2007年02月19日

銃の前ではみな平等

 先日、ある一冊の小説を読了しました。筆者は深町秋生、タイトルを『ヒステリック・サバイバー』と云います。




 日本人の少年がアメリカの高校へ通っている。英語をどうにか使い、同級の男友達や、学校のマドンナ的美少女などとも会話を愉しみ、青春を謳歌している。
 そんなある日、学校内で、移民の生徒二名による銃乱射事件が発生。少年はどうにか一命を取りとめたが、友人たちのほとんどは死に、生き延びた仲間たちも、ひとりはその容貌をことごとく破壊され、またもうひとりはノイローゼのようになり、病院で自殺未遂をはかるような人生を歩む羽目になってしまう。
 精神的ショックから、少年は日本へ帰ってくる。こちらの高校へ転入し、着馴れない制服を着用して毎日を送る。
 向こうの年齢感覚からいうと途轍もなく幼稚に見えるクラスメイトたちやその生活に少なからず戸惑いは受けたが、それでも少年はなにごともなく日日を過ごす。気の合う友人もひとり得た。心の疵もようやく癒えかけてきた。
 と、そんなある日。少年はある「問題」を眼にする。それはこの学校内、いや、その地域全体に巣食っているある過去が原因の、陰湿な争いの一端であった・・・・・・。

 拳銃をひけらかしての大規模な争い、悲劇というものから比較すると、なんとも幼稚でスケールが小さく、日本人の哀しさを痛感するような対立構造がその学校内にはあり、それが最終的には、こちらでも拳銃を用いるという羽目にまでいたる大きな事件へと発展してゆくのですが、それから先のことは小説そのものの話になってしまうので、ここでは省略します。
 わたくしがこの小説を読んで感じたことは昨夜のBlogでも書きましたが、人間の無力さ非力さですね。拳銃という兇器を前にしたときの弱さ。日ごろから銃社会に住んでいない人間だからこそ余計にそう感じるのかもしれませんが、やはり拳銃というのは恐ろしいものです。
 同じように、学校内での銃乱射事件を扱った作品に、こちらは映画ですが、『エレファント』(アメリカ映画2004)があります。




 1999年に起きた米コロラド州コロンバイン高校の銃乱射事件をモチーフに、その経過を淡淡と、少し奇抜な手法で描いた作品で、わたくしもこの映画を以前に観たことがありますが、たいへん衝撃的な作品でしたね。なにぶんにもその静けさが恐い。フィクションらしさ、映画らしさという名の「嘘」があまり多用されず、ごく当たり前に出来事の経過をたどり、少年たちが拳銃を持って構内へ入り、次次とそこにいる人たちを射殺してゆくまでを描いているのです。
 こうしたリアリティ(現実)を垣間見ると、やっぱり拳銃と、そして人間そのものの恐さを痛感せざるを得ません。つい数分前まで、そこで普通に流れていた平和な時間―――恋人たちの会話、少女の健気さ、友情、希望、未来―――そんなごく当たり前のこと全てが一瞬のうちに血色に染まり、生徒たちの声にあふれていた構内はしんとして静まり返る。がらんどうの廊下に響くのは、銃声とだれかの悲鳴だけ。

 そんな人間の無力さを感じていたときに観たのが『日本沈没』(日本映画2006)でした。



 こちらは天災です。地球に住む全人類がみな平等に向けられる銃口のような天災を前にすると、われわれは本当に無力です。映画としてはあまり観るべきところのない作品でしたが、ふとそんなことに気づかせてくれる、そのヒントくらいは持ち合わせているように想われます。

 昨年の後半から、師匠からの話題を発端として札幌支部でも、実戦における護身の仕方などを考えるようになりましたが、それはほとんど刃物に対してのことであって、拳銃などを向けられたときの対処法はいまだ稽古しておりません。  否、そもそも素手の武術にそんな対策ができるのでしょうか。たしかに対拳銃の護身術を工夫している格闘技各派はあります。裏部長もそういった類の本は嫌いでないので、よく読んだりはしますが、しかしあれで本当にうまくゆくのかどうか、そう簡単に納得はできません。いくら巧く相手を制することができても、それは単にその設定状況においては可能だというだけであって、一発でも命中すれば絶命しかねない弾丸をふくむ銃口が数ミリでもブレれば技は不可能になってしまうのです。そう考えると、容易く拳銃相手の護身術なんて宣伝できるものではありません。

 ただ、純粋な武術修行という「道」に立ち返って考えてみるに、上記のような恐怖と覚悟を持っているという、そのこと自体が大切なのであって、こちらではかえって深く考えないほうが良いのかもしれません。未熟な裏部長にはまだ判断ができませんが・・・・・・。

 書いてるうちに何だかよく解らない話になってしまいましたが、とにかく拳銃は恐いト、そんな当たり前のことを痛感した裏部長でございましたト、そういうことでご勘弁を願います。

 明日からはもう少し武術的なことも書こうと想っています。
 裏部長でした。
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posted by 札幌支部 at 20:42 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記
この記事へのコメント
あえて射撃ではなく武道をやる理由について考えさせられる記事ですね。
Posted by at 2014年04月27日 14:14
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