2020年08月01日

小川の水辺から大河の飛沫を見る

 こんにちは、裏部長です。

 八月になりました。全国各地、お暑うございます。

 こちら札幌もすこしずつ夏の息吹に包まれるようになりました。今月は真夏日も多くなるでしょう。

 みなさま、いかがおすごしでしょうか。


 札幌支部では先月から、小規模ではありますが、限定的に稽古を再開しております。

 以前のようにすべての参加者を受け入れることはできず、現時点では、大学関係者(教員、学生、OBなど)のみです。

 長らく通常の稽古をしていなかったのと、稽古休止期間中に自分であれこれ工夫してみた結果とがあいまって、いろいろと試行錯誤の連続であります。空手に関しては、やはりひとりで考えすぎてしまう傾向があり、いま大いに反省をしている最中です。

 刀の稽古も再開していますが、まだまだですね。技を覚える前に、身体がついていかないのです。

 空手にしても、柔術にしても、何にしても武術をやってゆくうちに、肉体も感覚も、あるいは精神も、その技をやるに適切なものへと変化してゆくのではないでしょうか。そういった意味でも、すくなくとも裏部長の身体は、まだ刀をやる身体になりきれていません。

 とにもかくにも、武術の灯はここ札幌でも、絶えずに点りつづけています。


 ああ、そういえば!

 昨夜の稽古のなかで、唯一の学生であるHちゃんから、師範の型の動画を見せてもらいました。「最破」と「征遠鎮」でしたが、彼女のスマートフォンを覗きこみ、わたしも、そして師匠も、唸りつつ感嘆の息を洩らしていました。

 わたしのような下っ端がこんなことを言うのはたいへん失礼にあたるのですが……

 ほんとうにもう、惚れ惚れするような型です。拳や足先などの張りや緊張感は残しつつ、腕や脚は力が抜けきっていて鞭のごとく、速く鋭く、全身には必要最低限の締まりしかない。わたしたちが師範の空手の型を見ることはとても稀なので、かなりの刺戟と衝撃をもって拝見しましたが、動画を見た師匠も、「あの力の抜けた感じは真似できない」とこぼしていました。

 そして、これは合わせて明記しておくべきことだと思いますが、その動画内でおこなわれていた師範の型と、われわれが教わったふたつの型が、微妙に異なっていました。素早く、切れよく動いていた部分がゆるやかになっていたり、呼吸とともに力強くやっていた部分がごくあっさりとしたものに変わっていたり。このあたりの変化、変更は、きちんと捉えて、必要な個所は改めねばなりません。

 ですから、そういった意味でも、師範の技や型の動画というのは貴重なのです。生きる空心館の宝物殿です。


 心身ともに、ぴりりと刺戟的な体験でした。


日本武術研究所空心館札幌支部TOPへ
posted by 札幌支部 at 12:44 | Comment(0) | 裏部長の日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: