2016年12月28日

畏れをもって臨む

 こんばんは。裏部長です。

 2016年も残すところあと数日となりましたが、みなさま、元気でおすごしでしょうか。



 師走の札幌は、昨日の師匠の記事にもあった通り、大雪につぐ大雪で、路面はどこもかしこも凍結し、歩行するだけでさまざまな感覚が鍛えられる修行場と化しております。車の運転にもじゅうぶん注意しなければなりません。


 稽古納めがあった今週の月曜日、いつもは車で三十分弱かかるところを、渋滞と車道の凸凹に遮られ、一時間以上を要してようやく大学へたどり着いた裏部長です。停車し、外へ出たときには、長時間の振動にさらされたせいか、運動らしい運動をしていないにも関わらず、すでにヘロヘロでした。



 恐るべし、雪道!





 さて、最近はふとこんなことを考えたりしています。


 フィクションのなかで、裏組織に属している人間が裏切り者へ銃口を向けてこんな台詞を言う場面がよくあります。

秘密を知った者は、もれなく消えてもらう。例外はない

 しかし、勧善懲悪の流れがある作品において、そういった悪は最終的にかならず暴かれ、成敗されますね。


 それはなぜか。


 答えは簡単で、彼らはその例外はない≠ニいうルールを徹底できず、どこかに自ら落とし穴をつくってしまうからです。




 鉄の掟をつくり、それを寸分違わず守りつづけていれば、秘密が暴かれることはないのです。粛清する手をほんのすこしだけゆるめたり、油断して監視する途中で目を離してしまったり、慢心から余裕を感じてつい無駄な猶予をあたえてしまったりしたがために、そこから囲いを破られ、ついには破滅まで追い込まれてしまう。


 徹底していればよかったのです。心を鬼にして、甘えず、迷わず、冷静にルールを守りつづけていれば、きっと彼らの悪が表沙汰にされることはなく、人知れず生き残っていけたことでしょう。


 恐ろしいのは、その人間の甘えなのですね。





 もちろん、裏部長は悪を肯定するものではありません(むしろその逆です)。いまはあえてわかりやすいようにこんな例をあげてみただけです。




 稽古をしているなかでも、そんな風に痛烈に、猛省することがよくあります。


 必要なことはわかっているのです。しかし人間だから、どこかで甘えが出て、慢心に陥り、このくらいのゆるみがあってもいいよね、大丈夫だよね、問題ないよねと自分を説得して、その徹底を怠ってしまう。武術とは動作のなかにあるものです、相手がいることです。ことここに至ってようやく、

しまった!!

 と思うのですが、あとの祭りです。ただ、おのれの未熟さを呪うばかりです。




 来年はどうにか、この徹底ということを自分に課してゆきたい。それも、絶対にこうでなければならぬ、何がなんでもこうしないではおかない、というような、堅苦しい、頑なな姿勢ではなく、全体としてはやわらかな、自然体な自分でいて、そのなかでゆるやかに、しかし厳然と、大切なことを貫いてゆく生き方。これをごく当然のこととして実践できるようになりたいです。



 とはいえ、「しまった!!」と気づき、反省する瞬間にこそ成長がある、という気もするので、上記のようにわざわざ目標のように掲げて、ことさら意識しすぎるというのも、なんというか……。


 ……

 ……

 あっ!

 いかんいかん!


 もうすでに甘えの悪魔が囁きはじめたようです。これだから人間は過ちから逃れられないのです。






 裏部長の葛藤まみれの挑戦は2017年もつづきます。


 みなさまも、有意義かつ晴れやかな一年をお迎えください。



 それでは、よいお年を!
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posted by 札幌支部 at 19:10 | Comment(0) | 裏部長の日記
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