2018年12月31日

稽古納め2018

 こんばんは。裏部長です。

 大晦日の夕方、みなさまいかがおすごしでしょうか。

 あと数時間で、今年も幕を下ろします。


 2018年はさまざまなことがありました。

 北海道においては震災があり、つい先日は市街地で爆発事故なども起こり(わが家でも爆発音は聞こえました)、何かと危機感をもたらされる一年でしたが、こと武術においては、地味で淡々とした日々のなかにあっても、有意義な稽古ができたように思います。

 当ブログにおいても何度となく、体道について書いてきましたが、いろいろな発見や学びがあり、裏部長としては手ごたえを感じています。

 しかしその道は平坦でもなければ狭小でもなく、なんの変哲もない更地を掘ったら大昔の遺跡が出てきちゃって、その破片を採集して調べてみたら未知の微生物と謎の暗号が現れ、すべての要素を動員して推理し、特定した場所をさらに捜索してみたら、今度はそこから黄金と石油と温泉がふきだしてきた! みたいな展開になっていて、飽きることがありません。

 われわれはとんでもないものに出逢ってしまったようです。

 
 なので、毎年どおり「稽古納め」の題をつけましたが、稽古が区切られることはありません。

 この文章を書いているいまも、年越しのあの瞬間も、初詣の行列に凍えながら並んでいるときも、武術をする人は武術しているのです。


 2019年も、さらなる発見と学びの年になりますように。

 
 みなさまも、幸福なお正月をお迎えください。今年一年、ありがとうございました。


 裏部長でした。
posted by 札幌支部 at 17:14 | Comment(0) | 裏部長の日記

2018年12月16日

体道的反応

 おはようございます。裏部長でございます。

 今年もあとわずか。すっかり押し迫って参りまして、寒さもいちだんと厳しくなり、札幌も雪国らしい様相を見せております。今月に入ったばかりのころはまだ雪もすくなく、どこもかしこもアスファルトが顔を出しているなあと思っていたら、それからすぐにわんさか降りまして、降りつづけまして、いまはすっかり白い路面が広がっています。

 このまま根雪になるのかなあ、と思っていましたが、今夜からは雨が降るとの予報。明日以降の悪路が気鬱の種です。


 そんな師走、みなさまいかがおすごしでしょうか。


 さて、裏部長は最近、「体道的反応とはいかなるものか」ということをよく考えるのです。

 唐突なようですが、もう本題に入っているのです。


 体道的反応などと書くといささか大仰で、堅苦しい印象ですが、要は日ごろ稽古しているものがきちんと身に沁み込んで、馴染んで、吸収できていれば、何かあったときに、瞬間的にそれらが表に出てくるはずだ、という指摘をしたいわけです。

 過去にも書いたように、体道のなかには、柔術、剣術、各種棒術などがあります。体道を稽古する者のなかには、これらの技たちが蓄積しているはずなのです。

 だから、咄嗟に何かあった際(それは武術に関連した瞬間だけに限りませんが)、体道的な反応が起こるはずだ、いや、起こらなければいけないはずだと、わたしは思っているのです。


 以前、奈良支部のM田さんから、「すべてを空手化せよ」ということばを教わりました。

 これはたしか船越義珍さんのことばだったと記憶していますが、稽古のなかだけでなく、日常や仕事の場においても空手をしているつもりで生活せよという教えで、わたしが上記で言っていたのはこの体道版ということです。


 もちろんそれは、空手をやっている人は空手的反応、居合をやっている人は居合術的反応となるわけで、一様ではありませんが、共通するものは一緒ですね。


 重要なのは、自分がやっている武術にどれだけ切り込んでいるか。踏みこんで、向き合って、深く稽古しているか、ということでしょう。

 それがひいては、その武術らしい反応を示せる人間たらしめるのです。


 わたしは、もちろん空手も稽古していますが、トータルで見ると体道へ傾けるもののほうが多い人間なので(いつしかそうなっていたので)、この場合はやはり、体道的反応というものが重要になってくるように思われます。


 みなさまはどうお考えでしょうか。



 裏部長でした。

posted by 札幌支部 at 09:16 | Comment(0) | 裏部長の日記