2016年10月25日

体を旅する道

 こんばんは。裏部長です。




 最近、稽古をしていてふと感じたことがありました。以前にもそういったことは、自覚的ではないしても、頭のなかでは、稽古をしている以上きっと感じるだろうなとわかってはいましたが、実際に感じた経験は乏しく、あくまで認識どまりでした。それがようやく身をもって感じられるようになったので、ここに記しておきます。


 それは、体道のカリキュラムに関係することです。





 体道を習いはじめた人間は、まず日本伝天心古流拳法という流派を学びます。最初にやるのは柔術で、七十二本の技があります。これにつづいて、二番目にやるのは浅山一伝流体術。こちらも柔術で、技数は五十六本。類似している技もいくつかあり、地つづきの感があります。


 経験がある者もまったくの初心者も、よほどの事情がないかぎり、最初にこの二流派を学びます。約百三十本の技を、スムースにいっても二年以上かかって稽古するわけです。


 この段階で、最低限の柔術のエッセンスが身体のなかに流れこみます。素手で相手を制する方法、押さえ、投げ、絞め、極める動きとそれを受ける動きを教わります。


 ふたつの流派を終えたとき、身体のなかにはベーシックな柔術の要素があるはずです。




 さて、その次に出てくるのが、日本伝天心古流捕手術です。という短い棒をつかった技で、基本的には柔術なのですが、たった一本の短い棒が介在するだけで、その雰囲気は変化します。また相手に対して、挫で受けたり挫で打ったりする場面もあり、それまで馴染んできたベーシックな柔術とは違う技法に翻弄されます


 これを、前期後期あわせて七十二本教わります。

 前期と後期のあいだに、武具の流派が入ります。

 日本伝天心古流杖術内田流短杖術です。



 ここで急展開、入門当初からやってきた柔術は姿を消し、杖という異物をもって相手と対峙することになるのです。


 杖とはただの木の棒で、なのに相手は刀で来るという設定なので、厄介です。師範が以前おっしゃっていましたが、

「腕の立つ人なら杖など斬り落とされてしまう」

「同じ腕前なら刀をもっているほうが勝つ」

 ということらしいので、厳密に、杖の技を駆使して刀に対抗せねばなりません。



 柔術や挫の技に馴染んでいた身体に、ここでまた新たな刺戟が投入されるのです。それに、杖だけではありません。技をやるためには、受のほうも担当するわけで、そこでは刀の扱いを学びます。どうすれば斬れるのか、杖の攻撃を刀で受けるにはどうしたらよいのか、ということなどもここで教わります。




 さて、柔術をやった、挫をつかったすこし変わった柔術の技もやった、杖も短杖もやり、刀の初歩も学んだ、そのあとにはいったい何が待っているのか。


 神伝不動流体術です。


 ああ、ようやく素手でやる柔の技にもどったのかあ、と安堵したのもつかのま、出てくる技は、それまでの天心古流や浅山一伝流などでやってきたものとはまるで違う、個性まるだしの激しい技ばかり。飛んで飛ばされ、廻り廻され、稽古が終わるころには髪型も化粧もあったものではない。とにかく、これまでとはずいぶんと趣きの異なる技のオンパレードなのです。


 ここでまた新しい刺激に出逢うわけです。素手でやる柔の技であるにもかかわらず、ここまで違う動きがあるのか。捨て身の技ではこういうふうに身体をつかうのか。鈍重な肉体だと動けず、しかし軽いばかりでは技にならない。いくつもの瞬間に対応できる身体と動作が求められます。


 畳の上を右へ左へ。風流な名前に出合ったかと思えば急にお風呂屋さんを投げたりなんかして、この神伝不動流が終わったあと、次に教わるのが、柳生新陰流仕込杖です。



 わたしは今月から、この流派に入ったわけです。





 いやあ、驚きでした。上に書いたように、天心古流などの杖術をやっていたときに「刀に対して杖はこうつかう」という、常識といいましょうか、杖術のセオリーみたいなものが頼りなげであったにせよ体内に残っているなかで、この仕込杖の技を目の当たりにすると、しばらく混乱してしまいます。


 たしかに、ふつうの杖と仕込杖は違うものですから、おのずとそれを用いた技も変わってくるわけですが、わたしには新鮮に映りました。そして、教わった技をノートに記しているとき、ふいに、これまでに感じたことのない刺激が体内へ流れてゆくのを自覚したのです


 それはまさしく、ふだんつかっていない脳細胞へ電気信号が走るかのように、微弱ながらあたたかく、手ごたえがあって、新しいものでありながらこれまでに習った技たちとリンクするような、互いが互いを求めているような感覚でした。


 だから、そのとき思ったのです。


武術の稽古とは、こうして毎回異なる刺戟を受け取ることなのではないか」と。






 柳生新陰流仕込杖が終わると、たしか次は不遷流だったと思いますが、こちらもこちらで、個性のかたまりと言いましょうか、畳の上の社交ダンスと言いましょうか、またまた変わった技のようなので、いまからその刺激に出逢うのがたのしみであります。





 
 なんだか地味な話で申し訳ありません。


 裏部長も、こんなことを噛みしめられる齢になったのでした。
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posted by 札幌支部 at 19:00 | Comment(0) | 裏部長の日記
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