2019年05月25日

改めて武と体を考える

 こんばんは。裏部長です。

 五月も終盤に差しかかり、全国的に暑い日がちらほら訪れるようになって参りました。

 ちなみに、明日の札幌の予想最高気温は三十二度です。


 みなさま、いかがおすごしでしょうか!


 さて、いま裏部長は、「武術をする身体」について考えています。


 これまではどちらかというと、技一辺倒の考え方をしていたように思います。空手をするにしても柔術をするにしても、その技を正確に捉え、学び、実践し、研究してゆく。だから、多種多様な技がなければならないし、またそれらを深く追求する目も持たなければならない。

 もちろん、その姿勢は重要なものでしょう。

 しかし、最近はすこし考え方が変わってきました。


 技も大切なのですが、それ以上に、武術をしている自分の身体に興味が出てきたのです。


 ひとつには、武術をしているときの身体、あるいは、日常的に武術を稽古している身体、についての関心です。自分の肉体を通して、そのときに現れるもの、もしくは生じる現象や感覚、感情に至るまで、その変化がとても面白く感じられます。

 ただもうひとつには、特別なことではなく、たとえば呼吸のように、生きてゆくために必要不可欠なものとして武術をする身体とはどういうものか、という点にも興味が向いてきています。

 つまり、武術と身体を不可分のものとして捉える。乾燥肌や冷え性と同じように、武術する身体になるということ。


 技を知っていたり実践できたりすることはもちろんですが、それ以上に、裏部長はいまこういったことに目を向けはじめています。

 まさしく「修証一等」。


 新たなページが開かれることを。



posted by 札幌支部 at 20:10 | Comment(0) | 裏部長の日記