2009年06月28日

  がむしゃらな手

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          辛いこの道 いつも独りで
          それでも 走りながら
          拳が痛くて すべてを捨てようと
          何度そう考えただろう

          他人はいつも 僕のこころに
          意見ばかりをする
          「お前も頑張ったよ」と 慰めを言いながら
          本当は 蔑んでいるだけ

          明日に 明日に がむしゃら
          まっすぐな この夢を信じて
          明日に 明日に がむしゃら
          いつまでも 前だけを見つめて
          倒れるまでは 走りたい 走りたい
          ずっと

          思い出しても 安心なんて
          見つけた 記憶はない
          どこまでも伸びている
          荒れ果てた この道を
          一歩づつ 今はただ進むだけ

          仲間もいない ひとりの部屋で
          汗を流す日々に
          「休めばいいの」と 誰かが言ったけれど
          自分に 妥協はしたくない

          もっと もっと がむしゃら
          この汗を 無駄にはさせない
          もっと もっと がむしゃら
          あてもなく 空回りしたって
          つぶれるまでは 捨てないよ 捨てないよ
          きっと
 

          明日に 明日に がむしゃら
          まっすぐな この夢を信じて
          明日に 明日に がむしゃら
          いつまでも 前だけを見つめて
          もっと もっと がむしゃら
          この汗を 無駄にはさせない
          もっと もっと がむしゃら
          あてもなく 空回りしたって

          倒れるまでは 走りたい 走りたい
          ずっと
posted by 札幌支部 at 20:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 裏部長の日記

2009年06月17日

悩む黒帯衆

本日も日本武術研究所空心館札幌支部は通常通りに稽古が行われました。

基本を受けまでやり終えた後に約束組手をやりました。
その約束組手で「1つの動作で2つをする」というテーマの元、しっかりと突いてくる相手の刻み突きをどのように受けるか・・・ということで、受けを練習しました。黒帯の先輩方も納得出来る結果を出せた!という結果には残念ながらならず、その黒帯衆の中で下っ端な部長も当然良い結果は出せはしません。

普通に先生が裏部長さんにやるのを見てても「手だけ、腕だけでやる受けじゃないよな」とは思えるのですが、実際にやると「手だけ、腕だけ」になってしまうのが悲しいですね。
「言っていることは頭ではとりあえずわかる、だが体でそれを体現することが出来ない」というジレンマの始まりです。毎度毎度新しい段階を踏む際にいつもこのジレンマにはお世話になります。今日もチンプンカンプンです。

しかし改めて考えると、けっこう凄い感じの受けをやっているんだなーとか思ったりしました。ぼーんやりと受けを見てて「これけっこう凄くない?受け手である先生が手でヒョイッと相手を崩しているように見える・・・素人の人が見たら先生が力持ちに見えるんじゃないか・・・つまり、自分がこれをマスターすれば・・・」とか恥ずかしいことを考えていたりしていました。

そして稽古を終えて3人で雑談をしてた際に、裏部長さんが会話の中で「見学者が来たら見学者の近くで約束組手やって、受け手がわざとどいてその見学者に突いたらどうだろうか」的な話をしていらっしゃいましたのが印象的でした。
おそらくは冗談であると思いますが・・・もし上段に当たってしまったりしたら色々と笑えませんね。

部長でした。
posted by 札幌支部 at 01:22 | Comment(1) | TrackBack(0) | 部長の日記

2009年06月06日

ご無沙汰してました

どうもお久しぶりです、部長です。久々にこのブログを読み、思わず書きたくなったので投稿致しました。
僕も大学を卒業し、「元」部長になった現在・・・いくらネット上であるとはいえ、自身のことを部長と呼ぶのには違和感を感じてしまいますね(笑)とってもそんな雰囲気は醸しだしていませんしね。
「こいつっ・・・部長オーラが出てるぞ!」「この風格は・・・できるっ!」という人は、やはり裏部長さんであることに異論の余地無しです。
しかし今でも僕のことを部長〜って呼ぶ人が居ます。昔、空心館札幌支部で稽古していた学友です。ほんの時々会って山登りしたり居酒屋に行ったりした際に半分冗談で「部長ー」と呼んでくれます。

まぁまぁ、一時期稽古に行っておりませんでしたが、ここ半年以上は一応は真面目に稽古に出ている部長です。


そして、突然ですが色々と昔やら、今やらに思ったことを徒然と書いていってみます。


空心館札幌支部は教室で稽古しているわけで、下がコンクリートです。コンクリートは固く、間違えた形でがっちりと踏み込んだりして突くと足を痛めてしまいます。そういう意味ではしっかりとした技の土台を作れる、とも言えると思います。
ただ、コンクリートでしっかりと足場が固められている、というのは見方を変えると物凄く優遇されていると思います。「平ら」ですので。

じゃあ凸凹したところで練習すればいいのかYO!と言われるとそういうようなことでもなくて、ちゃんと稽古の場で正しい動きや方法をしっかりと理解し稽古、反復しておくと、いつかあるかもしれないストリートファイトでも恥をかかなくて済むよ!ということになるのではないか、と思います。


裏部長さんも意識のことに関しては色々とこのブログで書き連ねていらっしゃいましたし、僕もそういう意識のことについては・・・考えたり考えなかったりしているような感じです。
そうですね、例えば・・・
僕はまぁその・・・とあるゲームとかもやったりしますが、その場合に自分の意識が何かに囚われている状態だとけっこう危険ですね。やられちゃったりするケースが多いですね。
周りの空間や動きを見る、感じることが出来る意識の状態だと、適切な動きを選択できることが多いように感じます。第三者の視点、みたいな感じでしょうか。

あれですね、例えるならば・・・
山道をとにかく必死に登ったがもう疲れた・・・そこでまぁしょうがないから一息つこう、と思って腰を下ろして休憩したら、眼下には素晴らしい景色が広がっていた・・・今までもその景色はあったのに・・・ という感じでしょうか。相手がどうだ、というより自分がどこに意識を合わせているのか、それは本当に正しいのか?違っているのか?或いはそれらのことに考えることから離れてはどうか?・・というような姿勢も重要ではないかと思います。

・・とは書いていますが半分思いつきで書いています、すいません。今書いたことを実行したならもう少し色々と自分がましになりそうな気もしますけど、どんなものでしょうね・・・
ぁ・・・ゲームのことから話を引っ張ったことについては勘弁してください。松濤20訓の中の「凡ゆる物を空手化せよ 其度に妙味あり」というのを言い訳にしておこうかと思います。


まともな文章を書こうと思うあまり時間がかなり費やされてしまいました。普段使わない頭をここぞとばかりに使うから時間がかかってしまうんですね。
とりあえずこの辺で僕の久々の記事を終えたいと思います。


瀧元先生や札幌支部の皆様、暖かく見守ってくださっている本部、支部道場の師範や諸先輩方に改めまして厚くお礼を申し上げると共に、これからも益々のご指南ご指導をお願い致します。

部長でした。
posted by 札幌支部 at 21:14 | Comment(1) | TrackBack(0) | 部長の日記

2009年06月04日

今月の稽古

こんにちは。
さっそくですが、今月の稽古について連絡します。
6月は19日(金)が文連祭&体育大会のため教室が使えないのでお休みします。
その他は、いつもどおり火曜日と金曜日に1001教室で18時から20時の予定です。

こちらはいよいよ裏部長さん以来となる茶帯の誕生です。
継続は力なりとはいうもので、いろんな事情があるため長続きしない稽古生。
それなりにみんな頑張ってくれているのですが、ハードルを一つ越えるというのは教える方も嬉しいものです。

まぁ、その分悩むことも増えるでしょうが、一つ一つ体が動くようになるといいですね。

黒帯のみなさんもそろそろ次のハードルをクリアしないといけませんね。

posted by 札幌支部 at 00:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 師範の日記

2009年05月31日

  真っ直ぐな手

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 こんな世の中だ、あんただってそんくらいわかってるでしょうが。細かいことは言いっこなし。ネ? 世間じゃ金がねえ仕事がねえ未来がねえと騒いじゃいるが、そんなあたりまえのことに声をあらげてる暇があるんならもっと大事なことを考えたらどうだい。人間なんだから、そりゃ躓くことだって、悩むことだって、立ち止まっちまおうかって考えることも、だれにだってあるさ。俺たちはそれをときどき「弱さ」だとか「未熟さ」みたいなことばで片づけちまうが、でもそれはちょっと違うんじゃねえか。むしろ物事に躓かず、何事にも悩まずに、なんの苦もなく一直線に生きてこられるやつなんて人間じゃねえ、それはただの化物だよ。想像してみねえな。どんな性格の人間だって、自分にとっていい出来事ばかりがつづけば、わかっていてもすこし天狗になっちまうだろ。俺はすごいんだ、私には才能があるんだって、そう思っちまうだろうが。そんなときに人間てえのは学習しねえんだ、できねえんだよ。ある映画監督が言ってたっけ。無能な俳優のひとつは、自分を完璧だと信じてるやつだって。その通りさ。自分を完璧だと信じこんでる野郎に、まわりがあーだこーだ言ったって、そりゃ耳を貸すわけねえだろ。そいつがほんとうに完璧なら話はべつだが、そんなやつはこの世にいるわけねえし、またいたとしても、どこにも欠陥のねえ人間なんて、なんだか面白くねえじゃねえか。

 あんたはそう思わないかい?

 間違うことは苦しいよ。そりゃ恥もかくだろうし、辛い仕打ちをうけて、奥歯噛みしめて、歯茎から血が出ることだってあるだろうよ。こんな人生、きょうで終いにしちまおうって、そう思う日だって俺たちの人生には掃いて捨てるほどあらあな。いろんな頭をもった人間たちが、てめえたちの考えに従って生きてる世界だ、そりゃだれかと衝突して、いやな思いをすることだってあってあたりまえなのよ。でもな。そんなときにこそ、俺たちは成長できるんじゃねえのかい。間違ったとき、上手くできなかったとき、自分は弱く未熟な存在だと痛感したときにこそ、人間てえのはなにかを学べるんじゃねえのかい。だからさ、俺たちは迷ったっていいんだよ。なにを困ることがあるんだ。てめえの人生だ、てめえで死ぬほど苦しんで、ほかのだれよりも豊かな人生にすりゃ、それでいいんじゃねえのかい。俺もあんたも、まだまだこれからだ。まだまだ生きるし、まだまだ学べる。たまに迷って、道の向こうが見えなくなって、立ち止まりそうになったらここに来なよ。そして存分に見てやってくれ。


 この手はいつだって、真面目にまっすぐ伸びてるだろうから。
posted by 札幌支部 at 20:06 | Comment(1) | TrackBack(0) | 裏部長の日記