……といったシーン展開は、わたくしに云わせれば限りなく映画的でしたが、監督はすぐにその展開を打ち切ってちがうリズムで次のシーンを始めます。ラストの焔のところまでは短いシーンの連続でバックに音楽も流れているから、そのままエンディング・ロールに突入してもいいものなのに、監督は音楽もろともブツッと切って静かな、ふたりだけの夕焼けの波打ち際へと場面を移します。

 これがもし計算だったら、この監督は映画らしさを十分わきまえた上でそれを操り、ほどよく取り入れほどよく裏切り、どちらか一方に偏らない映画づくりをしているということになります
 もしそれが本当なら、北村監督は天才です。これからの作品にもおおいに期待が持てます。


 原作も映画も、『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』、すこぶる刺戟的な作品になっております。どちらもわたくしにとっては衝撃的な作品となりました。このインパクトをいつまでも忘れず、今後の創作活動に活かしてみたいと思っております。


 この文章ですこしでも「おや、これは面白そうだぞ」と思ったそこのあなた!!
 映画館と本屋さんは明日も開いてますよ。

 ちなみに。

 できれば本のほうは、Y先生のお店でお求めください(あるかどうかはわかりませんが)。


 裏部長でした。
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2008年01月28日

 こんばんは、二夜連続の裏部長です。馴れてくるとこんなものです。

 またまた栃木のY先生とT君からコメントがありました。いつもいつもありがとうございます。
 でもまあ、ああいうテンションの高い文章はどうやったら書けるのか教えてもらいたいものです。そんじゃそこらのハイテンションじゃありませんよ。場合によっちゃほとんど病気にちかいスピード感です。文字のつかい方もおもしろいし、それにY先生とT君の書きあいが、まるでTVのチャンネル争いをしているかのようで、読んでいてこれほど愉しい文章はありません。これもまた「個性」というものでしょうね。

 しかし、お店に車ごと、というのは心配ですねえ。突っ込んじゃったのかしら?もしそうなら一大事ですよ。呑気にはしていられません。
 昨今は昔ながらの本屋さんが軒並み閉店してしまって大変なんですから。札幌でもそうです。何十年も町のなかで商売をしてきた「書店」ではなく「本屋さん」がどんどんと店を閉めてしまって、なんだか町の灯りがしぼんでゆくようで淋しい想いをしております。たしかに大型書店やインターネット・ショップの台頭で、小ぶりな町の本屋さんは押され気味なんだろうけど、雰囲気という点では、まだまだ本屋さんのほうが勝ってますよね。ああいう温かみのある場所がわたくしは大好きです。

 ああ、そうそう。すっかりお伝えするのを忘れておりましたが、二月はすこし変則になって、札幌支部の稽古は、おそらく時間帯が変更になるものと思われます。春休み期間ですからね、きっと早い時間帯になるのでしょう。
 ああ、そうだそうだ。二月といえば、あと数日でもう二月ですよ!あっという間です。ついこないだ初詣に行ったと思ったけどなあ。時間が過ぎるのはほんとうに速い。今年はそんな風に、瞬く間に過ぎてゆく一年かもしれません。

 なんだか勘を取りもどすのに四苦八苦しております。じょじょに書き続けて、以前のような文章を書けるようにしておきます。
 
 とりあえず、今日はこんなところで。
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2008年01月27日

使わぬ刀は錆びつくばかり

 お久しぶりです。哀川翔です。じゃなかった、裏部長です。みなさん、ご無沙汰をいたしております。

 毎日のようにこのウェブログへ書き込みをしていたときはそれが当たり前だったし、毎日のリズムようになっていたし、また毎週かかさず稽古へも参加できていたので、とくに苦労することもなく、毎晩のように記事をアップしておりましたが、「今年からは稽古のときだけ書き込む」と勝手に決めてしまってからというものすっかり怠け癖がついてしまってお恥ずかしい限りです。昨年までは後輩たちに「もっと書き込んでよ!」と注文していましたが、当の裏部長がこれではいけませんね。いくら毎日とは云わずとも、一週間に一度くらいは書き込むべきでした。不甲斐ない裏部長を叱ってやってください(こんにゃろ!)←とりあえず自分で一発叱っときました。

 家屋は、そこに住むひとがいなくなると急激に朽ちてゆくといいます。ウェブログも例外ではありません。手入れをしていない刀のように、いつの間にやら近寄ってきた“錆”に浸食されるところでした。栃木のT君の激しいコメントで気合を入れてもらいました。

 T君へ。テンションの高いコメントありがとう。
 たしかに裏部長、最近はすこし仕事が忙しくて稽古へ行けてません。今月はもう大学の試験のために稽古はないから、一月中ではたった一回しか参加していないことになります(どうりでウェブログが閑散とするわけです)。
 二月からは基本的に春休みタイムになるので、稽古時間などが変更になります。そもそもきちんと参加できる(若しくは、参加したいと思っている)門弟の数がかなり少ないので、おそらくはその内でもっとも来る可能性のたかい人の予定に合わせることになると思うので、来月もどうなるかわかりません。三月の栃木遠征も現段階では未定です。ごめんなさい。

 でも、裏部長が稽古をやめたわけではありません。大学での稽古へは参加できていないけれど、自宅ではきちんと自主稽古を重ねています。きっと動きまわっていないから体力も落ちてるだろうし、いま約束組手なんかやったら次の日は確実にヘロヘロになっちゃうだろうけど、稽古そのものへの気持は絶やしていません。スケジュールが合い次第すぐにでも参加できる体調にしてあります。
 
 最近は家でも「蹴り」をよくやっています。これが案外、足のむくみに効くんですよ。仕事帰りで、疲れていて、脹脛あたりにダルい感じがあったら、ただひたすらに前蹴りですよ。男は黙って〜前蹴り!前蹴り!の世界です。空手と餅つきの違いです(なんのこっちゃ)。

 とにかくそんなわけで、現在の札幌支部は師匠たちの多忙さもあいまって、稽古らしい稽古のできていない状態にあります。だからおのずとこのウェブログも停滞気味になってしまうのですが、放っておくと「死んだんじゃねえのか」と心配されそうなので、明日からはちょくちょく書き込むようにします。なあに、ご案じなさるな。話のネタなら掃いて捨てるほどあるのです。裏部長を見くびるんじゃなーい!!


 明日からはまた新たな一週間。こちらは大雪のせいですっかり道路の幅が狭くなってしまいましたが、寒さにも負けずカラダの鈍りにも負けず、満足な稽古のできる日を夢みて、わたくしもまた歩き始めます。
 そう遠くない春を見つめながら。
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2008年01月10日

稽古初め

 こんばんは、裏部長です。

 ここ数日のさっぽろは寒い!!一月や二月は寒くて当たり前ではありますが、でもね、そんならそうと新年始まってからすぐに寒くなってほしいですよ。こんなね、正月気分もそろそろ抜けきった頃になってね、ようやく憶いだしたところで寒くなられたらね、こっちだって縮こまっちゃって、やる気を失いますよ。ロボットじゃないんですから。

 ま、愚痴ってもしょうがないけどね。


 きょうは体道稽古でした。わたくしにとっては本日が平成二十年の稽古はじめ。そういえば昨年も体道で稽古納めをしましたから、体道に終わって体道に始まる、ってなもんです。
 参加者は相変わらず少なく、師匠とわたくしのみ。まだ大学も授業を再開していないから、そりゃもう校内は静まり返っちゃって淋しいの淋しくないのって。教室の暖房は入っているんですけど、やっぱりね、そこにいるのが二人っきりとなるとね、なんとなく冷えてきて、心身ともにしんしんと寒い稽古でした。

 みなさんもうすでにご存知のように、こうしてわたくしと師匠が二人きりとなると、そうです、まずはトークということになりますね。今日もなんだかんだで一時間ほどは喋っていたでしょうか。師匠が新年早早に栃木でやってこられたという稽古の話、I師範代の昔話、今年の栃木遠征の話、わたくしの行っている「日高塾」の話などなど、まあ新年一発目の顔合わせでしたからね、なんだか一気にしゃべり合った感じでした。
 後半はそれでも気を取りなおして体道をやりましたよ。わたくしが現在やっている日本伝天心古流捕手術より、上段之位の十本を復習し、そのあとまた少し話して、裏部長本年初回の稽古は幕をおろしました。

 きょうの稽古で興味深かったことをいくつか。


 われわれ日頃から、特に突きに関しては脱力ということを心がけてやっておりますが、しかしいくら脱力した突きであっても、空手の突きとして完結させるには最後の締め、指のことでいえば握りが必要になってきます。それによって突きが突きとして成立し、相手への威力へと変化するのです。
 ただ、どうしても締めを行なうとそこで止まってしまう感がある。完結するということはそこで終わっているということでもあるわけで、またそういった突きはこちらへの反作用もありますから、威力としては、本当はまだまだなのではないか、という風にも考えられるわけです。
 そこへ来て、うちの部長の体道における掴み方の妙がどうも気にかかってくる。これはやられてみないとわからない感覚ですが、たとえば胸を捕られた場合にこれを返そうとしても、部長の握り方では、指まわりはふにゃふにゃしているのにそれ以外のところでは締まっている、というか一本芯が通っているような重さがあり、容易には動かすことができないのですね(これはかなり凄いことなのです)。これは師匠も感心をされて今日の稽古のなかでやってくださいましたが、この原理を応用して突きを再考してみると、最後の最後まで握り締めずに突き抜けさせることも可能ではないか、というアイディアが生まれてきたのです。

 これは師匠がある方との交流によって得たヒントからの発想でもあるわけですが、とにかく拳は最低限の握りで、ようやく拳といえるような形にとどめ、あとは突きの瞬間に締めず、ぶつけず、そのまま突き抜けるようなイメージで放り出してしまうのです。こうすれば左程の反作用もなく、また受ける側としても威力が違ってきます。
 ただ、もしこの突きが効果的に使えるようになると、締めや反作用がないために、突いた拳を腰へもどすということが困難になってきます。だって突き抜けてしまうんですから。もしその手を引こうと思ったら逆の手を出すしかない。
 ともかく面白い考えではある、と師匠もおっしゃっておりました。まだまだ発展しそうな話でございます。

 
 われわれ日頃から「腹式呼吸」というものを心がけておりますが、稽古のときに帯をしめておりますね。あの状態で腹を張って、帯とのあいだに隙間を作らない、なんてことはできますでしょうか。たとえば誰かに手を差し込んでもらって、指先が帯と腹とのあいだに入らない、ということになれば、これは腹を張ることができているという証になります。
 体道のほうでは帯を後ろから捕られる技もあるので、試しに今度は背中のほうを同様のやり方で差し入れてもらってください。
 腹と同じように、背中も張ることができましたか?

 厳密にいえばこれは、腰を張る、といったほうが正確かもしれませんが、存外、この腰(背中)部分の張りというものが突きには必要なのかもしれない。もちろん蹴りにも受けにも、です。わたくしどもはこれまでの稽古で、腰で押してゆく、とか、尻を持ってゆく、なんていう表現は聞いていても、腰を張れ、という話は今回が初めてで、いささか驚きましたが、しかし実際にじぶんの腰に手をあてて膨らましてみると意外にぷくっと張ってゆくものです。
 


 久しぶりの書き込みで、いささか支離滅裂ですが、今日はこんな話がどんどん出てきて、整理するのが大変なくらいなんです。そんな稽古初めであったと、それくらいに受けとってやってください。
 ちなみに、札幌支部の稽古初めである今週の火曜日には、誰も来なかったそうです。

 どうした、札幌支部。
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2008年01月07日

いよいよ

 お久しぶりです。裏部長です。すっかり書き込まないことが板についてきました。

 本日、師匠より連絡がまわったと思いますが、札幌支部もいよいよ明日より、本年の稽古を開始いたします。主要メンバーはもうすっかり知っていることとは思いますが、念のために、きょう発表された稽古日程をここに記しておきます。

 今月は、8、10、11、15、17、22、24日の七回のみ。 昨年同様、木曜日は体道稽古です。

 さあ、明日から稽古です。みんな、気合入れていくぜー!!

 と思いきや、またしても裏部長は参加できず!!ごめんなさい!!

 次の機会にお会いいたしましょう。
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2008年01月01日

今日はひとつの通過点

 ガショーン


 明けましておめでとうございます。裏部長でございます。本年も何卒よろしくお願いいたします。

 グダグダとどうでも好いことを並べて過ごしてきた2007年も幕をひいて、ようやく新しい年となりました。長い長い365日がきょうから始まるわけです。
 
 わたくしは現在、いわゆる正月休みですが、だからといってグータラ、寝正月と決め込んで寝坊などしてはおりません。たいせつな一年ですから、一時たりとも無駄にはできないのです。
 すこし遅くなってしまいましたが、昼過ぎには家族で初詣。これまた毎年恒例のことでおみくじを引きましたが、出たのが「小吉」。
 実をいえば、わたくしは「」を願っていた。運勢のどん底を意味する「凶」はしかし、“いま現在はどん底にいる”ということを示しているのであって、これは裏を返せば“これからのぼり調子になる”ということなのですから、むしろ今のわたくしには持ってこいなのです。むしろ「大吉」なんかが出たら誰かにあげようとさえ本気でそう思っていました。
 でもね、「小吉」だって捨てたもんじゃありません。わたくしがクゥー!と唸るような名文がいくつも書かれていましたよ。

 まず「失せ物」、つまり無くし物ですね。これが面白い。

失せ物:出るが、てまどる

 出ては来るんです。でも、出てくるまでに時間がかかるらしいのです。必死に諦めずに探せ、ということでしょう。

 次に「病い」、病気のことですね。これもまたふるっていて、

病い:悪し、医師に頼め

 当たり前だっつーの。病気を自力で治すほど、まだ裏部長は達人になってはおりませんよーっての。

 
 ま、そんなこんなで賑やかな元旦でございました。凶からの、じゃなかった、今日からの一年もまた有意義なものとなるよう、心身ともに精進してゆきたいと思います。

 夜。またまた栃木のI師範代からお電話を頂戴いたしましたが、ここでの内容はまた後日……黒ハート
 面白い話が聞かれますよ〜わーい(嬉しい顔)


 裏部長でした。
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2007年12月31日

今年も一年おつかれさま。

 こんばんは。裏部長です。

 あと数時間で2007年も終わりを告げます。日付が変わって、そして眩しいほどの太陽が顔を出したら、もうそこは2008年。
 来年はオリンピックがあります。もしかしたら三月あたりに、また栃木への遠征が出来るかもしれません。
 でも、それ以外の予定はすべて白紙です。ひとつとして決まっていることなどないのです。

 思えば今年は札幌支部としてもいろいろあった一年でした。
 三月には大人数で栃木へ参りました。師範をはじめ多くの諸先輩方とハダカの交流ができて、本当に有意義な三日間だったと思います。
 夏には奈良よりM田先輩がいらっしゃって、こちらは二日間だけでしたが、特別稽古を開催。参加者は少なかったものの、とてつもなく大量の教えを受けたような気がしております。
 考えてみれば、K先生も今年からこの場へも登場したわけです。今ではすっかり、札幌支部になくてはならない存在となりましたが、まだ出逢って一年も経っていないとは驚きです。

 すべてはこの2007年の中の出来事です。つい昨日のような、それでいて何年も前のことのような、そんな印象が今わたくしの心のなかに残っております。

 来年は一体どんなことが起こるのか。すべての予定を決めるのはそれぞれ自身です。今までにない、興奮と刺戟と、そして前進に満ちた一年にできるよう精進します。

 明日からの一年があなたにとって良き2008年となりますように。


 よいお年を。
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2007年12月30日

宴会芸

 こんばんは。どうにか大掃除を終えて眠ることのできた裏部長です。いや実をいうと、本当のところはまだ終わっていないのです。本当にすべてを片づけようと思ったら、きっと三月くらいまでかかってしまいます。
 長い、なが〜い目で見てゆこうと思っております。

 平成十九年も押し迫って、いよいよ明日は大晦日です。TVでは特別番組が目白押し。特に、各局バラエティ番組には力を入れているようで、民放に限っていえば作っていないところがないほどの盛況ぶり。お笑い芸人たちの稼ぎ時ですね。
 ただ、最近はどうも彼らの賑やかな言動を、わたくしは、呑気なまなざしで見ることができなくなってしまいました。たしかに中には幾人か、面白いと思えるひともいないわけではありませんが、しかし今でいう「お笑い芸人」たちを前にしては、どうも愉しげな気分になれないのであります。

 それにはある人の言葉が関係しています。

 先日、わたくしが個人的に尊敬しているある方が、そういった、現在TVに出まくっている若手のお笑い芸人たちに対してこうおっしゃった。

「彼らはよく、自分は芸人ですから、と云うが、あれ芸人ですか?海パン一枚でそんなの関係ねえ、って云ってるだけで芸人ですか?」

 わたくしが喰らったのはこのあとのひと言です。

宴会でやってろよ

 
 世間にはいろいろな感性を持っている人がおりますから、その好き嫌いにあわせてTVも見れば良いし、それへ対してどんな意見を持ってもそのひとの好みですから、他人がどうこう云うべきことではないのでしょうが、しかしですね、現在TVを賑わしている「お笑い芸人」たちの「芸」はいかにもひどい。宴会芸と云われても仕方のないものばかりです。
 具体的な個人名は避けますが、海パン一丁のひと、絵描き歌のひと、顔で笑わせるひと、体操のひと、親指をつきだすおばさん、白いタキシードの紳士、A.猪木、SMの女王様にショップの店員……と、挙げてゆけば切りがなくなるくらい多いですね。
 しかも現にそういった目で見てみると、このひとたちのパフォーマンスはいかにも宴会芸っぽいんですね。会社の忘年会かなにかで、社内でも面白く、ひょうきんなことで知られている数名の社員たちがそれぞれ得意のネタで場を盛り上げているような、そんな宴会の風景にしか見えなくなってくるのです。

 ですから現在のわたくしにとって、TVの大方のバラエティ番組は笑えないものになってしまいました。だって、宴会芸は宴会の場で見るから愉しいのであって、それをわざわざ公共の電波にのせてお金をもらって「自分は芸人です」なんて云ってるひとたちにやって見せてもらっても、そりゃ、笑えるわきゃないですわね。
 芸人とは多芸のひと、芸に秀でた人、という意味です。よく考える必要があります。


 明日は今年最後の書き込みです。
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2007年12月29日

おおそうじ

 こんばんは、裏部長です。

 今年も残すところもう二日だけですよ。早いものですねえ。あと二日とすこし経てばもう2008年なんですから。

 一年も押し迫って、29日くらいになると、どうしてもしたくなるのが、大掃除。わたくしも今日やりました。ていうか、まだやってます。
 あれはどういう仕組なんでしょうねえ。最初はそれほどやる気があったわけではないのに、手をつけはじめると止まらなくなって、納得のゆくまであっちへスタスタこっちへバタバタ、夜になってもやめられなくなってしまうのです。
 
 ですから今、わたくしの部屋のなかは本の山で占領されております。このままでは寝られません。どうにか日付が変わるまでに片づけてしまわないと……。

 みなさんもよいお年を、の前に、よき大掃除を!
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2007年12月28日

整う過程について

 こんばんは。
 
 裏部長、少しだけ髪型を変えました。以前はね、なんだか知らないけど坊主頭のようで坊主頭でない、みたいな髪型でね、もともとファッションとかヘア・スタイルとかに興味の薄い人間ですから、ま、手入れが楽だし、濡れてもすぐに乾くからこんなもんでいいか、ってな具合に考えていたのですが、いくらなんでもそれだけでは藝がないと思い、このたび思い切ってソフト・モヒカンにしてみました。さっぱりとした、地味な鶏のようになっております。
 いづれ、お目にかけましょう。

 大学院生のH田君がコメントを書いてくれていましたね。有難いことです(そういえばH田君がコメントを入れてくれたのは、これが初めてだったかな?そんな気がしております)。

 彼はとてもパワフルで、そして知的好奇心の塊のようなひとです。まあ大学院生ですから、そりゃ勉強が第一で、読まなきゃいけない本も知らなきゃいけない事柄も山のようにあるのは当然のことでしょうが、それにしても、たとえばわたくしが「こないだ、あの映画観てさ」と切りだすと「ああ、はい。それなら僕も観たことありますよ」と来るし、「実はこういう本があるんだけどね」と教えれば「へえ。じゃあ今度読んでみます」と云って、そして実際に次会うときにはその本を読んでくるんですから。それはそれは、わたくしなんぞも見習いたいようなひとなのです。
 ああいうひとが小説を書いたら、きっと面白いものが出来るでしょうね。

 昨日書いたことに関しては、これといって結論というようなものもなく、よってH田君の書いたことに対しても云えることはほとんどありませんが、ただ過去の武術の歴史において、まあ云ってみれば「洗練化」ということは行なわれてきたでしょうね。わたくしの狭い知識のなかで考えてみても、江戸時代以前は、流派を掲げて弟子を取っているような、技や型などもきちんと整理された武術流儀はほとんどありませんでした。現在われわれがなんとなく「武術」とか「古武術」とか云っているものは、そのほとんどが江戸以降の発生もしくは編纂で、よって戦国時代終了とともに、戦争につかわれる“兵法”から道場の中などで稽古する“武藝”へと変化していったのでしょう。

 よく歴史小説のなかで、前者を「兵法者」、後者を「武芸者」と書いたりしますね。その違いは昔から感じられていたことなのです。

 しかし、そんな変化はきっと今でも続いているのですよ。

 この空心館だってそうです。よく師匠より昔のお話を伺いますが、今よりも荒荒しく、轟轟しく、見学に来たひとが五分も経たずに帰ってしまうような、そんな稽古をしていた時期があったといいます。だから逆にいえば、そんな時期を経て、これは良い、これはいけないというような試行錯誤をして教授の方法や技の内容を精査し、整えに整えた結果が現在わたくしどもの教わっている内容およびそのやり方なのですから、たとえば師匠が学生時分にすごした五年間の修業期間と、いま現在のわたくしの五年間とでは、数段にこちらのほうが習っている内容もそのスピードも上だというのです。
 だから、武術ということに関してはこの際、どっちが良いの悪いのとは云いきれないでしょうね。よくラーメン屋の特集で頑固オヤジが「よく何十年も味が変わらないって云われるが、ありゃ少しづつその時代に合わせてこっちで味を変えてるからそう思うんだ」なんてことを云いますが、どの世界においても、まったく変わらずに残るということはむしろ有得ないのかもしれません。

 まあ、なんともいえぬ無内容な話でごめんなさい。師走の裏部長の、たったひとりきりの呟きでした。


 んじゃ。
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2007年12月27日

ひょんなこと

 こんばんは。冬休み中の裏部長です。こういうときの冬休みは、学生のときよりもあっという間に過ぎてゆきますが、しかしその有難味はあのころ以上ですね。なんだか、一日一日がなにげない毎日のように見えて、それでいてかけがいのない、意味深い時間のような気がします。

 こんな日は、いつもやろうやろうと思っていながら出来ていない、溜まりに溜まった片づけごとをしたり、録画したまま見ていなかったTV番組をチェックしたり、意外とヒマなく過ごしておりますが、そうして気も躰も休めてのんびりしていると、忙しい毎日には感じることのできない、なんでもないことが無性に強くこちらの胸のなかへ迫ってきて、へんに感動してしまうことがありますね。
 フジテレビのCS放送でやっている『ゲームセンターCX』がクリスマス・イヴに、なんと三時間の生放送をやりました。わたくしも以前からこの番組のファンで、今回も有野課長の奮闘ぶりを、まあ録画ではありますが、見守っておりました。番組表をみて予約録画をしておいたので、なんと放送時間を延長して挑戦していたとは露知らず、途中までしか見ることができませんでしたが、それでも感動しましたねえ。

 だってクリスマス・イヴの夜にですよ、地上波ではないCS放送とはいえTVの番組として、しかも生放送で、ちっとも進まないゲームの画面を映し続けているんですよ。良い歳をしたおとなたちが集まって、おおいに真剣な顔でそんな生放送をやっているのです。
 一般的な意見でいえば、これほどくだらないことはありませんね。しかも冒頭三時間はほとんどゲームの進展がありませんでしたから、見ているほうとしても少し辛いくらいの内容でした。あれでは「どうなってるんだ、有野課長!」と云われても仕方ありません。
 でも、あれが『ゲームセンターCX』なのです。グダグダになっても、くだらない内容でも、精一杯プレイして、そして出来たらクリアしてエンディングを見るという、あれであの番組は成功なのです。

 そんな自分の身の丈にあったことをイヴの夜に夜通しがんばって制作している番組スタッフの蔭での苦労に、わたくしはひそかに感動してしまいました。「たかがゲームの番組を作るだけなのにイヴの夜を台無しにして、恋人や家族との予定をキャンセルして、たったひとつ、ゲームのエンディング画面を見るためだけに……」
 なんとなく、そんなひょんなことを思ったのでした。


 ひょんなことといえば、昨夜仕事先から帰ってくる途中に、本当になにげなく、なんの理由もなく、「実戦の格闘とはどんなものか?」ということについて考えました。あれはなんの思いつきだったのか未だにわかりませんが、本当にいきなり自分のなかに浮かび上がってきて、自宅までの寒い道すがら、なんとなく考え続けておりました。
 きっと、実戦で相手と死に物狂いの戦いをするときには、きれいな技やスマートな動きはできないのでしょうね。空手をやっている人間であれば突きや蹴りは、そりゃ一般のひとよりも形らしく出すことができますが、日頃やっている約束組手のときみたいに、たった一本の強烈な追い突きで、それだけで相手を倒すことなど、なかなか出来るものではないのでしょう。
 だって少し想像してみても、とにかく相手にダメージを与えたいと思うから、その頭髪、目、鼻、口、耳、喉、股間あたりへどうしても手や足が伸びるだろうし、相手の攻撃をきれいに捌いて、なんてことも気にはしないかもしれない。もちろん相手が刃物などを持っている場合はまずその矛先に注意を向けましょうが、素手の場合であれば、ある程度は喰らってもいい、当てられてもいいくらいの覚悟で立ち向かうことができるでしょう。
 
 じゃあ、それがもし実戦における格闘の風景だとしたら、どうして稽古のなかではそのままの形で練習をしないのか、というような疑問が起こりえると思います。実戦ではそんな、むしろ泥臭い、洗練されていないような荒荒しい動きで戦うというのに、そのための実力を養う稽古の場では、型ばった、きれいな動きばかりを繰り返し繰り返し練習するのか、と。
 これへ対する回答としては、ひとつは、稽古でこそ型という洗練されたものを学び、実戦ではそれを崩す、という考え方が出てきましょう。稽古からすでに崩しきったものをやっていては、実戦での応用ができない、ということも大いに云えるでしょうね。わたくしが師匠より教わったことでもあります。
 またさらに一面では、日頃の稽古の場からそのような、いわば何でもアリの実戦形式で稽古をしていては身がもたない、道場では継続して続けられるギリギリの程度の実戦寄りの技と稽古方法こそが求められる、とも云えるでしょう。

 太気拳などではむしろ実戦寄りを第一とし、空手のほうでいう型のようなものは廃して、とにかく立禅と組手でそのメニューを構成していますよね。わたくしの中の“実戦”のイメージは、もしくはあの太気拳の稽古体系に由来しているのかもしれません。


 きょうは、昨夜考えた「ひょんなこと」の紹介でした。起承転結もなく、支離滅裂で、ごめんなさい。裏部長の頭のなかだと思って読みとばしてください。

posted by 札幌支部 at 20:48 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2007年12月26日

御用納め

 こんばんは、裏部長です。

 華やかなクリスマスも過ぎ、あとは大晦日を迎えて、新しい一年を始めるだけですが、働いていらっしゃる方はまだまだお忙しい最中だと思います。
 お勤めご苦労さまでございます(なんか出所したみたい...)

 わたくしは今日が御用納めでありました。そのせいか、どうも疲れが溜まっております。最後だからといってなにか特別にキツい仕事をしたわけではないのですが、どうも辛いです。


 というわけで、今夜は早く寝ます。


 
posted by 札幌支部 at 21:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記