2019年12月29日

受けるつもりで

 こんにちは、裏部長です。

 年の瀬です。札幌はここ数日わりかし天候に恵まれ、雪がすくないので歩道も車道も通りやすく、平穏です。個人的な願いを言うと、あと元日だけでも晴れていてくれればありがたい。初詣のときに、雪と寒風にさらされるのは辛いですからね。

 さあ、令和になって最初の年末です。

 みなさま、いかがおすごしでしょうか。


 札幌支部は去る12月20日、無事に稽古納めをしました。

 まあ、稽古納めと言っても特別なことはなく、ふだんどおりのメンバーで、気負わず、焦らず、ふだんどおりのメニューで終えました。

 いつの日も健康第一、平和が第一です。


 とはいえ、内容としては十分に濃いものがあり、なかでも「浅山一伝流体術一気喰い」には大いに汗をかきました。

 タイトルはいま考えたものです。

 食べるわけではありません。浅山一伝流体術五十六本の技を一気にすべて復習しよう、という試みだったのです。


 これはたのしい試みでした。得るものも大いにありました。

 体道のなかにある技や流派を考えるときに、すべてを一括に、同じまな板の上にのせて、まったく同じ手法で調理するというのはすこし違うのではないか。その技法や伝わり方を見るに、技の原理原則を教えているものもあれば、余白を大きくもたせた上で現在に至っているものもある。前者に関してはあまりいじるべきではなく、その原理原則に忠実に動くことで技の力を会得し、後者においては稽古者や指導者の手で技のリアリティを追求し、改良すべきところは改良してゆく

 そんな風に、すべての稽古姿勢を一様にしないことで、また新たな発見があるのではないか。

 今年の稽古納めでは、そのようなことに思いを馳せることができ、個人的にはたいへん有意義なものでした。


 札幌支部では今年の後半から本格的に刀の稽古をはじめています。これが来年はどうなってゆくのか。体道に関しては上記のように、それぞれの流派や技法を吟味し、それに応じた稽古姿勢を柔軟に採りたいと思うし、それらを貫くためにも空手を見つめ直したい。八月には何やらビッグ・イヴェントもあるようですし、個人としても、一段も二段も向上できるよう稽古に励んでゆきます。

 
 2020年も空心館の武術を愛し、空心館の武術に誇りをもって生きる


 みなさま、よいお年を!

 裏部長でした。
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2019年11月29日

心身を立脚すれば

 こんばんは。やめればいいのに、映画『シャイニング』を観て、観なきゃよかったと後悔している裏部長です。

 もともとホラー映画は苦手なのです。それが今回、たまたまBSで放送されるというのを知り、これはおそらく、同作の四十年後を描いたという新作映画『ドクター・スリープ』を受けてのことなのでしょうが、超がつくほどの有名な作品でありながらこれまで観てこなかった自分を責めさえして、とりあえず録画し、怖くて嫌になったらやめてしまおうと観はじめたところが、結局ラストまで行ってしまったというわけなのでした。

 返す返す、精神的に参るような映画でした。観なきゃよかったなあ。いまもなお、あのいや〜な感じが頭のなかにまとわりついています。


 みなさま、いかがおすごしでしょうか。



 早くも十一月が終わろうとしています。

 今月はあまり稽古へ参加できなかった裏部長です。2019年の締めくくりとして、来月は多く胴衣を着たいものです。


 最近は刀もやっておりますが、個人的には空手の立ち方に注目しています。

 おもに型においてですが、空手にはさまざまな立ち方がありますね。前屈立ち、後屈立ち、四股立ち、猫足立ち、三戦立ち、などなど。それぞれの立ち方にはそれぞれの特徴があり、その立ち方をするから生まれる力強さ、粘り、あるいは速さ、鋭さがあります。

 これ、型のなかできちんと発揮できているかどうか……?

 気づいたのは「十八」をやっているときでした。後半に三戦立ちが出てくるのですが、ここ以降の動きが、三戦立ちができているときとそうでないときとでは、効果の現れ方がまるで違っていたのです。流れに流されて、三戦立ちのかたちになっているだけのときは、節々が緩んでしまい、どうしようもない。逆に、きちんと三戦立ちの締まりができていれば、それが上半身(手や指先)までにも通じ、全体の動きがまるで別物になってしまうのです。


 当然、これは他の型の他の立ち方にも言えるはずです。

 これまで自分は、そこまで細かく型を見、型を打ってきただろうか……!


 課題は、これから歩もうとしている道の先にもあるでしょうが、これまで歩いてきた道の上にも転がっています。

 地に足つけて、稽古します。


 裏部長でした。

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2019年10月20日

私の帰るべき場所へ

 こんにちは、裏部長です。

 街はすっかり秋の色です。今日の札幌は気持ちのよい快晴。気温も高く、風もなく、すっかり葉を落とした街路樹たちも、なんだか今日は淋しさよりも清々しさを感じさせてくれる気がします。

 国民の多くが、今夜のラグビーを気にしている日曜日、みなさまいかがおすごしでしょうか。



 台風19号の被害に遭った方々へ、心よりお見舞い申し上げます。

 その惨状をTV等を通じ知るたびに驚くやら悲しいやらで、心が塞がりそうになります。実際にその渦中にいた人にとってみれば、被害のなかで感じた恐怖や絶望は、われわれの想像を絶するものでしょう。災害は、実際に体験した人でなければその苦しみを共感することはできません。だからいまは、ただ手をあわせて心を寄せて、壊れたものが元どおりになる日を願うばかりです。


 今回は栃木市の被害も大きかったようですが、師範をはじめ、空心館メンバーに大事はないそうです。ひと安心です。


 こうした災害はいつどこで起こるかわかりません。明日、自分が遭遇するかもしれない。

 だからこそ日々の生活を大切に、健康で、たのしく稽古できていることに感謝して生きてゆきたい。


 すこしでもみなさまの心のなかが平和でありますように。



 裏部長でした。

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2019年09月03日

9月の稽古

こんにちは。

まずは9月の稽古予定について。
6日を除く火曜日と金曜日、18時から21時まで札幌大学内の教室にて行います。
メニューは、養生体操と太極拳、太極剣、空手、体道となります。
21日(土)は、18時から21時まで、武道場にて体道の稽古です。

8月の本部遠征、参加された皆さまお疲れさまでした。
今回も、たくさんの宿題を得られました。
ともかく気づけば札幌に来て15年超、自分自身の稽古がおろそかになっていましたので、できる限り新たなものを修得して帰りたいと心入れ替えている昨今です。

その意味では、今回大日本抜刀法を習ってきたことが収穫でした。
GWにはMが習うのをはたから見て記録していたのですが、自ら動くと身体に記憶が残るのをあらためて実感しました。
とはいえ、体道の稽古のように、随時記録をしなかったので、細かなところで再確認も必要な状況にあります。
資料もいただきましたが、写真や記述に差異も見受けられましたので。
そこは反省点でした。
ともかく、裏部長さんではありませんが、刀を想定した時にみられる身体使いを、本格的にイメージできるようにもなれるよう努めたいです。

似たようなこととして、今回私から紹介した長拳の棍術については、杖術や棒術と違った動きに戸惑われている様子も見受けられましたが、何かしらのヒントになると嬉しいです。


もう一つ、空手の約束組手で行った、逆突き(裏突きや裏打ちと表現した方がいいでしょうか)についても、気づきがありました。
こちらに戻って反芻しながら、裏拳打ちの基本稽古での工夫、構えについての説明原理を一つ思いついたので、次回触れながらより良いものへと進化できればと考えています。
また、あの逆突きに対する技を考える段階に来ているので、これは今後の課題となりました。

お手合わせできるのを楽しみにしつつ、こちらで精進しておきます。





posted by 札幌支部 at 10:56 | Comment(0) | 裏部長の日記

2019年08月23日

「刀」が象徴するもの

 こんばんは、裏部長です。

 八月も後半戦です。本州のほうでは連日いやというほど暑く、その上、台風がすぎ去ったと思えば、ゲリラ的な豪雨や雷雨といった有様で、いろいろお見舞い申し上げます。

 札幌はようやく涼しくなりました。そろそろ半袖も着づらくなります。あと三箇月ほどで雪が降ります。

 みなさま、いかがおすごしでしょうか。


 ここ最近、芸能界では横浜流星という俳優が人気ですね。

 スカウトで芸能界へ入り、2014年にスーパー戦隊の『烈車戦隊トッキュウジャー』で注目されるも、同作の主演だった志尊淳とくらべると地味な出だしで、その後は映画や舞台、TVドラマなどで堅実な活動をつづけていました。そして今年、『初めて恋をした日に読む話』という作品でブレイクを果たし、それ以降は矢継ぎ早の活躍といった印象です。ブレイクとは恐ろしいものです。

 わたしは例によってトッキュウジャーを見ていたので、そのころからこの人のことは知っていましたが、彼が現在出演しているTVドラマ『あなたの番です -反撃編-』は残念ながら鑑賞していません。内容が内容なもので、あまり惹かれなかったのです。

 ただ、彼が本作の劇中で見せた空手アクションのシーンだけはチェックしておきました。

 横浜流星さんは極真空手をやっていて、中学生のころには世界大会での優勝経験もあり、今回の作品でもその勇躍ぶりをいかんなくやったわけですが、このアクションシーンを見ていて、わたしはつくづくこう思ってしまいました。

日本の武術だけでは、魅力的なアクションシーンはつくれないのではないか


 颯爽とした身のこなし、パンチの乱打、そして華麗な廻し蹴り。どれもきれいな動きで、魅了されたファンも多くいらっしゃったようですが、あれはアクションというか、一方的な彼の動きのアピールですよね。攻防の、互いのやり取りといった印象は薄い。

 これはなぜか。考えてゆくうちに、わたしはふと、

日本の武術・武道は、どれもすくなからず刀に影響されているのではないか

 という一事にぶつかったのです。


 刀というのはとても恐ろしい武具です。しかし、そのもの自体としてはあまりタフではない。時代劇で見るチャンバラのように、相手とカンカン打ちあっていてはすぐに刃こぼれするし、曲がりもし、下手すると折れます。手入れを怠ると錆びてもしまいます。

 だから、もし刀を用いて闘おうとした場合、相手と(あるいは相手の武具と)あまり接触したくないわけです。一手か二手くらいでどうにか片をつけたい。

 これは刀に対する他の武具においても同様で、こちらが杖や棒でもって刀とやり合う場合、同様に、やはりあまり強い接触はもちたくない。そして、やはりあまり多くの手数はかけたくないですよね。


 この「刀」というものの存在と性質が、日本の武術・武道全般に何かしらの影響を及ぼしているということはないでしょうか

 
 空手のほうでは一撃必殺という勇ましい言葉があるけれど、それに近い、あまりやり取りをせず、手数もかけず、最低限の動きで相手を制してしまう、倒してしまう、そんな技の理念が全体的に浸透しているのではないか。わたしはいまそう考えているのです。

 
 一方、中国武術は、そういった意味では日本のものより変化に富んでいると言いましょうか、臨機応変というか、相手がこう来たらこう返す、こうされたらこう変化する、といった按配に、あれこれと手数にヴァリエーションがある気がします。多彩、派手。

 アクションというのは動きの上での、相手との「会話」ですから、こうした性質は非常に重宝します。

 なので、日本の映画界などで、おもに素手のアクションを指導される方は、多く中国武術の動きを取り入れていらっしゃいます。きっと、純粋に日本の武術の動きだけでアクションを構築している人のほうが少ないのではないかなあ。


 裏部長自身、最近になって居合刀を入手し、師匠についてすこしずつ刀をやりはじめているので、どうも話題がそちらのほうへ傾きかけておりますが、この印象と感覚はこれまでになかった新しいものです。現に、上記の内容を踏まえて、空手も体道もやりはじめていて、わずかずつながら手ごたえも生まれはじめています。

 この時期、このタイミングで、刀をはじめたのには、それ相応の意味があったのかもしれません。


 裏部長でした。

posted by 札幌支部 at 19:19 | Comment(0) | 裏部長の日記